恋愛指南とオスカー
会談の裏側になります。
今回、作中で女性の恋愛心理についてキャラクターが語っておりますが、内容は適当です。あくまでフィクションであることご了承ください。
また男性の恋愛心理についてもなんか言ってますけど、こちらは一般的に知られている事実ですので鵜呑みにしてくださって結構です。
俺は聖国軍の手からエリザを救った。
間一髪のところであった。
あの時、部隊に先行することを決めた己のこらえ性の無さに感謝したい。
聖国との戦闘そのものはつまらないものだった。
見ず知らずの騎士を素通りさせる様な軍隊だ。
だだっぴろい平原での正面衝突、戦術もなにもなく単なる力攻めで決着した。
王国軍と俺と帝国軍、いずれも戦意も練度も高かった。
聖国軍を二千ほど撃破。
対して、帝国軍の戦死者は無し。
王国軍からは数名の戦死者が出た。
それで終わりだ。
問題はエリザだった。
彼女は聖国軍に囚われていた。
なんでも城兵の助命を交換条件に敵陣に投降したらしい。
なんと愚かな真似をという向きもあるだろうが、俺は彼女を責める気にはなれなかった。
俺自身も指揮官であるからだ。
そして、彼女は俺と違って非力であった。
無力なエリザは、だから一縷の望みに縋ったのだろう。
自らの命と引き換えに。
命をなげうつことにおそれが無かったはずはない。
敵地で彼女を抱き上げたとき、エリザが震え涙を流していたことを俺はよく覚えている。
救出の後、それでも陣頭で戦おうとした彼女はやはり気丈な女王であったと思う。
「ならば、私も戦います。みなと最後まで」
命の危機に晒されながらも、そう宣言して剣をもとめた彼女は、強いひとであった。
だが生憎、生まれたて子鹿のようなありさまだったので、俺たち全員で叱りつけて後ろに下がらせた。
精神は気高くとも体がついてこれるとは限らないからな。
本人はいたく不本意そうな顔をしていたが、わがままをいうなと城壁へ戻らせた。
膝が笑ってるぞ。
王国軍は一時的に俺の預かりとなった。
老兵の一人が俺に言う。
「我ら陛下のために死にますれば、止めてくださいますな」
「勝手にしろ。一番良い死に場所をくれてやる」
死にたいそうなので、エリザの敵を一番殺せる場所に連れて行ってやった。
幸いと言うべきか、その男も含めてほとんどの王国兵は生き残った。
エリザの願いが通じたのかも知れない。
王国兵は戦闘員としても、まずまず及第点の動きをしてみせた。
十年前、まだ幼かったエリザは、俺が勝手に想像していた通りの女性になっていた。
少なくとも俺の目にはそう見えた。
この時、俺は彼女が欲しいと思った。
俺にエリザと話すチャンスが巡ってきたのは翌日のことだった。
戦いの後、彼女はすぐに休みをとったらしい。
エリザは十日にわたる戦いの緊張で疲れきっていたのだ。
エリザは大丈夫だろうか。
目立った外傷は無かったはずだが。
無意味に気を揉んでいる俺の元へ、王国の側から非公式の会談の申し入れがあったのは昼前のことだった。
俺は歓喜した。
やっと彼女に会えると。
そして同時に重大な問題に気がついた。
俺は戦争しかできないってことを。
自慢じゃないが、俺には他に取り柄が無かった。
基本、切った張ったで食っていけるので、それ以外のことはサボっていた。
そのつけが回ってきたのだった。
やばい!
俺は慌てた。
「ところで俺はエリザと何を話せば良いんだ?」
「知らないよ」
切り捨てられた。
ばっさりだ。
お前でもだめか、マルノイ。
隣のライナーがこちらを見た。
「俺だって、知らねぇよ」
「いや、貴様には最初から期待していない」
俺につかみかかろうとするライナーを片手で押さえながら、俺は腹心と顔を見合わせた。
マルノイが駄目となると、頼れる身内がもういない。
うちの幕僚は戦闘以外となると極端に層が薄いのだ。
いや、待て。
そういえばもう一人いたな……。
「女の子と話すなら適任がいるよね。ほら、今回に付いてきたあの人……」
「ああ、あの男か。この際、やむをえんか。気は進まないが……」
お前も、同じ人間を思い描いた様だな、マルノイ。
選択の余地は無かった。
俺は一人の男を呼びつけた。
そしてやってきたのは女たらしと噂の軍医ユリウスであった。
さて、ここで先んじて宣言しておこう。
俺は愚かな男であった。
聞くだけならタダだ。
その程度の軽い気持ちで、俺は後に師と仰ぐことになるユリウスを呼びつけたのだ。
奴は偉大な男であった。
少なくとも俺にとっては、恋の指南者であってくれたのだ。
俺の陣幕に来たこの男は開口一番こう言った。
「オスカー君、女について知りたいと聞いたが、事実か?」
「ああ。今日エリザと非公式に会う機会を得てな。だが、俺は女となにをはなせばいいのかわからんのだ。それで助言を頼みたい」
「助言というが、要するにエリザ君に好かれたいんだろう? そしてゆくゆくはいい仲になりたいと、そういうことじゃないのかね?」
「……そうだ」
俺は不承不承頷いた。
妙に察しが良いな、この男。
俺は、警戒レベルを一段階引き上げた。
ユリウスは顎を撫でてから、一つ頷く。
「まぁ、君に恩を売っておくのは悪くは無い。いいだろう。女について、俺が知る限りの事を教えよう」
「恩に着る。有意義な内容ならな」
つまらん内容なら金輪際頼むことは無い。
ユリウスは俺の言葉を薄く笑って受け流すと、すぐに講義の準備にとりかかった。
書き物用の黒板を準備する。
意外とノリが良い男だ。
聴講者は俺、マルノイ、ライナーの三人だ。
泣く子も黙る帝国軍の司令部が雁首揃えて恋愛講座を受講する。
お前ら一体何やってるんだと思わなくも無い状況だが、やってる方は大真面目だ。
ユリウスは流石は医師と言うべきか、なかなかに明瞭な物言いをした。
「女は価値ある相手を求める。そして現実的な生き物だ。女を口説くときには、この二つのことを覚えておけばいい」
「それだけでいいのか」
「ああ」
ユリウスが力強く首肯する。
随分と自信があるな。
「まず女が求める価値について説明しよう。女にとっての価値とは何か。なんだと思うオスカー君?」
俺は少し考えてから答える。
「才能とか、地位とか、金とか、容姿とかか?」
「わかりやすいところだとそんな物だな。無論、それも間違いでは無い。だがここでいう価値は、もっと深い内面的な部分も含まれる。むしろそちらの比重のほうが大きいだろう。優しさや思いやり、あるいは一緒にいて楽しいとか、安心できるとか、自分の存在意義を認めてくれるとか、それら全てをひっくるめて価値なのだ」
「よくわからん」
「極端な例を挙げようか。酒飲みのどうしようも無い男に入れ込む女がいるだろう。あれは酒飲みの男がいるおかげで、女は自分の存在意義を見いだせるのだ。それも一つの男の価値だ。少なくとも連れ合いの女にとっては価値がある」
そりゃ単なる共依存じゃないのかとも思ったが、たしかにそう言われると納得できる。
「重要なのは、女を口説きたければ、女が認める価値をもつ必要があるということだ」
ふむふむ。
わかったような、わからんような。
だが、続けろ。
なんとなく良い事を言ってる様な気がする。
「そしてもう一つ。女は現実的と言った。これは言い換えるなら手が届く相手を求めるということだ」
ユリウスは視線を俺の隣の大男に向ける。
「マルノイ君はモテるだろう」
「そうだね。ノイさんは結構人気者だよ」
うむ。
大型マスコットのマルノイは老若男女から大人気だ。
「逆に、オスカー君やライナー君はモテない」
「……ああ、そうだな」
「……うるせぇ」
これも指摘の通りだ。
俺はモテなかった。
見た目は悪くない方だと思うがモテなかった。
まぁ、ライナーは見た目からして凶暴そうなので納得だ。
結果的には俺と同類だな。
一緒のレベルの人間がいると安心できる。
ユリウスが続けた。
「これはなぜか? 理由は単純だ。現実的な女から『こいつら攻略するの面倒くさそうだな』と見切られたのだよ。君たちは彼女らから選ばれなかったんだ」
選ばれなかった。
俺はその言葉に、雷に撃たれた様な気分になった。
「俺が、選ばれなかった、だと?」
「そうだとも。女はちゃんと見ている。君は地位もあり容姿も良い。金だって力だってあるだろう。だが君と一緒になれる見込みは極めて薄い」
「たしかにその通りだ。俺は、エリザ以外の女には目をくれなかった」
「うむ。女は聡い。絶対に振り向かないとわかっている相手は、きちんと回避する。君の場合は脈が無い上に面倒だしね。まぁ彼女らからすれば魅力が無い物件というわけだ。むしろ地雷物件かな?」
そ、そうだったのか。
てっきり前科者だから寄ってこないのだばかり思っていた。
呆然とする俺の隣で、今度はライナーがぼろくそに言われていた。
態度が悪い、目つきが悪い、余裕の無さがにじんでる。君に惚れる女は多分地上にいないんじゃないか?
仲間が出来た俺は、暖かな気持ちでそれを聞いていた。
ライナーも顔は二枚目だ。
だが、いつもギザギザしていて女なんて必要ないと言い張っている。
そういうところがいけないのだろう。
自分よりも駄目そうな奴が隣にいると安心できるというのは本当だな。
下を見て安心する人間の気持ちに俺は強く共感した。
「さて、ではそんな恋愛弱者の君がエリザ君を攻略するにはどうすべきか。女は価値を求めると言ったが、この価値というのは極めて曖昧なものだ。それこそ女一人一人で変わってくる。女の心が理解できないと言われる所以だ。そこを合わせるのは今の君には難しいと私は思う」
「……なら、俺はどうすれば良い?」
「今の君のままで良いと言うことさ。どうしようもないからね」
なるほど。
俺が頷くとユリウスは続けた。
「だから君が留意すべきは、女にとって現実的な存在になることだ。君の場合はエリザ君にとって手が届く男になればよい」
「それはわかる。で、具体的に俺はどうすれば……!」
「なに、簡単なことさ。優しくしてやりなさい。支えてやり、褒めてやりなさい。エリザ君は今まで大変に苦労してきたはずだ。女王という立場は楽ではない。まして今は難しい時期のはず。幸い君は、多少なりとも好き勝手できる力がある。それを使って支えてやれば、『ああ、この人は縋ってもいい人なのだ』と彼女も思うだろう。だいたいそれで落ちる」
「わかった。そのようにする。とにかく優しくすれば良いんだな」
それからも俺はいくつかのアドバイスをもらった。
そこでわかったことは、マルノイはモテモテで、ライナーは世の女性から毛虫のごとく嫌われそうだということだ。
俺はマルノイを見習うことにした。
とりあえず太ろう。
それからもこの軍医は楽しげに質疑を受け付けていた。
意外と面倒見がいい男であった。
しかし、なるほど。いろいろとあるものだな。
物知りなユリウスに俺は頷くことしきりであった。
そんな俺は、何の気なしにの次のような質問をした。
「女のことはわかった。ついでだから男の恋愛心理についても聞かせてくれないか?」
俺の言葉にユリウスはわざとらしいため息をついた。
「そんなこともわからんのかね……。オスカー君、君は本当に男なのか?」
なんだと!
だが、俺は反論をぐっと飲み込んだ。
この男の言葉を聞きたかったのだ。
どんなことを言うのだろうか、そんな期待があった。
ユリウスは俺の期待に応えてくれた。
この男は、俺が生涯忘れることがないであろう言葉を放ったのだ。
奴は言った。
「ヤらせろ。……それ以外になにかあるのかい? ヤれればなんだっていいんだよ。男の体はそういうふうにできている」
俺は衝撃を受けた。
そして同時に、光を見た。
その通りなのだ。
ああしたい、こうしたいなどと頭の中では考えていたが、つまるところ俺はエリザとそういう関係になりたいのだ。
昨日のエリザの泣き顔を見たとき、俺はこの女を守りたいと思った。
彼女の涙をぬぐってやって、あらゆる危険を彼女から遠ざけてやりたいと思ったのだ。
なぜ守りたいのか。俺の物にするためだ。
なぜ笑顔にさせたいのか。俺が泣かせたいからだ。
危険を遠ざけるのは、俺が独占したいがためだ。(※個人の感想です)
この日、俺はユリウスに師事することを決めた。
俺よりも長い人生を生き、俺の知らない事を知る敬うべき先達として遇することを決めたのだ。
真理を知るユリウスは、俺にいくつかの秘策を授けてくれた。
奴の知恵を借りた俺は、意気揚々とエリザとの会談に向かった。
ところで、俺がいなくなった陣幕では、次のような会話が交わされたそうだ。
「ユリさん。スカさんに変なこと吹き込まないでよ。スカさん、基本素直な人だからさぁ……」
「彼をきちんと支えてあげたまえよ。今の世の中、あんなに乗せやすい男はそうはいない」
誰と誰の会話かはあえて明記せずにおこうと思う。