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王国とわたし

王国は貧しい国であった。



西の帝国、東の聖国という大国に挟まれながら、だれからも相手にされず、ゆえに侵されることもなく、割と平和に暮らしていた。

大陸の公路からは外れ、海も山も大きな川もなく、わずかな平野と大部分をしめる丘や森が王国の国土であった。


そんな国を引き継いだ国王リチャードは、凡庸ではあるものの誠実な男であった。


彼なりに国を愛し、よくそれを治めた。


そんな彼に一つの転機が訪れたのはとある国への外遊の時のことであった。

彼は舞踏会で運命の出会いを果たしたのだ。


それは大陸でもっとも美しい娘と称された美姫リンディとの出会いであった。


卑しき身分の出でありながら、リンディは高貴で美しかった。

求婚者は後を絶たず、しかして彼女はいまだ定まった相手を持ってはいなかった。


リチャードは一目で恋に落ちた。


当時リチャードにはすでに妻子があった。

しかし、彼はそれでも諦めることができなかったのだ。

彼はその出会いに運命を感じていた。


ついにリチャードは、リンディの前に跪き、その生涯をかけた誓いを捧げる。


「私の持てる全てをもってあなたに尽くします」


リンディは数多いる婚約者を退けて、リチャードの手を取った。


リチャードは歓喜した。


分不相応な美姫を得た国王は、自らに相応な王国よりもリンディの意思を上に置くことにした。

なぜならリンディこそが彼にとって至上の存在であったからだ。

そんな彼女に比べれば、父から譲られただけの王国に価値などかった。


リンディはリチャードに高価なドレスや宝石に美しい庭園や園遊会を望み、代わりに彼女の体を与えた。


リチャードは至高の存在であるリンディとの愛に溺れ、その奢侈と浪費に国は荒れた。


これを諫めた者がいた。

王妃オルテイシアである。


善良なる彼女は国王の愛妾を涙ながらに受け入れながらも、度々諫言を繰り返した。

陛下、どうか民と国もいたわってください、と。


しかし彼女の声が届くことは無く、王妃は宮廷を追われることとなる。

彼女に続くように次々と廷臣も宮廷を去った。


そして王国の中枢は真実の愛と佞臣達の巣となった。



さてこの間、王女エリザベートこと、この私も、母である王妃にくっついて宮廷を追われていた。

母に伴われた私は、ごとごとと馬車に揺られて母の実家である王国西のド田舎へとお引っ越しをすることになったのだ。


母は夫を愛していたのだろう。

国王との別れ、そして王国の未来を嘆くうちにはやり病に囚われた母は、間もなく儚くなった。


そして私はそんな母を愛していた。

いなくなってしまった優しい母を想い、涙を流して日々を過ごした。

ただただ悲しかった。


そんなある日のことだ。

私にも一つの転機が訪れた。


いい加減、泣き疲れた私をどこからともなく呼ぶ声があったのだ。


その声は言った。

「世界が憎いか? あと腹減らないか?」

と。


私は答えた。

「憎いわ、よくわからないけど。あとお腹も減ってるわ」

と。


「ならば反逆しようこの世界に! 俺たちと共に!」


私をそそのかしたのは、近所の悪ガキ共であった。

声は普通に窓の外からした。


私達は田舎の王国の王都を離れ、辺境の王国のさらに田舎に引っ込んでいた。

そんな地元にはどこの田舎にもいる悪ガキが沢山生息していたのである。

山が近いから、お猿みたいのがはびこるのだ。

構成員は約二十名、その活動範囲は広く、また多岐にわたるものであった。


彼等は、単純な実働要員だけでなく、いざというとき盾になる優秀な泣き落とし要員も募集していた。

そんなガキ共にとって、ここらで一番の有力者オストランドの孫娘にして、近所で一番可愛いと評判のエリザベートは、喉から手が出るほどに欲しい人材だったのだ。


私は彼等の誘いに乗った。

このおにいちゃん、おねえちゃんについて行けば、悲しいことを忘れさせてくれそうな気がしたのだ。


そして私の体制への反逆が始まった。


当時の王女エリザベートはまだ五歳。

その幼い暴虐は目を覆わんばかりのものであった。


隣家のリンゴを略奪し、鳩舎から新鮮卵を略奪し、備蓄用の食糧庫に忍び込もうとして失敗した腹いせに近くに放置されていた芽吹いた芋を略奪して腹を下した。


立てば転倒、駆ければ遅れ、エリザが歩けば棒に当たる。


母親譲りのどんくささを遺憾なく発揮した私は、悪ガキ団の足を盛大に引っ張り、作戦の成功率を著しく低下させた。

しかもヘタレで、叱られるとすぐ自白する。


完全無欠のみそっかす娘であった。



近所の大人達は、「エリザがいると安全で良い」と私のことを褒めてくれた。

よくわからない理由でほめられて、私はご満悦だった。


悪ガキ団からしてみれば、とんだ利敵行為のお荷物であるが、しかし彼等もまた、エリザを見捨てなかった。

賢い悪ガキ達はこの駄目なおちびが一緒にいると、お仕置きが幾分マイルドになることを発見したのだ。


結果的に私は、体制側と反逆側の両サイドからちやほやされることになる。


やんちゃなお兄ちゃんお姉ちゃんも、ちょっとだけ怖いおじさんおばさんもみーんな私の味方なのだ。

私はすっかり調子に乗った。


私の悪事は留まることを知らず、毎日ぼろの古着で出かけては、全身泥だらけになって帰宅する。

この頃の私、満面の笑顔であったという。


まぁ、私も覚えてる。

とても楽しかった記憶がある。



さて、この事態に危機感を覚えた人物がいた。


優しくも厳格なる教育者であった我が祖父オストランドである。

彼は愛しい孫娘の惨憺たる有様に心を痛めた。


彼は危惧したのだ。

このままお猿の様に育ったのでは、嫁のもらい手が無くなってしまう、と。


オストランドは悩みに悩みぬいた末、この放蕩娘の性根をたたき直すべく、児童労働施設へと放り込むことを決意した。


最初は抵抗した私であるが、お尻を真っ赤になるまで叩かれてこの沙汰に屈した。

一方的に振るわれる暴力に、へたれで手足も短い私は為す術がなかったのだ。

幼くして労働の場へとかり出された私。

私は労働所で差配されるがまま、芋を洗ったり、山羊を洗ったり、誰かの孫を洗ったりすることを強いられた。


割と楽しかった。

やっぱりここでも、周囲の大人達は優しかったのだ。


しかも私の素行不良は治らなかった。

悪ガキ共は悪ガキ共で、最弱にして最優の悪戯要員である私を手放す気は無かったらしい。


エリザがいなくても成功すれば悪戯は楽しい。

でも、エリザがいれば失敗しても楽しい。

そして成功すればもっと楽しい。


私を抱えた悪ガキ団は、その脅威度を大幅に低下させつつも地元で大いに暴れ回り、その武勇伝は当然のごとく祖父の耳にも届いた。


オストランドはまた悩んだ。

性懲りも無い孫娘に、これまた性懲りも無く悩んだ。


何をさせても駄目なエリザは、何させたところでにこにことご機嫌なのだ。

これではお仕置きになってない!


悩んだ彼は、自ら鬼となることを決意した。

自身がもっとも辛く苦しんだ体験を可愛いエリザベートにも与えることにしたのである。

彼は彼だけが持つ医術の心得を可愛いエリザに教え込むことにした。



オストランドは名医であった。

それをもって一代で名をなすほどの名医であった。

当然、その知識と技術を得ることは、相応の困難と労苦を必要とする大事業であった。


これなら、エリザも泣きが入るだろう。

そう、彼は考えた。


この課題は、やはりというべきかエリザベートにとってはたいそうな難物であった。

元がぶきっちょで粗忽な私は何をやってもうまくいかず、その都度べそをかいては泣き言を口にした。


失敗に次ぐ失敗だ。


刃物を持たせりゃ手を切って、薬を取り違えては腹をくだす。

しょっちゅう流血騒ぎを引き起こし、上と下から乙女の禁則物質を噴出させた。

おかげさまで体と胃腸は強くなったけど、祖父の寿命は確実に削れたはずだ。

ごめんよ。


まぁ、とにかく。

医術なんて高等技術、駄目な子エリザには荷が重かったのである。


しかし、私は諦めなかった。

祖父のことが好きだったからだ。

祖父が私のことを愛してくれたのと同じくらい、私は彼のことを愛していた。


根性と負けん気と「まぁ、なんとかなるさ」という根拠の無い自信こそが私の取り柄であった。

亀の様な歩みと秘められた底力でもって、私はこの困難を乗り越えた。


祖父お手製の最後の試験。


無事、合格最低点ぎりぎりを大負けに負けてもらって突破した私のことを、祖父はこれでもかと褒めてくれた。

私も祖父のお腹に抱きついて泣いた。


だが、祖父は気付いていたのだろうか。

腕に技術を持った孫娘にとって、「嫁のもらい手が無くなってしまう」という当初の危惧がより現実に近くなってしまったということを。


私は今、身をもってそれを実感しているが、まぁ、それはちょっと別の話なので置いておく。



かくのごとく王女エリザベートの周囲は平和であった。


だがしかし、王国をとりまく状況は大きく異なっていた。

貧しかった王国は急速に滅びの道を転がり落ちていたのである。


国王リチャードの公妾リンディに対する愛は確かに真実の物であった。


彼の寵愛は衰えることを知らず、リチャードはリンディのために精一杯の献身を続けたのだ。

その精一杯は、彼個人では無く王国の精一杯であった。


対するリンディは、あれこれと高価な品を強請っては、それを手に入れた瞬間にきれいさっぱり興味を失った。

彼女の浪費は留まることを知らず、しかし間もなくリンディは身籠もった。

そして国王待望の健康な男子ランスロットを出産する。


リチャードは歓喜した。

天も我らの未来を祝福したもうのだと。


天を味方に付けたリチャードは、リンディへますますのめりこみ、彼等二人とその周囲の華やかな生活は続いた。


二人の幸せは、王国が枯死するまで続くかと思われた。


だが、そうはならなかった。



反乱がおこったのだ。



生粋の無政府主義者エリザベートを旗印に一代の梟雄オストランド・シフィールドが立ち上がる。


そして革命は瞬く間に王国全土に広がった。

一年にわたる内乱を経て、革命は成就。

古き王は追われ(本当は捕まえたかったけど、逃げられちゃったのだ)そして、私は女王となった。



女王になりたいと思った事なんて一度も無かった。

でも私は、祖父も母もこの国も大好きだったのだ。


だから私は女王になった。


私と私達はそれから一生懸命に働いた。

何年も何年も頑張った。


その間たくさんのお別れと出会いがあった。


祖父オストランドは三年前、道半ばにして他界した。

享年七十八歳であった。


侍女コレットは六年前、道ばたで他界しかけてるところを拾ってきた。

当時コレットは十八歳、彼女は今年二回目になる二十一歳の誕生日を迎え、私との年齢差がまた一つ広がった。


そして私の即位から十年、ささやかながらも小さな記念パーティーが開かれた。

小さな広場から見えるのは、小さな王都に、小さな学校、小さな病院、小さな王城だ。


でもそこには皆の笑顔があった。


長きにわたる努力の末に私達の王国は蘇ったのだ。



そんな王国は十日間の戦争を経てまた焼けた。


しかして女王の私は案外しぶとく生き残り、そして今に至るのである。

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