大逆転とわたし
私が城門前にたどり着くと、そこには王国のみんなが待っていて、私が元気な姿を見せるとうれし涙で迎えてくれた。
でも、状況は改善していないのだ。
二万の聖国軍はまだそこにいる。
対する私達王国軍はもはや千にも満たないのだ。
しかも、そのわずかな兵は、みな城の外に出てきてしまった。
馬鹿やった私のために。
私は謝ったけれど、皆はそれでいいのだと言ってくれた。
我らは国を守る貴女のために戦うのだと。
私はその言葉に奮起した。
私は叫んだ。
「皆、ありがとう! わかりました! 私も最後まで戦います!」
みなは、私の心意気に全力でもって応えてくれた。
「エリザ、馬鹿言わないで」
「陛下、もう大人しくしていてくだされ」
「丸腰でどうする気だ。ミス・シフィールド?」
黒騎士あらため自己紹介を済ませたオスカーさんまで一緒になって、私はガミガミと怒られた。
みんなからこれでもかと責め立てられて私はすっかり涙目である。
「とても任せてはおけんな。指揮権は俺が預かる」
「いえ、そういう訳にはいきませんわ!」
確かにオスカーさんは恩人だ。
でも、さっき会ったばっかりの人なのだ。
そんなよくわからない人に、大事な兵権は渡せない。
私は猛然と抗議したが、十倍ぐらいの勢いで言い返された。
我が臣下であるはずの王国民が全員揃って裏切ったのだ。
奴らは言った。
「エリザがいても変わらないわ。弱いし」、「姫様のお守りがめんどうなだけですぞ」、「目のやり場に困るから、せめておっぱいにあわせた鎧着てください」と。
おのれぇ……。
私は悔しさに歯がみした。
しかし、歯がみするだけで無力であった。
それと最後のセクハラ発言した奴は、戦後の粛正を覚悟しておけよ……。
結局、王国軍の指揮権は、帝国軍の将軍を自称するオスカーさんに没収されて、私は両脇をおっさん二人に固められ、安全圏まで連行された。
この間、聖国軍からの攻撃は一切無かった。
◇◇◇
「それで、エリザ、あの人はなんなの?」
「私にもわからないわ」
私は城壁上の本営へと移っていた。
部屋には、私とコレットの他、護衛と称するお目付役のおじさん達がいる。
城壁内に引っ込む途中で、みなは口々に私に尋ねた。
あのオスカーという騎士はだれなのか、と。
私は答えた。
まったく心当たりがない、と。
私の正直な告白にコレットが首を捻る。
「うーん。じゃあ、なにが目的で来たんだろう? 彼の恋人が王国にいたとか?」
「ありえないわ。恋人一人助けるだけなら、身柄さらっておしまいでしょ?」
「たしかに、まぁそうだけど……。でも、エリザの事が好きなら国ごと助けてくれるんじゃないかなって」
「馬鹿言わないでよ……。私の恋人いない歴知ってるでしょ」
こちとら四半世紀も喪女やってるのだ。
そんな素敵なお相手はいない。
普通の恋人でいいから欲しいぐらいだ。
私は窓の外へ視線を送る。
視線が向かうのは西の丘。
そこには、大軍がいた。
そう、大軍である。
「私を助けるに飽き足らず、救援に一軍率いてくれるなんて、普通じゃ考えられないわ。そんな人に心当たりなんてない」
あの黒騎士オスカーさんであるが、なんと援軍まで連れてきてくれたのだ。
本当にどういう出自の人なのだろうか?
知りたいことは山脈一つ分もあるけれど、今は詮索よりもするべきことがある。
疑問には蓋をして私は戦場へと視線をやった。
彼等は王都西の丘にいた。
重々しい騎影の塊が黒鉄の陣列を並べている。
その上ではためく軍旗は双頭の鷲。
近隣諸国に畏怖と絶望をもって語られる帝国軍の軍旗である。
オスカーさんの言葉によると、その数は五千程であるそうだ。
彼等は、聖国軍とは比べものにならないほどの威圧感を放ちつつ、丘の上に陣取っていた。
全兵力が騎兵であるがゆえか、それとも遠目に見てもわかる統制のゆえか。
強者のオーラが後ろに見える様だ。
強い。絶対強い。
「……まぁ、あの人達がなにをしにきたのかなんて些細な事ね。エリザを救ってくれたんだもの。私が信じるにはそれだけで十分」
そうだね。
それは私も同じ気持ちだ。
「うん。皆を守ってくれるなら、彼等が悪魔の軍隊でも構わないと私も思う」
私の言葉に皆が笑う。
「いや、悪魔はちょっと……」などと逡巡する不心得者がいたので、私は頭をひっぱたいた。
神への信仰を謳う聖国に裏切られたのだ。
いまさら悪魔を信じるぐらいどうってことないだろうに!
私達が固唾をのんで見守る中、帝国軍が動き出した。
展開を完了した帝国軍は、時を置かずに仕掛けたのだ。
紅い空を背景に進軍ラッパが鳴り響く。
そして、帝国軍騎兵部隊が丘の上から突撃を開始した。
重く響く馬蹄の音は地軸を揺るがすかのようだ。
西日を背にして攻めかかる彼等は、あからさまに戦い慣れていた。
一方で受けて立つ聖国軍の動きであるが、こちらの動きは極めつけに鈍かった。
数だけは多いはずの聖国軍は、のろのろと押し合いへし合いするばかりで、どの隊も帝国軍の前には立ちたがらない。
中には逃げようとする隊までいた。
「酷い動きね」
「当然よね。奴ら戦争じゃ無くて略奪に来たんだから」
コレットの言葉に私は頷きを返した。
侵略してきた聖国軍。
なにやらいろいろと大義名分を掲げていたけれど、その目的は小国を狙った盗賊働きなのだ。
近所でも暴れん坊で有名な帝国とのガチンコ勝負が予定にあったとは思えない。
「帝国軍の前面に立つのは貧乏くじよ。多分だけど、奴らは生け贄役の押し付け合いをしてるんだわ」
「譲り合いの精神を発揮したって訳ね。なんて奴ら……!」
狼狽えるばかりの聖国軍に、帝国軍は容赦なく肉薄し激突した。
それはもう見事な騎馬突撃で、聖国軍の隊列は粉みじんに粉砕された。
続けて、第一列のすぐ後ろからダメ押しの第二陣が突入。
こちらは、器用に主戦場を迂回して逃げ出す聖国軍の側背へと突きかかり、同じぐらいの勢いで聖国軍部隊を蹴散らした。
このたった二回の突撃で、聖国軍の前衛はズタズタになった。
すごい破壊力だ。
「すごい」
「すごい」
「すごい」
その衝撃力に、私含めた王国軍の知能指数が低下した。
帝国軍の強襲を受けて聖国軍は乱れ立った。
この絶好のタイミングで、オスカーさん率いる我らが王国軍も動き出す。
獅子に率いられた羊の群れは、羊に率いられた獅子の群れを倒すという。
そして、我らが王国軍は、羊というほど弱くはない。
王都に籠もった老兵達は戦意も技量も高いのだ。
我が軍の熟練兵である。
ただ一点だけ問題もあったのだ。
平均年齢が高かった。
高すぎたのだ。
ゆえに、彼等にの体力には一抹の不安がつきまとった。
部隊に後期高齢者まで混じってる関係上、持久力だけはいかんともしがたいものがあったのだ。
はっきり言うと、すぐに息切れしちゃうのだ。
王国軍は数も少ないから、人員の交代も難しい。
練度は申し分ないと思うのだけど、実戦となると思うに任せないことも多かった。
そんな訳あり熟練兵を、臨時指揮官オスカーさんは素晴らしい手腕で指揮してみせた。
彼は言ったそうだ。
「殺せ。そして死ね」
と。
爺さん達は、死期を悟ってるだけあってその手の単語に敏感なのだ。
後先考えるなとか、ここが死に場所とか、墓場とか言われるともうすっごいやる気出す。
そして老いた羊たちが暴走した。
お迎えの近い老兵達が、百姓一揆のような勢いで聖国軍に襲いかかった。
肉薄した王国軍の鉄槌が、戦斧が、大槍が、そしてまた鉄槌が、敵兵の頭上へと勢いよく振り下ろされる。
遠くで見てても、鈍い音が聞こえてくるような光景だ。
一方的な暴力老人の大暴れであった。
コレットは王国軍の武装がやけに鈍器に偏っていることを懸念してた。
私は相づちを打ったけれど、私は爺様達の健康のほうが心配だった。
幸いと言うべきか、爺さん達の腰や膝より、聖国軍が崩れる方が早かった。
逃げ腰の聖国兵は王国軍に押されまくって後退。
帝国軍側の戦線も半壊に近い有様となり、間もなく聖国軍は潰走を始めた。
こうして戦いの趨勢は決した。
「うわあああ、待て! 僕を助けろ!」
戦場になさけない叫びが響き渡る。
ランスロットの声だ。
拡声の魔術具の音量を間違えたんだろう。
声のした方を眺めてみれば、奴の軍旗、旧王家の旗印が逃げ出していた。
双頭の鷲がそれを追う。
聖国の十字旗が倒され踏みつけられていく。
総大将が逃げ出しては、戦いは続けられない。
聖国軍の残存部隊も軍隊としての統率を失って、三々五々に東の方へと散っていった。
およそ一刻ほどの極めて一方的な戦いは帝国軍の勝利に終わった。
いや、本当は、王国軍と帝国軍の勝利ってすべきなのかも知れないけど、最後他力本願すぎたからさ……。
聖国軍が逃げ、王都の包囲は解かれた。
そして私達は、絶望的な今日を乗り越えて明日を手に入れたのだ。
今、王国の食糧庫はすっからかん。
国庫も同じぐらいからっぽだ。
街は壊され、畑もみんな荒らされちゃった。
今年の収穫は、まとめて略奪されちゃったので、税収だって皆無である。
……これ、もしかして、明日は明日で絶望的?
私は生き残れるのかな?
そんな私の戦いが、今始まった。