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オスカーとわたし


アリス・ブレアバルクは、帝国の権門ブレアバルク家のお嬢様である。

オスカーを追いかけてお家を飛び出した彼女は、王国でお腹を壊して難儀しているところを私こと女王エリザベートに助けられた。

そんな彼女は「命の恩人であるから」と私にたいそう良くしてくれた。


さてそんな彼女の実家ブレアバルク家は帝国で大変な力をお持ちであった。

私はその厚意に甘え、腹と胸に贅肉を蓄えつつ、肌と髪の艶を取り戻す事に成功した。


彼女は私の大恩人だ。

まぁ、アリスはアリスで私の事を恩人とよんでくれるけどね。


さて、そんなアリス嬢のご実家は、娘が世話になっているからと私のために手を尽くしてくださった。

具体的には、帝国で「貧乏なエリザベート女王陛下の王国を救おう」キャンペーンを開いてくれたのである。


キャンペーンのうたい文句はこうだ。


「可哀想な王国の人たちを救おう! コーヒー一杯分の募金で、子供一人の命が助けられます!」


すごい不本意である。


なに、この貧困国扱い? ふざけてるの?

正直、忸怩たるものがあるけれど、しかし、我が国が食糧危機で死にかけていたのもまた事実。

それに、たしかに復興には金が要る。


まぁ、善意の募金である。

募金者への見返りは感謝の気持ちだけで良いというし、勝手にしてもらえば良いかと、私はたかをくくっていた。

得体も知れない遠くの国の人間のため、身銭を切ってくれる金持ちはそう多くもないだろうと甘く見ていたのである。


そしたら、だ。

めんたまが飛び出すぐらいの額が集まった。

先進国なめてた。

奴らほんとに金持ってる。


具体的な額は伏せるが、うちの半年分の予算に相当する金額が毎月のように送られてきてしまったのだ。


これが格差かー。


私は、ありがたさと申し訳なさとほんの少しの嫉妬を胸に、その寄付金を受け取った。


まぁ、いつまでも続くわけではあるまい。

さっさと復興を済ませて、お礼をするのが礼儀だろうと考えたのだ。


しかし、この活動が帝国で思わぬ反響を産んだのだ。

最初は、一つの疑問の声だった。


「これは寄付金詐欺なのでは?」


なんとブレアバルク家の募金活動が、「可哀想な王国ちゃんを救う会」扱いされてしまったのである。

キャンペーンはそこそこの知名度を博したのだが、そのせいで、貧乏な王国なんて実在しないのではと疑われてしまうことになったのだ。


一応現地司令官のアリス嬢が、月次で活動報告をとりまとめて活動内容を公開してくれていた。

しかし、「当事者の開示資料なんぞあてにならん」と言われてしまい、沈静化はできなかったようなのだ。


一般市民の声であれば影響は少なかっただろう。

しかし、一部の政治学者がこれに乗っかってきて大事になる。


帝国で権勢を誇るブレアバルク家。

彼の家には批判的な目を向ける人たちも多かった。

もしもブレアバルク家が詐欺行為に加担しているとなれば、一大スキャンダル。

ある意味で反骨心に溢れた帝国人の一団が、権門の暗部を探るべく活動を開始した。


彼等は海路から極秘に王都に潜入し、独自に調査を実施。

私が帝国兵の皆さんとお見合いパーティーを開いたり、暗殺者に襲われたりオスカーに襲われたりしてる間に、私の実在を疑う人々は地下で仕事をしていたのである。


なんだか頭が下がります。


特派員は、およそ一月渡る現地調査の末、報告書をとりまとめた。

そして、政治学会の論壇にのぼり、厳かに王国の実態を証言した。


「王国なる辺境国は、実在します。そして彼等は、たしかに、貧困の中、苦境に立たされておりました……」


なんと、王国の貧乏っぷりが、ブレアバルク家の政敵にまで認められてしまったのだ。

彼は次の事を証言した。


侵略戦争で崩壊した都市インフラ。(しかし元からお粗末である)

市街地でテント暮らしをする国民達。(およそ四十五パーセントが家なき子。ちなみに十年ぶり二回目の王都崩壊であり、国民は割となれている)

配給で供されたクソまずい黒パンを嬉々として頬張る国民達。(帝国の黒パン独特の酸味があって美味しい。私は好きだ)


切々と述べあげられる貧乏王国の暮らしぶりに、先進国民の帝国人は涙した。


まぁ、政治談義に参加するような人たちだから、富裕層ではあったのだろう。

彼等からしてみると、王国の置かれた窮状は耐えがたい物であるように聞こえたらしい。


失敬である。

私達王国民は、腹六分目で生活しつつ、衛生的な環境で暮らしているぞ!


まぁ、ともかく。


王国は実在し、ブレアバルク家が集めた寄付金は、きちんと有効活用されていると判明した。

コーヒー一杯の寄付金で、貧乏な女王様がご飯をいっぱい食べられるという看板にも偽りはない。

でかいパンのかたまりが、だいたいそのぐらいのお値段だからね。


こうして、全方位から云われ無き同情票が王国民へ殺到する。


寄付金が増えた。

倍増した。

流石に多すぎる、焼け太りにもほどがある。

私ら、肥えて、増量するぞ。


しかもしかも、話はこれにとどまらない。


何と王国に忍び込んだ調査員は、女王エリザベートの献身ぶりも彼等目線で伝えてしまったのだ。


彼等は私の半生まで調べ上げ、劇画調で語ってくれた。


三歳で王城を追われたエリザベートは、ド田舎で王族とはとても思われない扱いをされながら大きくなった。

村の餓鬼共と一緒に児童労働に駆り出されたり、近所の肝っ玉おばちゃんから尻をスパンキングされたりする王女様は珍しかったのだろう。

お涙頂戴の悲劇仕立てで私の幼少期は語られた。


私には楽しい思い出しかないのだが……。


ちなみに参考情報としてお伝えしておくと、帝国では子供の権利条約で児童労働は禁止されている。

それはそれでちょっとばかり不便な気が私はする。

子供がお小遣いを稼げなくなってしまう。

どうやって自分のおやつ確保してるのかしら? 謎だ。


まぁ、ともかく、エリザベートは幼い頃から粗末な暮らしで頑張っていた。

しかし彼女は、王族としての義務を忘れなかったのだ。


国王の悪政に立ち向かうため内戦が勃発。

十七歳で女王として担ぎ上げられた彼女は、女王として国の復興に身を捧げた。


その期間は十年以上。


貧しい王国のために働く彼女は、彼女は。


ろくに化粧もせず(余計なお世話だ)。

よそ行きの服はヘビーローテーション(三着しかありません)。

しかも外歩きの革靴には穴まで空いているらしい(やばいばれてた)。


王国人から見ても同情すべき有様の女王様は、帝国人からすれば清貧の苦行に取りくむ修道女のようにさえ見えたらしい。


貧乏過ぎたのだ。

本当に余計なお世話である。


私だって、健康で文化的な生活はしていたぞ。

唯一の不満はモテなかったことぐらいだからな、やかましい!


そんなエリザベートは、為政者としても優秀だった。

貧困の王国から餓死者を根絶し、福祉施設と救貧院を設置。

特に乳幼児の死亡率を劇的に低下させて、国民寿命を大幅に伸ばす事に成功したのである。


まぁ、餓死者が減ったのは、単純に天候に恵まれて食糧生産が上向いただけ。

そもそも王国派田舎なので野山の恵みでそこそこ食える。

現金収入に換算すると貧困国扱いされる我が国だけど、実は意外と豊かな生活を送っていたりもするのである。


だが、帝国の皆さんはそこまで知る余地は無い。


以上の様な情報が伝わると、


「こんな聖女みたいな女王がいるなんて……」


と帝国では忽ち評判になった。


その実態は、しぶといだけが取り柄の雑草のごとき女だが、なぜか帝国の皆さんの間では白百合のごとき美しさを持つ女王として虚像が結ばれてしまったのだ。


まぁ、聖女のごとき女王様って、キャッチーでわかりやすいもんね。

私の評判は帝国人の心を掴み、私を特集したドキュメンタリーなども勝手に作られ、そこそこの評判を呼んだのだそうだ。



さて、ここから本題だ。



その中で思わぬ被害を受けた人が居た。


時の皇帝、ヴィルフリート陛下その人である。


彼は、皇帝だった。

帝国の第一主権者、国主である。


彼は名君であった。

国を富ませ、硬軟取り合わせた積極的な外交政策で、拡張主義と経済圏の拡大を両立させつつ帝国の繁栄を成し遂げている。


反面、その私生活は結構やりたい放題だった。

女好きで贅沢好き。

人生を大いに楽しむ彼は、離宮を建てたり、あちこちに旅行に行ったりと、お金と少々のスキャンダルをばらまいていたのである。

そんな彼は、私と比較された。

そして、「うそ、うちの皇帝、駄目すぎ……?」と国民から厳しい視線を向けられることになったのだ。


「いい迷惑だ!」


陛下は仰ったという。


わかる。

遠方の貧乏国の女王がどんな生活をしていようと、知った事では無いよね。


私だって、遠くの国の国王が良い生活をしていても、へー、いいなーで済ませるだろう。

その逆もまたしかり。


しかし、エリザベートの人気は高く、それに巻き添えになった皇帝陛下は無駄に支持率が低下した。

それで、陛下は仰ったのだ。


「王国の女王とやらを連れてこい。贅沢の味を教えてやる」


と。






「それで召喚状が届いてしまったと……」


「左様です。招待状の体を装ってはございますが、実態は喚問に近いものではなかろうかと」


聖国から戻った私は、帰国早々、血相を変えた廷臣からそんな状況を報告されたのだ。


結構間抜けな経緯であるが、私ら的には大事である。


しかし、私もまさか貧乏暮らしにちゃもんをつけられるとは、思わなんだ。

ちょっくら帝都まで顔だせやということなら、まぁ、行くのはやぶさかでは無いんだけど……。


「でも、召喚命令とか酷くない? 私だって、好きで貧乏暮らしをしてたわけじゃないんだけど」


「とはいえ、文言を見る限り、問答無用の雰囲気ですぞ! めっちゃ怒ってそうですぞ!」


若者言葉を話す宰相ボルワース(六十三歳)の図。


私は召喚状を見た。

そして私のとなりであわあわするアリスを見て、含み笑いを漏らすコレットを見た。


王国は弱小とは言え、歴とした独立国。

その女王を呼びつけるなど外交儀礼的にはとんでもないことである。


ただ、国力や権力を勘案すると、皇帝陛下と私の間には、お殿様とトノサマバッタぐらいの差があるのこともまた事実。


うーん、私は、バッタらしく平和になった野っ原でぴょんぴょんしていたいのだけど……。

できれば、彼氏の背中に負ぶさってね。

まぁ、オンブバッタは雌のほうが大きいのだが。


話がそれた。


「まぁ、行くしか無いよねぇ」


「ええ、とにかく召喚状だけは本物です。急ぎ対応をお願いいたしますぞ、陛下」


「了解よ」


聖国から戻ったら、今度は帝国旅行かぁ。

まぁ、今回は平和な旅行だ。


気楽に、とはいかないけれど、気分的にはハッピーである。

東奔西走、ちょっと忙しくはあるけれど、まぁ、貧乏暇無し、仕方が無い事だろう。


「しゃーない、行きましょう。旅費は皇帝陛下がもってくれるらしいし」


「まぁ、そこが重要よね」


そうとも、コレット。

無料なら大概のことは我慢できる。

私は寛大な女なのだ!


さて、ここで、問題になったのはお土産だ。


帝国は豊かな国で、まぁ、私が顔を出せば贈り物を沢山くれるだろうという話。


私は王国の代表として帝国に行くわけで、手ぶらというわけにはいかないのだが、王国には物が無い。

「侍女のお古で申し訳ないのですけれど……」とアリスから譲られた可愛いドレスを、女王の私がありがたがって著ているような状況である。


帝国のお嬢様の使用人のその下が、私の経済的立ち位置なのだ。

ぶっちゃけマジで、帝国の中産階級と良い勝負だろう。


そんな一般家庭の新婚妻に、皇帝への手土産を用意しろと言われても……。


さて、こいつは困ったぞ。


会議室、閣僚も含めた私達が、私達が頭を悩ませた。

最初に何かに閃いたのは、我が義妹のアリスであった。


「……一つ、案が浮かびましたわ。お姉様」


「聞かせて! 真っ当な提案ならこの際なんでもいいわ」


「いえ、あまり真っ当とはいえません」


「まじかよ」


キリッとした眉毛のアリスは可愛い。

でも可愛くても許されない事だってあるんだぞ。


まぁ、しかし背に腹は代えられないし。

私は、アリスに先を促し、そして後悔した。


アリスは、私を見て、それからなぜかオスカーを見て、言った。


「オスカー様に首輪を付けるのです! それで、そのヒモを引っ張って陛下に閲見するのです!」


変態じゃん。


「それの何が手土産になるっていうのさ、アリス?」


「政治的なパフォーマンスですわ。勝手に軍を飛び出したグレイン中将に手綱をつけてお返しする。最高の手土産です。陛下にも帝国軍統合作戦本部にも間違いなく喜んでもらえるでしょう」


「素晴らしい提案だ。見事な識見だな、アリス嬢!」


首輪をかけられる男が目を輝かせて賛同した。

コレットも諸手を挙げて賛成する構えを見せる。


私は切歯扼腕した。


くそ、なんでこいつこんなに変態なんだ!

私以外揃って馬鹿ばっかりだ。


まぁ、わからんでもないのだ。

オスカーの扱いは、問題になるに決まっている。


本来、皇帝が預かる兵権を私物化して、独断専行。

問答無用で極刑になる所業だ。

軍法会議をすっ飛ばし、そのまま首をすっ飛ばされる暴挙である。


帝国軍は、真っ当な組織だ。

軍律違反には、一罰百戒をもって範を示さねばならない状況だった。


ただ、まぁ、状況はオスカーの味方なのよねぇ。


オスカーは王国の救援作戦そのものは成功させていた。

戦費も賠償金と合わせて稼ぎ出し、兵は任務を全うして帝国の威を示した。


帝国本土はこれといった脅威にはさらされておらず、軍隊は暇しているのも大きかった。


つまりオスカーは、無駄飯ぐらいの国軍を連れ出して、現地調達した資金を使い、国外で訓練をして、ついでに国の人気を上げてきてくれたような状況なのだ。

これだけ見ると、すごい有能な人である。

まぁ、実際有能なんだけど。


世論も王国とその女王エリザベートを助けたオスカーを支持している。

正義感に溢れた将軍オスカーを処断するのは難しいらしい。

義侠心と正義感に溢れたオスカーを組織の教条主義で失っていいのか! みたいな論調があるんだって。


まぁ、彼の実態は劣情と欲望にまみれたドスケベなのだけど。

私は最近エッチな下着を贈られて、本気でこの男を伴侶にして良かったのかと、深刻な不安を抱いている。

伝統あるエッチな下着ってどういうことだ。

すごくエロくて私は流石に火が出てしまう。

私もう、いい歳なんだけど……。


まぁ、オスカーが有能なのは私もよく知るところ。

そして、その扱いがとっても難しそうなのもわかる。

彼はたしかに強いのだけど、言う事を聞かせるが難しいのだ。


なにせ、いつ死んでも惜しくないなんて言ってる人間だ。

大抵この手の尖った中二病患者さんは、世の中の荒波に揉まれて矯正されるのが常なのだが、この男は物理的に頑丈すぎて、あんまり丸くならなかった。

彼を動かすには彼が一番価値を置いているものを動かす必要があって……。


ああ、なるほど、それは私だ。

跳ねっ返りオスカーの手綱を握れるのは私だけ。

アリスの言うとおり、これは良いお土産だろう。


つまり、私は恋人にに首輪を付けて、至尊の座にある皇帝陛下に閲見しなくちゃいけないのね!


「いやだー!」


「わがままをいうな、エリザ! 俺を助けると思って頑張ってくれ」


「だまれよ」


私をお前の変態趣味に巻き込むんじゃ無い。

しかも今度は二人きりじゃ無くて、公開でのプレイだぞ。


やだ、私、プレイとか言っちゃった。

毒されてる、毒されてるよ……。


割と一方的な議論の末、私は大型犬用の散歩ヒモを握る事になったのである。

その先には首輪がついていて、オスカーがやけに堂々とした風情で繋がれている。


忠犬、オスカー、お散歩モードである。


「俺は、扱いづらい駒だ。帝国軍は実力主義。勲功を上げれば上げるほど、俺の権限は拡大し、その力は強くなる。結果益々勝ちやすくなる。勝ち、また位階をのぼり、そんな俺が最後行き着く先はどこになるのか……。皇帝にとって、いずれは俺は目障りになるだろう。近い将来、俺はあの男に処断されていたかもしれないな」


キリッ。


なにこいつ、首にお散歩リードつけて悲壮ぶってるんだ。

私は思った。


「オスカー……、その格好じゃ威厳なんてこれっぽっちもありませんからね」


私がヒモを引っ張ると、オスカーはとても嬉しそうな顔をした。


「だが俺の強さと宮廷における危うさは、間違いなく事実……」


「黙れ。そして、ワンと鳴け!」


「わんわん!」


周りはみんなして笑った。

畜生、他人事だと思いやがって。


私は手近な宰相の腹にグーパンをたたき込み横隔膜を痙攣させてやった。

そして私も笑った。


世の中笑うしかないってことあるよね。

オスカーも一緒に笑いながら補足してくれた。

もちろん首輪は付けっぱなしだ。


「まぁ、そこまで悲壮ぶるわけじゃないんだが、皇帝も『もしかしたら、オスカーは俺の手に余るかもなぁ』ぐらいの危惧はもってたような気がするのだ。エリザが俺の制御をしてくれるなら、間違いなくあの男は喜んでくれると思う。余計な諍いはない方がいい。俺は今回の遠征でそのことを学んだよ」


「もー、その格好で、まともな事を言わないで下さい」


まぁ、でも、こんな事を言われたら従うしかないよねぇ。

オスカーの安全も一緒に買えるなら、私も一肌脱ぐしかないじゃない!


「首輪の意味はわかりました。たしかに皆幸せになれるアイデアです。これで行きましょう」


考えるの疲れたし。


私が、諦め半分に宣言すると、会議室の皆は楽しそうに笑ってくれた。

首輪を付けている男が、特に一番楽しそうで、私は一瞬憮然となり、そのあとため息をついて受け入れた。


「でも、成人男性に首輪を付けて歩くなんて、ほんと、エリザも女王らしくなったわね」


「それって別の女王様じゃん」


オスカーが楽しげに笑って言った。


「レザーのボンテージとかも付けてみるか?」


アリスがこれを受けて笑う。


「通販にありますよ? なんでしたらオーダーメイドも受け付けます!」


要らねーよ!

私は口元をギザギザさせてからオスカーの首輪を引っ張った。

オスカーは嬉しそうな顔をして、もう一声鳴いてくれた。





「首輪は付けたままでも構わなかったんだがな」


「私が構うんですよ……。まったくもー」


私はオスカーと手を繋いで、階段をのぼった。

当然の不満が私の口をついて出る。

オスカーは楽しげに笑っていた。


暗いらせんのきざはしの先、扉を開けて屋上に飛び出せば、夕暮れの橙色が私達を迎えてくれた。

強めの風が吹き、私の髪が後ろになびく。

オスカーが私を捕まえるように、腕に手を回してくれた。


「首輪、そんなにお好きですか」


「ああ、好きだ。つながってる感じがする物ならなんでもいい。まぁ、本音を言うなら、首輪は付けられるより、付けたいんだが」


この男は……。


「……もぅ、馬鹿も休み休みにしてください」


私達は、王都の城門南にある見張り塔の上に居た。


会議の後だ。

私はオスカーを誘って、お散歩に来たのである。

さして高くも無い塔からは、同じく低層建築が立ち並ぶ、王都の様子が一望できるのだ。

私のお気に入りスポットであった。


彼と手を繋ぎ、胸壁の後ろにすすむ。


籠城戦をしているときは、ここから聖国の大軍を眺めたりもしたものだ。

あの時は怖かった。


でも今は、その時の私を救ってくれた彼がいて、私と手を繋いでくれている。

それが、すごく心強くて、私はとても嬉しい。


口に出すと、ただでさえ狭いパーソナルスペースが、ほんとにゼロ距離になっちゃうから、言わないけどね。


私は、オスカーが好きだった。

塔の上二人きりになり、周囲の人目が無くなった瞬間に、私の体を抱きしめてあちこち撫ではじめちゃうオスカーが、好きだ。



季節は春になっていた。

草木が芽吹く、始まりの季節だ。

太陽の歩みはまだせっかちで、夕暮れともなると足早に地平の向こうへ隠れてしまうけど、だんだん空気はぬくぬくとしてきていた。


わたしはこの季節が一番好きだ。

長い冬が終わり、カエルやイモムシが動き出し、そしてイネ科植物の花粉にやられる廷臣が鼻をぐずぐずさせるのをにやにや眺めるのが好きなのだ。

山菜とかもおいしいし。


お日様は今、西に沈みかけている。

残照を浴びて、眼下の町並みは、暖かな黄色に染まっていた。

そこからしじまのように聞こえてくる街の喧噪は、楽しげな活気に満ちていて。私の頬はしらず綻んだ。


王国は蘇っていた。


焼け焦げた瓦礫の跡は、もう見る影もない。

一度廃墟となった記念にと、崩れた公会堂跡を残しておく予定であったのだけど、地価の高騰には抗えず、結局、帝国の某商会に買い上げられてしまったのだ。

金貨の重みに耐えられなかった。

今、その場所は基礎工事の真っ最中だ。

大工が忙しく動き回っている。

一年後には馬鹿でかい百貨店が建つだろう。

城壁よりも高くするなとだけ言ってある。

無理を言うなと言われた。横に広げなさい横に。


押し寄せる資本主義の荒波を受けた王国は、もはや打ちひしがれた廃墟ではいられなかったのだ。

私が最近ぷくぷくと肥えていくように、王都もまた日々元気に開発されつつあった。


ていうか、なんか一気に開発が進んじゃったんだけど、風情とかないもんかね。


まぁ、でもそれはとても幸せな事だと私は思う。


私は隣に立つ格好いい変態の顔を見上げた。


「オスカー、ありがとうございました」


彼は、黙っていればイケメンだった。

黙っていなくても、私に取ってはイケメンである。


「どうした? 改まって」


オスカーが笑った。

何を今更とも思うし、何度言っても良い足りないとも思う。


「最近、お礼を言ってなかったなって。あなたが居るのが当たり前で、守ってもらえるのも当然みたいになっちゃってたから。だから改めて、お礼を言わせて。ありがとう、オスカー。私を助けてくれて、そして好きだと言ってくれて」


あんまりしゃべると、気持ちが軽くなっちゃうかな?

オスカーは、まぁ、どっちでも良いみたいだ。


私の言葉に笑ってくれた。


「光栄だ。だが、礼を言うのは俺の方だ。ありがとうエリザ」


「何についてのお礼ですか?」


「秘密だ。エリザが考えてくれ」


オスカーの半白の髪が風に靡く。

彼の髪は悔しい事にさらさらで、容姿も私などよりよっぽど美形である。


この人が、まぁ、私の騎士様なのだ。

強くて、かっこ良くて、群狼戦術が大好きで、夜になると私に酷い事をするこの変態が私を守ってくれるのだ。

そして、私は彼の事がとても好きなのだ。


聖国では二人きりで話す機会がたくさんあった。

彼の私への想いと、それに伴う欲望的なサムシングをめいっぱい聞かせてくれた。

彼は、ベッドの上でねちっこく私のおっぱいを責めながら、色々と語ってくれたのだ。


人は、鏡みたいな生き物だと私は思う。


好きと言ってくれた相手の事が、自分もなんだか好きになる。

きれいだ、かわいいと言われる度に、なんだかそんな気になってくる。


オスカーは私の事が大好きだと言ってくれた。

現金で褒められたがりの私は、もうすっかり、参ってしまっていて、まぁ、はっきり言うけれど私は彼のことがとてもとても好きなのだ。


まぁ、とはいえ、もっと肉を付けろと言われる件については、断固としてお断りしたいと思う。

これ以上、尻をでかくはできない。

マーメイドラインのドレスを着れなくなってしまう。

抱き心地とかよりも着られるドレスの種類の方が私に取っては重大事だ。


「オスカー、愛してます」


「俺もだ」


オスカーはわかりやすい人だ。

自分がいて、好きな人が居て、それ以外はどうでもいいって価値観で彼は生きている。

単純で、とんでもない自分ルール。


音に聞く帝国の無政府主義者たちでさえ、もう少し社会規範には配慮して行動するだろう。


そんな傍若無人なオスカーは、だからこそ、私のために戦ってくれたのだと思う。

軍令とか、自分の身の安全とかいろいろ「どうでもいい」と蹴っ飛ばして私を救ってくれた。


まぁ、恩返しの意味合いもあるのかも。

彼が欲しいというのなら、私は彼に私の残りの人生をプレゼントしたいと思うのだ。


代わりに彼の残りの人生と、その並外れたパワーをもらう。

これで王国も私も安泰だ。

女王エリザは強かである。


「オスカー。私、幸せです」


オスカーは、笑ってくれた。

そしてもう口では何も言わないで、ただ黙って私の事を抱きしめてくれた。

彼の腕に身を任せると、なんだかとっても安心できたので私はそっと眼を閉じた。


オスカーより伴侶に相応しい常識的で良識的な男性はこの世に沢山居るだろう。

道を歩いてる男の人を適当に抽出したとして、半分ぐらいは、彼よりマシな人格をしているはずだ。


でもオスカーほど私を大事にしてくれる人間は、この地上にいはしない。

今後いかなる知的生命体がこの地上に発生しても、彼ほど私の事を思ってくれることはないはずだ。


確信がある。


それがとても嬉しい。


「オスカー、私あなたのこと愛してますわ。これからもよろしくお願いします」


オスカーは腕に力を込めてから、私のほっぺをぐにっと掴み、それからふわっと口づけを落としてくれた。

普段の行いは粗雑なくせに、キスだけは達者で、我が輩は大変悔しい。

ドキドキして、力が抜けちゃうのが悔しい。


それからしばらく二人で過ごし、その後、寄り添って見張り塔から撤退した。

王都は蘇り、私は恋人を得て、それをこの目と肌で感じられて、私はとても、とても幸せだった。


ベッドだけは、少しだけ狭くなってしまったけれど、それでもとても幸せだった。

私は幸せな女王エリザベートであった。



ところで、だ。

人は何かを見ているとき、見られてもいることを皆さんはご存じだろうか。


あなたが大衆を眺めるとき、大衆もまたあなたを見返しているのである。


私のお気に入りスポットの見張り塔は、とても見晴らしが良い場所だ。

そしてあんまり高くない。


故に、街の様子が結構近くに感じられる。

私は、「ふはは、愚民共が、豆のようだ!」ぐらいに思っていたのだけれど、なんと下からも丸見えであったらしいのだ。


ああ、そうとも。

塔の上でいちゃつく私とオスカーは、外からガン見されていた。

もう、パパラッチなんて目じゃないぐらい、市民の皆さんは私の事を見ていたらしい。


私は、翌日、街の住人から、冷やかされたり、殺意の視線を向けられたりすることになる。


「帰国早々、お熱い姿を拝見できて、国民一同すっかり安心いたしました」


ついには市長からまで、こんな挨拶をもらってしまい、私は、それはそれは恥ずかしい思いをしたのであった。




それから私達は、早速帝国行に取りかかった。

といっても今度は平和な旅路だ。


楽しい旅行であるね。


王都から馬車でトレーニまで行き、そこから海路で帝国の港町アリエンテに向かい上陸。

残りは陸路で帝都を目指す道のりだ。


道中は、まぁ騒々しくも平和だった。

コレットが船酔いで死にかけたり、アリスちゃんが嫁入り前だというのにマルノイさんと外泊を決めたりしてくれた。


他にも小事件は頻発したのだけれど、まぁ、まずはオスカーに首輪をつけよう作戦、コードネーム「ケルベロッテ・リード」の結果だけお伝えしよう。


上手くいった。

とても上手くいった。


問題児オスカーに手綱がつけらるというのは、帝国にとって私が考える以上の価値があったのだ。


彼は王国、というか私を助けるために独断専行した。

ぶっちゃけやっぱり命令違反で、重罪だった。


たしかに今回の作戦行動は、帝国の国益にもまぁまぁ合致したので目こぼしすることも可能である。

しかし、今後はどうなるかわからない。

何より困った事に、オスカーは腕力がすごいので、いざ処断しようとすると、絶対にもめてしまうのだ。


おそらく黙って殺されてはくれない


帝国軍の首脳達は、いい加減、そんなオスカーの扱いに困っていたらしい。

ぶっちゃけ、皇帝陛下の寵愛が無かったなら、とっとと謀殺してしまいたいぐらいだったとか。


そう語ってくれた戦務の参謀さんに、お前、ぶっちゃけすぎじゃ無いかと、私は突っ込んでみたけれど、オスカーは、「全く同感だ」と一緒になって笑っていた。


帝国軍首脳陣はこう考えていたそうだ。

もうこの際、オスカーは王国で飼い殺してもらったらいいんじゃ無いかと。


その提言を受け、皇帝陛下が仰った。


「オスカーの任を解く。まぁ、公職追放だと思ってくれ。もう少し働くお前を見たかったが、残念だ」


「そうか、俺は、これと言って未練は無いな。清々した」


ちょっと名残惜しげな皇帝陛下を、正面から挑発するオスカーの図。

同席する私は、流石にちょいと肝が冷えた。


まぁ、陛下は鷹揚に笑っていた。

二人は気安い関係だった。


最終的に、陛下もオスカーを私に下賜する認めてくれて、こうして私はオスカーと結ばれることになったのだ。


折角なので、私はオスカーの首輪姿を披露したりした。

皇帝陛下にはばかうけで、私は後日特製の首輪を贈られた。


流石は帝室が用意した逸品は、当然のごとくオスカーのお気に入りとなってしまい、私は時々、首輪付きでの散歩を督促されるようになったのだ。

逆に、夜は、私に付けようと頑張ってくる。


奴はまさしく変態である。


私が、付けたかどうかは秘密だよ。


それともう一つだけ、私にも重大な事件があった。


会見も終盤、陛下は私の顔を見て静かに顎を撫でていた。

銀髪痩躯、私より一回り年上の皇帝陛下は、イケメンのおじさまだ。

略してイケおじ。


思わず私が見惚れていると、彼は厳かに言ったのだ。


「少し考えて見たんだがな。オスカーを王国に渡すだけでは帝国は得るものがない。やはり、これはバランスを欠くように思う。この点、エリザベートはどう思う?」


私は唸った。

うーん、まぁ、仰るとおりではあるだろう。


オスカーが有能であるのは事実。

帝国軍がそんな将軍を一人引き抜かれてしまう事には違いない。


「たしかに仰られる事には同意します。でも、私、対価はなにも払えませんよ?」


この時だ。

陛下がにやーっと笑ったのだ。


なにその顔?

オスカーと似た笑顔で私はちょっとどきっとした。


「いや、女王エリザベートよ、お前には払える物がある」


「なんですか」


体で払えとか言われそう。

オスカーはよく言う。


ちなみに陛下も似たような事をのたまった。


「エリザベートには、私の養女になってもらおう」


と私が戸惑う横で、オスカーがガタッと立ち上がる。


「良い考えだ、ヴィルフリート。まったくお前らしくない! まともな提案もできるじゃないか!」


「そうか、貴様から褒められても嬉しくないが、賛辞は素直に受け取ろう」


私の旦那と皇帝が力強く握手を交わす。


えx-、って感じであった。


急に俺の娘になれって言われてもね!

しかも皇帝陛下から。


まぁ、私に、拒否権は存在せず、拒否する理由も無いのである


なにせ、富強の帝国の皇女様は偉い。

とても偉い。


殿様の娘はお姫様なので、私はバッタから人類へクラスチェンジできるのだ。

私の立場も一気に強固になって、地震が来てもへっちゃらになる。


なので、表面上は、おそれ多いです! みたいな顔をしつつ、私は内心はうっきうきでこのお話に同意した。


陛下には私の内心などお見通しで、「素直に顔に出る奴だ」とたいそう機嫌を良くしてくれて、私の義理のパパになってくれた。


こうして皇帝陛下の養女として迎えられた私は、帝国で離宮を与えられて、オスカーと結婚式を挙げ、いちゃつきつつ一年を過ごし、子供を一人こさえてから帰国した。


いい加減戻ってこいと王国から督促をされたので、流石にその時は大慌てで。



まぁ、こんな感じで、昔助けた狼に命を救われた女の子は、その後、狼のお嫁さんになりました。

そして、辺境の王国で子供を作ってはびこりつつ、みんなと幸せにくらしましたとさ。



めでたしめでたし。







もう一編だけ、後日譚を投下します。

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