聖国とわたし
和平から、およそ一月が経った。
戦後処理は粛々と進んだ。
まずは、駐屯の問題を抱える帝国軍が王国へと撤退を開始。
王国に恋人ができた兵士さんもかなりの数がいるらしく、早期帰還組を決める話し合いでは拳による決着が図られた。
刃物を使っていないので極めて穏当であるそうだ。
何も言うまい。
勝者も敗者も私からの手当を望んだので、私はご褒美に拳骨をくれてやった。
全員喜んでいた。
私の帝国軍人に対するイメージは被虐趣味の変態集団で固定されている。
今は、留守居役の第七連隊を除く全軍が王国まで撤退済みだ。
元敵地である聖都には二十万からの人口を抱えている。
ここに、たった千人の手勢で留まることになるわけだ。
警備責任者の我が恋人に確認したところ、
「この国でエリザを恨んでいる人間はごく一部に限られる。手は打ってある」
とだけ教えてくれた。
「私とルチアで裏から手を回して始末してるから、大丈夫よ」
とはコレットの談。
コレットは聖国出身だ。
宮廷にも多少の因縁があるらしい。
ルチアと二人で、戦後の闇の深めるべくしばらく暗躍を続けていた。
私は知らないふりをした。
だって私は聖女だから。
さて、その間、私が何をしていたかというと、医療講座を開いていた。
ルチアからの要請でもあり、私の自己満足でもある。
実は私は、病気で苦しんでいる人達を見過ごす事ができないのだ。
その理由は子供の頃の経験である。
皆さんは子供の頃、腹を壊して苦しんだ覚えはないだろうか。
私はあった。
沢山あった。
理由は貧乏だ。
なにせうちの国は圧政で疲弊していたものだから、幼い時分の私は四六時中腹を空かせていた。
ゆえに、食べられるものなら何でも食べた。
たとえ食べられないと言われても、食べられそうなら、迷わずいった。
そしてその度に腹を下して悶絶した。
「もう、エリザちゃんたら! どうしてそんなに食い意地が張ってるの!? ちゃんとご飯はあげてるわよね」!?
侍女代わりに面倒を見てくださった、おばちゃんの台詞である。
すまない。本当にすまない。
でも言い訳をさせてもらいたい。
私にとって、つまみ食いは別腹なのだ。
言い訳になってないという突っ込みは不要だよ。
それとね、ねんでかガイアのふりした腹の虫が私に向かって、囁くんだ。
これは食べられるかも知れないぞって。
もし食べられるものだったなら、捨てられちゃうのは、可愛そうじゃないかって。
勿体ない精神をこじらせた意地汚いくておバカな私は、毎回毎回この悪魔のささやきに騙されて酷い目に遭ったのである。
なぜ学習しないのか。
私は、酷い事をされても根に持たないところをよく褒められる。
でも、それって、学習能力が低いだけなんじゃないだろうか。
私の自己評価はあんまり高くないのである。
まぁ、わかってても治らないあたり相当に根が深いよね。
おばかは死んでも治らないというし、私はそういう人間なのだろう。
私はおばかだった。
そして、食べ物にあたるたび、痛む腹を抱えながらおトイレで神に祈りを捧げたのだ。
「ああ、次からは気を付けます。ですから、どうかこの可哀想な私をお救いください」
と。
人類がもっとも真摯な祈りを捧げる場所は、礼拝堂ではなく便所であると私は信じている。
まぁ、当然のごとく神は助けてくれなかった。
我が苦しみは自業自得のものだったから、神はお見捨てになられたのかもしれない。
「便所で反省してろ、この馬鹿者!」
と、普段は優しいお祖父さまにまで見捨てられ、私はたいそう苦しい思いをしたものだ。
便器だけがお友達。
そのわびしさと辛さは、知らぬ者にはわかるまいよ。
まぁ、自業自得なんだけどさー。
でも、その時、私は決心したんだ。
たとえ苦しむ人がどうしようもないおバカでも、決して見捨てたりはしないぞ! と。
この経験が私の今の行動指針になっている。。
まぁ、人助けというか、子供の頃の私を助けてる気分だね。
まして、今の聖国人は戦争に巻き込まれただけの人達なのだ。
助けるのにためらう必要などこれっぽっちも存在しない。
真面目な話をすると、子供を助けてもらって喜ぶお母さんの顔は、どこの国でも一緒なんだ。
だから人道支援に走る私に迷いは無かったのである。
コレットは「それでこそエリザだよねー」と笑っていた。
しかし、ここで一つの問題が発生した。
助けるにしても患者の数が多すぎるのだ。
まぁ、国をひっくり返すような疫病だから、相当に市中は荒れている。
そこで私は、考えた。
「私の手は二本しか無い。なら手の数を増やすしかないじゃないか」
って。
人一人が両の手で救える人間の数は、時間あたりの仕事効率を極大化したとしても限界がある。
限りあるリソースを有効活用するのなら、人材育成をするほうが効果的。
これは何にだって言える事だ。
例えば、私が五人に教えるとしよう。
その五人が五人ずつに教える。
これを七回ほど繰り返すと聖国は、生まれたての乳幼児から寿命間近の高齢者まで、医者しかいない国になってしまうのだ。
すごい。
指数級数的爆発により、聖国はエリザベート式医術の波に呑み込まれた。
まぁ、そんな事はないんだけど。
とにかく、ねずみ算に基づく人材育成の効果は極めて強烈、これを使わない手はないのである。
この話にコレットが反応した。
ねずみ算、というかねずみ購的なサムシングが彼女のハートに触れたらしい。
「ライセンス料とかとらないの? ものすごい勢いでかせげるわよ」
「コレットはそういう詐欺まがいの手口に詳しいよね」
同席したルチアが心配そうに眉を下げた。
「ライセンス料が必要なときは、私に一声かけてくださいませ。頑張って費用は捻出します」
良心価格ならちょっと犯罪的な手法でも見逃してくれるらしい。
いらんわ。
コレットが勝手に代理人交渉を始めるから、余計なことを言うんじゃ無い。
まぁ、ちょっと脇にそれちゃったけど、実際のお仕事風景にも語っておこう。
仕事の方は、順調で、私は教え子ちゃん達とすっかり馴染んでいた。
「医師、看護師の心得その一。医療従事者たる者、常に清潔であれ! 皆さん、手洗いとうがいは済ませましたね?」
「「「はい!」」」
「大変結構!」
今の聖国で、流行っている病はもっぱら衛生面の問題によるものだ。
清潔にして改善と、適切な投薬治療ができれば症状は大分緩解できる。
「細菌性の細胞内感染症は、薬で駆逐できます。だからしっかり身につけて頂戴」
こう教えてあげたときの、修道院の人たちの喜びようと言ったらなかった。
目をきらっきらさせて皆は叫んだ。
「本当ですか!? エリザベート陛下!」
「ありがとう存じます、エリザベート聖下! これで救われるのですね!」
ああ、可愛いなぁ。
こういう時、私は国籍とか民族の違いなんて些細だなって思うのだ。
悪い王国人もいるし、善良な聖国人もいる。
ルチアから紹介を受けた子は、みな良い子達であった。
ビジュアルや言動も純朴で、露骨に私の警戒心を削りに来てるあたりも含めて、ルチアの人選に間違いは無い。
「というか、どの組織も末端の方は割とまともなのだ。だいたい腐るときは上から腐る」
オスカーの言葉であった。
エリザベート分とやらを補給するために、私の体を抱きしめて、おっぱいをもみもみしている男がいうと説得力が違う。
遠征中はずーっと我慢していたらしく、彼は若干お猿になっていた。
この言い様、オスカーは絶対、自分のことを除外してるけど、女性問題でちょっと警戒されていることに彼は気付いているのだろうか。
まぁ、内容については同意するけどね。
私の講義を受ける子達は、現場で働く女の子達であるらしく、栗毛の子も、赤毛の子も、みんな素直な良い子であった。
でも黒髪眼鏡おかっぱのこけしみたいな女の子は、絶対腹黒だろうなと私は信じている。
そして何より、嬉しい事に、彼女ら生徒さん達は皆、私を敬ってくれるのだ。
最初はお互い気まずさもあったのだけど、今は先生、先生とぴよぴよ私に傅いてくれた。
なにせ、私は祖国ではあまり良い扱いをされていないので、とてもとても嬉しかった。
私は、いつだって素直な賞賛に飢えている。
「先生、今日も先生は可愛いです。またお綺麗になりましたね」
「ありがとう。あなたからもらった化粧水おかげよ。国に帰る前に買い込んでおかなくっちゃ」
「先生、昨日先生が美味しいっていっていたパンもう一度焼いてもらいました」
「ありがとう。お母様によろしくお伝えして頂戴」
「先生。親に頼んで焼き菓子を取り寄せてもらいました。良かったらどうぞ」
「ありがとう、楽しみだわ!」
ちやほやされた私がでれでれと鼻の下を伸ばしていると、例の黒髪眼鏡こけしが挙手をした。
「先生、質問があります!」
「なにかしら? なんでも聞いて頂戴」
「こっちの資料では抗生剤の初期投与が千単位になってるんですけど、今日頂いた教本だと二千単位になってます。どちらが正しいのでしょうか?」
「あっ!」
私、思うのだ。
ここで言うなよ! と。
資料の間違いなど指摘されては、先生の威厳がさよならバイバイしてしまうのだ。
私は基本のったりした性格をしているので、こういう時すぐ動転してしまう。
この時、私を取り囲む、ほんわかしたした視線がほんとう辛いのだ。
やめろ、私をそんな目で見るな!
さげすんだ目で見られないだけマシだけど、微笑ましく見守られるのもそれはそれで辛い!
私はしどろもどろに返事した。
「それは、それはね、どっちでも良いところね。薬剤の備蓄を見ながら臨機応変に対処して頂戴。あと千が基本だからそっちでよろしく」
「はい、わかりました! 流石エリザベート先生です。さすエリ!」
腹黒もお返事はとても良いのだ。
だからついつい騙されちゃう。
護衛のコレットさんから、「王国人が馬鹿だって思われたら、エリザのせいだからね」って顔までされちゃうし。
頑張ってるんだから、ちょっと多めに見てもらいたいね。
まぁ、こんな感じで一ヶ月、私は、随分と平和な感じで過ごした。
医療関係の仕事は、宮城の一室でしているので警備も厳重、故に大きなトラブルもなし。
わたしはのたのた仕事をし、そして一区切りがついたところで、進捗についてルチアとお話をする機会を持った。
ルチアからは、宮城の温室を会談場所に市営された。
私はとても綺麗なドレスを身につけて、話し合いの場にいった。
そこでは、ゴージャスな法衣を着崩したルチアが待っていて、まぁお互い結構な随員を連れた上で、お話しをすることになったのだ。
ちなみにこの私のドレスだけど、件のリンディが着ていた物をちょっとだけ改造して使っている。
彼女のドレスは胸元のサイズをちょっと緩くして、腹周りを人には言えないほど調整すると私の体型にぴったりだったのだ。
リサイクル、リサイクル。
リンディのセンスは流石というしかなく、とても素敵なドレスであった。
リンディの持ち物を私が接収することについては、コレットはノリノリだった。
ルチアは私が怨敵と同じ服を着る事にちょっと抵抗感があったみたいだけど、私の着こなしがリンディとは似ても似つかなかったようで、ほっと胸をなで下ろしていた。
ルチアは「陛下はリンディみたいな雰囲気がないので大好きです」と言ってくれたのだけど、私は、褒められている気がしなかった。
不思議である。
ドレスを仕立て直すとき、私の各部位のサイズを図ったのだけど、「うそ、エリザまた太くなった……!」って顔をコレットにされたからそれと関係があるかもしれないね。
ちなみに私の太さは、王国の重要機密の一つである。
私が用意した人材育成計画にルチアは興味津々だ。
「救護の人員も急場を凌ぐ分には十分な数育成出来たと思う。もっと勉強したがってる子もいるみたいだから、続きについても前向きに検討をお願いするわ」
彼女は報告書を見て目をうるうるさせていた。
既に私の薫陶を受けたシスター達が、千人近い救護実績をあげていると、手元の資料には書いてある。
まぁ、私が偉いんじゃ無くて、ルチアの子飼いが優秀なだけなんだけど。
「本当にすごい……。やっぱり陛下にお縋りして良かったです」
「いいの、いいの。気にしないで。でも、お縋りとかいう言い方は危険よ」
ルチアはちょっとだけ残念そうな顔をした。
「ごめんなさい。でも、私も、アリスみたいに陛下のことお姉様ってお呼びしたいなって。……駄目ですか?」
「そんなの、良いに決まってるじゃ無い」
「……エリザがまた捨て猫拾いやがった。アリスだって結構厄介なんだけど、ちゃんと世話しきれるんでしょうね」
コレットがぼやいた。
厄介な娘呼ばわりされたアリスは、商家の娘らしく活動中だ。
戦後復興はビジネスチャンスらしく、ルチアともよく話しているようだ。
衛生関連については、都市計画レベルで大工事になるらしく、彼女はご機嫌で実家にお手紙を書いていた。
いろいろと取り寄せるつもりらしい。
ルチアとアリス、二人に共通する話題はそう多くない。
必然的に私のことについてもよく話しているようで、私をお姉様と呼ぶアリスを見て、ルチアも羨ましくなったのだという。
ちなみにだが、アリスが、実は結構すごい子だった。
いや最初は、不思議に思ったのだ。
なんで、あのお嬢様、私に付いてきてくれたんだろう? これから戦争するのになって。
今思えば、この復興景気を狙っていたに違いない。
アリスは実家から自由裁量権をもらっているという。
リスクを気にせず突っ込んでいき、チャンスに変える。
この強かさを買われているんだろうなぁと私は合点したのであった。。
初対面では腹痛で死にかけていたアリスだけれど、平時の頭の切れっぷりはコレットの上を行く。
コレットみたいに露悪的にならない分、交渉相手の懐深くに入ってくるし、ずっと危険な娘である。
無邪気な笑顔で商人のソロバンをはじき倒し、国の権益に食い込んで来やがるのだ。
まぁ、手強いよね。
でも、彼女は私の事を「エリザ姉様、エリザ姉様」って言って慕ってくれる。
ルチアまで感化させるぐらいだし、親愛の情は本物なのでついつい甘くしてしまうのだ。
もっとも私は、彼女からケーキとかクッキーとかキルシュトルテとか賄賂を沢山もらってる。
その恩返しではあるので文句を言う気は無いのである。
加減はやっぱり難しいけどね。
「可愛い義妹が増えてうれしいわ、ルチア。唯一、ルチア似の弟がいないことだけは残念だけど」
「まぁ、陛下ったら! 可愛い男の子が好みですか? グレイン中将に言いつけますよ」
「ええ、このことは内緒でお願いね」
「いや、俺もいるからな。ちゃんと聞いてたぞ、エリザ」
オスカーが憮然とした顔で不満を表明したので私達は一緒になって笑った。
美少年は別腹。
男の人が小さな女の子見てほっこりするのと同じだと強弁したい。
実に平和な時間だった。
このまったりした空気には、私達が今居る温室の快適さも一役かっているかもしれぬ。
なんでもこの温室、教皇猊下がリンディのために整備させた物だとか。
俗世の喧噪を忘れられるような心配りを施したそうで、なるほど、たしかに納得の素敵空間である。
天球上になったガラス張りの屋根の下、常緑の草木の合間に華やかな花々が咲き誇り賑やかな色合いを振りまいている。
どこからともなく流れてくるひんやりした空気の流れは、初夏の暑さに心地良かった。
流石は、贅沢に溺れて国を傾けただけのことはあるよなぁ。
素晴らしいセンスと最悪のコストパフォーマンスに恵まれた一室。
大事な外交相手をお招きするには、うってつけの場所だろう。
これを教皇と愛人の専有物にしちゃったのがまずかったのだ。
外交に社交に有効活用すれば、もっとみんなしあわせになれたろうに。
業務報告は進んで生き、今後の話も俎上にのぼった。
「ルチアから依頼があったシスターの女の子は計三十人。応急処置から投薬の判断基準ぐらいは仕込みが終わってる。聖国の疫病が終息したら本格的に留学に寄越して頂戴。待ってるわ」
「なにからなにまで……、本当にありがとうございます。お姉様」
「代わりに費用を負担してもらうんだから、気にしないで、ルチア」
今回の王国と聖国の戦争。
これは、互恵関係の乏しさ故に起こったものだと私は考えている。
聖国の教皇が「まぁ、滅ぼしてもいいかな」とか考えたせいでうちの国は侵略されたのだ。
没交渉では、また何十年後かに似たようなことが起こってしまうかも知れない。
顔見知りになっておかないと、棍棒もってのお宅訪問に心理的な抵抗が少なくなってしまうのである。
その問題の解決に頭を悩ませた私が至った結論が、人材の受け入れだった。
まぁ、留学だね。
人質じゃないよ。
聖国の首脳として活躍する人材を王国で受け入れて教育する。
そして王国を第二の母国としてもらうのだ。
逆効果にならないように、しっかり学園は経営しなきゃだけど、そこは私達王国側の自助努力。
帝国からの援助をもらって王国に大学を設立し、聖国も含めた教育拠点として王国を生まれ変わらせる。
これが私が考えた計画だった。
聖国の人には「なんで王国みたいなド田舎に……」という心理的な抵抗感もあるだろう。
そんな王国へ留学する価値を知ってもらうために、今回の人道支援を頑張ったって側面もたしかにあったのだ。
医学についても専門的の学部を作るのでその宣伝なのである。
私が聖国の救護活動で撒いた種は、多分ルチアがきちんと育ててくれるだろう。
それが両国の架け橋となることを私は望む。
まぁ、今後の平和は未来の私と私達の頑張り次第というところかな。
お仕事の話が一段落ついたので、そこからは雑談タイムになった。
ルチアは王国で作ったパンのことを覚えていてくれたみたいで、手作りのお菓子を私に贈ってくれた。
女教皇ルチアお手製のお菓子はブラン・マンジェだ。
えらくハイソなお菓子が出てきて驚いたが、彼女自身お料理は好きらしい。
クリームを一心に混ぜていると、地位も仕事も忘れられるのでストレスが解消に調度良いそうである。
私は食べる方がすきなので、お料理好きの義妹など大歓迎である。
ブラン・マンジェなるお菓子は、ふわふわしていておいしかった。
優しい甘みに私もすっかり笑顔である。
和やかなお茶会の風景なのだけど……、
でも、ね。
なんか私は落ち着かなかった。
いや、原因はわかってる。
私がお菓子を咀嚼している間、見知らぬ芸術家っぽい雰囲気のおじさんが、私の顔をじーっと見つめているからだ。
いや、見つめるだけでは無い。
紙になにやら絵を描いている
デッサンという奴だろうか。随分と達者だ。
「ねぇ、ルチア。一つ質問していいかしら?」
「何でしょうか、お姉様」
「そこのおじさんは何をしてるの? なんで私の顔を描いてるの?」
「それはですね、お姉様のお姿を留めてもらっているのです。お姉様はもうすぐ帰国されるでしょう? その前にお姿を残しておかないと!」
「なんでまた? 別に私の姿を残す必要はないでしょうに」
私がルチアに尋ねると、なぜかオスカーが割り込んできた。
「この女、エリザの姿を模した女神像を作るらしい。珍しく良い考えなので、俺も一口噛ませてもらったのだ」
「なのです」
「なのです、じゃないです」
ルチアの相づちに私はノータイムで突っ込みをいれていく。
いやいや、だって、ちょっとお待ちなさい。
え、だめなの? って顔してるけど、普通に肖像権の侵害だからね。
「いや、いや、恥ずかしいからやめてよ。それに、そう! そもそも聖国は一神教、主上は男神だったはず。女神像はだめでしょう?」
「まぁ! お姉様は教えをよくご存じなのですね!」
「いや、嬉しそうな顔しないでよ。ちょっと前までは同じ神様を拝めてたんだし、多少の知識は持ってるよ」
私の言葉に聖国における神の代理人こと女教皇ルチアは愉快そうに笑った。
「でも、その解釈はちょっと古いのです」
「そうなの? 教えにも古いとか新しいとかあるのが意外」
「聖典は一つ、でもその内容をどうとらえるかは私達の自由です。聖典は解釈次第なとこがあるのですよ」
「へぇー。でもそれっていくらでも玉虫色の答えを出せそうな気がするのだけど……」
ルチアがにやりと笑う。
「ええ、左様ですわ。主のお姿についても同様です。天上の神の姿は私達がよくうかがい知れるところではありません。全て想像図で描かれています。なら、このご神体を女神様にしても問題無いはずです。そもそも神は全知全能。気が向いたら、女性の姿をとって世に顕れることもあるかもしれないでしょう? その姿が偶然お姉様に似ている事もあるかもしれない、要はそう言う事ですわ」
「いやー、牽強付会すぎるでしょ、それ」
私は抗議したけれど、生憎その場には味方が一人もなかった。
ルチアも、オスカーも、コレットも、後で聞きつけたアリスまで、それは良い考えだと言いやがったのだ。
なによりデッサンをしていたそのおじさんが、「どうか私の腕を信じて欲しい!」と、必死に食いついてきたのがまずかった。
なんでもこのデッサンおじさんは、実は聖国で伝説的な彫刻の腕を謳われる職人さんであるそうだ。
教皇から、リンディの像を作れと言われたときも仮病を使って逃げ切ったとか言っていた。
権力者なんぞ大嫌いだと言ってはばからない人だったらしい。
そんな彼だが、姪御さんが疫病で苦しんでいた。
それが、エリザベートが手配した活動のおかげで彼女はすっかり元気になった。
私の教え子のそのまた手下が手を尽くしてくれ結果だ。
それで、これは恩返しをしたちと、彼は一念発起発起した
いや、待て!
お前が、私の黒歴史を作ろうなどと言いだした戦犯か!
でも、提案もらった時に、ルチアは止めなさいよ!
「目立たないところに置きますから、許して下さいませ、エリザお姉様」
「嫌よ。恥ずかしい!」
「自意識過剰よ、エリザ。どうせ大して似ちゃいないわ。言われなきゃわからないでしょ」
「失敬な! エリザベート聖下の麗しさの万分の一でもこの地に留められるよう、非才の全てを尽くす所存ですぞ!」
尽くすなよ!
なんかすごいものが出来そうな気がするよ!
メッチャ美化とかされそうだ。
私は頑張って抗議したけれど、ろくに聞いてはもらえなかった。
女神像は、完成次第、広場の片隅にちょこんと置いて、知る人ぞ知る場所にするのだとか。
国民だけが知る秘密のスポットにするから許してくれとルチアは笑っていた。
多分もう二度と私が聖国に来る事は無いだろうな。
私は思った。
私達はそれから一週間ほど聖国に滞在して、帰国の途に就いた。
さすがにお土産沢山とは行かなかったけれど、リンディの私物を根こそぎ回収し、沢山のドレスや宝飾品を馬車に積んで王都へと帰還したのである。
その後の話をちょっとしよう。
私は聖国で、私は彼の国に癒やしをもたらした優しいサムシング的な扱いを受ける事になる。
女王エリザベートは、女神のごとく慈悲深い女王として彼の国では記憶されることになったのだ。
私に対比される格好で、オスカーは、冷酷無比な職業軍人であるとされたそうだ。
絶対にルチアの手が回っているな。
まぁ、悪役にされた男はにやついていたので深くは突っ込むまい。
個人的には中庸って大事だなと強く実感した次第である。
そして、私を模した聖女像であるが、こちらもちゃんと完成した。
どうやって調べたのか、スリーサイズまでぴったりであったらしい。
どうやって確認したのか、コレットが教えてくれた。
等身大で作られたその像は、王宮前広場から伸びる小道の先、宮城の裏門を抜けた解放庭園に置かれることになったそうだ。
聖都の住民にだけ解放された、お城の中の秘密の森。
そこにひっそりと佇むあずまやに、ちんまりと置かれた聖女像はたいそう可愛いと評判になり、聖国のちょっとした名物になったのだそう。
ちなみに聖女像のお姿は、当時の実年齢に忠実に作られたのだとか。
少しでもいいから若く作ってもらっても良かったのに、と私は思う。
どんな像なのかしら?
私も気になったのだけれど、もっと強い興味を示した奴がいた。
オスカーだ。
「ほぉ、できたのか。さて、どんなものなのかな」
なんと、彼は、聖国の伝手に依頼して女神像の姿絵を取り寄せた。
私も見せてもらったよ。
まぁ、たしかに可愛かった。
オスカーもたいそうご機嫌だったしね。
その時、私達は、訳あって帝都に滞在していたのだが、なんとオスカーは自分も欲しくなったらしい。
いつのまにやらレプリカを注文しやがった。
帝都に作られた私の離宮にその女神像がおくられてきて、私はたいそうびっくりすることになる。
大理石でできた、机の上に飾れるぐらいの大きさの聖女像。
ちょっとおすまし顔で微笑む姿は、私とは思えないぐらいの美女だった。
ちなみに、モデルになった本物は一児を出産して二十九歳になっていた。
「猫を被ったエリザの顔にそっくりだ」
オスカーはそう言って笑ってくれた。
とても可愛かったので、「まぁいいか」と私は見逃した。
しかしだ、これがまずかった。
これが帝国の皇帝陛下の目にも止まってしまい、「随分崇められているじゃないか」と私はとても恥ずかしい気分を味わったのだ。
やめろよ、自意識過剰なおばさんとか言われたら、こころが死んでしまうだろ!
ちなみにオスカーはすっかりその像が気に入ってしまい、石でできた顔やら胸やらをなでくりまわしていた。
石像にまでセクハラするのか!
本隊が近くに居るんだから、遠慮せずに触りなさいよ!
私が抗議したところ、そのままベッドまで運ばれた。
だれもそこまでしろとは言ってない。
とにもかくにも聖国との戦争は終結し、私達の間には平和が訪れたのだ。
両国の関係は、両極端に走りやすい人間心理も手伝ってか、やたら急速に改善し、いつのまにやら強固な同盟で結ばれることになる。
そして、王国女王のエリザベートは、聖国の歴史に名を刻みつつ石像になり、観光名所として彼の国の観光に一役買う事になったのだった。




