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戦後体制とわたし

「コロスコロスコロス……」


新年早々コレットは諜報員から般若にジョブ(?)チェンジした。



お祭りが終わった。

古い年も終わった。

そして私の清かりし日々も終わった。

ついでに襲撃事件の後片付けは、いつの間にやら終わっていた。


いろいろと終わった二日間だった。


でも実りある二日だったと私は思うよ! ふっふっふ。


一応、いろんな事件の顛末をここに報告しておこう。


まず一番の重大事である、エリザベート襲撃事件!

これに関しては、オスカーがやっつけた実行部隊の始末なども含めて、帝国の諜報部の人たちが裏から手を回してくれた。

すべて秘密裏のまま片付けられたようで、私はその結果だけ知らされた。

王都に三カ所もあった聖国のアジトは全部が叩き潰されて、見かけ上の王国の人口は二十人ばかり減少。

関与があった一部の王国人は国外退去処分となり、「まぁ、また似たようなことはあるだろうから、その都度対処するさ」とオスカーはうそぶいて閉幕。

すごい手際で、私はもう彼等の辣腕ぶりには何も言うまいと心に決めた。


戦いがあった私のお部屋は閉鎖された。

まぁ、これは、当然だよね。

仕事柄、多少は流血沙汰になれている私だけれど、切った張ったがあったお部屋で寝起きするのは、やっぱり怖いし嫌である。

ゆえに、同居人や家具と一緒に別のお部屋に移住。

今度は広さ重視のお部屋で、今も四人そろって前よりもさらにのびのびと過ごしている。

一人当たりの専有床面積がちょっとだけ広くなったので、めでたしめでたしだ。


次に王国主催のお見合いパーティー。


これは大成功であった。

あれ以来、お城や街の雰囲気もさらに明るく……いや、華やかになったっていうほうが正しいかな?

冬だというのに、そこかしこで熱いいちゃいちゃ合戦が繰り広げられて、概ね城下は幸せ一杯の雰囲気に包まれている。


ただ、当然全部が全部上手くいったわけではなくあぶれちゃった男女も出るには出た。

そんな彼等はというと……。


「この空気が我ら独身者にはつらいのです……。あの日、自分は仕事がありましてどうしても参加出来ず……。陛下なんとかなりませんでしょうか?」


「ごめんなさいね。でも本当に好評だったみたいだから、また今度、パーティーを開きましょう。是非その時は参加して頂戴」


嘆いていた。


いや、他にどうしようもないからね。


なので私達は、あの日のパーティーでうまいことお相手を見つけられなかった兵士さん達のカウンセリングを頑張っている。

女の子と話せれば頑張れるだろうとオスカー達から助言をもらったので、これまたパーティーであぶれた女の子とお話しの機会を提供することにしたのだが、なぜか私も巻き込まれてしまったのだ。


「なんでまた私に声がかかるんでしょうか。私、彼氏オスカーがいるんですけど。それにぶっちゃけ年増だし……」


「まず一応言っとくとエリちゃんの年は、あんまり問題じゃないからね。それで、これはうちの軍の問題になるんだけど……」


情報通のマルノイが彼等の事情を教えてくれた。

なんでも今、帝国軍ではエリポ(正式名称:エリザポイント)なる仮想通貨が流通しているらしいのだ。

そしてこれが一定以上たまると私とおしゃべりしたり握手をしたりする権利がもらえるらしい。


なんだそれ! そういうお店かよ!


私はつっこもうと思ったのだけど、なんとこれ、兵隊さんからすごい支持をもらってしまい今更やめられないそうなのだ。

一ポイントあたりのお値段も高騰しているようで、今更没収などすると大事になりかねないとのこと。


オスカーにも確認してみたのだけど、彼は、「極めて遺憾ではあるものの、総合的に状況を鑑みて必要な措置と判断した」と、なんとも言えない顔で認可を出してくれた。

ぶすっとした顔で眉間には皺が寄っていた。


妬いてる……!

あのオスカーが私が他の男と話してるせいで妬いてる!


まぁそういうことなら頑張ってみようかしら?

すっかりやる気になった私は、一日二、三人の兵士さんとお話しする機会をもらっている。

調子に乗って頑張りすぎないようにと関係各所からはぶっとい釘をさされたけどね。

悪い試みでは無いと私も思う。


「一生の思い出にします」


私と話した兵士さんはみんなそう言っていた。


大げさだなぁと私は思うけれど、「普通の人間は女王様と親しく話す機会なんて一生持てないからね」と、これまたマルノイから冷静な突っ込みをもらってしまった。

そんなことないさ。貴い青い血なんてご大層なものではないのだから。


そして最後に、オスカーとの事だ。


私はあの晩が終わってから、彼との間にあったことを他の三人にも報告した。

お風呂のお世話をしてもらったりもするので、どうしてもばれちゃうのだ。

だから先に言っておいた方が良いと思って。


オスカーは酷い人で、私の体中に沢山の傷をつけてくれた。

「俺のものだ」って所有権を主張したいんだって言っていた。

おかげで体中痛くしてしまったけれど、私はお世話してくれる女の子に傷薬を塗ってもらい、お風呂でもめいっぱいちやほやしてもらった。


気恥ずかしくも、ちょっと誇らしい一時だった。


そして私の大人体験を察したアリスやルチアがほっぺを赤くするその裏で、コレットは殺意の塊になってしまったというわけだ。


私の肌を見たコレットににょきっと角が生えた。

あの晩からもう三日以上経ったけれど、彼女の怒りはおさまってはいない。


特に初日は酷かったよ……。


ベッドでぐったりする私の元からなにも言わずに飛び出していき、頭にでかいたんこぶ作って帰ってきた。

首からは『返り討ち』って札をぶら下げてたので、まぁそういうことになったんだと思う。


「怒らないで、コレット……。私はとっても幸せなんだから」


寝間着で、寝台の上をごろごろしながら私は彼女のことを慰めた。

目一杯ひらひらが付けられた大人っぽくてコケティッシュなパジャマに着替え、すこしけだるげに寝台の上でまどろむ私は、とっても優雅な女王様だ。


「まだちょっと体がしんどいの。しばらくはゆっくりしたいから、みんなもそのつもりでよろしくね」


「はい、お姉様! 頑張ってお世話しますわ」


「わかりましたわ、エリザベート陛下」


「……あの男、やっぱりしめてくるわ……。ぐぎぎぎ」


異音を立ててコレットが固まるのを私はほっこりした顔で見守った。




概ねこんな感じだ。

楽しい時間を過ごした私は、周囲の雰囲気にも流されてまだふぬけが直りきっていなかった。

そんな隙だらけの状態でその年、最初の閣議を開いたのだ。

オスカーもオブザーバーとして招いた。


議題は、王国の戦後体制。

私は一つの決意を固めていた。


「私としては、戦後、帝国への併合を要請すべきであると考えています」


帝国への併合。


この時、私はこれを規定のものだと考えていた。


理由は三つある。


一つは国防。

うちの国は聖国に攻め込まれて滅びかけた。

大軍の暴力を前にして、為す術が無かったのだ。

冗談ではなく滅亡崖っぷちまで追い込まれながら、それでも私や国の命運がながらえたのは、急遽駆けつけてくれた帝国軍の支援があったおかげである。

要は助けてもらっただけ、王国は自分の身を守ることができなかったのだ。


この戦争が終わっても聖国の脅威は残る。


国の大きさから言えば対抗出来ない以上、帝国の庇護は必要だ。

あるいは聖国から国土を切り取ったり、こっちが併合したりという案も考えてはみたけれど、帝国の後ろ盾無しでは統治は無理だ。

それに私自身、元敵地を治める苦労を背負い込みたいとも思わない。


王国だけで手一杯だもの。

ならいっそ、帝国に組み込んでもらったほうがいいじゃない?


自立ができないというのは私の恥だ。

おかざりの無力な女王だと周囲に喧伝することになるわけで、それは少し悔しいし恥ずかしい。

でも、みなの命にはかえられない! というわけだ。


次に経済。

我が王国はすでに帝国から経済的侵略を受けている。


いやもうすごいよ。

帝国の産品は質も量も全然違うからね。


私はアリスに散々援助を受けているし、王国のみんなもパーティーで酷い格差を見せつけられた。

「お金ってあるとこにはあるんだな」ってみんなつくづく思い知らされたのだ。

籠城戦が終わった直後は、「このままじゃ餓死者が出ちゃう……」って、私はとても心配していたのだけれど、それが、今はこの状態だ。

家なき子になってしまった子供でさえ、今は血色の良い顔をして復興作業のお手伝いに精をだしている。

飢えるどころか、一部の人間はぷくぷくお肉を蓄える始末だ。その筆頭はこの私。


もちろん、このままではだめだって思いはある。

勤労の精神は守らねばないし、助けてもらうのが当たり前~、なんて恥ずかしい人間にはなっちゃ駄目。

でもそれならなおさら自立のために、彼の国から先進的な技術を取り入れる必要があって、そうなるとやはり帝国の中に取り込んでもらったほうが都合が良い。

彼等と一緒にやっていけるだけの力を付けるには、帝国の中で学ぶのが一番の近道なのだ。


まぁ、あと、本音を言えば、私は今の贅沢暮らしを手放したくない。

三食お肉もたっぷりのご飯にあまいおやつまで付いてくる生活に私はすっかり慣れてしまった。

こうなると一日二杯の麦がゆ生活に戻るのは不可能なのだ。

舌と体が贅沢の味を覚えてしまっているので、強制オーガニックライフには拒否反応がおきてしまう。

に、肉を、肉をくれ……! って私の脂身が吼えるのだ。

無理です、我慢出来ません!

私達は食欲に屈した。


そして最後は個人的な理由。

これは口にする必要も無いので省く。端的に言えばオスカーだ。


「もちろん困難はあると思います。帝国に併合されれば、急な生活の変化などで問題はおこるでしょう。でもそれ以上に国民の幸福につながると私は信じています。帝国にこの提案が受け入れてもらえるかどうかの議論は置いて、私達はそのための交渉を始めるべきだと考えています」


私はこの時、自分の言葉になんの疑いも持っていなかった。

帝国の話はアリスやオスカーから聞いている。

概ね公平で信頼出来る社会制度に自由な国是、そして何より信頼出来る国防力。


欲しいものは全部揃っているのだ。


帝国側には王国を併合するメリットが乏しいけれど、オスカーをつなぎ止めるため、あるいは私エリザベートの利用価値を考えれば、交渉にはなるんじゃないか?

わたしはそう考えていた。


ああ、甘かったさ。

甘すぎた。


認識の甘い私の提案に、決然と異論を述べたのは、太鼓腹をした王国随一の廷臣だった。

宰相のボルワースだ。


「私は反対です。少なくとも今、この時、陛下のお考えを帝国に打診するわけには参りません」


私は驚いた。

いや、だって私達が得られるものについては先に述べたとおりだ。

メリットだらけだ。むしろメリットしかない。


それなのに何が不満だというのだろう。


「どういうことですか、ボルワース? なにか、懸念でも?」


「はい、まさしく。一つ大きな懸念がございます」


「ならば、それを述べなさい」


私の不満げな視線をてっぺんハゲで受け止めると、彼は威儀を正して起立した。

彼が口にしたことは極めて一般的で、とても重たい問題だった。

少なくとも普通の国においてはだけど。


「我が国が抱えることになった帝国からの借款です。この問題を無視すべきではありません」


借金。


「我々は帝国から、今回の援兵に加えて経済援助など多大な支援を受けています。無利子無期限とのことですが、なればこそきちんと返済をするべきだ。借財をそのままに併合されてしまえば、我が国は施しを受けただけで終わってしまう。それではただの物乞いではありませんか。負債の返済が終わるまで、我が国は独立を保つべきと私は考えます」


「いえ、ボルワース、借金のことであれば問題ありませんよ? 私が働いて返すと話がついていますから。私の魔力は貴重な資源らしいですし、これを使って……」


「いいえ、なりませんぞ、陛下!」


ボルワースから私へと、鋭い叱責が飛んだ。


「それだけは絶対になりません! それはつまり陛下一人が身を切って、国のために尽くすことに他なりません」


「たしかにそうかも知れません。でも、それが一番よい道でしょう? 私にとっても大した負担ではありません。このぐらいお安い御用です」


私の言葉に、彼も彼の周囲も怒ったような目を私に向けた。

視線は鋭く、そして熱い。未熟な女王の私を導いてきてくれた皆の目だ。


「陛下。もしここでまた陛下の力にお縋りすれば、我が国の民はただ陛下の慈悲に甘えて生き延びただけの者達になってしまいます。あの籠城戦で、陛下の身柄を差し出したときのように。あの時、我らは陛下の命を代償に城兵の助命を乞うた。一生の不覚であります。二度とあのような思いはするまい、我らはそう決めたのです。それと同じ事を今また繰り返せと、陛下は仰るのですか?」


「あの時とは状況が違うでしょう? 私の命はかかっていません」


私だってあれを繰り返すつもりはない。

今回はちょっとお仕事の約束をするだけだ。

信頼出来る相手に協力したり身柄を預けたりするだけである。


「私が帝国の役に立てば、王国の負債は取り除けるのです。書面での確約ももらいました。それで王国は債務から自由になって新しい国作りを始められる。それも今すぐに。これが最善です。違いますか?」


「違います、陛下」


皆は口々に言い募った。


「国作りは陛下にしてもらうものではございません。皆で立ち向かうべきものなのです」


「今の我らには戦う術がある。陛下に頼らずとも、我らが働けば良い。どれほど時間がかかろうと、国を一から建てることを思えば容易い。その程度のこともできずに女王におんぶにだっこなど認めがたい」


「それに陛下の仰りよう、まるで老人介護ではありませんか! 我らまだ働けますぞ」


「まぁ、国民は若いのも多いので何言ってるんだじじいどもって話ではありますが」


「貴様ら黙れ、話がそれる」


「とにかく、自らの足で立つということが重要なのです。助けを求めるのは恥ではございません。ですが縋るばかりでは誇りは保てない。自立と自律こそが我らの誇りとするところ」


結局、私の認識が間違いだったのだ。

途中、ノイズも入ったけれど、基本みんなのハートは熱かった。


頼れるならば頼れば良い。

帝国は強くて大きいのだから。

私はそんなふうに考えていたけれど、この考えこそがまさに甘えであった。


とんでもない依存心!

いつの間にか、私は甘ったれの本性むき出しにして、駄目な子エリザベートになってたのだ。

まぁ、根は根性無しなので甘えん坊にはなるべくしてなったのだけれど、当然のごとくお叱りが待っていたというわけである。


ボルワースは言った。


「国を富ませれば、借款の返済も早くなりましょう。たしかに膨大な額ではありますが、それは今の王国を基準にしてのこと。国を育てればいいのです。そうすればいつかは終わる道のりだ。始める前から諦めてはならんのです。おわかり頂けますか、陛下」


「はい……」


赤面した私は、そのまま座席に沈み込む。


頑張らせろ! 甘やかすな!

ってことだね。




これは会議の後、すぐにわかったことだけれど彼等は口だけでは無かった。

既にみんなは、復興から独立、そして併合してもらうまでの道筋を作ってくれていたのだ。


荒れた耕地を回復させ、家畜を育て、そして物を作る。

幸い、私達の国には山があり、大きな河も流れている。

水運は難しいけれど、これを使って物作りの役に立てることはできるのだ。


いままで滞ってきた流通は、南部の港トレーニを得たことで活性化するし、モノも人も流れるようになるはずだと彼等は教えてくれた。

そして、人を増やし育てればこの程度の借財、なんとでもなるのだと私の不明を払ってくれた。


この会議を通じて、国家予算二十年分の借款を返し終わるまで、私達の王国は帝国の保護国として扱われることが決定。

この借金を返すまで、王国側から帝国への編入は求めないということになった。


概ね、この間、私はずっと聞き役だった。


「わかりましたか、陛下?」

「はい」

「みなちゃんと働けるのです。もうすこし我らを信じて頂きたい」

「はい」


そしてそれからなし崩し的に、私個人に対するお説教タイムが始まる。


お小言じじいと化したボルワースが、しょんぼり椅子に座った私に向かって、矢継ぎ早に物を言う。


「それとこの際だから言わせてもらいましょう。陛下ご自身のことです」


「はい」


「たしかに、我ら一同、陛下にのんびり過ごして頂きたいとは思っておりました。人生楽しんでいただくのは一向に構わんのです。ですがあまり隙ばかり見せてもらっては困る。ものには限度というものがございます」


「はい……」


「具体的に申しましょう。あれも欲しいこれも欲しいと、一回りも年下のご令嬢におねだりしてはなりません。『お姉様ったら、本当にわがままですわね』とか言われていたとあちらの侍女殿から笑顔で知らされた時の恥ずかしさ、どれほどのものであったか陛下にはおわかり頂けましょうや! 『大きな妹ができたようで可愛い』と彼の国の姫君に笑われているのですぞ!」


「はい……。でも裏声はやめて、きもい」


「だまらっしゃい!」


彼等はエリザの甘えすぎ問題について、たっぷりとっぷり苦言と諫言を繰り返した。


会議よりも長かった……。

散々に怒られて私はすっかり涙目になり、悔しくも身を正される思いを味わったのだ。



会議に同席していたオスカーは、結局最後の最後まで何も言うことはなかった。

彼は怒られまくる私のことを少しだけ楽しそうな顔で眺めていた。


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