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歓迎パーティーとわたし

オスカーが帰還してから約二ヶ月が経過した。

私はその日の慰問を終えてお部屋に戻るところだった。


「エリザ、待て」


「えっ、なんでしょうか?」


オスカーが鋭い声で私を呼び止めた。

その視線の先には、一人の女の子がいて、今は慌てたように立ち去っていくところだった。

緩く波うつ亜麻色の髪と、裾から少しだけレースが除く紺色のスカート、その子の姿には見覚えがあった。

名前はヘンリエッタ、お城の手伝いに来てくれている子だ。

私とも顔見知りで気さくな楽しい女の子だったと記憶している。


その子がどうしたというのかしら?


「あの娘がお前のことを睨んでいた」


「ええ!? なにかの見間違いでは? エッタは身元もしっかりした子ですよ」


「心当たりはないのか?」


「ええ、まったくありません。一体どうしたのかし……、あいたー!」


不意にバシン! と走った後頭部の衝撃に私は慌てて振り返った。


そこには長いへらのような棒を手でぽしん、ぱしんと打ち付けながら、私を睨めつけているコレットがいた。

な、何事なの?

突然の狼藉に私が目を白黒させていると、コレットが腰に手をあて私の失態を責めだしたのだ。


「なにが『まったくありません(コテリ)』よ! 心当たりありまくりでしょうが!?


「えっ、えっ、私何かした? エッタに怒られるような憶えなんにもないんだけど?」


「馬鹿ね! エリザには恋人ができたでしょ! それで最近はどこ行くにも彼氏と一緒にべたべたくっついて仲良しっぷり見せびらかしてるじゃない! 彼女は今年でもう二十五歳。そして未だに独身よ!」


あー!

私としたことが!

そうか、そういうことだったのか!


不明なる私に向かって、コレットはど正論を並べ立てた。


「今まで『私モテないから……』みたいな顔で同情集めてた女王様が、彼氏ができた途端、人目もはばからず、いちゃこらいちゃこらしはじめた。そりゃ誰だって殺意の一つや二つ覚えるわ! ましてあの子はずっとお城勤めで、エリザのために頑張ってくれてたのよ。思うところがあって当然でしょ? そういう子、多いんだからね!」


「そうね……。たしかにそれはそのとおりよね……」


「ちゃんと周りの目も考えて。はしゃぐなとは言わないけど、人目は気にするように」


「はい、わかりました……」


ぐうの音も出ない。

言い負かされた私が頭をへこっとたれると、オスカーにぐっと腰を寄せられた。


「そちらの事情は理解した。だが俺は自重などせんぞ」


コレットの斬り殺さんばかりの視線をオスカーは涼しい顔で受け流してた。



ところで、似たような問題って立て続けに起こるものだ。

私が女の子の嫉妬の視線で焼かれたその日の午後、今度はオスカーのところにも問題発生の知らせが来た。

今度の報告者は帝国軍で副将をつとめるマルノイさんだ。


「スカさん。兵士のみんなに不満が溜まってるんだけど、気付いてる?」


「いや? 特に何も把握してはいないが」


オスカーは、思案するように眉間に皺を寄せた後、首を振る。

思い当たることはないってことだ。


私も彼と一緒にいるけれど兵隊さんからはこれといって剣呑な空気は感じていない。

むしろぽわぽわした平和な視線を感じている。


「あの、私、なにかまたやらかしちゃいました?」


「いや、エリザに落ち度はないはずだ。そもそも今回の遠征、俺たち帝国軍の待遇は格段に良い。現地の民は土地も提供してくれたし、食事の手配も手伝ってもらっている。美味くて温かい飯が食えるのは、王国の民に助けられているからだ。屋根のある場所も借りられた。駐屯は順調だと認識している」


話を聞く限り何の問題もなさそうだ。

でも、マルノイさんはわかってないよと言わんばかりの様子で太い首を横に振った。


「はぁー……。スカさんって、ほんとーに人間の気持ちを理解しないよね」


「まぁな」


「自信満々に言い切らないでよ! まったくもー!」


怒ったマルノイさんが、がおーと両手をふりあげると、ぽよんと腹肉が揺れた。

全然深刻な感じがしない。

もしかしたらご本人は本気で怒ってるのかもだけど。


むしろちょっと可愛いわ。

私が笑いの発作に肩をふるわせる前で、マルノイさんはぷんすか怒りだした。


「ほとんどの男はね、女の子が欲しくなるの、生理的に! でも今までは平気だった。それは司令官のスカさんが女の人になんて目もくれなかったからだよ。だからみんなも我慢出来た。でも、最近のスカさんはずーっとエリちゃんといちゃいちゃしてる。スカさんはこれどう思う?」


「どうって……。俺はもっといちゃいちゃしたい」


「そうじゃないでしょ! 兵士のみんなが暴動おこすよ! その前になんとかして!」


オスカーが私を見た。

私も彼を見て、首を傾げる。


「それで、俺にどうしろと」


「エリちゃんにお願いして、女の子を手配してもらって!」


マルノイさんが先に結論を言ってくれた。




さて、まず一つの背景として、王国の事情を述べよう。

うちの国は女あまりだ。


聖国から女の人が逃げてくるというのも理由の一つ。

でもそれとは別に、うちの国の男の人は他所の国に出稼ぎに出てしまうという問題があった。

うちの国が貧乏だからだ。


新天地で暮らすとなると、やっぱり男の人のほうが有利だ。

単純な力仕事なら受け入れ先も多いし、危ない目に遭うリスクも女性よりは少ない。

そんな理由から、王国に家族を残して帝国へと出稼ぎにいく男性は多く、女王の私も奨励はしないまでも彼等を好意的に送り出していた。


ただこうなってくるとどうしても男女比が偏ってしまう。

出稼ぎ先で恋人を見つけてしまう男性も多く、国に残された女の子は結婚のお相手探しに苦労させられていた。


対する帝国軍の事情だ。

まぁ、兵隊さんが女の人を欲しがるというのは良く聞く話。

私だって知ってるさ。


その事に対応するのはやぶさかではない。

でも女の私としては、ちゃんと未来も考えてくれる人とのお付き合いを用意してあげたいんだよねぇ。

まぁ、贅沢なはなしではあるんだけど……。


でもそれを言うのが女王の仕事だ。


「オスカー、帝国軍としては、兵隊さんのお相手として遠征先の女性はどう映るんでしょう? やっぱり軍律上、あまり現地の人間と仲良くなるのは推奨されないんでしょうか?」


「そもそもの問題として、外国人の俺たちが現地で歓迎されるということが少ないんだが……・」


若干切なげな顔をするオスカー。

なるほど、そもそも仲良くなるのが珍しいのか。


まぁ、それはそれとして。

詳しく事情を聞いてみたところ帝国軍の立場としては、現地の住民と仲良くなるのは特に問題無いらしい。


「どんな状況であれ、作戦行動中の兵に脱落されてしまうのは困る。しかし無理に押さえつければ兵の士気にも関わるからな。恋愛は意外と自由だ。現地で婚姻を結んだ兵士が、仕送りで養ったりというようなこともままある。占領地が帝国領になれば送金もしやすい。他にもやりようは探せばいろいろあるだろう」


帝国軍には、現地の女の人と結婚したりするための制度はあるらしい。

また兵士さんにも、一旗あげたい、帝国ではつかめないチャンスを掴みたいという人は多く、その中には「お嫁さんが欲しい!」って動機も強いのだそうだ。


「正直、うちの隊の連中は脛に傷がある奴ばかりだ。金や地位が多少ましになっても本国で相手が見つからない男は多い。王国で受け入れてもらえるというなら喜ぶ連中は多いと思う」


とのことであった。



そもそもだ。

軍の駐屯は難しい。


帝国軍の人は一万人もいる。

これだけの、しかも若い男性がいればそれなりにトラブルって起こるものだ。

何せ元気もお金も、そして腕力ももっているのだから。

それでもほとんどトラブルがなかったのは、帝国軍人さんの規律とオスカーの統率力故なのだ。


でも今後駐屯期間が長引けば、当然問題も発生してくるし多少の緩みは出てくる。

そもそも相手国の女王からして緩みっぱなしだし。余り強くは言えない。


既に帝国の軍人さんが女の子にちょっかいかけたり、王国の女の子からちょっかいかけられたりする事案はちょくちょく起きていて私も報告は受け取っていた。

生活力があって健康で頼りがいのある男性はもてる。

そして、働き者でがんばりやで耐久力があって根性がある女の子も結構人気があるらしい。


お互いちょっと気になってはいるみたいなのだ。


なら、これを後押ししてあげるのが自然な流れじゃなかろうか。

私はそう考えた。



「ということで、王国と帝国の歓迎パーティーを執り行いたいと思います! 王国のみんなで私達を助けてくれた帝国軍のみなさんに感謝の気持ちを示すのです!」


そんな私の思いつきを閣議にかけたところ、「久々の閣議の話題がこれですか、陛下」とか「いやぁ、外は冬の盛りだというのに、陛下はぽかぽかしておられますなぁ」とか「今年は記録的な暖冬らしいですからな」とか言いたい放題言われたあげくに大笑いされた。

それから奴らは、内容自体は大歓迎だからと国家予算を組んでのパーティーが承認されたのだ。


人口問題と国防、外交の全部に関わる議題で、しかも効果的っぽい雰囲気がしてるからね。

こうして全会一致で歓迎パーティーの開催が決まったのだ。



一万人の帝国軍の人たちを王都とその周りの街や村に分散して受け入れを行うことが決まった。

彼等は部隊を半分に分けて、片方はパーティー片方は警戒任務という形で参加してくれるとのこと。

ありがたいことに、うちの国の女性陣は二回もチャンスをもらえるわけだ。

頑張って彼氏をゲットしてもらいたいと、市長さんや街の有力者さん経由でお触れをだしておいた。


「頑張ります!」と力強い返事をもらっている。


私に気付くきっかけを与えてくれたヘンリエッタには、特別にお勧めの士官さんを紹介ずみだ。

彼女はやっぱりすごかった。

なにせパーティーが始まる前に突撃してお相手を落としてしまったのだ。

うーん、なかなかに根性ある女である。



なお、目下私達は戦争中なのであるが。


「聖国軍は?」


「動かん。こっちも補給線の確保を優先したい」


という状況らしく、前線で戦う人たちは時間的な余裕があるのだそうだ。

復興事業の名目で土木工事をしてくれていたことも含めて、帝国軍の皆さんにはもっぱら平和的な活動にいそしんでもらってるのだ。

私は当然頭が上がらない。


下水道を敷設する準備までしてくれているというのだから、感謝感謝の大感謝である。


これで聖国に攻め込まれたら大変なことになってしまうのだけど、これも兵器だ。

なんと哨戒線はすでに聖国との国境を越えて進出しているそうなのだ。

だから私達は、落ち着いてパーティー準備に精を出せるという訳である。


無論、向こうもこっちも戦争中なので、教皇猊下からは、神罰が下るぞとか、すぐに降伏しろとか、ルチアを返せ、みたいなお手紙が来ている。

でも私にはどうしようもないので全て暖炉のたき付けに回し中だ。

いい紙を使っているらしく、火が長持ちして使いやすいと下働きの人からはお褒めの言葉をもらっている。

せめてもの供養である。


そんな感じで私は見ているだけなのだけど、娘のルチアは負けてなるかとお手紙攻勢を開始した。

聖国の街や教会の有力者に戦争になんか参加しちゃ駄目だと、せっせと手紙を書いている。

返事は意外と良い手応えであるらしく、特に王国との戦争で巻き込まれそうな聖国西部の街や村は、どこも中立みたいになってるらしい。


それから、なぜか私も一通、ルチアから感謝の言葉を書き連ねたお手紙をもらってしまった。

ぺらり。読めば、感謝と親愛の言葉が沢山並んでいる。

可愛いなぁ。


折角ルチアがいるのだからとと、私は彼女を呼び出して音読してもらった。

ルチアは赤面しながら私が喜ぶ言葉を一杯くれた。

とっても可愛かった。



まぁ、こんな状況であるために、パーティーの準備は素晴らしい早さで進んだ。

沢山のモノやお金が必要なのだけど、これまた集まるのが早かったのだ。


物資の調達に関しては、海港であるトレー二を手に入れたのが大きい。

海運はやっぱり強い。量もそうだし速さもそう。

帝国東端の港から海路で十日ほど、トレーニに支部がある帝国の商会は多いのもあって、また今の王国が気前よく金を払うので大量の物資がどんどん届くのだ。

しかも一部は付け届けの名目で無償で送られてきた。


産まれてこの方、賄賂なんてもらったことがない私はそれをもらってたいそう驚いた。


「これ本当にもらって良いのかしら」


私が受け取りにサインしながら言うと、「もらっておいて差し支えありませんわ」とあっけらかんとした顔のアリスが答えてくれた。


「ほんとに? あとで便宜を図れとかいわれない? 大丈夫?」


「この程度の贈り物で、一国の女王にもの申そうとする非常識な人間は帝国にはいません。ですから、ご心配には及びませんわ」


「でもこれ、うちの大きな村三つ分ぐらいの年貢に相当するんだけど……」


金持ちの金貨一枚は、貧乏人にはすごく大きいのだ。

よーく、その事を理解させられた。やっぱ大国はすごいのである。


私の元には、豪華な無償援助がずんどこずんどこ届いた。

小麦の袋が倉庫を埋め尽くさんばかりの勢いで増えていくのは実に圧巻だ。

というか普通に収まらなかったので、街の外れに穀物倉庫を慌てて作ることになったぐらいだ。

ほんとにすごい。


「まさに焼け太りだね」


私の言葉にコレットが力強く頷いていた。


今のうちに王国とつながりを持っておこうと、帝国では一部の商会が躍起になっているとも聞いてる。

結果、お金とものの流れがうちの国へと向かっている。


「うちの実家にも手をまわして、いろんなところに噂をばらまいたんです。戦後景気は大もうけのチャンス。ブレアバルク家に先をこされてなるものかとみんな頑張っているのですわ」


とアリスちゃんもにっこり笑っていた。


この展開はどこからどこまでが彼女の手によるものなのか。

いつの間にか、結構な広さの一等地がアリスちゃんに買い付けられていたことといい、私は戦々恐々としている。


「私がお姉様に貢いだ分なんてすぐに取り返せますわ、絶対王国の地価は上がりますから」


とのこと。

もう一度言うけれど、私は戦々恐々としている。


いろんなものが集まってくると、それを目当てに人間もやってくる。

お祭りと聞きつけて、帝国から楽団の営業マンさんまで来てしまったのには笑ってしまった。

でも、部外者をあまり増やすと警備が大変になる。

謝絶したところ、「またの機会に」と陽気な言葉をくれて帰って行った。


「あとはうちの国の支払い能力ねぇ」


「そこはエリザ次第だな」


お金は借款なのだけど、これは私が体で払うことになった、

「増幅」だ。魔法の研究を手伝ってその分で返せと言われている。

あとはいろいろお手伝いもさせられるみたい。

オスカー始め、帝国軍幹部の皆さんが笑っていた。

うひー。


でも魔力だけで無く、金まで増幅してくれるのだから、私はこの力に感謝せねばなるまい。


私個人の担保評価額は相当なものらしく、金なら好きなだけ借りまくってくれと言われている。

果たして私にどれだけの価値があるのだろうか。

私はちょっとドキドキしている。

一生オスカーに鎖でつながれちゃったりするのだろうか。

もう一度言うけど私はちょっとドキドキしている。



そして最後にパーティーの日程だ。

いろいろと予定のすりあわせをした結果、今回の歓迎パーティーは、新年祭に合わせて実施することが決まった。

内海に近い私達の国は、冬場は天気が良くて過ごしやすい。

晴れの日も多いのでちょうどよかろうということになったのだ。


パーティーの具体的な計画が固まると、私は公式にオスカーからお礼をされた。

帝国軍の連隊長さんからも、それぞれ感謝の言葉を頂いたのだ。

彼等は言った。

兵も含めてよろこんでいると。温かい歓迎をもらえたことは本当に励みになると笑って下さった。


ありがたいのはこちらの方だ。

私も深々と頭を下げてお礼を言わせてもらった。

お互いがゆずらず頭の位置を下げていった結果、目線がすごい下がってしまってお互いに笑ってしまった。



「いいパーティーにできるといいわね、エリザ」


「ええ、私達の国と帝国と最初の記念になるパーティーにしましょうね!」


まぁ、こんな感じだったのだけど、今から思い返して見ると、本当に無邪気な言葉だったなと、しみじみ思う。

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