パン焼きとわたし
今、私のお部屋はすっかり賑やかだ。
元の住人の私に加えて、引っ越して来たアリス、護衛だとうそぶいて勝手に住み着いたコレットに、聖国からの客人ルチアを加えて四人で過ごしている。
「賑やかになったわねー。あのだだっ広かった部屋がちょっと手狭に見えるわ」
「まぁ、冬が近いし、それもいいんじゃない?」
遠慮会釈無く私のベッドを占有しているコレットが、ベッドに寝転びながら返事した。
こいつが一番図々しい。
お前、この場にいる人間の中で一番身分が低いって事忘れてないか……。
私のお部屋は、お金持ちで皇室にまでこねがあるアリスちゃんのおかげですっかり様変わりしていた。
港町トレーニを確保出来たのが大きい。
海路でいろいろ持ち込めるのだ。
アリスちゃんが。
私はもらうばっかりです。
「お姉様、もうすぐ新作のお菓子が届くみたいです。先に残り物を食べてしまいましょう」
彼女の手には箱詰めされた黒っぽい焼き菓子があった。。
ビスコッティっていうんだって。
ぼりぼり。うん、おいしい! というかアリスからもらったものは何でも美味しい。
帝国は多分天国にいちばん近い国だ。
私、また太りそう。
女王肥える冬。
さてこんな状況の中、私にとって一番の懸案は、やはり新規入居者のルチア嬢だった。
敵対中である聖国の姫殿下で、声望も高い聖女様。
彼女は今ほとんど軟禁状態なのだけど、私が見る限り、結構のびのびと過ごしている。
今はアリスから借りたショッピングカタログを手に長椅子に寝そべってくつろいでいた。
見てるのはお菓子のページかな?
顔がほころんでるよ。
着ている服は、アリスが町歩き用に持ってきたというツーピースだ。
紺色をしたシンプルなシルエットの上下にまるい襟のブラウスが可愛らしい。
「ルチアちゃんは大丈夫? 寂しかったりしない?」
「はい、大丈夫です。すごくよくしてもらってるので。正直とっても気楽で楽しいです。……まぁ、オスカー様には殺されるかと思いましたけど」
一応、待遇には満足してもらえているみたい。
オスカーのあれは、いまだに根に持たれてるみたいだけど。
一応彼のフォローしてみたけど、まぁ陛下の立場ならそう言うしかありませんよねって顔で苦笑されて終わった。
二人の溝は深そうである。
ルチアは、お姫様なはずなのだけど、振る舞いは普通の女の子だ。
アリスちゃんのほうがよっぽど高貴な雰囲気を漂わせてる。
お姫様レベルで言うなら、アリス、ルチア、越えられない壁、エリザベートの順番だ。
お話ししやすそうな子である。
もう少し親睦を深めたいなーと私は考えた。
今後の和平のこともあるしね。
良い関係を築いておきたい。未来志向の。
うーん、そうだ。
「みんなでパン作りをしましょう」
女王エリザベートが熟考の末ひねり出した社交プランがこれであった。
私の数少ない特技の一つにパン作りがある。
パンにもいろいろあるけれど、王国のパンは一抱えぐらいの大きさをした平たいパンだ。
日持ちもして美味しい私達の主食。
食べて美味しい、作って楽しい。
それが我らが王国パンなのだ。
「みんなでおしゃべりしながらできるから、一緒にするには楽しいと思うんだよね。初心者でも簡単に作れるし」
私の庶民派極まる提案に一番で食いいてくれたのはアリスちゃんだった。
「そうなんですか? だったら、私にも作れるかしら。お菓子ぐらいしか作ったことないんですけど」
「大丈夫。多少心得があればバッチリだよ」
私が始めて王国パンを作ったのは、今から二十年年近く前のこと。
近所のおばさん達から、パン作りに誘われたのだ。
ちょうどその時、私は祖父からいくつかの薬草っぽい野草の採取について学んだところだった。
その時に私の手元には、使い道がなくなった薬草の余りが大量に残っていた。
よし。
私は、もったいない精神と無限に湧き出るチャレンジスピリットを発揮して、手元の野草っぽい薬草をパン生地に練り込むことにした。
ヨモギ入りのパンとか美味しいしね。
それと同じだ。そう、私は考えた。
焼いたらお薬の効きが悪くなるかもと考えた私は、胃腸に良いというその草をありったけ刻んで練り込んで、深緑も鮮やかなパン生地を作成。
泥遊びで磨いた技術を活かしてパンの形に整形すると、周りを囲む奥様方の制止も聞かずかまどの中にぶち込んだ。
そんなエリザ渾身の薬草パンは、かまどで焼かれて異臭騒ぎを引き起こし、あえなく回収処分。
匂いは一緒に焼かれてた全部のパンにもうつってしまい、巻き添えで被害を被った奥様方からは大変なお叱りを頂いた。
というのが私の初のパン作りエピソードである。
「それ失敗してるじゃん」
まぁそうなんだけどさ。
要は変な物混ぜなきゃ、パン作りは失敗しないってこと。
生地練って、形作って焼くだけでいい。
かまどは王城のを使うのだけど、パン焼きはお手伝いに来ている奥さんがしてくれるから安心確実なのだ。
だから白パンが黒パンになって泣くこともない。
「ルチアもどう? ちょっとした気分転換にもなるし、生地をこねるだけでも楽しいと思うんだよね」
ルチアは小首を傾げてから、すぐに頷いた。
「そうですね……。折角のお誘いですし、私もご一緒します」
大変結構。
私の部屋の前に立つ護衛の人にパン焼きに行きますと言ったところ、ごっつい大きさの首飾りをプレゼントされた。
ユリウスさんからの差し入れだそうだ。
緊急時は、このネックレスを引きちぎってください、とのこと。
過保護は継続中か……。
まぁ仕方ない。
今回は聖国からきたルチアも一緒だし。
パンに詰める具は何が良いかを賑やかに話ながら、私達は地階にある厨房まで移動した。
皆おそろいのメイド姿。
アリスちゃん付きの召使いさんから借りたものだ。
女の人向けで汚れても良い格好で一番動き安そうだったんだよね。
下働きの人まで上等な服を着ていて、私はびっくりである。
「では、パンを作りたいと思います」
「そして、ここに分量を量り終わった小麦粉とお水と牛乳と王国産秘伝の粉、それにバター他調味料が四人分あります。じゃ、そこに調理器具も準備したから、それぞれ持ってって」
王国三分クッキング、準備だけは良いコレットさん。
はーいと元気よく挨拶したアリスに続いて、ルチアも自分の分の器などを取りに行った。
アリスの頭には折角メイド服を着るのだからと着けてもらったサニーレタスみたいな髪留めが乗っかっていた。
他は全員ひっつめ髪だ。
「やるわね。コレット至れり尽くせりじゃない」
「私、もたつくのが嫌いなの。じゃあ皆、自分の分は確保したわね。あとは混ぜるだけだから頑張って」
「はい、がんばります!」
今日はルチアちゃんと仲良くなるのが目標だ。
私が隣に陣取ると、彼女は安心したみたいに笑ってくれた。
歓迎ムードだ。まずは第一関門突破。
「ルチアちゃんは、パンとか焼いた事ある?」
「こういうパンとは違いますけど、あります。かまどの日はよくお手伝いしてました」
「聖国でもあるんだね、かまどの日」
「私はお城じゃなくって、いろんな修道院を回ってたから、街の行事はくわしいんです」
ふんわり微笑む顔は少し懐かしげだ。
小麦粉の塊をこねながら、ルチアは身の上話をしてくれた。
聖国では女性の地位が低い。
これは私も知ってる。
でもルチアは教皇の娘ということで、さらに立場が複雑だった。
聖国の教えには、本人が善行を積まなくても、身内が働けばその分の功徳を得られるというものがある。
曰く、父は娘を育てたのだから、娘の積んだ善行は父のものでもあるという論理だ。
はっきりとは明言してないけど、母じゃなくて父限定。
正直、むかっとくる教えである。
だってそうでしょ? なんで娘が頑張った分を父親に取られなきゃならないの?
おかしいじゃん。
原典にはそんなこと書いてないんだけど、教皇庁が解釈をすすめてくとこんなへんてこりんな教えが出てくる。
権力者どもが自分に都合が良いように曲解するのだ。不愉快である。
話がそれた。
教皇の娘として生を受けたルチアは、この謎論理に従って小さい頃から働きに出されることになったのだ。
お城ではなく修道院に寝起きして、綺麗なドレスや美味しいご飯の代わりに、国の人々のために奉仕する生活を彼女は与えられたのである。
それでも、あるいはだからこそかな。
王様として贅沢な暮らしをする父を尻目に、ルチアは頑張った。
奉仕活動に始まって、炊き出しから救貧のための托鉢、果ては孤児院の開設に至るまでいろいろな事業に参加して国のために働いた。
思うところはあっただろうに彼女は、教えを守るため自らの義務としてその言いつけに従ったのだ。
粗末な服、質素な生活を守りながら民衆のために働く彼女はよく慕われた。。
清貧を旨として献身を続ける彼女は、いつしか聖女と呼ばれるようにまでなったのだ。
彼女は聖国における教えの象徴ともいえる。
聖女ルチアの声望は、確かな実績に裏付けられた物であったのだ。
そんな彼女の努力は、しかし報われることはなかった。
というか、酷い報われ方をした。
原因はリンディだ。
またリンディだ。
もういい加減にしろよ、リンディ。
なんと王国から聖国へ住み処を移した彼女は、一人息子ランスロットの伴侶としてルチアを望んだのである。
まぁ、十中八九ランスロットの地位を固めるためだろうね。
聖国の皇女で民衆の人気も高いルチアを娶るのが一番良い。
ふざけた話だ。
ルチアが市井で働く間、リンディもランスロットも城で贅沢な暮らしを楽しんでいる。
なのになぜルチアがその踏み台にならなければならないのか。
だがリンディを愛する教皇はこれに応えた。
彼は、既に娘を自分の所有物かなにかだと考えていたらしい。
ルチアは絶対に嫌だと訴えたが、その願いはあっさりと退けられて、彼女はランスロットの婚約者にされてしまった。
ああ、かわいそうなルチア。
そんな彼女は絶望した……りなんてしなかった。
代わりに彼女はぶち切れた。
あのクソ親父、もういい加減こっちも我慢の限界だと、反抗心を爆発させたのだ。
そして彼女は、父である教皇を倒すことにしたのである
聖国は私が救う。
帝国と組んだ王国の女王に嘆願してまずは国を救ってもらい、聖国内の良識派をかき集めて父親を追い落とす気だったらしい。
「なかなか野心家だね、ルチアちゃん」
「ええ、実はわたし図太いんです」
まぁ、図太くなければ敵国に単身乗り込んだりはしないだろうしね。
それは察してた。
「ずっと考えてたんです。父は私のことどう思ってるんだろうって。今回のことでよくわかりました。要は道具としかみられてないんだなって。だから私も踏ん切りがつきました」
ルチアちゃんはすっきりした顔をしていた。
本当はここまでお話しするつもりはなかったんですけど、ついつい止まらなくなっちゃいました。
そう言ってペロリと彼女は舌を出した。
そういう仕草は年相応で、かわいい。
私がやるとばばあ無理すんなって言われる。ひどい。
「エリザベート陛下なら、私の言葉を聞いて下さると思ったんです。聖国でも市井では王国のことは有名です。暮らしやすいって」
「あら、お世辞かしら? でも、ありがとね」
ちょっと嬉しい。
暮らしやすい国にしたいとは、ずっと思ってたから。
そうかそうか、お隣の国から見ても、ちょっと評判だったか。頑張ったぞ、私。
「聖国では逃散は重罪です。逃げると親類にまで迷惑がかかるので、なかなか難しいんですけどやっぱり辛いものは辛いので逃げる人は多いです。私も時々手伝いました。本当は逃げるんじゃなくて、国をよくしなくちゃいけないんですけど……」
「うーん、一つ聞いて良い? ルチア」
割り込んできたのはコレットだ。
つり目気味の彼女は作ったような不機嫌顔。
「そのうちの国の女王様はさ、ちょっと前、あんたの国の人間に殺されかけたんだよね。そのへん、あんたはどう思ってんの?」
お、良いこと言った。
私も思うところはある。
「口ではなんとでもいえるじゃん? 実はお慕いしてましたーとか。でも結局、あんたは助けを求めるばっかりでなんにもしてないじゃない。今後もそんなんばっかりだとこっちとしては困るんだけど」
「口だけではないつもりです。私達、密かにお祈りをしていましたわ。戦争が早く終わりますように、そして女王陛下をお守り下さいって」
コレットはこの言葉に口元をゆがめた。
何を言っていやがるって顔だ。
コレットがこの顔するとマジで禍々しい。年季が入ってる。
「馬鹿馬鹿しい。お祈りなんて無意味よ。実際問題、助けてくれたのは帝国のオスカーさんじゃない」
「私はそうは思いません。結果だけ見れば私達の祈りは届いたとも言えますわ。そしてお祈りをしていた人たちは、陛下に神の恩寵があると信じるでしょう。聖国の教皇ではなく、王国の女王にこそ神の意思があると。そして私達がそれを助けたのだと。それが重要なのです。みな女王陛下が正しく、聖国の戦争は間違いだと思ったはずですわ」
ううむ。
とコレットがうなりを上げた。
「言うじゃ無い……」
彼女の言葉を解釈するなら、聖国の人たちも私を支持してくれるってことだ。
ついでにそれをルチアが主導するとも。
聖国で親王国派を増やしてくれる。
この聖女様、実に良いところをついてくる。
「まだまだ不足です。ですから今後も働きで返しますわ」
そう言い切るルチアは、皆を導いてきたお姫様の顔だった。
ルチアと私の境遇はよく似ていた。
駄目な父。
それをたらし込む嫌な女とその息子。
そして父への反逆。
まるで鏡だ。
私は祖父に支えられて父とその付属物を放逐した。
ルチアは教会でも良識派の人たちに支えてもらっているそうだ。
それに私達も巻き込んで、私達が十年前に歩んだ戦いの道を歩もうというのだろう。
さて、十年前、私はどんなだったかしら。
右も左もわからなくって、みんなに助けてもらってばかりだったような気がする。
少なくとも、ルチアのほうがずっとしっかりしている。
「ルチア、あなたの考えはよくわかりました。実に良い付き合いができそうで嬉しくおもいます。だから、これからもよろしくね。借りはちゃんと返してもらうけど」
ルチアの顔にぽっと笑顔の花が咲いた。
「はい、陛下! 光栄です。私こう見えて結構働き者なんで、頑張って返します」
私はパン生地から手を離して手を差し出した。
ルチアは私の手を握り返す。
彼女の手は、ちょっと前の私の手みたいに荒れていて、暖かかった。
ちょっと感動的な雰囲気を醸し出す私達。
その目の前で、とっても真面目なアリスちゃんは一心不乱に自分の生地を練り込んでいた。
パン生地がねりあがった。
一人黙々と作業していたアリスちゃんのパン生地は、適当に作業していた私達と比べて照り艶がひと味違う。
こころもちてかっとしてる。
「頑張りました!」と手の甲で汗を拭うアリスちゃん。
やりきった笑顔がかわいい。
練りあがったら、しばらく生地を寝かせる時間が必要だ。
私達は別室にうつっておしゃべりの続きをした。
リンディ被害者の友の会が結成されて終わった。
そしてパン作りを再開。
ぷくっと膨らんだ生地を練り、丸い土台を作ってから今度は飾り付けをする。
余った生地でいろいろな模様を描くのだ。
模様には、おまじないの意味もあるし、目で見ても楽しい。
そして腕の見せ所でもある。
さあやるぞ、経験者の実力を見せてやると私は意気込んで作業した。
まぁ、いろいろともようはあるんだけど、私はやっぱり縄模様だね。
ご縁を結ぶおまじないなんだ。
今日は、これにするって決めていた。
おや、ルチアちゃんは手が止まっているね。
悩み事かな?
「模様なんですけど、私が好きな形にしても良いんですか?」
「もちろんよ」
ちょっと迷っていたルチアが選んだのは、私達も見慣れた十字模様だ。
「折角だから、二種類の十字模様を交互に並べてみたらどうかしら。聖国だけじゃなくて、帝国国教の印をいれてみたら、仲良しっぽい感じがしない?」
私は帝国国教に改宗済みだ。
牧師の資格まで持ってるユリウスさんに急いで洗礼してもらったのだ。
オスカーには「あの男の洗礼で大丈夫か」と首を傾げられちゃったけど、他に人がいなかったせいだ。
ルチアは、二つの印を見比べてからからぱっと顔を輝かせた。
「そうします! ありがとうございます、エリザベート陛下」
聖国の国教で使われている十字は正十字。
帝国国教は十字の下の直線がちょっと長い。
ルチアは交互に十字模様を並べ始めた。
「私達の本当の教えは、殺すべからず、盗むべからず、侵すべからず。それだけなんです。戦争なんて間違ってる。できる限り早くやめさせます」
「言うじゃ無い。是非あんたの親父にも聞かせてやってよ」
「ええ、彼の生首にでも聞かせてやりますわ」
「……あんたのその自分の言ったこと即ひっくり返してくスタイル、嫌いじゃないわよ」
コレットが「教義になんて興味ないけど、とにかくがんばりなさいよね」と言うと、ルチアは「言われなくても頑張るわよ」と言い返していた。
ところで一番真面目にパン作りに励んでいるアリスちゃんは、飾り付けに専用の金属型を持ちだしていた。
アリスの道具箱にはなんでも入ってる。すごい。
「私は可愛く飾り付けますわ! ハートマークと星のマークをつけるんです! あと果物を入れてみます。干しリンゴぐらいなら多分平気ですよね」
あふれ出す女子力。流石だよ、アリスちゃん。きらきらを直視出来ないわ。
干しリンゴや干しぶどうなら多分合うと思う。どんどんいれちゃって!
「私は適当でいいや。お腹に入れば一緒だし。」
コレットは適当に生地をのばすと、ざくざく謎の切れ込みを刻んでいた。
呪印みたい。とりあえず、かわいくはない。
私達は、お互いにパンを見せ合って感想を言い合った。
私がパンにびっしり描いた縄目模様は、「がっついてる感じがする」とコレットから心ない言葉をもらった。
二十七歳の独身女。これでがっついて何が悪い。
それから私達は、竈係のおばちゃんにお願いして、がんばって作ったパンを焼いてもらった。
待つ間は最近開いたお茶会室に移動。
小さめのお部屋なのだけど、これまたアリスちゃんの援助うけて絨毯やカーテン、それに小さなテーブルなんかが準備された。
子豚ぐらいなら焼けそうな暖炉のおかげで、快適なひとときを過ごせるのだ。
外はもうじき冬、ぱちぱち踊る炎の揺らめきが心をほぐす。
私達はおしゃべりの続きをした。
もっぱら議題はリンディをどう料理するかだ。
コレットとルチアが競い合うように処分方法を披露する中、それをにこにこした笑顔で聞いているアリスちゃんが印象的だった。
彼女こそ、絶対に大物になる。
私は確信した。
焼き上がったパンは、二枚が上出来、二枚が微妙な仕上がりだった。
アリスとルチアのは良い感じ。
特にアリスちゃんのはほんのりりんごの余り香りがして、とっても食欲をそそる。
コレットの手抜きパンは、膨らんだパンで溝の部分がつぶれてしまい、ただの円盤になっていた。
私のパンも縄目模様がギチギチすぎたみたいで、境目がわかりにくくなってしまっていた。
しかし経験者二人の出来がいまいちというのもちょっと情けないなぁ。
食べる分には支障ないけれど。
そして試食してみた感想は以下の通りだ。
「アリスのがダントツで美味しい」
「どれも美味しいです」
「エリザお姉様のが一番ですわ」
「意見が割れたわね……」
私は公平なジャッジを求めるべく、外部の人間に意見を聞いた。
オスカーに差し入れして、どれが一番好きか聞いたのだ。
もちろん、誰がどれを作ったかかは伏せたままね。
経験者的には、ちょっと負けたくない戦いだった。
オスカーは一口ずつ味見をしてから、迷わずアリスちゃんのパンを手に取った。
「これが一番美味いな。エリザが作ってくれたんだろう?」
私が拗ねたのは言うまでも無い。




