エリザママとオスカー
エリザママ。
兵士共がエリザにつけたあだ名だ。
俺より頭一つでかいヒゲの男が「ママぁ」とか口にするところに出くわしたその衝撃、まさに筆舌に尽くしがたいものがあった。
俺たちが聖国を追撃するにあたり、二個連隊に留守居をさせたのだが、やつらはわずか半月の間に、すっかりエリザの虜になっていたのである。
早いな。会ってその場で恋に落ちたお前が言うなと言う話ではあるのだろうが。
「無理からぬ事なのだよ」
ユリウスがこうなった経緯を語ってくれた。しみじみと。
まず第一にエリザは美しかった。
麦穂の色をした髪をふわふわとなびかせて、軽やかに歩く姿は春の女神を思わせる。
ひらひらと舞うスカートの裾、その細く見える腰つきもだが、とにかくあのおっぱいがすさまじい。
とても柔らかそうなのだ。
あれはたまらん、あの胸に抱かれたいというお言葉を、俺も多数もらっています。
どこ見てんだ、仕事しろと俺は一応たしなめたが、「でも司令だってガン見してるじゃないですか」と言われれば返す言葉もございません。
そのぐらいすごいのだ。
「あれ見ない方がおかしいですよ。ホモだとしても絶対見ますよ」
俺に追い詰められて白状した、兵の言葉であった。
そんなおっぱい女神のエリザベートは、日に二回、昼と夕に時間を決めて兵の慰問に来てくれるのだという。
最近は体の線も露わなドレス姿で来るらしく、いやが上にも兵士達は盛り上がる。
麗しの貴婦人の艶姿を間近で見られるというのだから、男共はもう堪らないのだ。
すっかり骨抜きにされた連中は、彼女のためなら犬馬の労も厭わぬと息巻いていた。
報酬には対価を。
女王様のサービスに応えようと、兵士達はエリザのために自分の仕事を頑張っていた。
瓦礫の撤去に始まって、喫緊のかまど作りから、仮設の宿泊所や街路整備など、土木工事に定評がある帝国軍の本領発揮とばかりに彼等は物作りに励んでいた。
場合によっては道路を作りながら進軍したりもする。
その経験が、思わぬところで生きたわけだ。
まさしく本領発揮。
廃墟に近いありさまだった王都にはすでに復興の兆しが見えていた。
エリザはこのことに大喜びしているそうだ。
お手振りの合間に、投げキッスなどもしてもらえるとみな鼻息を荒くしていた。
俺も一度だけ兵に混ざって見に行った。
エリザには内緒だったのだが、彼女は兵士達と押し合いへし合いしながら彼女に手を振る俺に気付いてくれた。
はにかむエリザは、えくぼも可愛い女王様だ。
彼女は俺に向かってこっそりと、彼女はその右手を振ってくれた。
俺の気持ちがわかるかね?
意中の素敵な女性から、特別扱いしてもらえる優越感をおれはとても良く理解した。
近くの兵からは感謝され、離れた者達からは憎悪の視線を向けられた。
ちなみにこの翌日からは、彼女の隣が俺の定位置になった。
エリザは親しげに俺の腕に手を絡めてくれた。
兵からの視線に若干の殺気が混じるのを、俺は大変心地良く思ったものだ。
次にエリザは優しかった。
なんでもエリザは慰問の度に、手ずからパンを籠につめて来てくれるのだそうである。
「少しだけですけど。折角だから陛下が直に手渡ししろと。中身は普通のパンですよ? でも美味しいです。皆さんから頂いた小麦粉のおかげ」
そう言って毎日城のかまどで焼いたパンを大きな籠に詰め込んで木イチゴのジャムやらと一緒にもってきてくれる。
パンの受け取りは、連隊長の持ち回りだそうで、奴らは二人とも喜んでいた。
留守居は第九と第十の両連隊長。
思わぬ役得であるのだが、俺にばれたと首をすくめて謝罪された。
エリザはもちろんそんなことは知らぬ。
「大変なお仕事なのですから体は労ってくださいね。無理するような悪い子は、わたくしが酷い目にあわせますよ。診療所で」
エリザはそう冗談めかして笑ったそうだ。
こんなことを言われた日には、みな無理をしちゃおうというものである。
診療所。
こちらは、既にユリウスの預かるところになっていた。
だが、なんとエリザは一時、本当に兵士の診察にあたってくれていたのだそうだ。
女王自らが診てくれるという噂はすぐに広まったが、兵士達が殺到するその前になんらかの理由で取りやめになってしまったとのこと。
「本当はもっと陛下に診てもらえたはずなのです! それをユリウスとか言う軍医が邪魔をして……」
嘆き節とも恨み節とも言えない声が、俺の元にも届けられた。
相当な評判だったのだろう。
わずか数十人ほどではあるが、彼女の手で手当をしてもらえた兵士もたしかにいて、連中は末代までの自慢にすると言っていた。
下手すると貴様らが末代なんだが、その点は大丈夫なのか。
兵士諸君?
なかでも一番の評判だったのは、尻の治療を施されたという兵士である。
その男が自慢げに手術跡を晒していると聞いたので、折角だから俺もそれを見に行った。
実に、きたないケツだった。
手袋越しとはいえ、エリザはこんなものに触れたのか。
うらやま……、けしからんにも程がある。
しかし、うらやま……、うらやましい。
とりあえず蹴っ飛ばしておいたのだが、それではおさまらない俺は堪らず師匠のユリウスに相談した。
「俺もエリザに治療をしてもらいたい。どうすればいい? うまいこと尻を怪我する方法を俺に教えてれないか」
ユリウスはうんざりした顔で答えてくれた。
「何を言うかと思えば馬鹿馬鹿しい。いっそエリザ君に槍で突いてもらえばいいんじゃないかね? 何回か突き込めば、流石の君でも多少の怪我くらいはするんだろう?」
「ユリウス、貴様天才か!」
「君こそ馬鹿になったんじゃ無いのか?」
エリザに診てもらうために、エリザに槍で突いてもらう。
一粒で二度美味しい作戦だ。素晴らしい。
ちょっと変態くさい点には目をつぶりたい。
エリザがどんな顔して槍でついてくれるのか、想像するだけでドキドキするが、あいにく俺は臆病なので彼女にリクエストできたのは大分先になってからのことだった。
エリザは「えいっ」と可愛い声でおれの尻を突いてくれた。
馬鹿強い身体強化のせいで弾いてしまい、俺は産まれて始めて、強すぎる体を嘆いたものだ。
俺たち帝国軍に優しさを見せてくれたのはエリザだけではなかった。
王国の民からも暖かい感謝と歓待を受けられたのだ。
共に働く男達からは、とっておきだと隠していたらしい酒を振る舞われた。
女達からは焼いたばかりのパンやらを仕事の度に差し入れられた。
娘をもらってくれなど言われることもざららしく、幹部にはどうしたものかと相談がきているそうだ。
俺が率いる隊は、他国では侵略者として迎えられることが多かった。
帝国は強い。
ゆえに、そのほとんどは侵攻作戦。
敵地で戦うのだ。
交戦規定を結べた国との戦いであればまだましだ。
そうで無い国であれば、帝国は厳密な相互主義に基づいてその地で暴威を振るう。
無論忌むべき行いだ。
帝国の正規兵はそれを嫌がる。
結果、元懲罰部隊である俺の隊は、その手の役割を任せられることが多かった。
時として同国人からも忌み嫌われるところの俺たちにしてみれば、エリザや王国民から寄せられる親愛の情はとても暖かく、また貴重なものであった。
「これが軍人冥利ということなのでしょうか」
とある士官の言葉だ。
生憎、俺はその問いに対する答えはもっていない。
だが、そう語った将の顔に久方ぶりの誇らしさが垣間見えたことは、とても喜ばしいことだと考えている。
エリザと、彼女が愛する民は、俺たちのすり切れた誇りをその手で癒やしてくれたのだ。
最後にエリザの優しさは、敵国人にも振り向けられた。
彼の国の皇女ルチアである。
ルチアは、身柄を差し出す代わりに、王国に援助をもとめたのだ。
民の病を癒やすための手助けを。
それを受け入れるかどうかについて、王国の者達の意見は割れた。
だが、エリザは彼女をかばってゆずらなかった。
「許されない罪はないのです。まして彼女自身がなにかを殺め、あるいは侵したわけではないのですから」
エリザはその言葉を押し通し、ルチアに戦後の援助を約束したそうだ。
王国の者達はそれに従った。
「まぁ、空手形ですから」と彼女の腹心は舌を出していたので、台無しだったがとにかくエリザ自身の優しさは、ひとつの救いであったと思う。
王国には、聖国から逃れてきた者達も多く暮らしている。
彼等を救ったように、エリザはその手を敵国の者達にも差し伸べたのである。
それがエリザのやり方なのだろう。
俺たちはそれをそういうものとして受け入れた。
もし和平がならなければ、俺は手を汚す覚悟であった。
だが、エリザはそんな俺の心を知ってか言った。
「私も少しは頼れるところをみせておきませんとね」
と。
これは未来の話になる。
彼女と出会ってから俺は、自分の手を汚すことはなくなった。
ここまでがエリザママの癒やしにまつわる話だ。
ここからはエリザママのいやらしい話になる。
実は、このエリザママ、ちょっとエッチな女性であった。
彼女は、実は、男の体に触るのが好きで、触られるのも大好きで、そんなところを俺にだけは見せてくれたのだ。
これがすごいのだ。
俺はすっかりメロメロです。
俺が帰還した夜に、早速彼女は俺の元を尋ねてくれた。
久方ぶりの逢瀬である。
しかし俺はユリウスから、ルチアを無体に扱った件でしかられたり、しばかれたりしたばかりであった。
女を粗雑に扱う男はその女から嫌われるぞと。
ゆえに俺は恐れた。
エリザにも嫌われてしまったのではないだろうか? と。
そんな危惧を、エリザは輝く笑顔で蹴り飛ばしてくれたのだ。
やってきた彼女は最初から満面の喜びを溢れさせておれの腕へと飛び込んできた。
「あの、私、甘えん坊なんです。なでてもらっても良いですか?」
彼女が最初に口にした、おねだりの言葉である。
その晩おれはエリザのぬくもりを腕に抱いて、すっかり醜態をさらしてしまった。
そして困ったことに、彼女は極めつけに人なつっこく、また二人きりの時だけは無邪気な仕草を見せてくれた。
「無邪気っぽい振りしてるだけなんですよ、ぐふふ」
などと言っていた。どっちでもいい。
戻ってから数日、お互いにいろんな姿勢でふれあううちに定位置が定まった。
最終的に膝抱っこでおちついたのだ。
俺が椅子に座っていると、エリザは膝の上に横座りするようになったのだ。
「これが一番しっくりきます」
そう言って彼女は笑った。
膝に感じるエリザの重みが心地良い。
良い体勢だと俺も思う。
エリザはこちらを向いてから首や背中に手を回す。
それから、物欲しげな顔をして俺に撫でろとせがむのだ。
「背中に手を回してくれませんか。それで、髪に触れて欲しいんです」
「ああ、いいとも。しかし本当にそういうのが好きだな、エリザは」
エリザは開き直ったような顔をして「はい」とだけ答えてくれた。
彼女の頭や腕を撫でてやると、彼女は俺に身をゆだね、時として口からくぐもった声を漏らしながら、幸せそうにその表情を緩めていた。
エリザはそれなりに感じやすいようだった。
「んぅう」とか「あんっ」とかいう声はエロくてとてもかわいかった。
「ぐふふ」とか「ふひひ」とかいう笑い声もそれはそれでかわいかった。
もう何でも可愛かった。
俺も男だ。
やっぱり触りたいところはある。
目線が彼女の綺麗な顎先をそれ、その下の膨らみを追う。
どうしても目線がさまよう俺のことを、エリザは悪戯げにわらっていた。
「オスカーさんも、私の胸とか好きなんですか?」
「やはり、エリザにもばれてしまったか。たしかによく見てしまうんだが」
「どうしても視線を感じちゃうので……」
もしよかったら、どうぞ。
頬を染めたたエリザは、そう言うと目をつむってから顎をあげた。
この誘惑に抗える者はこの地上にいるのだろうか。
掌で、俺は彼女の胸に触れた。
エリザは小さくその体を震わせた。
薄い布ごしに感じる彼女の胸はとてもとてもやわらかだった。
俺は、急いで壁に頭突きした。
痛みこそが俺の理性を保たせる一番の特効薬であったからだ。
俺のエリザに対する欲望を代わりに受け止めてくれた壁材は、徐々にその表面を削りながらも確かな痛みを与えてくれた。
まぁ、あれだ。
二人きりで過ごす日々が増えるうちに、少しずつだがやることは増えていったのはたしかであった。
エリザが喜んでくれる。
俺だって触りたい。
いい歳して初めての恋人を得た者同士、俺たちは楽しく乳繰り合うようになったのだ。
俺の膝の上でだけは、エリザは皆の女王様でなく、俺の恋人になってくれた。
ある日のこと。
『あまり調子に乗らないことだ』
そう書き殴られた匿名の手紙が俺の元に届けられた。
ペンのインクがにじんでいて、それが血痕を思わせる。
血涙を感じるなぁ。
ああ、優越感というものは、こういうときに感じるのだな。
思わず俺は笑みこぼれた。
手紙を受け取ったこの俺がたいそう機嫌を良くしたことは言うまでも無い。
要するにエリザは最高であった。
 




