彼氏とわたし
「オスカー! お待ちしていました!」
私は持ちにまった瞬間を迎えていた。
彼氏の帰還。
戦地からの恋人の帰還である!
彼氏いない歴二十七年の私にとって、この半月は本当に長かった。
一日千秋とはよく言ったものだ。
私はすっかり老けてしまって、今ではお肌もつやつやである。
ゆえにルチアとの話し合いが終わるやいなや、私は、オスカーさんの執務室へ突撃した。
扉の前で一つ大きく深呼吸。
大丈夫。
お手紙は沢山出したけど、オスカーさんはいつも嬉しいと返事をくれたのもの。
だから自信を持って。
ゆっくりと扉を開ける。
オスカーさんがしょぼくれた顔で迎えてくれた。
彼さんは、出立したときと同じ格好であった。
凜々しい相貌に後ろできつくまとめた半白の髪。
今は軍服姿、質実な帝国軍の制服に沢山の記章が輝いている。
やっぱりオスカーさんだ。
ただ、彼のしおれた表情は少し意外であった。
狼みたいなお顔が、通り雨に降られた狼みたいなお顔になっている。
開口一番オスカーさんは私に向かって謝った。
「エリザか……。すまなかった」
「え、何を謝られていらっしゃるんですか!?」
焦る。
私の様子に、オスカーさんは首を傾げた。
「いや、俺はエリザを怒らせてしまっただろう。女性を粗雑に扱うような男は、嫌いになったのではないかと思ってな」
ああ、あのことか。
「たしかに、あれはよろしくありませんでしたわ。どんな相手であれ、最低限の礼節は必要だと思います。あとで、ルチア様にちゃんと謝っておいて下さいね」
オスカーさんは訝しげな顔で私を見た。
私に向ける目の中には、意外さとわかりやすい安堵が見える。
「エリザは怒っていないのか」
「怒る理由なんてありませんもの。今の私は、オスカーさんへの感謝と会いたかった気持ちで一杯です。戦ってきてくださったのでしょう? 私、戦勝のお礼もまだ直接は言えていないのですから。万を超える相手を追い払ってくださったのに……」
「そ、そうか……」
「そうですよ」
「いや、造作も無いことだったからな……」などと言いながら頭をかくオスカーさん。
「また、俺は考えすぎたのか」
「かもしれませんね。オスカーさん、結構考え方ずれてますよね」
私が笑うと、オスカーさんはそうかもしれんと言ってまた笑った。
「改めて、おかえりなさい。オスカーさん。お帰りをお待ちしておりました」
「ああ、ただいまエリザ」
彼が腕を広げてくれたので、私はその中に飛び込んだ。
意外と厚い胸板。
背中に回された彼の腕は、私を気遣うように優しい。
多分私、満面の笑みだったんじゃ無いだろうか。
オスカーさんの体からは、あの夜に嗅いだ匂いがした。
「隣に座って良いですか、オスカーさん」
「ああ、きてくれ」
十二分に彼の感触を堪能した私は、次のお楽しみに移ることにした。
オスカーさんは笑顔でいてくれて、仕草や表情からは私への好意がぽろぽろとこぼれている。
これなら甘えても邪険にはされないだろう。
私にはその確信があった。
折りたたみ椅子を持ってきて彼の隣に腰を下ろす。
それからオスカーさんの左腕にぺたりとはりついた。
今のエリザはツタ植物。
「オスカーさん、甘えて良いですか?」
オスカーさんが破顔する。
「エリザ……。もうくっついているじゃないか」
「はい、こうするの夢だったんです。許して下さい」
「もちろんだ。随分と俺に都合が良い夢だ」
言いながら、オスカーさんは空いている方の右手で私の頭に触れてくれた。
髪の間に指が入る気配がする
「オスカーさんの腕、固くて触り心地が良いです」
私が顔をこすりつけると、オスカーさんは腕の筋肉をぴくぴくさせた。
結構太い。楽しい。
さて、私は結構積極的な女である。
スキンシップとか大好きだ。
パーソナルスペースが狭さたるや相当なもの。
領地の狭さと良い勝負だ。
恋愛強者のコレットからも、「落としたければガンガン行け。効果的だ!」とアドバイスをもらっている。
私は遠慮無くぐいぐい行くことに決めていた。
「オスカーさんの髪の毛、触らせて下さいませんか」
彼は快く頷いてくれた。
彼は椅子に深く腰かけると目を閉じた。
髪紐をとくと髪の毛がばらりと落ちた。
手入れなんてしてないって言葉の通り、彼の半白の髪は、ちょっと腰が強くてごわごわしている。
ますます狼を思わせる。
いつか朝のお世話とかしてみたい。
それで、彼の寝癖を櫛でといてあげるのだ。
「手ぐしでといてもいいですか」
「ああ、抜かないでくれるなら、あとは好きにいじってくれ」
私が髪の毛を撫でたり引っ張ったりすると、オスカーさんはその度にくすぐったそうに顔をしかめた。
次は肌に触れたい。
私は許可など得ずに、彼の左の手を握る。
剣を握る彼の手は、思った以上にごつごつしていた。どきどきした。
私の手の指を彼は柔らかく握ってくれた。
「随分と積極的だ」
「オスカーさん程じゃありません。私、夜這いまではしませんもの」
「ああ、それは済まなかったな」
オスカーさんはしばらくそうして目を閉じていた。
「私のことも触って下さいませんか?」
「どこなら触れて良い?」
「どこでもどうぞ」
オスカーさんは少し緊張した面持ちで私を見る。
それからまずは髪を撫でてくれた。
髪の毛が指先でくるくるされる。
こういうところをはお祖父さまとはちがって面白かった。
私は実感が欲しかったのだ。
彼が本当にいるという実感が。
彼と過ごした日々はたったの三日。
直接触れられたのは一晩だけ。
限界に近かった日々の中で、私は彼に縋ったのだけど。。
でも、たった一日のことだったから、だんだんと夢のようにも思えてきてしまったんだよね……。
その声を聞けて、触れられて、それでようやく実感がわいてきた。
彼がちゃんと実在してるっていうことに。
彼の腕が私の肩へ回る。
腕を撫でて、首筋に回って、それから私の胸元へ……。
彼の目線が私の体を撫でるのをちゃんと私は感じていた。
瞳を閉じる。
そして、オスカーさんが、後ろの壁に頭突きした。
ごっと素敵な音がした。
でもなぜ、頭突き?
オスカーさんが顔をあげる。
でこにに石材の欠片がはりついている。
ぱらり。小さな破片がこぼれ落ちた。
壁が少しへこんでる……。
「現実かどうかを確かめたかった。この壁材の感触は間違いなく現実だ。良かった」
「そうですか。でもオスカーさん、大丈夫ですか?」
オスカーさんはおでこを一撫でして苦笑した。
「少し痛い。良い固さだ。おかげで意識がすっきりした」」
「無茶をなさらないでくださいませ」
私はハンカチを取り出すとオスカーさんの水筒の水でそれを濡らしてから、彼の額にあてた。
「気持ちいいな」
とオスカーさんが目を閉じて呟いていた。
それからしばらく私達はいちゃこらして時間をすごした。
彼はちょっともじもじしながら、エリザに甘やかされたいと言ってくれた。
これで、少しはお礼になるだろうか。
「実は贈り物があるんです。この紐飾りなんですけど」
「紐飾り?」
「ええ、ちょっとしたおまじないなんです」
頑張ってくれる彼のために、私は一つおまじない準備していた。
紐が切れるまで身につけてると願いが叶う、みたいなよくあるやつだ。
オスカーさんはよく動くので、すぐにぶちぶち引きちぎってくれるだろうという目論見の元、私はたくさん紐をあんだのである。
頑丈であればあるほど、願いが叶うのだそうである。
「沢山あるな」
「はい。私欲張りなので、十本以上用意しちゃいました。あとオスカーさんの所有権を主張する意味合いもあります」
「そうか、そうか。俺はエリザのものか」
オスカーさんが楽しそうに笑うので、私も得意満面に頷いてから、オスカーさんの腕にこれでもかと巻き付けた。
せっせと紐を巻く私。
見つめるオスカーさんの瞳は穏やかだった。
私は調子に乗って一杯ねじねじしておいた。
最終的に、帝国軍の軍服が右腕部分だけ民族衣装みたいになってしまい、オスカーさんに笑われた。
最後にこれからのことについてもお話しをした。
毎晩二人きりの時間を作ろうって。
そして、今度から時間を見つけて夕食も一緒に食べようって。
まだ、彼の事、直接はよく知らないのだ。
だからもっといろいろとお話ししたいのである。
オスカーさんは言った。
「エリザは、気安すぎるんんじゃないのか? ……ほとんど見ず知らずの男に対して」
対する私の答えは簡単だ。
「お見合い結婚だとこんなものなのでは? それに戦場で攫われた女王様もこんな感じだと思いますよ」
もう少し警戒したほうがいいんじゃないかとオスカーさんは言ってたけれど、私が逃がしたくないのである。
彼はよくご自分の立場がわかっていないようなので、私は強めに絡んでおいた。




