崖っぷちのわたし
最後まで身体に馴染まなかった甲冑を脱ぎ、剣を置く。
十日間ちょっとの短い付き合いだ。
でも愛着ってわくんだなぁ。
ちょっと意外だ。
戦争なんて大嫌いなのに。
そう思うと少しだけおかしかった。
みなの涙声に見送られて城門の外に出る。
それから聖国の陣地に足を進めた私はすぐに捕らえられ、異母弟ランスロットの前に引き出された。
そして地べたに引き据えられた。
太陽を背にしたランスロット。
奴は、私を見下ろして口元をゆがめた。
「これで城から出て来ちゃうんだから、姉さんは本当に馬鹿だよねぇ。城兵の助命なんかのためにさぁ」
耳障りな奴だ……。
いっそ、口を縫い付けてやりたい……。
でも残念ながら手が届かないのだ。
来世に期待だな。
私は代わりに用件を告げた。
「……約束は果たしてもらう」
ランスロットが唇をゆがめる。
「自分が要求出来る立場だと思ってるの、姉さん?」
黙れ。
あと、私の事を私を姉さんと言うな。
貴様と同じ血が流れてるとか、私がもっとも恥じるところだ。
私がだんまりを決め込むと、根負けしたらしいランスロットが口を開いた。
「まぁ、いいさ。最初から連中は殺すつもりはないんだ。裏切り者の王国民は、聖国に連れ帰って奴隷として働いてもらう予定だからね!」
畜生め!
私は悔しさに唇を噛んだ。
まぁ、最初からわかっていたことだ。
ほぼ無に近かった可能性が、完全に消えただけだ。
でもそういうことなら、私にだって考えがあるぞ!
私は鉄壁をほこる亀の体勢でごろんとその場に丸まった。
「ならば徹底抗戦あるのみです。私が死ねば皆も必死に戦うでしょう」
「そんなこと言っていいのかい? 怖いんだろ? 命乞いをするなら、もう少し優しい扱いを考えてやってもいいんだよ?」
もちろん、そんなのお断りだ。
私は無言で頭を地面にこすりつけ、視覚と聴覚を遮断した。
全身でお断りの気持ちを表現する私。
この男はなにやら愚にも付かない事を言っていたが、私は全て無視してやった。
そのうちイライラしたらしい奴は貧乏揺すりを始めた。
ふふん、勝った!
私が内心で勝利の愉悦にひたっていると、頭上からランスロットの声がした。
「相変わらず、クソ生意気な性格をしてるよねぇ。いいさ。これから姉さんは裸に剥かれて、ここにいる男達全員に犯されるんだ。精々頑張って耐えて見せてよ!」
この下衆め!
私はお腹に力を込める。
辱めを受けるのは死んでもごめんだ!
そして賢い私は、当然のごとく備えもしてあった。
近衛侍女のコレットに、合図がなければ射殺してくれと、私は伝えておいたのだ。
だから、彼女の矢が私を解き放ってくれるはず!
さあコレット、お願いよ!
私の身体を打ち抜いて!
ガイン。
その時だ。
私の背後で。
乾いた音がした。
なにか固い物が、例えば鉄の矢が、盾か何かではじかれた様な、そんな音だった。
「残念だったねぇ、姉さん」
そして私の心は絶望に染まった。
周囲には人が集まっていた。
下卑た嗤いが耳朶をうつ。
聖国の兵が、男達が近づいてくる。
彼らの汚れた手が私を押さえつけて、顔に頬に体に触れる。
「さあ、その女王様を裸に剥いてやれ!」
いやだ! やめて!
私はせめてもの抵抗で、体を丸めてうずくまる。
その私の髪が捕まれて、顔が力尽くで持ち上げられた。
無理矢理空けさせられた目の前では、ランスロットが綺麗な顔に酷薄な笑みを浮かべていた。
私の頬を涙が伝う。
悔しい。
でもそれ以上に、怖い。
十年以上も頑張ってきて、その結末がこんななんて!
いくらなんでもあんまりだ!
誰か! 誰か、お願いよ!
私を助けて……!
叫び出したい気持ちを私は必死の思いでかみ殺した。
どんな目に遭わされたって、声だけは出すもんか!
涙でにじむ視界の中で、奴が私の事を嘲って耳障りな言葉をさえずっている。
あぁ、私の手が自由なら、せめて耳だけでも塞げたのに。
私の喉から嗚咽が漏れる。
その時だ。
「いい泣き顔だよ、エリザ姉さん! 折角だから、もっと可愛い顔にしてへぶぅうう!!!!!!」
ランスロットが吹っ飛んだ。
またなんだ。すまない。