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オスカーの帰還と肥えたわたし

私は肥えた。



唐突ですまない。

まずは経緯を話させてもらいたい。


私は女王だ。


でも贅沢な暮らしなんてしたことは無かった。

お金が無かったからね。


だが、私はひょんな事から沢山お金を持ってる子とお友達になった。

言わずと知れたアリス嬢である。


「エリザ姉様には全部見られてしまいましたから……。私にできることでしたらなんでもいたしますわ」


「誤解を招くような口を聞くんじゃ無い、このぽっと出女が!」


十年来の私の妹分が著しくご機嫌を損ねている事についてはこの際置こう。

新たに知遇を得たこの外国人のお嬢様は、確かにとんでもないお金持ちであったのだ。


彼女は「手持ちの粗末な品で恐縮なのですけど……」と謙遜しながら、私が見たことも無いような贅沢品を次々と私の部屋へ運び込んだ。


まず最初に私のお部屋の床に十年近くへばりついていた敷物が駆逐された。

何万回と私に踏みつけられて、時には怒りのストンピングも優しく受け止めてくれた忠臣だったが、いかんせん経年劣化で限界だった。

この床材と一体化しかけていた敷物が、新品のふかふかカーペットへと替えられたのだ。

色は上品なワインレッド。

入れた初日の私の部屋は、床の色彩だけ鮮やかとか言う意味のわからない状況になっていた。


びびったよ。

踏んで大丈夫かしら?


幸い、負けず嫌いのコレットが真っ先にブーツで踏みに行ってくれたおかげで、私はベッドの上に登る度に立ち幅跳びの記録に挑戦する羽目にならずに済んだ。


寝る前の運動に毎日幅跳びする生活は、流石の私にもしんどい。

やんちゃは好きだけど、得意なわけではないからね。

敷物を踏んで感動したのは生まれて初めてだ。

素晴らしいクッション性であった。


それを口火として舶来物の高級品が、私室の調度類を浸食していった。

まずすすけた壁の布飾りが取り払われて、帝国でよく使われる羽文様のタペストリーに置き換えられた。

ひらりとした感じが軽やかで、お部屋の空気も明るくなる。


続いて書机、化粧棚、箪笥が交換となり、部屋に豪華な雰囲気を与えていく。

なお中身は無い。

見た目は立派だから、ほとんど大きなインテリアだ。

でもそれでもいい。


そして、天井に吊り下げ式の照明器具が導入されたところで、貧乏王国名物だった女王部屋の帝国ナイズは完了した。


「これを粗末というなら、うちの国に粗末じゃ無いものなんてないんじゃないかしら……」


私がぼそりと呟くと、隣でコレットが重々しく頷いた。


「エリザが初めて女王らしく見えるよ……」


「まったくよ」


そんな私は、お部屋に負けないぐらいの華美さを誇るドレス姿だ。

アリスが「こんなこともあろうかと何着か持ち歩いているんです」とうそぶきながら、私にダース単位のドレスを譲ってくれたのだ。


サイズはアリスより二回りほど大きいけど、色も種類もたくさんあった。

こんなこともあろうかとって言うけど、一体どんなことを想定してたのだろう?


アリスちゃんは、道端でちょっと大柄な女性を拾って着せ替え人形にする趣味でもあるのかしら。

ちょっと怖いね。


来てみて下さいませとおねだりされたので袖を通してみたところ、胸元は苦しいけど他は概ねぴったりだった。

私はありがたくそのドレスを頂戴し、そして初めて感じる絹の滑らかさに危うく意識を手放しかけた。


「この世にこんな素敵なものがあるなんて」


震える!


「その台詞、今日二回目よ。新品のパンツを履いたときにも同じ事言ってたじゃ無い」


「よくお似合いでしたわ、お姉様」


それは、ドレスが?

それともパンツが?



コレットは、アリスの侍女さんと話して地味めな服を譲ってもらっていた。

彼女は彼女で、新品の服にご機嫌だ。


新人ちゃんにはけんか腰でからみにいきつつ、要所ではきちんとたかって取り分を確保する。

強かな女である。

ぐいぐい来るコレットにあまり物怖じしない気質のアリスはすぐ馴染んだらしく、若干ずれた感じで仲良くなっていた。




私は女王だ。


本来であれば今の私はのんびりと過ごせるような立場にはない。


国は戦時下。

治める都は敵軍の襲撃をうけて廃墟に近い有様になっている。

復興に、戦争指導に、私は忙しく働かねばならないはずなのだ。


無論、私もその心づもりだった。


でも、周囲は違ったのだ。

皆が休めと私に言いつのるのだ。


「陛下は今まで苦労してきたのですから」


「陛下さえ無事でお元気でいてくれたなら、我らはそれでいいのです」


「とりあえず、無闇に出歩かないで下さい。護衛の手間が増えるだけです」


一人だけちょっと冷たい感じなのは、おそらくその方の国籍が外国にあるからだろう。

そうに違いない。

とにかく、自分の事を考えろ。自分の事だけを考えてろと、皆に私は言われたのだ。


えー、そんなー。


なんて、口では遠慮しつつ、私は満更でもなかった。

頑張りを褒めてもらえて、嬉しくない女王はいないからね。

十分頑張った、ちょっとぐらい楽しく過ごしていいんだよって言ってもらえるなら気分良く遊べるのだ。

この辺り、私のメンタリティは、お店番を任されて張り切る女の子とそう変わらない。


ここで外界の状況までもが、私の臨時休暇を後押ししてくれた。


一つはオスカーさんの戦勝報告だ。

彼は、聖国軍一万五千を追撃してこれを撃破。

味方側損害無し。


オスカーさんの部隊は最新式の魔術具まで使った精鋭らしい。

それでも戦死者ゼロは異常だった。


やはり彼は特別なのだ。

反逆を疑われるに足るだけの実績を持ち、そんな物すら歯牙にもかけず、辺境国の女王様を救助するために駆けつけちゃえるだけの実力も持っているのだろう。

誇らしさに、少しの欲が混じる。

私のオスカーさんって言いたい。


そのぐらいの大活躍だ。



そして二つ目に、とうとう避難していた王都のみんなも帰還。


家財を担いで出て行った皆が、「どうせ戻るんなら、荷物も全部、家に置いときゃ良かった」とぶつくさ言いながら王都に戻ってきたのだ。

なんたる言い草だと私は憤慨し、それはもう大喜びで彼等のことを出迎えた。

途中で帝国軍の方から物資の援助を受けたらしい。

血色の良さを見ればわかるよ。


君たち、のんびり帰還したね?


「みな、無事で良かった! ちゃんと生きてますか? 死んでたら返事しなさい」


「みな元気です。陛下に呼ばれると死んでる人間が返事しかねませんのでお控え下さい。我らも陛下のお元気な姿を見られて感無量でございます」


廃材の山と化した、元市壁の入場門。

私は少しにおう中年市長と、控えめな距離で抱擁を交わしたのだ。


街を守れなかったことを私が詫びると、そんなことは良いのだ、これからしばらく税金取らないでいてくれたら十分だと市長は言った。


元気そうで何よりだ。

褒美に瓦礫の撤去作業をくれてやる。

代わりに年貢は免除してやるからな。


私が土木工事を申しつけたところ、市長は面倒くさそうな顔も隠さずに「陛下の命とあれば喜んで」と口だけの返事をくれた。

資材は、帝国軍からも供与を受けられるそうなので、家が無くなって人手しか出せない我が国民がせっせと働いてくれるだろう。



そして、以下のような状況になった。


聖国の問題は将軍オスカーさんが対応中。

王国の問題は宰相ボルワースが掌握してる。

そして王都は戻ってきた中年市長が任期の間中は頑張るだろう。任期切れたら他のだれかにおしつければいい。


こうして、私がすっかり怠けられることになったのだ。

なっちゃったのである。



ところで私の精神の基調は、元気と暢気と食い気で構成されている。

そして根は甘えん坊のヘタレなのだ。


「いいんだよ、怠けても」


「エリザは頑張ったんだから」


この言葉を受けて、私は当然のごとくだれた。


もうでろんでろんだ。

だって、みんな休めって言ってくれるんだものー。

「お言葉に甘えちゃおうかしら」って私が言うときは、本当にだだ甘えになるのである。


私は、日に一度、帝国国教のお作法でオスカーさんの無事を祈り、簡単な事後報告を受けてみんなのお仕事を見回る以外は、食べて、寝て、本などをちょいちょいと読んで過ごした。


お部屋にいることが多いので、アリスちゃんから借りた恋愛小説などをたしなんでいる。

ヒロインはやっぱり十代の女の子が多いなぁ。

でもお姉さんになっても、恋とかしたいんだゾ。

うわきつ、とか言ってはいけない。


およそ半月ほどだろうか。

私はそうやって肥育される最高級ウシのような待遇を楽しんだ。


しかし、改めて見るとひっどいな。

今の姿を戦時中の時分に見られたら、全力でぶっ飛ばされる自信があるわ。


瓦礫の山が取っ払われて、建物の基礎が露わになり町のあちこちでレンガ焼きの煙が立つのを嬉しい気分で眺めつつ、私はアリスから贈ってもらったフィナンシェとマドレーヌとガトー・バスクをつまみながら、紅茶の香りを楽しむ日々。


「なるほど、これが女王の生活か。正直揺り戻しが怖い」


「長続きしないと思うなら、今のうちに楽しんどきなよ」


「うん……」


ちょっとした罪悪感。


そして私は報いを受けた。

罪には罰を、怠惰には脂肪の蓄積を。


餌をあげるとエリザは肥える。


もともと飢餓に強い体質だった私の体は、せっせとお肉を蓄えてしまったのである。


私がそれに気付いたのは、アリスからもらったドレスのローテーションがちょうど一周した時のこと

最初に来たときに滑らかな優しさで私を包んでくれた若草色のドレスが、焼き豚を締め付ける固紐の感覚で私の脇腹を締め付けてくれたからだ。


大慌てで鏡を見る。


そこには肉巻きキャベツのもっちり感を醸し出す女王エリザベートが映っていた。

こう、全体的にぷにぷに、つやつやしてる。


「ねぇ、もしかして、わたし太った?」


「唐突に何言ってんのよ……。」


相変わらずスレンダーな体型のコレットがため息をつく。


「太ったって言うより、やつれてたのが治っただけだよ。ちょっとお腹のお肉がつまめるぐらいの方が健康的だわ」


「ええ、今のお姉様のほうが素敵ですわ。抱きしめると柔らかい感じがしますもの」


アリスの追撃が私の胸を貫いた。


二人とも!

それは、女基準で太ったっていうのだよ!


これは食べる量ひかえよう!

口元が寂しくなる度にむしゃこらしていたクッキーをおやつと食後に限ろうとわたしは決心した。



まぁ、遅すぎたんだけどね……。

ああ、私は神の悪意というものを信じている。


なんと、一日千秋の思いで待ち焦がれていたオスカーさんが、よりにもよってこのタイミングで帰ってきてしまったのだ!

南部の港町トラー二を速攻で落とした彼が、部隊に先んじて帰還してくれたのである。



しかも、美人の女の子、連れて。

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