女王様の診療とわたし
「実務はこちらで担当します故、陛下はゆっくりしていて下され」
宰相ボルワースが言う。
私は、復興関連のお仕事からはじき出された。
「自分達の世話ぐらい自分達で見ますぞ」
騎士団長バルトルトが言う。
老老介護に仕事を奪われ、医務室から私の居場所が無くなった。
そして私は無職になった。
女王なのに!
私、女王なのに!
「私、今、結構やる気に満ちあふれてるんだけど!」
「それなら帝国軍のお手伝いに行かない? 依頼が来てるよ」
と言う流れで、私は帝国軍のお手伝いに行くことになったのだ。
まぁ、出稼ぎは慣れてるよ。
昔もリンゴ農家や芋農家の手伝いによくかり出されたものだ。
私の体の一部分は間違いなく、その時の現物支給でできている。
私に依頼を出してくれたのは、帝国軍の軍医さんであった。
ユリウスさんという方だ。
「何分、人手が足りませんで。陛下の手を借りるのは恐縮なのですがね。手伝って頂けるとありがたい」
そう言って彼は頭を下げた。
なんでも帝国軍で、病気になった人が結構出てるらしい。
戦闘では強くても、病気にはなっちゃうんだなぁ。
まぁ、帝国軍の皆さんは一万人もいるしね。
持病もってる人もいるだろうし、ある意味当然である。
案内の人につれられてとことこと陣地を進んで行くと、帝国軍の陣地の中に仮設の診療所が建てられていた。
「薬の類いは運ばせておきました。不足がないか確認をお願いしたく」
「ええ、……大丈夫そうです。ありがとう」
ユリウスさんが王城の医務室からお薬など運んでくれていた。
気が利く人だ。
「しかし、食糧は無いのに薬品の備蓄があるのは意外でしたな」
「何分、自家製ですので」
薬って、自分で作れるなら原価安いからね。
万事滞りなく準備してもらった私はご機嫌でお仕事に取りかかった。
さて私が診ることになった帝国兵の皆さんは、なかなかにお行儀が良かった。
私が質問するとみんなハキハキ答えてくれる。
よいぞ。
病人は元気でなくっちゃぁ。矛盾してるか言ってはいけない。
皆、協力的ではあったけれど、それでもちょっとしたトラブルはいくつかあった。
まずは、服を脱ぎたがらない兵士さんの存在だ。
彼等は私を見ると困ったように服を抑えた。
「自分、体の臭いが気になるのです……。陛下に診てもらうなどとは思っておらず……。先に体を拭いてきます」
それから頬を赤らめて俯いた。
その時、私の前に座っていたのは、大きな熊みたいな兵隊さんであった。
一言で言うと毛深い。
なるほどなぁ。
私は思った。
昨晩の私とおんなじである。
毛深いのも、匂いが強かったりもするのも恥ずかしいのだろう。
異性相手だと意識しちゃうよね。。
その気持ち、私もよくわかるよ、兵士さん。
彼に共感した私はにっこり微笑みこう言った。
「いいから脱げ。私の手間をかけるな」
共感したからといって優しくなれるわけじゃないんだなぁ。
こっちは仕事である。
男を裸に剥くのにためらいなど無い。
きゃー、と可愛らしい悲鳴をあげて兵士さんは裸になった。
いい体をした兵隊さんであった。
ちなみに匂いはさほどきつくも無かった。
気にしすぎだね。
もう一件、診療室に入るなり、私の顔を見て固まった兵士さんがいた。
なにかね、私の顔になにかついてるのかい?
私が彼の顔を見つめ返すと、椅子に浅く腰掛けた兵隊さんはもじもじとためらってから、重い口を開いてくれた。
ぼそりと言う。
「あの、……自分、尻の調子が悪いのです」
そしてまたしても恥ずかしげに俯く、兵隊さん。
ああ、なるほどね。
私は直感した。
この言い方、痔だな。
そして迷った。
ユリウスさんは私に配慮して、下半身関係の患者さんを回さずにいてくれていた。
ズボン脱いでもらうケースは始めてである。
なのでこの兵士さんが来ちゃったのはなにかの手違いなのだろう。
ユリウスさんに回すべきだ。
うーん。
でも私は悩んだ。
なぜって?
だってその間、彼の肛門は辛い責め苦に苛まれ続けるのだ。
それはなかなか二辛いものであるらしい。
聞いた話になるのだけれど。
診療所は今混んでいて、また最初から並んだ日には丸一日ぐらいまたさられることになるだろう。
……よし。
やっぱ、私が治してやろうじゃあないか。
「じゃあ、見てみましょうか。ベッドの上に仰向けに横になって」
そして私は仰向けにした兵士さんに、膝を抱えさせた。
それからお尻の穴を晒させる。
恥ずかしい体勢であるらしく、兵士さんは潤む瞳で天井を見上げていた。
後ろに回り、兵士さんの大事な穴をまじまじ観察する。
ううむ、奥ものぞいてみるか。
指を入れて患部を確認すると、兵士さんが切なげなあえぎ声をもらしてくれた。
「……自分、もう、お婿にいけません」
馬鹿を言え。私が面倒見るのは尻穴だけだぞ!
「一生の世話してくれる相手は、他所で見つけてこい」と私が答えたところ、彼はお尻の穴をひくひくさせて笑った。
ちょっと痛そう。
大失敗である。
ごめんよ。
和ませようと思ったんだがね。
尻の穴をほじくりつつ、私は心の中で謝罪した。
診断の結果、彼の症状は見事な切れ痔であることが判明した。
潰瘍になってるっぽかったので、患者さんから口頭で許可をもらい、簡単な手術をして終了。
痔だからって馬鹿にしちゃいけない。
尻の穴にできた傷だってりっぱな怪我だ。
腕や脚にできた裂傷と同じように治療すべきなのである。
みんなだってお尻の穴は毎日使うでしょ?
きちんと労ってあげなきゃ駄目だよ。
根治治療を施してから、抗生剤とお腹のお薬を与えて私は患者さんを見送った。
ありがとう、ありがとう、一生の思い出にしますと兵士さんは喜んでくれた。
私は鼻高々だ。
私が一人満足していると、助手のコレットがため息をついた。
「エリザといると、人生勉強になるわ……」
んん?
「痔の治療なら、もう二、三十例は見てるでしょ?」
今更何言ってるのさ、と私が言うと、「……そういうことじゃない」とコレットは首を横に振った。
じゃあ、どういうことなのさ?
私は順調に帝国軍の兵士さんのケアをしていった。
戦場ではあんなに勇ましかったのに、患者さんとしてくると皆とっても恥ずかしがりでなんだか可愛い。
オスカーさんも怪我とかしたら、こんな様子を見せてくれるのかしら?
想像してみたけれど、どうにも彼は怪我しなさそうである。
残念だな。
予定の半分ぐらいを消化しただろうか。
意外と楽しくお仕事をしている私の元を予期せぬ客人が訪れたのは、お昼ご飯の時分であった。
 




