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陣中にて

少女の唇が、俺の腐った傷口に吸い付いていた。

その口元が離れ白いなにかを吐き出してから、彼女は細い指をうごめかして、やたらとしみる薬でもって傷口を消毒した。


俺は歯を食いしばった。


割と痛い。

表情を取り繕うのに苦労した。


処置は無事終わり、傷口に包帯が巻かれる。

俺は涙目を見せずに済んだことに、内心で強い安堵を抱いていた。


うがいを済ませた少女が口を開く。


「処置は終わりました。傷口に抗生薬を塗りましたから、唾液の雑菌も含めて死ぬはずです。本当は切開してきちんと膿を取り除くべきなんですけど」


「それは断る」


他人の刃を身体に入れられるのはごめんだ。


「でしょうねぇ、あなたの態度だと。私も忙しいので助かります。というわけで、あとは自己免疫力で頑張ってくださいね。それじゃあ、注意事項!」


そして矢の様な言葉が後に続いた。


まずこれは内服薬です。用法用量を守ってください。一度に飲んでも良くはなりませんよ。決まった量を飲んでくださいね。あと傷が治ってもちゃんと飲み切るように。そしてこっちは塗り薬。こまめに患部に塗布してください。けちっちゃ駄目です。無くなったら言ってくれればまた出します。


少女は楽しげにまくし立てながら、薬紙につつまれた何かを押しつけてくる。


まぁ、文脈から言って薬だろう。


「わかりましたか?」


「わかった」


俺が頷き、それをありがたく押し頂くと、少女は満足げな笑みを浮かべて去って行った。


三角巾に隠された後頭部から黄色いお団子がのぞいていた。

明るい緑の瞳にたんぽぽのような金色の髪、春の妖精のような娘であった。



場所は王国の野戦病院。


帝国の実家から逃げ出した俺は、逃亡中につまらぬ理由で傷を負い、適当な処置しかしなかった代償としてその傷を腐らせていた。


場所は右肘の付け根、剣士としては致命的な場所である。


さてこれはどうしたものかと思ったが、どうしようも無かったので、俺はとりあえずの逃亡先である王国へ向かった。


当時の王国は内戦中で荒れていた。

俺みたいな訳ありが身を隠すには、なにかと都合が良かったのだ。


愚王の圧政とそれに対する反抗。

割とありふれたその紛争事由は、俺にとってはどうでも良いものだった。


むしろ反乱軍の首魁オストランド・シフィールドが開いた野戦病院のほうが、俺にとってはよほど重要だった。

オストランドは名医として知られた男だったからだ。


反乱軍に潜り込んで、腕の治療をしてもらおう。


傭兵と身分を偽った俺は、反乱軍の振りをして病院に潜入。

そしてまんまと無償の治療をせしめることに成功したというわけであった。


まぁ、身分の詐称はすぐにばれた。


治療を受けた翌日のこと、腕の傷を再診に来た少女が言ったのだ。


「ところで傭兵さん、うちの軍の識別票を見せてくださいな」


「紛失した」


俺渾身のポーカーフェイスを前にして、少女はにやりと口元をゆがめた。


「はい、もぐりですね。うちに識別票なんてありません。まぁどっちでもいいです。けが人はみんな手当てしてるんで」


そしてテキパキと包帯を取り替えてから、「お代はいつでも結構ですよ」と言い置いて去って行った。


くそぅ!


俺は小娘にやり込められた悔しさに内心で歯がみした。

周囲の同業とおぼしきおっさん達が、うつむいてぷるぷる震える俺を笑った。



それから数日間を俺はその病院で過ごした。


仮設ではあるが明るい部屋、寝台には清潔なシーツがしかれ、看護に当たる人間は良く訓練されていた。

戦いで傷ついた人間達が次々と運び込まれる中、少女に率いられた看護師達が右に左に忙しく立ち回る。

負傷兵で溢れる病院に陰惨な空気は無かった。



少女は、そんな病院の名物だった。

純白のエプロンドレスに三角巾、明るい笑顔を振りまきながら、薬剤で荒れた手を誇らしげにかざしつつ「これが私の勲章だから」とはにかみ笑う。

その楽しげな献身は、ひいき目無しに美しかった。


無論、前線近くの病院のことだ、死の影もまた常にあった。

目の前で命が失われる度、少女はべそをかき、そしてまたすぐに元気を取り戻した。

よくよく逞しく、そして賑やかな娘だった。


彼女に惚れていた兵士は数多くいたことだろう。

兵隊なんて単純な馬鹿ばかりだ。


そして俺もそのうちの一人になった。



俺の入院は二週間の長さに及んだ。

その間、俺は模範的とは言いがたい患者として彼女の世話になった。


俺が他人に体を触れられることを嫌がったのだ。


ある種の用心と昔からの習慣故だ。

信用できる他人などという存在を俺はついぞ知らなかったのだ。


薬は受け取った。

自分の面倒は自分でみる。


そう言い張る俺に「いっぺん触った私が診るなら文句はありませんよね」とこの娘は切り返した。


そう言われると、まぁ、そうなのか。


勢いに押される格好で、俺はなし崩し的にこの娘の手による介護を許容した。


男の身体に対する忌避感など持ち合わせていないらしいこの娘は、ついでだからと俺の服までひん剥いて、慎みなど忘れた無遠慮さで俺の身体を調べてくれた。

若い娘に体中いじられて、俺はいい迷惑であった。


少女がにやにやしながら言う。


「身体に触らせるなら私じゃなきゃ嫌だとか、あなたなかなかえっちですね。硬派な顔してむっつりスケベ! まったく……。若い女の子とそんなに触れ合いたいんですか?」


「余計なお世話だ。面倒なら放っておけ。誰も頼んじゃいない」


「馬鹿言わないでください。薬だってただじゃ無いんですから、ちゃんとよくなってもらわないと困ります」


手も口も早いこの娘に、俺は太刀打ちできなかった。

もっとも、院内ではこの娘の独裁体制が敷かれていて、反抗できる人間もいなかったので、取り立てて俺が弱かったわけでは無い点は強く主張しておきたいと思う。


この偉そうな娘は、しかし偉そうな口を聞くだけあって優秀で、その処置もまぁ割と完璧にも近いものだった。

げんきんな俺の体は驚くべき速さで快方に向かい、右肘の裂傷とついでに体中の擦過傷や打ち身の手当なども施されて、俺は間もなく退院となった。


出立の日、礼も兼ねた挨拶をすべく俺は彼女のもとを訪ねた。


頭巾を脱いだ小さな顔に、満面の笑みを貼り付けて握手を交わしながら彼女は言った。


「私はエリザベート。エリザベート・シフィールド。もうお会いすることも無いでしょうけど、どうかお元気で。もぐりの傭兵さん」


「俺はオスカーだ。オスカー・フォン・グレイン。ミス・シフィールド、この借りは必ず返す」


俺の心からの感謝に「ミスなんて随分気取った言い回しをするんですね」、とエリザベートは笑った。


「礼など不要だ! 元気でいろよ!」


実におっさんくさい物言いで見送られて俺は病院を後にした。


多少の特別扱いを受けた自覚はあった。

恩義も感じていた。

故に反乱軍の王都進出に参加した俺は、行きがけの駄賃と謝礼も兼ねて王党派の戦力を三個小隊ほど粉砕してから帰郷した。


その時、俺はエリザベートと名乗ったあの少女が王国の王女であることを知った。



◇◇◇



「というのが俺とエリザの馴れ初めだ。今から十一年ほど前の話だな」


「初耳だな」


「前、聞いた」


「もう聞き飽きたよ……」


ところ変わって王国西部。

帝国軍遠征部隊の陣中だ。


俺たちは、つい先だって侵略を受けたばかりの王国へ救援に向かう途上にあった。


遡ること今から半月ほど前、辺境の小国である王国に、聖国なる田舎の大国が二万の軍でもって侵攻したのだ。

名分は、ランスロットとかいう前王遺児の復位だそうだ。

心底どうでも良い。


この王位奪還を名目にした完全無欠の侵略行為に対し、王国女王エリザベートは徹底抗戦を宣言。

全土の国民に避難勧告を発令するとともに、自身は時間を稼ぐために二千の兵でもって王都に立て籠もった。


この戦争自体は、ごくごくありふれた宮廷劇の一幕だ。

このまま順当に推移すれば、辺境の小国の国王が、名君から暗君に代わるだけの話である。


ゆえに、当然のごとく我らが帝国軍諜報部は静観を進言し、国境を守る帝国東部方面軍も沈黙を守った。


そしてそれらの事情を一切合切を無視した俺が、麾下の帝国軍中央即応軍の全力出撃でもって軍事介入を試みたというのが現在の状況である。



何のために?



女のためだ。



俺が預かる戦力は、騎兵のみ約一万騎、これに後方支援の八千余を合わせた大部隊だ。

それなりの鉄量を伴ったこの出征は、完全なる職権濫用でもあった。


俺こと軍司令官グレイン中将は、好いた女、女王エリザベートを救うため、皇帝が専権をにぎるはずの国軍を私物化して動かしたのだ。


だめなことをしている自覚はあった。

軍法会議を飛び越して、その場で処断されても文句は言えぬ所業である。


だが、俺は躊躇しなかった。

このために生きてきたと言っても過言ではない人生なのだ。


ここで動かずいつ動くのか。


幸いと言うべきか、事後承諾ではあったが皇帝の追認はとれた。

後からとがめ立てされても腕力でごまかしがきくだろう。


俺の刑期がお約束の様に百年ほど延びたが、俺は誤差の範囲内として許容した。




時刻は早朝。

王都まであと一日という距離まで迫った俺たちは、今日の決戦を控えて陣中でくつろいでいた。


幕舎にいるのは幹部の四人。

男ばかりのむさい面子だ。


中でも満足げな笑みを浮かべた一人が口を開いた。


「とりあえず、間に合いそうでなによりだ。聖国のクソ坊主どもにあんたの首輪を壊されずにすんで、陛下も今頃は胸をなで下ろしてることだろう。辺境の小国なんぞどうでもいいが、グレイン中将の扱いはそうはいかないからな」


派手な金髪に険のある目鼻立ち。

柄と人相が悪いこの発言者は、名をライナー・エルベリンといった。

諜報部の出身で、聖国による王国侵攻の第一報を俺に知らせた功労者だ。


悪人面が服着て歩いているかのようなこの男は、任務中に任務とは全く関係の無い街のお巡りに職質をうけてしまい作戦に失敗、その責任を取らされる形で俺の元へと送られてきた。


今はもっぱら都市への破壊工作を担当している。

八割ぐらいの確率で城門を爆破して作業は終了となる。


運も可愛げも無いが使える男であった。


俺はこの男に頭を下げた。


「助かった、ライナー。おかげでエリザを見殺しにした諜報部と東部方面軍司令部を血の海にせずに済んだ」


「おいおい、相変わらず中将殿は言うことが物騒だな! 冗談もほどほどにしといてくれよ? 軍監殿に聞かれたらことだぜ?」


「無論、冗談だ。半分はな」


「あっそう。半分は本気な訳ね……」


ライナーの乾いた声が心地よい。


だが、わかってないな。

俺の発言は九割以上本気だ。


エリザが死んだら関係者共は絶対に許さん。

それが同国人であろうとも、だ。


「ちょっとぉ!」


俺が仮定の話にあからさまな殺意を燃やしていると、輪郭が丸い男が抗議の声を上げた。


「勘弁してよ、スカさん! 十年ぶり二回目の大逆罪チャレンジなら僕たち巻き込まずにやって! ノイさん、まだ死にたくない!」


一人称「ノイさん」。

上官である俺の名前オスカーをもじって「スカさん」呼ばわりするこの男は、副将のマルノイ・ポントルソンだ。


まるまるとした体躯の上にこれまた優しげな丸顔を乗せた好漢で、人の心を理解しないと評判の俺に代わって部隊の取りまとめを行っている。

中身は動けるデブだ。

個人の武勇も戦闘指揮も俺の次にこなせる猛者である。

ついでに俺に出来ない隊員のケアまでやってのける、とても使える男であった。


俺の百倍の人望と二倍の容積を誇るこの男とは、第三懲罰大隊以来の付き合いだ。

もしこいつがいなければ、俺は十回以上は隊を空中分解させていた事だろう。


俺はこの男にも頭を下げた。


「すまないな、マルノイ。苦労をかける……。それで、やるときは頼むぞ。あてにしている」


「やだ、この人……。ノイさんを巻き込む前提で話してる……」


マルノイが震え出す。

腹肉にシンクロして床几も揺れた。


だがその程度の振動では脂肪は燃やせないぞ、マルノイ。


もっともどれだけ運動してもこの男の肉は減らんのだが。

そういう体質らしい。


「……だがあらためて謝罪させてくれ。今回の遠征に巻き込んだことについては、済まなく思っている。全て俺の私情故だ。いずれ必ず埋め合わせはする。許してくれ」


「やめてよスカさん。急に真面目になるの……」


「俺はいつだって真面目だ」


「知ってるよ。だから困ってるんじゃん」


マルノイはそう言って笑った。


そういうものか。

しかし前に冗談を口にしたところ、二度と言うなと叱られたのだ。

どうしたらいいものかな?


マルノイは俺に対してこんこんと反逆の無意味さと命の尊さを説教した。


それが一段落したあとで、丸顔に苦笑ともつかない笑顔を浮かべて俺を見た。


「まぁ、今回の遠征は来て良かったと思ってるよ。避難してきた人たちからも『私達の事はいいから、エリザ様を助けて!』ってお願いされちゃったし。エリちゃん、優しい人みたいじゃん。助けてあげたいよ」


「ああ、俺さえも助けた女だ。優しさなら間違いない」


「もはや女神だよね、それ」


エリザベートは籠城に先立って王都の民を避難させていた。

聖国はその避難民にも兵を差し向けていたのだ。


数は五千程、民間人狙いの匪賊のような集団であったらしい。


俺はその賊兵をマルノイ率いる別働隊に叩かせていた。

とんだ雑魚だったらしく、ほぼ同数の集団で強襲をかけたマルノイは、およそ半日でこれを殲滅した。


「むしろ終わってからの方が大変だったよ……」


とはマルノイの言だ。


その身を挺して民を守ろうとしたエリザベートは、民からもよく愛された女王であった。

マルノイは避難民の護衛にあたっていた王国兵から「王都に行きたい、馬を譲ってくれ!」とそれはもうしつこく泣き付かれたそうだ。

奴はこれを説き伏せるのにたいそう難儀したらしく、最終的には肉体言語を交えたお話し合いで説得することになったと報告を受けている。


聞き分けのない未熟者のあばらを二、三本を砕いてから、「僕が代わりに助けに行くから、君たちはゆっくりくるように!」と言い置いたマルノイは、馬を駆けさせて俺が率いる遠征軍本隊へと合流した。

替え馬まで使った一昼夜ぶっ通しの騎行はそれなりにしんどかったらしく、昨日のマルノイは荷駄の中で一日中眠っていた。


「マルノイ……。お前、なんというか、本当に面倒見の鬼だな」


「なにせ、戦場の悪魔の相棒だからね」


それは、同列に語っていい物なのだろうか?

俺は内心で首を傾げた。





「いやはや、しかし、聞くほどに面白いね。その女王様は。ただの軍医で従軍看護婦ってわけでも無さそうだ」


部屋に残った最後の男が発言した。


男の名はユリウス・アルベルヒ・ローランド。

軍医だそうだ。


俺を治療したエリザの話を聞きつけて、今回の遠征軍への参加を希望した男であった。

こいつについては詳しいことは不明だ。


女性問題の収拾がつかなくなって本国にいられなくなったとか、従軍先で女を食い散らかして営倉送りにされたとかいうよくない噂は耳にしている。

本人の自己申告によると、軍医の身分は後腐れが無いので気に入っているのだそうだ。


黒髪黒目の中肉中背、見た目は冴えない中年男だが、これが本当にモテるのか?

モテたことがないのでよくわからん。

ついでに使えるのかどうかもよくわからん。


貴重な軍医ということで大して考えもせずに受け入れたのだが、今やそれを補って余りある不安要因となっていた。


エリザに近づくようなら処分してしまう予定である。


「予め渡した資料にもあっただろう。エリザは女王としてもそれなりの善政を敷いていた。単なる医者って事はない」


「ああ、勿論読んだとも。貧乏な小国の割に異様に長い平均寿命。今も平均年齢五十以上の老兵で王都に立て籠もってるんだろう? この事実だけ見ても異常さ」


「そういうものか?」


「なら言い換えようか。王国の平均寿命は、聖国より二十年近く長い。もちろん彼女だけの功績というわけでもないが……」


「すごいじゃん」


「数字で見せられると印象が違うな」


少し味気ない気もするが。


「それになにより、エリザベート陛下に対する君の執心っぷりがすさまじい。もう十年以上なんだろう? なかなか人間、そんなに一途にはなれんよ。エリザ嬢がどんな女性かは、当然気になるところだ」


この言葉に皮肉屋のライナーが唇をゆがめた。


「軍医さんよ……。そういうあんたは、もう少し節操を持ったほうがいいんじゃないか?」


「そうかな? 私ほど節度を守った人付き合いを心がけている人間も少ないと思うが」


ユリウスは涼しい顔で受け流す。

この程度の軽口には慣れていそうだ。


それにユリウスの言うことにも一理ある。


「軍医殿の漁色はひとまずおくとしても、俺のエリザに対する執着は確かに少し異常なところがあるだろう。たった半月過ごしただけの相手に、十年以上懸想するなど普通じゃない」


「あんたはあんたで、異常な自覚はあるんですかい……」


勿論、異常な自覚はあるとも。

単に俺が気にしていないというだけの話なのだ。


「ま、そういう諸々ひっくるめてエリザ嬢が面白そうな女性だと思ったのさ。是非女王陛下には一度お会いしてみたいと思うよ」


「そうか。俺はあんたとエリザをあわせたいとは思わないが」


俺がこの女好きを自称する軍医に率直な感想を伝えると、残る三人は楽しそうに笑った。

平和な朝食前のひとときであった。



◇◇◇



偵察に出していた斥候が報告を携えて戻ってきたのは間もなくのことだ。


任務ご苦労。

簡単な労いの言葉と共に報告を受け取る。


それによると聖国軍の王都に対する総攻撃は事前の情報通り二日後であるとのこと。

そしてエリザは無事らしい。


聖国の陣中に潜り込ませた間諜は優秀で、極めつけに頼りになる。

良い知らせで俺も満足だ。


ライナーが聞く。


「それで聖国との接敵はいつ頃になるんすか?」


「向こうが斥候出さなきゃ、今日の夕方ごろにぶつかる予定だね」


「あと半日だな」


半日。

この認識に俺は顎をなでた。



半日……。

もう半日も待つのか……。



簡潔に言おう。


面倒だな、と俺は思った。


だらだらと過ごす休日の半日は短いし、想い人をただ待ち続ける半日は一つの季節よりも長く感じるものだ。

そして今なら俺は兵をマルノイに預けられる。


よし。


俺は決めたぞ。


「単騎先行する。マルノイ、部隊の指揮を任せられないか」


「おっとっと? ちょっといきなりすぎない? ノイさん困っちゃうよ」


マジマジ、大マジだ。

頼むよ。


キリッとした顔でマルノイを見る。

包容力の塊であるこの副将は、多少の逡巡の末、駄目な主将のわがままを大きなため息とともに容れてくれた。


「もぉー、しょうがないなぁ……。いいよ、わかった。こんだけ浮き足立ってるスカさん見るのは初めてだし、ノイさんが一肌脱ぐよ」


「すまん。恩に着る」


この男には本当に頭が上がらん。


「いやいや、軍司令官が単独行動とかいかんでしょ!」


と、見た目以外は常識人のライナーから突っ込みが入ったが、俺は礼儀正しく黙殺した。


「今のスカさんは、止めたって言うこと聞かないよ。もうここは気持ちよく行ってもらった方がいいって」


「わかってるじゃないか。流石は俺の女房役だ」


マルノイは俺の言葉に嫌そうに顔をしかめてから、「女房なら他所で見つけてきてよ」と俺を幕舎から追い出した。


理解のある部下に見送られ、俺は準備に取りかかる。

慣れた作業で装甲を身につけてから愛馬を出す。

従卒への連絡もそこそこに、俺は王都を目指して出撃した。



この時の俺に、なにかの予感があったわけでは無い。

十一年ぶりの再会が待ちきれなかったというだけの話だ。


しかしこれが結果的に、エリザベートの命運を分けることになった。

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