第二章39『歪んだ物語』
そうして基地へと帰り始めた翔の不安が形を表してきたのは、一行がいよいよ基地に近付いてきたというその時であった。
「……あれ?」
初めにその違和感に気付いたのは、一行の中で最初に基地を視界に捉えたベイリーであった。彼は感じたその違和感を、舞い散る雪によって何かと見間違えたのだと一瞬考えもした。が、それでも基地との距離が狭まるにつれて、むしろその違和感は大きくなるばかりであった。
「……あの、隊長」
そうしてベイリーは、いよいよその違和感を口にした。
「なんか、基地がボロくなってません? 出発した時には、も少しマシな見た目だった気がするんすけど……」
そのベイリーの疑問に、元二はしげしげとその外装を見回して呟く。
「……確かに、言われてみれば、だな。けど気のせいじゃねぇか? 俺らが最後に基地を見てから、何時間も経ってねぇぞ?」
その元二の訝しそうな様子は、その違和感に気付きつつもその原因が分からない歯痒さが原因だった。その会話を隣で聞いていた翔も、その違和感には気付きつつも元二と同じく『そんな訳がない』とその可能性を切り捨てようとしたが、同時にある可能性に気付く。
「……あ、もしかしてあの時……」
翔が思い浮かべたのは、翔が『新種』とフレボーグを未来に送ろうとした時に起こった不気味な地響きのことであった。あれがどの程度の規模のものであったかを翔は知らないが、その中心にいた翔が感じていた膨大なエネルギーから察するに、その余波が基地にまで届いていてもおかしくはなかった。
──ってことは、やっぱりあれって相当危険な技だったんだな。これからは奥の手ってことにしておこう。
そう考えて翔は小さく苦笑した。まるで自らのその大き過ぎる力を自嘲するかのように。
その翔の思考は、あくまでその違和感を自らが行った所業のせいだと決めつけるものであった。その時点で翔はその思考に何の疑いも持ってはいなかったのだった。それもそのはず、翔がそれまでの時点で感じていた多少の違和感は全て、翔のその推測で説明出来たのだから。
しかしその実それらの推測は全て間違いであった。冰崎翔は根本的に間違っていたのだった。そしてその自らの誤りを、翔はその直後に思い知ることとなる。
そうして思考を整理させた翔は、未だその違和感に頭を悩ませている元二の方を見て言う。
「隊長、今はひとまず基地の中に帰るのが先では?」
「あ、ああ。そうだな、すまん」
翔にそう注意された元二はそう謝ってから、改めてその基地の扉に手をかける。そしてその扉を思い切り引こうとしてから、その手にかつてない抵抗を覚える。
「……ん?」
ふと元二がその扉を見ると、元二がそれを引いたにも関わらず、その扉は開いていなかった。そうして閉じられたままの扉に、少ししてから聞こえてきたガチャリ、という無機質な金属音から、元二はその現状を冷静に推測して呟く。
「……鍵が、かかってる……?」
元二が手をかけたその扉は、基地への主要な入口であるがために、内から鍵がかけられるようになっていた。もちろんこんな猛吹雪の世界に外を歩いている人間がいるとは思えないが、万一の場合に備えて外敵の侵入を防ぐためであった。とはいえ遠征の最中はその鍵が閉じられることはほぼ無く、通常では遠征隊が帰還するまではその扉の鍵はかけられていなかったのだ。
しかしその時に限っては、元二がいくらその扉を引いても、その扉からは金属音が奏でられるだけで一向に開く気配はなかった。その元二の言動に、少なからず翔とベイリーの二人は動揺を表す。
「鍵って……じゃあ、俺らは基地に入れない……?」
「俺らは基地の連中に閉め出された、って訳ですか?」
そうして飛んできた二人の言葉に、元二は防寒具越しに頭を掻きながら険しい口調で返す。
「……分からん。だが少なくとも現状、俺らが基地に入れないのは事実だな」
その元二の言葉に、翔を含め遠征隊は苦い顔になる。その暗い雰囲気の中、かつてなく険しい顔になりながら、翔は必死にその原因を考えていた。
──もしかして、フィルヒナーさん達があの地響きを警戒して、警戒のため鍵をかけたのか……?
その翔の思考もまた、なんの根拠もないデタラメな推測に違いなかった。しかし、基地に入れないということが分かってその場に流れ始めた嫌な空気に、翔はふと思い出したように叫んだ。
「……っ! そうだ! 通信は!? 隊長、マスクを通して基地の中と通信できますか!?」
その翔の提案を聞いて、すぐ元二はそのダイヤルを回して基地内との通信を試みる。が、数分後、残念そうな顔で首を横に振る元二の様子を見て、翔は再び悔しそうな顔になった。
──クソ、なんで通信が通じないんだ……!? もしかして、これもあの地響きの影響なのか?
そうして翔が再び思考を回していると、その落胆した遠征隊の耳に、小さな金属音が響く。
それは、まるで、誰かがその扉の鍵を開けたかのような音であった。
「……! 隊長!」
翔がそう言うよりも早く、元二はその扉に向かっていきその扉を思い切り引いた。先程とは違ってなんの抵抗もなく開かれたその扉に安堵しながら、遠征隊はその扉の前に並ぶ。
──フィルヒナーさん達が遠征隊に気付いて鍵を開けてくれたのか……? 何にせよ、ようやく基地に入れそうだ。
翔はその事態に少なからずそう疑問を持ちつつも、ひとまず基地に入ることが出来ることに安堵していた。少しずつ開かれていくその基地の扉を見て、翔はその気を緩ませて、その顔に喜びを浮かべようとしていたのだった。
しかしその翔の気分がどん底にまで下がったのは、その直後に気付いてしまった、悲しいほどの違和感が原因であった。
開かれた扉の先にいたのは、息を切らしたフィルヒナーであった。その額から覗かれる汗を見るに、彼女は遠征隊の帰還に気付いてから急いでここまで駆けてきたようだった。しかしそうして急いでいながらもその身だしなみは乱れることは無かったらしく、その髪や化粧、ぴっちりと閉じられたスーツから、その細身な全身まで、その凛とした雰囲気は相変わらずであった。
と、ふとそのフィルヒナーの全身を見て、翔はどこか異様な感覚を覚える。まるでその彼女の身体の様子が、どこかおかしいような。
──あれ? なんだろう、このフィルヒナーさん、どこか変だ。
しかし翔はその違和感の正体に気付くことは出来なかった。それよりも早く、その彼女が口を開いたからであった。
フィルヒナーはそうして扉の前に立つ遠征隊を見て、一瞬その顔を喜びと安堵に緩めてから、すぐにそれを押し殺して言った。
「……遠征隊、今までどこに行っていた」
そのフィルヒナーの奇妙な言葉に、元二は訝しげな顔になった。そしてその言葉の真意を少し考えたが、そのフィルヒナーの口調から事の深刻さを推し量り、一拍置いてその質問に答えた。
「どこ……ったって。
当初の予定通り、基地の周辺をうろついてただけだ。途中で『新型』に遭遇したりもしたが……」
と、そう言いその先を続けようとした元二の言葉は、かつてない程怒りを孕んだフィルヒナーの怒声によってかき消された。
「恍けるな! 基地の周辺に居た!? そんなはずがないだろう!」
そのフィルヒナーの叫びを聞いて、翔は思わずその眉をひそめる。未だ翔は彼女のその怒りの真意を捉えかねていたのだった。遠征隊が未だ外にいたにも関わらず基地の扉の鍵をかけ、その鍵を開けたかと思いきやその姿を見て怒り狂う。翔にとってその時のフィルヒナーは、理解不能な存在に他ならなかった。
しかしそれらの言動の全ての理由が合致したのは、そのまさに直後のことであった。
「……あー、すまんヒナ、ちょっと俺にはイマイチ状況が掴めないんだが……」
そうして怒りに顔を歪ませるフィルヒナーに、元二はその怒りの琴線に触れないように慎重にそう言った。
しかしその元二の精一杯の気遣いも、かえって今のフィルヒナーには逆効果であったのだった。その元二の言葉を聞くやいなや、フィーリニはその語気をさらに強めて、その怒りをさらに燃え上がらせて、こう言った。
「……何を言っているか分からない、だと?
基地に残る我々を残して、『三年間も』どこに行っていたのだと聞いているんだ!」
そのフィルヒナーの怒りの言葉がその場に響いたのと同時に、翔は自らの頭を強く殴られたかのような、大きな衝撃を受ける。
──三……年……? フィルヒナーさんは、一体何を言って……。
翔の頭はその言葉に困惑しているようだった。しかしその実、翔は自らの奥底に眠る、ある一つの仮説のことを考えないようにしているだけであったのだった。翔は既にその事態の全てを無意識の中で把握していた。しかしそれを無理やり否定していたのだ。その、残酷すぎる仮説を。
翔と異なり、未だ何も分かっていない元二を含めた遠征隊は、そのフィルヒナーの言葉により一層疑問を深めるばかりであった。
「……三年? 基地を放っておいて? ヒナ、それはどういう……」
そうしてたまらず口をついた元二の疑問に、フィルヒナーは必死にその怒りを抑えながら答える。
「……文字通りの、意味だ。貴様ら遠征隊が何をしていたかは知らないが、貴様らが基地を出てから今に至るまで実に三年もの間、私達は最高戦力である遠征隊無しで、日々外の猛獣どもに怯えて過ごしていたということだ!」
そのフィルヒナーの、先程と同じような内容を繰り返す言葉に、元二はますます理解が追いつかないような顔になる。が、その傍ら翔は、一人呆然としてその目を見開いていた。
──フィルヒナーさんの言ってることに嘘は見受けられない。ってことは、まさか……
それは翔が、地響き後に意識を取り戻してから薄々勘付いていた事実であった。それは翔が認めたくなかった、悲しすぎる真実であった。しかしそのフィルヒナーの言葉に、翔はついにその考えを振り払うことが出来なくなったのだった。
「……俺が、遠征隊を巻き込んで『時間跳躍』をした、のか……!?」
その翔の考えは、悲しいほどその状況に整合性を与えていた。それまで感じていた違和感についても、それは無慈悲な程に適切な説明になっていたのだった。
あの地鳴り直後、『新種』とフレボーグの姿が消えていたのはその二者が未来に飛んだからではなかった。むしろその逆、翔はあの時自らの力を暴走させ、近くに居た元二とベイリーと他の遠征隊を巻き込み、未来に飛んだ。つまり時間を超えたのは、むしろ翔達遠征隊の方。
基地の外装の老朽化は、偏に遠征隊が最後にその扉を見てから三年もの月日が経っていたからであった。彼らにとっての遠征に出発してから帰還するまでのたった数時間は、現実世界での三年間であった。その乖離の理由は至極単純。遠征隊を巻き込み時間の流れから外れた、翔という存在がいたからであった。
基地の扉に鍵がかかっていたのも、考えてみれば当たり前のことであった。何しろ基地には三年もの間遠征隊が帰還していなかったのだ。いくら基地の代表がその隊を大事に思っていたとしても、それほど長い年月基地の門戸を開けっ放しにしておくことは出来ない。基地と通信が繋がらなかったことも当然であろう。基地にいる彼らにとっては、遠征隊はもう三年前の存在。その通信が今になってくることなど、誰も予想することが出来ないからだ。
「……あ……あ……」
呆然とそう呻く翔を他所に、元二も着実にその未来の世界の確たる証拠を見つけていた。
「……っ! ヒナ、お前……」
そう驚愕して元二が見つめるのは、その細身なフィルヒナーの身体であった。その身体には一見何ら異変はないかのように思われた。しかし、ある一点を除いては。
「その……腹は……」
遠征出発直前、フィルヒナーはまさにその身に宿した新しい生命の誕生の一歩手前にいた。翔を含め、遠征隊の人間は皆知っていた。遠征前、確かにその腹には元二との子が居たことを。
しかし現在、その腹部には悲しいほど膨らみがない。その出産が流産に終わった可能性がない訳ではなかったが、それにしては今のフィルヒナーには活力があり過ぎた。その誕生が成功したにしろ失敗に終わったにしろ、母体に相当負荷がかかるその儀式を終えたばかりの彼女が、こうして息を切らして遠征隊の前に立っていたこと自体が奇妙であったのだ。
その元二の言葉に、フィルヒナーは口惜しそうに押し黙る。その行為こそが、何よりもその悲しすぎる仮説を実証していた。
そしてそれら全ての事実が、翔達が未来に飛んだという仮説で線となり繋がった時、翔はようやくその目から涙を流し始めた
「あ……、あ……」
それは後悔の涙であり、同時にその行動がどこまでも空回る自らに向けた、悲しみの涙でもあった。
そうして翔の口をついた言葉は、か細く基地の中に消えた。
「……俺は、馬鹿だ」
その一言は、冰崎翔のそれまでの行動原理を打ち壊すものであった。そしてそれは何より、彼が英雄になれないということの確かな証明に他ならなかった。
そうして物語は再開する。その未来の世界にて、冰崎翔の歪んだ物語は再び幕を開けたのだった。
お久しぶりです、青色魚と申します。
ひとまずはここまで「BLIZZARD!」を読んでいただきありがとうございました。もしよろしかったらブクマもしくは評価などよろしくお願いします。
少しお休みもいただきましたが、これからも基本的に拙作は隔日投稿をしていこうと思いますので、今後とも何卒よろしくお願いします。
そしてここまで読んでくださった皆様、お待たせしました。ここからが、本当の「BLIZZARD!」第二章です。




