第二章27『友達候補』
キラがそうして翔に発した言葉に、思わず翔は困惑する。
「……アンリのことを知ってる、って……」
それは翔の思い描いていたキラの友達作り計画の破綻を意味する言葉だった。そのことにキラも気付いているようで、申し訳なさそうに続けた。
「カケル兄ちゃんが眠ってた間、あの金髪の女の人が会わせてくれたんです。同年代だから気も合うだろう、って」
キラが言う金髪の女とは恐らくフィルヒナーのことだろう。確かに彼女がキラが基地に住むことを認めた時点で、そういった心遣いを彼女がしていてもおかしくはなかった。そんなことにも気付かなかった自らの浅慮に、思わず翔はため息をついた。
──いやほんと、カッコつけといて何やってんだ俺……。
引き合わせようとしたアンリのことを既にキラが知っていたのならば、翔がキラに彼女を紹介するというのは他でもないお節介というものだった。と、そう自分の情けなさを苦笑してから翔は気付く。
「……って、アンリと会ってたならもう友達いるじゃねぇか、キラ! 友達なんだろ? お前ら」
そのキラの告白は翔の目論見が失敗したことを示すのと同時に、そもそも最初からキラの交友関係には問題がなかったということをも意味していた。翔が紹介するまでもなくキラがアンリと知り合いだったならば、少なくともこれでキラには一人は友達がいることとなる。
が、そうしてツッコミを入れた翔に、キラは視線を泳がせながら答えた。
「……いえ、違います。僕らはきっと、友達なんかじゃありません……」
そのキラの言葉に、眉をひそめて翔は言った。
「……え? 何、お前らそんな仲悪いの?」
「いえ、そういうわけじゃないんですけど……」
その翔の素っ頓狂な声にそう答えてから、キラは苦い顔をして続けた。
「多分僕は、この子に研究対象にしか見られてないと思います……」
そのキラのおかしな言葉に『そんなことねぇよ!』と否定をしようとした翔の口が、そのキラの言葉を聞いたアンリの表情を見て急停止した。キラのその言葉を訂正するつもりもなく、その少女は顔に満面の笑みを浮かべていたのだった。
「……いやぁー、だってキラ君面白いじゃないですか~? 凍気をいつも出してたり、外のガスが通じなかったり。研究し甲斐があるってもんですよ!」
「お前はもうちょっと節操ってものを覚えようぜ、アンリ……」
アンリのその自らの行動を隠そうとも反省しようともしない態度に、翔はそう冷ややかに少女を見つめる。しかしそれと同時に、翔は自らの浅はかな考えにも毒づいていた。
思えば好奇心の塊であるアンリに、この世界の『謎』を詰め込んだようなキラと純粋な友達になれというのが無理な話だったのだ。翔も彼女のことを非難できないくらいには知的好奇心を強く持ち合わせていたが、それでも翔はあの日キラと共に敵から逃げ回ったことでキラに対してはその気持ち悪い視線を向けることはなかった。しかしそのような経験のないアンリにとってキラの存在は、まさに研究対象そのものと言っても過言ではないのかもしれない。
──まぁ、案外そっちの方がキラには居心地がいいのかもしれないけど。
キラを研究対象物と見なすアンリは一見非道のように思えたが、それでもそうした接し方の方がまだ、キラを忌み嫌う基地の連中に比べればマシなのかもしれない。そうした好奇の視線を怒りに変えてキラにぶつける彼らに比べれば、純粋な探究心からキラに近付くアンリはまだキラにとって救いようがあるかもしれない、と翔は考えた。
しかしそれでも、それはアンリの存在がキラの精神的支柱になりえるという訳ではなかった。基地の連中に比べればまだキラに対する接し方がマシというだけで、彼女はキラの『友達』にはなれそうになかった。少なくとも、今のところは。
「待てよ……? じゃあ他にキラの友達になれるやつなんて、誰がいるんだ……?」
そうして当初の友達作りの予定が崩れた翔はそう思案した。基地に住む大人はキラのことを忌み嫌っており、数少ないキラと同年代の子供であるアンリも候補から消えたとなれば、後に残るキラの友達候補はもう数える程しかいなかった。
探すものがキラと同年代の子供だったならば、翔が知っているだけでもまだ基地内に数人は思い付くのだ。しかし今翔が考えているのは、その子供たちの中でキラと友達になり得る子供だったのだ。先の基地の人々のキラに対する嫌悪を見る限り、もう基地内にそんな子供は多くは残されていなかった。
「くっそ……! 考えろ、考えろ……!」
翔はその状況を把握した瞬間、焦っていた。アンリと友達にさせるという最初の計画が崩れた今、キラに友達を作ってあげるその作戦は混迷していたのだった。しかしそれをキラに悟られてはまた翔の面子が立たない。否、面子が立たないどころではなく、むしろまたキラが自分を押し殺してこちらを気遣う可能性すらありえる。
──それだけはダメだ! けど、もうキラの友達候補なんか……。
そんな困惑する翔の様子を見たのか、意を決して一人の少女が声を上げた。
「……あ、あの」
そうしてその少女はその場の人間の注意を集めてから、つっかえながら続けた。
「わ、私でよかったら、キラくんと友達になろうか?」
そうたどたどしくも翔に助け舟を出したのは、その場に居たもう一人の少女、コハルだった。そのコハルの言葉に、思わず翔はその手を取って聞く。
「コハル! ほ、本当か!?」
「ふぇ!? う、うん……。もちろん、キラくんが良かったら、だけど……」
突然翔に手を握られたコハルは驚きつつも、そう言ってキラの方を見遣る。突然そう見つめられたキラは、驚いて目を丸くしてから、気まずそうにその目を逸らした。
「……ぁ……」
「いや、違うんだコハル。ごめんな、キラは少し友達ってものに慣れてないんだ」
そのキラの態度に自らの提案が拒否されたと思い落ち込むコハルに、翔はそう声をかける。だがそう言う翔も内心焦っていた。
──そうだ、友達候補がせっかく見つかったとしてもキラの心の準備が整うとは限らない。せめて、何かきっかけがあればいいんだが……。
何か一つ、そのキラの緊張を解すものがあればそのキラの心の準備も整うかもしれない。そうして何かきっかけを探す翔をよそに、コハルはふとその手でキラの手を握ったかと思うと、その手でキラの手を覆い隠した。
「……!?」
「コ、コハル……? 一体何を……」
思わずそう困惑するキラと翔の声も聞かず、コハルはそうしてしばらく手を動かしたかと思うと、ふとその手をどけて言った。
「……はい、出来上がり! どう……かな?」
そうしてコハルが指し示したキラの手の上には、氷で出来たマンモスのミニチュアがあった。翔が驚いたのは、その氷像がマンモスの赫赫たる牙を再現しているだけでなく、その毛並みさえ微かに再現していたからだった。手のひらサイズでありながらその氷像の本物さながらのその精巧さに、思わず翔は感嘆する。
「おお……! これ、凍気で作ったのか? コハルすげぇな」
「えへへ。私、こういうことだけは得意みたいなの」
そう得意げに笑うコハルだが、事実彼女のその凍気の繊細さは並の大人も驚くほどのものだった。
通常凍気は『冷気を発する』だけの力である。その出力量に差こそあれど、その精密さにおいては所詮触れたものを凍り付かせるか、適当な形の氷塊を作り出すのが限界なのだ。恐らく基地に住む他の誰も、ここまで精巧な氷の模型を作ることなど不可能であろう。
「……つまりはコハルの凍気は、出力量は平凡でも精密さは最高、ってことか。改めて全く使えない自分が情けなくなってくるな……」
そうぼやく翔をよそに、キラは自らの手に乗せられたその氷像に目を奪われていた。
「……すごい、きれい……」
そう驚嘆する様子から見るに、そのコハルの特技によりキラの緊張も随分解けたらしかった。そのことに同じく気付いたコハルが、再びキラの手を取って言った。
「……無理はしなくていいんだよ、キラくん。私はキラくんの心の準備ができた時でいいから。私のことを『友達候補』として考えてくれると嬉しいな」
そのコハルの言葉に、キラは静かに頷いた。その時一見キラは平静を保っているように見えたが、その口元が微かに喜びによって緩んでいるのを翔は見逃さなかった。
──ホントに今回ばかりはコハルに助けられたな。
コハルの言葉に内心喜ぶキラを見て、翔は自分も喜びながら改めてそう思った。その心には機転をきかせてくれたコハルへの感謝と、少しの嫌悪があった。
──って、あれ?
そうしてふと気付いた自らの心の中の陰りに、翔は眉を顰める。
──なんで、こんなにモヤモヤするんだ……?
翔は自らのその心の内がわからなかった。キラにコハルという友達候補ができた今、キラの友達作り作戦は成功したも同然であり、そのことに喜びさえすれどそのことを恨むことはなかったはずだった。それなのに今、翔の心の中には何か黒い感情が渦巻いていた。
その黒い感情は、翔がその状況を良しとしないような、そんな妬みを含んだ感情だった。
──まぁ、気のせい……だよな?
目の前で仲良さそうに戯れる三人の子供に、その後継の微笑ましさに、翔は自らの中の黒い感情にそう結論付けた。
「……っと、そんな呑気に自分のことばっか考えてる場合じゃなかった」
と、そうして呟いて正気に戻ってから、翔は一つ手を叩いて言った。
「……よしっ! じゃあこれでひとまず、キラの友達作り作戦は一件落着ってことでいいよな?」
その子供たちの団欒を見てそうまとめようとする翔に、キラがおずおずと手を挙げて言った。
「あの……」
「ん? どうした?」
「そういえば、僕とカケル兄ちゃんも、『友達』ってことになるんですか……?」
飛んできたそのキラの突拍子もない疑問に、翔は少し唸ってから返す。
「……まぁ、そういうこと……に、なるのかな。それ以外にぴったりな間柄もないし。そうだな。俺のことも友達って思っててくれていいぜ、キラ」
と、そうして答えてから、翔はまた何かを考えて続けた。
「というか、この場にいる四人全員友達ってことでいいだろ。いいよな? コハル、アンリ」
その翔の提案に、コハルは素直に頷いたが、アンリはどこか納得がいかないようだった。その様子を翔が訝しげに見ていると、アンリは呟いた。
「そうですか……。カケルさんにとって私は『友達』なんですね」
その意味深な言葉に、翔は思わず狼狽えて言った。
「い、いやだって他にぴったりな呼び方はないだろ。恋人っつーのは流石に年に無理があるしよ……」
と、そう慌てて口走ってから、翔は自らの発した言葉の奇妙さに気付く。
──んん……!? 今俺なんて言った!?
その翔の言葉はまるで、翔がアンリのことを意識しているようだった。慌てて翔はその言葉を訂正する。
「いや、違う違う! そういう訳じゃなくて! とにかく違う!」
そうして狼狽える翔の様子を見たアンリは、可笑しそうにくすくすと笑って言った。
「分かってますよ~。ちょっとからかってみただけです。やっぱりカケルさんは面白いですね」
「うぐ……。この野郎……」
そうして笑うアンリに翔がそうして何かを言い返そうとしたその時、その部屋の扉が勢いよく開け放たれた。
「……ハァ、ハァ……」
その開け放たれた扉から、そうして息を切らしながら姿を現したのはフィルヒナーだった。もう随分と膨れた腹のためかその顔は珍しく苦悶に歪んでおり、ここまで駆けてくるのにも相当彼女がそのお腹の命に気を遣ったのが伺えた。
そうして突然その場に現れたフィルヒナーに、翔は困惑して尋ねる。
「え……っと? どうしたんすか? フィルヒナーさん」
その翔の言葉に、フィルヒナーは翔をギロりと睨んで言った。
「……説明はあとだ。ひとまず付いてこい」
そのフィルヒナーの眼光に圧されて、翔はそのフィルヒナーの言葉に瞬時に頷こうとする。だがそれよりも一瞬早く、フィルヒナーの口からその言葉が発せられた。
「……お前の相棒、フィーリニが危険な状態にある」
その冷たい言葉が翔の耳に届いた瞬間、翔はその頷きかけた首を止めて、大きく目を見開いたのだった。




