第二章23『問題』
キラの口から滑り出たその質問に、翔は思わず聞き返す。
「……友達の、作り方?」
「はい、教えていただけるとありがたいんですが……」
翔は一瞬そのキラの疑問が冗談かとも思ったが、そう答えるキラの真剣な様子を見てそうではないことを悟る。それと同時に、翔はキラが『友達』などというものと無縁の生活を送ってきたということを思い出したのだった。
──あぁ、そういえば十年前に外で暮らしてたんだもんな……。
キラは元々十年前の世界に住んでいた子供であった。父親と母親と一緒に、外の世界で三人暮らしていたと翔は聞いた。となれば、キラに同年代の友人がいないことは疑うことの出来ない事実だった。
──しっかし、よりによって頼まれたことが『友達』かよ……。
キラには悟られないように、翔は内心そう苦笑した。その理由は至極単純。翔も元より、友達などとはあまり縁のない生活を送っていたからだった。
──まぁ、今はまだマシになった方だけど。
実は翔のこの人見知りは基地に来てから改善された方であったのだった。二十五年前、『氷の女王』が襲来する前の世界において、翔が『友人』などと言える間柄の者は恐らく一人しか居なかったであろう。
それに比べて現在、この基地に来てから翔は周囲と友好的な関係を築くように最善の努力をしていた。基地で出会った人の中には相容れない人も居たが、それでも最低限意思疎通を取れるくらいには社交的になったのだった。しかしそれも以前に比べれば、の話であった。
──まぁなるようになる、か。
そう自らの気持ちに踏ん切りをつけてから、翔は立ち上がる。
「……よし、分かった。じゃあ早速行こうか、キラ」
「あ、はい。……え? 行くって、どこにですか?」
そのキラの疑問に、翔はニカッと笑って答えた。
「友達作りが大得意な、俺の親友のところにさ」
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「んーと……、悪いが俺も友達の作り方なんてのは教えられないな」
その翔の期待を裏切ってそう言ったのは翔の親友、松つんであった。その答えに翔は思わず唖然として叫ぶ。
「いやいや、お前に限ってそれは無いだろ! 『友だち百人できるかな』を素で考えそうな人柄のくせに!」
その翔を手で制してから、その親友は指を口に当てて囁いた。
「……翔、ちょっと声でかい。ここがどこだか、わかってんのか?」
その親友の言葉に、翔は慌てて口を閉じて、辺りに座る人達に頭を下げる。
翔の親友、松つんがいたのは基地唯一の娯楽所であった。テレビや漫画、ゲームなどの娯楽の揃ったその場所は子供から大人まで大人気であり、翔とキラが松つんを訪れたその時にも沢山の人がそこで時間を潰していた。彼らの娯楽の邪魔をしたことを翔は平謝りしつつも、本題に入った。
「……教えられない、たって……。
もしかしてアレか? 俺らに意地悪でもするつもりなのか?」
その翔の冗談めいた非難に、親友は笑って答えた。
「いやいや、そんな訳じゃなくてさ。
友達って、気付いたら出来てるもんだろ?」
そうケロリと言ってみせた松つんを見て、翔は思わず嫌な顔をしながら呟く。
「……しまった。薄々気付いてはいたけどこいつ、天才タイプか」
「ん? 翔、何か言ったか?」
その呟きに反応した親友の頭を拳でぐりぐりと虐めて翔は答える。
「そ、れ、が、できないからお前に頼ってんだろうが~!!」
「痛てぇ、痛てぇよ翔~!」
と、そうして二人騒がしくじゃれ合っていると、ゴホン、と咳払いがどこかから聞こえた。今度は二人で周囲の人に頭を下げてから、気を取り直して松つんが話し出した。
「……真面目な話をすると、友達なんてもんは意思疎通が取れれば誰でも作れるだろ。当人に何か問題でもない限り」
その松つんの言葉にムッとして翔は反論する。
「なんだよ、それじゃまるで俺とキラに問題があるみたいじゃねぇか」
「少なくともお前にはあるだろ、カケル」
「ぐはっ」
そんな翔の反論に歯に衣着せずそう返したのは、いつの間にかその場所に来ていた元二であった。
「……何しに来たんすか、隊長」
「何って、俺が娯楽所に来ちゃいけないってのか?」
「いや、そういう訳じゃないっすけど……」
翔はそう返すが、尚も元二がここにいる違和感は残っていた。遠征隊隊長でありかつ重喫煙者である元二を、翔は普段訓練室か喫煙所でしか見かけることがなかったからだった。
するとその翔の考えを読み取ったのか、元二が頭を掻きながら少し照れくさそうに答えた。
「……いや、もうすぐこういうとことも縁のある生活になるからさ。下見がてらに来たってわけだ」
元二がそう言うのに、翔は内心納得して頷く。
元二が言わんとしているのは、再来月に迫った我が子の誕生のことだろう。彼がフィルヒナーとの間に授かった新しい命の誕生はいよいよ近付いてきており、そのため今もどこか元二はよそよそしそうだった。
その元二の様子を苦笑しながら見てから、翔は改めて話を戻す。
「……本人に問題がある、たって……。せめて根暗の場合なら分かるけど、キラにはなんの問題も無さそうじゃないか?」
翔は自らの『問題』についてはある程度自覚はしていた。二十五年前に人との関わりを避けひたすら本を読みふけっていたその経験が、人間関係において一歩踏み出す勇気を燻らせているのだと。しかし翔には問題の子供、キラにはそのような『問題』があるようには思えなかったのだ。
「……確かにキラくんの場合は……」
そうして松つんは改めてキラの様子をまじまじと見てから、少しその周囲に視線を移す。すると何かを察したようになって、松つんは険しそうな顔になってから苦々しく言った。
「……あー、翔。すまん、こういうことなら、尚更俺は助けになれそうになかったわ」
その松つんの言葉に翔は眉をひそめながら、先程その親友がしたように翔達の周囲に視線を向ける。
すると気付いた。彼らが翔達に向けている、何か不快なものを見るような視線に。
「……?」
しかしそれでも、翔はすぐにはその視線の理由を理解することは出来なかった。今は翔達はそれほど騒がしくもしていない。そのため娯楽所の人達にそれほど気味の悪い視線を向けられる由縁はないと思ったのだった。
しかしそんな鈍感な翔も、その後聞こえてきたその呟きによって、否が応でもその理由を知ることになったのだった。
「……気味が悪い」
「……へ?」
どこかから聞こえてきたその呟きに、思わず翔はそう疑問の声を出す。だがその隣にいる親友は既にその意味を理解しているようで、必死にキラを背後においてその『悪意』から子供を守ろうとしていた。
続いてその群衆から聞こえてきた呟きは、もっと直接的な悪意を含んだものだった。
「……なんで、あんな気味の悪い子供が基地にいるのよ!」
その呟きを聞いた時、ようやく翔は理解した。キラが抱える、その『問題』というものを。
キラは怖がられていたのだった。その、凍気を常に出している体質故に。




