第二章19『忠告』
目を開けると、そこはいつもの黒い空間であった。その光景を目にした翔は、自らの試みが成功したことを悟り、安堵のため息をついた。
「……ぶっちゃけギリギリの作戦だったけど、成功してよかった」
翔はずっと考えていたのだった。翔がかつて時間跳躍をした時、超えている間の時間に翔は存在しなかった。それは真から逃げ出すためにヘリコプターから飛び降りた時にその様子を見ていた少女によって実証されていることであり、基地に来るより以前、フィーリニと洞穴暮らしをしている時にもそれは起こっていた。
そしてその時間跳躍についての法則についてもう一つ、翔が発見したものがあった。それはその翔の時間跳躍というものは、周りの物体をも巻き込む超技だということだった。事実基地に来るより以前、様々な痕跡等から翔は最低一度は無意識に『時間跳躍』を行っていたのだが、その翔に隣に寝ていたフィーリニは付いてきていたのだ。
加えて『時間跳躍』を経てもその翔の身に纏った防寒具などはこの世界に置き去りにされることはなく翔と共に時間を超えていた。つまり翔は周囲を巻き込んで『時間跳躍』をしているのだ。周りに物体や生物がいない場合はその限りではないが、それでもその法則を知った時、翔はある一つの作戦を思い付いていた。
それは敵を巻き込んで『時間跳躍』をすることで、敵をこの世界から消すというものだった。もちろん実際に消失する訳ではなく、翔の『時間跳躍』に巻き込まれ一時的にその時空から消えるだけである。『時間跳躍』が終わり、翔がこの世界に戻ってきた時同時にその敵もこの世界に帰還する。敵にとってはそのあいだは一瞬のことであり、それをしたところで敵は変わらず翔を襲い続けるだろう。しかし、それでもその作戦は有用であった。
「俺以外の誰かを逃がす時、この作戦は最強以外の何物でもないよな」
つまりは翔と敵が『時間跳躍』をしている間、翔の味方がそこを通過することができるのだ。それがただの時間稼ぎよりも秀でている点は、それが至極単純に時を超えているということだ。つまりは防ぎようのないな手である。翔が一度その敵を巻き込み『時間跳躍』を行使すれば、敵はどう足掻いてもその間に抜けていく翔の仲間たちに危害を加えることはできない。
もっともそれは、その仲間たちの強さによって制限される部分もある。この時間稼ぎにおいて翔は敵と共にその時空から消失するために、その仲間達が自衛のできる者達でないと伏兵などに倒されてしまう可能性があるのだ。そのため洞穴で囲まれた時には翔はその作戦を思い切ることが出来なかった。
しかし今は別であった。フィーリニという護衛がいれば、その作戦は決行できる。そして前述の通り、その時間稼ぎによって敵は翔と共に消失するために、フィーリニとキラは安全に基地へと帰ることが出来る。それはつまり、ある意味では最強の時間稼ぎということとなる。
「……『最強』つってもそれが時間稼ぎである辺りが、なんとも俺らしいけどな」
そう翔は苦笑いしてから、その真っ黒な空間を改めてを見渡す。
「……あいつらは巻き込まれてないのか」
翔の呟き通り、その空間に翔の巻き込んだ男達は見当たらなかった。
「……別の空間に巻き込まれた、って可能性もあるけど、多分違うな。この空間に来れるのは俺だけ、ってことか」
その仮説にさしたる根拠はない。しかし翔は当たり前のようにそう思っていた。元々『時間跳躍』自体理解の追いつかない力であるため、そういうこともあるのだろう、と翔は勝手に納得する。
「……さて、あとどれ位俺はここにいなきゃいけないのかね」
翔は、その調節が上手く行くかは分からないが、十分ほどの『時間跳躍』を行使したつもりであった。理由としては、長く時を超えようとすると恐らく誤差が大きくなってしまうだろうと、これも無意識に理解していたからだった。十分ほどあればフィーリニとキラは容易に基地に帰ることができ、ついでに遠征隊の助けを呼ぶことも出来るだろう。翔はそう推測したため、その跳躍の幅をそれほど短くしたのだった。
と、そうして翔が暇そうにしていると、その翔の背後から突然声が投げかけられた。
「……また来たんですね、カケル」
その聞き慣れた声に、苦笑いして振り返りながら翔は答える。
「そっか、ここにはお前もいたんだったな。悪いけどお邪魔させてもらってるぜ」
翔が振り返ったその先にいたのは、やはりフィーリニと同じ顔をした存在であった。その少女はかつて自分のことを『氷の女王』だと称したが、その正体を未だ翔は掴みきれていなかった。ただ、『時間跳躍』を行いこの空間に来た時にのみ会える存在であることだけを、翔はなんとなく理解していた。
翔のその返答に、その自称『氷の女王』は顔をしかめる。その様子を見て、その場に胡座をかいていた翔は言った。
「……ありゃ、もしかして俺ここにいちゃ迷惑か?」
「いえ、そういう訳ではありませんが……」
その翔の疑問にフィーリニ似の何かはそう前置きをしてから、静かな声ではっきりと言った。
「……それでも、あまりここには来ない方がいいですよ」
その言葉に、翔は思わずそのフィーリニに似た存在を見る。しかしやはりそれは平然とした顔で翔を見つめるだけで、翔はその存在の真意を推し量ることが出来なかった。
「……ここに来るな、ったって……」
翔はその言葉を反芻する。翔が今いるその黒の空間は翔が『時間跳躍』を行使した時にやってくる場所である。そこに来るなということはそれはつまり……
「……俺に、『時間跳躍』を使うなってことか?」
翔は神妙な顔持ちでそのフィーリニ似に尋ねる。するとその存在は尚も表情を変えずに、冷淡に言った。
「端的に言えばそうなりますね。貴方のその力は、もう少し先の未来にある『使うべき時』以外あまり濫用していいものではないんですよ」
その奇妙な言い方に怪訝な顔をしながら、翔は再び問い掛ける。
「ちょい待ち、なんだその『使うべき時』って。お前、もしかして未来でも視れるのか?」
フィーリニに似たその存在の言葉はまるで、翔をこの先待ち受ける何かを予言しているようだった。翔がそう疑問を発すると、フィーリニ似の存在は首を横に振って答える。
「残念ですが、その質問には答えかねます。先程のは私の失言でした。忘れてください」
その言葉に翔は口をつぐみながらも、次なる疑問に話を移す。
「……じゃあ、次の質問だ。濫用すべきじゃない、ってことは……お前、この力について何か知ってるのか?」
その翔の疑問に、またしてもその存在は首を横に振って答える。
「申し訳ありませんが、その質問にも答えることはできません。」
その言葉に翔が残念そうな顔をするより前に、その存在は変わらず無機質に続けた。
「実を言うと私は存在自体が違法のようなものなのです。本当はこうして貴方と話していること自体世界の理に反しています。なのですみません、その質問には答えられません」
その違法な存在の言葉を聞いて、翔は決まりの悪いように頭を掻いて答える。
「……そこまで言われちゃ俺も踏み込めないな。分かったよ。これ以上は俺も聞かない。別に敵意はなさそうだしな」
翔は目の前のその存在の正体を明確には知らなかったが、それでも何となく悟っていた。『氷の女王』を自称し、翔の『時間跳躍』の力を深く理解し、翔の未来を知りながら、この謎の空間にいつもいる存在。そんな存在が、どれほど得体の知れない力を持っているのか。
──だから俺に敵意があったらすぐに俺を殺してるはずだ。最もここで死んだらあっちでも死ぬかはわかんねぇけど。
そんな訳で翔はその存在の言葉を信用した。その翔の信頼に、謎の存在はぺこりとお辞儀をし、「ありがとうございます。ですが……」と前置きしてから言った。
「……せめて一つだけ、私から貴方に忠告をしておきます。内容は先程言ったこととあまり変わりありませんが、聞いていただけたら僥倖です」
その神妙な語調に、翔はその存在の次に発する言葉に耳を傾ける。その存在は一つ息を吐いてから、また無機質な口調に戻ってから話し始めた。
「……忠告というのは、先程言っていた『時間跳躍』についての話です。
カケル、貴方はその力を封印した方がいい。もし今後もその力を使い続けたとしたら、いつか貴方は絶対に後悔することになります」
そこまで言ってから、その存在は再び息を継いで、そしてはっきりとした口調で言い切った。
「……もし『時間跳躍』を今後も使い続けたのならば、貴方は、いずれその力で、仲間を殺すことになります」
その声はあまりに残酷にその場に響いた。
「……は?」
その存在の不吉な予言に、翔は思わず言葉を失う。
「……仲間を失う、って……。俺が、『時間跳躍』の力のせいで遠征隊の誰かを……?」
その翔の言葉に、フィーリニに似た存在は口惜しそうに押し黙るだけだ。
「それって、どういう……」
「……ですから、それ以上は言えないんです。すみません」
そうフィーリニ似の存在が言うのと同時に、その黒のみが支配する空間が少しずつ崩れ始める。
「目覚めの時は近いようですね。あと二つほど伝えたいことはあるので、手短に行きましょう」
「ちょ、おい! 待てって!」
フィーリニ似の存在が顔色を変えずそう言うのを見て、翔はそう引き止めるが、そんな声を聞かずフィーリニ似の存在は再び話し始める。
「二つのうち一つはまた忠告です。これからもあなたは私、フィーリニという少女と一緒に行動をした方がいいです。なるべく近くに居てください。特に、その力を使う時は」
「……はぁ? 意味わかんねぇって、おい!」
翔のその疑問も虚しく、フィーリニ似のその存在はまた答えることはない。そしてそうしている間にもその黒の空間は崩壊していた。たまらず焦って翔は口調を荒らげる。
「なぁ、それよりもさっきのはどういう……」
「……そして最後に。これは忠告などではなく、私からのお願いです」
その言葉も無視してその存在は言った。どこかとても悲しそうで、寂しそうで、しかし嬉しそうな表情で。
「──私のこと、忘れないでくださいね」
その声がその場に響いた瞬間、その空間は完全に崩壊し、翔の意識は覚醒に向かっていった。




