第一章26『覚悟』
時は少し遡る。真と翔が遠征隊から姿を消したその直後、元二は思案していた。
「……真が裏切った、その可能性が高い。けど確証はないし、場所も分からない」
結構な手詰まりである。しかしそれと同時に、連れ去られたその男の、あの目を思い出す。
「……いや、あいつなら……」
元二は遠征隊の出発前に翔に声を掛けていた。何かあったら自分に連絡をすれば助けに行く、と。
「……賭ける、しかないね」
──あの男が何とか元二に通信を入れるというその可能性に。
「よーし、みんな。よく聞いてくれ」
元二は周囲の注意を集めてから、その僅かな可能性を取り逃さないための処置を施す。
「……カケルが連れ去られた。恐らく犯人は真。あいつらが今どこにいるかは俺にも分からないから、ぶっちゃけ手詰まりだ。
けど、恐らくあいつは、俺らに連絡を入れてくる。連絡が入れば隊長である俺にはそいつの場所がわかるようになってる。だからその連絡を聞き逃さないように。そして間違っても真には通信を繋ぐなよ」
その言葉に遠征隊のメンバーは皆頷き、その連絡が来る時を待った。
そうした緊迫の状況がどれだけ続いただろうか。彼らの耳に、突然荒い息の音が聞こえた。
「……はぁ、はぁ」
それは間違いなく真の声であった。その声が遠征隊の皆に聞こえ渡った瞬間、その場に緊迫した雰囲気が再び流れ始める。
「……けど、これでもう『終わり』だ」
その真の言葉を聞き取ってから、その発言者の場所を探る元二の元にある二人が駆け寄る。
「……フィーリニちゃんに、ラン……?」
前者はまだ理解が出来た。彼女が翔に懐いているのはたった数日共に生活しただけの遠征隊の誰もが理解していた。しかし後者は、一見冷やかしか何かのように見えた。しかし元二が彼の眼差しを見た時、一つため息をついて言った。
「……ここから南西方向にしばらく行ったところにある洞穴だ。俺らは基地に連絡を取ってから行く」
するとその言葉を聞くや否や、二人は一目散に駆け出していた。
「……まったく」
その様子を見て呆れつつも、元二は笑っていた。
「……カケルを頼んだぞ、二人共」
そうして舞台は、その二人の追駆者が真の元に辿り着いたその場面へ推移する。
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「……ランバート先輩に、フィーリニちゃん……?」
真がその場に駆けつけたその二人の者の名を口にした瞬間、真の思考は超速で巡っていた。
──流石に裏切りはバレてる……か。二対一は分が悪い。ここは仲間が来るまで時間を稼ぐ……
などと悠長なことを言っていた真の眼前に突然、氷の刃が斬り掛かる。
「──!?」
何とかそれを躱し、目の前の男から距離を取る。その手には既に、凍気によって発現した氷の刃が付いていた。
「……遠慮なし、ってことですか……」
真は思わずそのマスクに触る。そこには微かにヒビが入っていたが、完全に壊れてはいないようだった。
平静を装いながらも、真は心中では焦っていた。
──まずい、この先輩が本気だ。
マスクの向こうのその顔は窺うことは出来なかったが、先程の攻撃から、それが明らかに殺意を持ってこちらに向かってきているのは分かった。
真は訓練を積んでいるとはいえ、遠征隊最強の彼には適うはずもない。どうするか、真が思案していたその時、その耳にある一報が届いた。
それを聞くや否や、真は勝ち誇って言い放っていた。
「……先輩、ここまで来るとはご苦労様です。それでも、僕は止められませんよ」
そう言うと同時に、真の両脇から全身を黒に包んだ男達がわらわらとランバート達に群がっていく。
「……増援、ってことか」
ランバートはボソリと呟く。目の前の男の単独の犯行とは思っていなかったが、想像以上にその仲間は多かったようだ。
その様子に、流石に攻めあぐねていると思ったのか、真が勝ち誇ったように言った。
「その人達は人を殺すのを躊躇わない本物の軍人です。あなた達とは、『覚悟』が違うんですよ」
それは目の前の男を挑発するためのもの。それで意気消沈するか、怒りでもしてくれれば真にとっては好都合であった。
しかしその目論見は外れることとなった。むしろ、その殺意を強くしてしまったのだった。
「……『覚悟』が違う、ねぇ……」
その言葉をランバートは反芻する。それはまるで彼に覚悟が無いと言わんばかりの言葉だ。
「……舐めんなよ」
ランバートは呟いてその真の増援に近付いていく。
──覚悟が無い、だと?
真が命令するまでもなく、その増援の軍人はランバートに向かっていく。その男は全く油断などしていなかった。加えて彼は軍人。鍛えたその身体は、目の前の金髪の男に紛れもなく敵意を持って向かっていっていた。
それなのに彼は、その男の振るわれた刃に、反応することができなかった。
一拍置いて、軍人の身体が倒れる。
「……は?」
間の抜けたような声を出した真の前で、ランバートはその赤く染まった氷の刃を真に向かって突き出した。
「……覚悟とやらがないのは本当はどっちなのか、白黒つけようか」
その目には一切の温情や油断といったものはなかった。そう、紛れもなく戦人の目付きで、ランバートは目の前のその敵を睨んだ。
──まずい。
増援の時間稼ぎは思っていたより期待出来ないと確信した真は、そのランバートの気迫に気圧されながらも、極めて冷静であった。現状最優先すべきことを考え、そしてその為の最短経路を瞬時に割り出したのだから。
「……お前ら、時間を稼げ。その間にターゲットをアレに積む」
真は内線でそう指示し、翔の身体を担ぎながら少しずつランバートと距離を取る。それをランバートは見逃さなかった。
「おい! フィなんちゃら! あいつらを追え!」
指示されたフィーリニは真を追わんとするが、その足を真が命じた『時間稼ぎ』役に阻まれる。
躱そうとしても道を阻まれ、倒そうとしても軽くいなされる。そうも邪魔をする目の前の男に、フィーリニが牙をむこうとする。が……
「……早く、行け! ここは任せろ!」
その男はランバートの氷刃の前にいとも容易く沈んだ。そして障害物のなくなったフィーリニは、四つ足になり真達を追う。周りの敵を、その金髪の男に任せて。
事実その分担は成功であった。対人戦闘能力ではランバートの方がフィーリニの上を行き、雪原を駆けるその速さはフィーリニの方が上であったのだから。
しかし時は既に遅かった。全速で走るフィーリニの眼前にその、黒く大きな機体が写る。
「……あなた達はこんな脱出方法考えもしなかったでしょう!?」
真が勝ち誇ったようにそう叫んだ。彼が乗るその物体の上部にはプロペラが付いていた。そしてそれがゆっくりと回り始め、その機体が宙に浮く。
「……『二十五年前』を知らないあなた達は知らないでしょうが、これはヘリコプターって乗り物でしてね。俺らは『空』に逃げさせてもらいます!」
フィーリニはその機体に追いすがろうと地を蹴り跳躍する。が、それはもう既に手遅れな高さに達していた。
「……まずい」
その場に残った時間稼ぎの軍人を全て倒したランバートもそのヘリコプターの存在に気付いた。遠征隊も、基地の人員でさえ「空を飛ぶ」なんて代物は持ってはいない。あのままでは敵に逃げられてしまう。
そうして狼狽えるランバート達を見、真は高笑いをしていた。これで彼の作戦は成功したのだ。奴らは空を飛ぶこの乗り物に追い付くことは出来ない。つまりはもう、勝負は決したようなものであった。
その時、翔が目を開けるまでは。




