第一章23『嫌悪』
おかしい。これは絶対に、何かがおかしい。
翔はどれだけ念じても動かない自分の身体に疑問を抱き、同時に焦っていた。戦う対象は目の前にいる。共に戦う仲間も周りにいる。戦うための武器だってある。それなのに、身体が動かない。
フィーリニが心配してこちらに駆け寄ってくるが、それに応えることも出来ない。ただ翔はその場に尻餅をついて、ガクガクと震えることしか出来なかった。
「……カケル、お前今回は休んでろ」
元二が翔に接続を繋げてそう言った。それが全員に聞こえるものであったのか、それとも翔にしか聞こえないものであったのかは、翔には知る術がなかった。
一方目の前では、翔にとって全くの未知である、凍気を用いたマンモスとの戦闘が始まろうとしていた。
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遠征隊の一人が、マンモスに背後から近付いていく。翔はウェアの色からそれが真であることに気付き、その動向を見守った。
真はしばらく物音を立てずにマンモスに近付いて行ったかと思うと、突然駆け出し、マンモスの身体に片手で触れた。
──突如、その部分が凍り付いた。音声は聞こえずとも何が起こったのかは分かった。彼が凍気を使ったのだ。
すると同時にもう一人が別の方向からマンモスに近付き、その身体を凍らせていく。マンモスはその時になって初めて遠征隊の存在に気付いたようだった。鼻を振り回し応戦し始める。
「……気付かれたか。
なら氷爪部隊、行け!」
元二の指示とともに、何人かが走ってマンモスに近付いていく。その中には『先輩』ことランバートの姿もあった。『氷爪』と翔には聞こえたが、一体何をするのか。
ランバートは右手を横にぴしっと伸ばした。そして小さく、こう呟いた。
「……『凍刃』」
そう呟いたかと思うと、彼の手が突然、凍り付いた。
「!?」
翔は一瞬、手品かなにかを見ているのかと思ったが、すぐにその種に気付く。凍気だ。冷気で腕の周りを凍らせたのだ。しかしそれは一瞬、自分の首を絞めるだけの行為に見えた。
しかし翔は気付いた。その腕に付いた氷が、まるで刃のように先が尖ったものであることに。
「……まさか、腕を凍らせて、氷の刃でコーティングする、ってことか……?」
なんて無茶苦茶な技だろう。第一それでは凍らせた腕が凍傷になるのは地球の常識から考えれば間違いない。それらの疑問が翔の頭に浮かんだが、しかし翔の口から出たのは、それらのどれでもなかった。
「……かっけぇ」
それはまるでヒーローのようであった。それをあのランバートがやっているというのは少し残念だが、それでも翔の畏敬の念は消えることは無かった。
「リー、ビー!
援護を頼む!」
ランバートはそう指示し、目の前のマンモスに『斬り掛かる』。
ザンッ!
見事に肉の切れる音ともに、その氷の刃がマンモスの肉を切り裂く。どうやら切れ味は抜群のようだ。マンモスが苦悶の表情をする。
すると今度はその後ろから、指の先を凍らせ鋭利な爪とした小さな手が出てきた。それも凍気によるものなのだろう。先程の氷の刃と同様に、景気よくマンモスの肉を引っ掻いていく。
「……なんだ、これ」
まるでデタラメである。『周囲の温度を劇的に下げる』凍気という力の存在は知っていた。しかしこれほどまでに応用を効かせ、戦うことが出来るとは。
そして奇しくも、その応用の最たるものがランバートであった。凍気によって腕を氷の刃にするなど、翔の頭では思い付かなかった使い方だ。
「凄いだろ?こいつらの凍気は特に強いからな。その中でも一番強いのが、お前が忌み嫌ってるランだ」
通信を繋げていたため先程の感嘆が聞こえてしまっていたらしい。元二が翔にそう話し掛ける。
「ちょっとはあいつのこと見直したか?」
「……うっす」
悔しいが認めざるを得ないだろう。ランバートは強い。それこそ、凍気が使えないなどという翔とは比べ物にもならない。
『先輩』は本当の戦士であった。それなのに翔は一体何だ。この戦闘で何が出来た。
ふと、フィーリニが元二の方を見る。その仕草で何かを察したのか、元二が彼女にゴーサインを出す。
するとフィーリニは嬉しそうにマンモスの方に駆けて行き、その爪を、牙を喰らわせた。先程からのランバートの攻撃といい、もう相当マンモスは傷付いているはずだ。
──フィーリニまで……!
いつも翔と一緒にいた彼女までも果敢にマンモスに立ち向かっているのだ。それなのに、やはり、翔の足は動かない。
「な……んで……」
「無意識にトラウマになってたんだろ。安全な基地の生活を経験したことで、余計それが強まってる、そんな感じだとオジサンは思うね」
元二は翔にそう諭す。あの一件が翔にトラウマになっていた、というのか。確かにあのマンモスとの戦闘は何度も死を覚悟したし、勝利するのも決して易いことではなかった。
しかし、それでも。その結果がこれとは、あまりにも無様なのではないか。翔は自分を恥じた。何が『ヒーロー』。何が『神に抗う』。自らの身体すら動かせない臆病者が、一体何を夢想していたのだろうか。
「……俺は……」
「まあ自己嫌悪はその辺にしておいて、仲間の活躍を目に焼き付けときな。いつかお前にも、きっと役に立つ時が来るさ」
自らのあまりの格好悪さに、突然崖から落ちたかのような衝撃を受けた翔に、元二はそう言った。目の前を見ると、氷爪やフィーリニ達のおかげで、彼の巨躯は相当消耗し、血を流していた。
「あんな感じに弱らせて、俺ら凍結部隊が敵を凍らせる。たまにヒロとか特殊部隊の力も借りて、な。大抵の戦闘はこれでカタが付く」
元二がそう解説するのと同時に、噂のヒロ先輩が、その大槌を構えた。
「むん!」
通信は来ていなかったが、それでもそのような叫びが聞こえてくるような力強いスイングとともに、大槌がマンモスの頭に振り下ろされる。逃げなければ、と思ったのだろうか。マンモスが翔と元二の方に向かってくる。
「……やばい!」
彼の獣には、一人は倒れ、一人は傍観しているその方向が、一番突破しやすいのだと思ったのだろう。事実翔は何も出来ずその場に倒れていただけであったため、その穴のない包囲を抜けるためには、それが最善の選択のように思えた。
──しかしそれが実は、最悪の選択であったことにその獣が気付いたのは、その数秒後のことだった。
「……『完全冷凍』」
元二がそう呟いたのと同時に、かの獣は、一瞬で氷漬けにされてしまったのだから。
「……本当に、無茶苦茶だ」
実は翔は心の中で本当に彼らが人間であるかどうかすら怪しんでしまったが、それを口に出すのはいけないと思い直し、詰まりながらも言い直した。それを知ってか、元二がニヤリと笑って翔に返した。
「それでも人間さ。お前にもきっと出来るようになる」
そう言い彼は翔の頭をぽん、と叩いた。その言葉を聞いて、改めて本当に、翔は遠征隊の誰よりも劣っている、そんな自己嫌悪に陥っていったのだった。




