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BLIZZARD!  作者: 青色魚
第二章・急『英雄譚』
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第二章72『歪んだまま進んでいく物語──その2』

「……? なんだ?これ」


 そうしてコハルとのやり取りを終えた翔は、ふと自らが横たわるベッドに備え付けられた机の上に一枚の紙が置いてあることに気付く。


「あー、確かそれカケル先輩への伝言ですよ。差出人は……まぁ見てみたらわかると思いますが」


「伝言……? まぁ、とりあえず読むけど……」


 そのコハルの勿体ぶるような言葉を訝しみつつも、翔はその『伝言』の書かれた紙へと手を伸ばし、そしてその紙の内容をまじまじと見た。


「どれどれ……?」


 そうしてその紙の内容を確認した翔は、思わずその場から飛び起きた。


「──っ!」


「……()()()()()()らしいですよ。まぁ、とりあえず本人の口から色々聞いた方が良いでしょうし、行ってきたらどうですか?」


 そうしてその『伝言』の内容に驚愕する翔に、コハルは微笑みながらそう提案した。そのコハルの言葉に後を押され、翔は未だ節々が痛むその身体を必死に起こし、立ち上がった。


「……そうだな。とりあえず行ってくるわ」


「くれぐれも無理はしないでくださいね。()()は書いてありますけど、今日は絶対安静にしなきゃいけませんし」


「ああ、分かってる」


 そうしてコハルに別れを告げた翔は、その病室から飛び出し、その伝言の示す場所へと駆け出した。


 その胸に、大量の疑問と、一抹の期待を含みながら。






「……ったく、遅ぇなアイツ」


 基地の一角、遠征隊の訓練のために設けられたその特別開かれた部屋に、その伝言の主は立っていた。


「いい加減目も覚めてんだろ。いっそ迎えにでも行くか……?」


 その伝言の主は、翔が未だその場に現れないことに苛立っていた。しかし、その伝言の主の背丈は成人男性にしては明らかに小さく、そのためそうして不機嫌そうにしていてもどこかその様子が周囲に与える威圧感は弱いものであった。


 そうしてその伝言の主がその場を離れ、翔の運ばれた病室へ向かおうとしたその時、その場に翔の姿が現れた。


「……っ! すいません、遅れました!」


「遅せぇよ! 紙に書いた時間三十分も過ぎてるじゃねぇか!」


「すいません! さっき起きたばっかなんです! それに、まだ走ると傷口が痛くて……」


 そうして脇腹を抑えながら弁解する翔の様子に、伝言の主は不機嫌そうに舌打ちをしつつ「……まぁいい」と小さな声で呟いた。そうしてその伝言の主に許された翔は、その場まで走ってきたことが原因で乱れたその意気を必死に整えながら、改めてその伝言の主に問いかけた。


「それで、話って何なんですか……? ()()()()()()


 そうして翔に疑問をぶつけられたその伝言の主──ベイリーは、不機嫌そうなその顔を変えずに翔の方を見つめ、そしてその視線を逸らして考え込み始めた。


 そのベイリーの様子を不可解に思いつつも、翔の心中は複雑であった。あのトラブル続きの遠征を経た今でも、翔の頭にはベイリーに言われたある言葉が残り続けていたのだった。



()()()()()()()()()()()()()()()!』



 それは翔が『時間跳躍』の力のことを告白した時、ベイリーが翔に吐いた決別の言葉であった。翔の脳裏には未だにその時のことが鮮明に残っていた。その決別の言葉を吐いた時のベイリーの自分を見つめる憎しみの目も、怒りにわなないて小刻みに震えていたベイリーのその口も、全て翔の記憶には未だに残り続けていた。


 ──その、俺を許していないはずのベイリー先輩が、一体俺に何を……。


 急いで駆けてきたためクシャクシャになってしまったその伝言の紙には、


『話がある。訓練場に来い


 ベイリーより』


 とだけ簡潔に書かれていた。そのため、その訓練場まで駆けてきたはいいものの、翔にはベイリーが何を翔に話そうとしているのかは分からなかったのだった。


 そうしている間にも翔の脳裏にその決別の言葉が響き続いていた。ベイリーが突如黙り込んだことにより生まれたその沈黙に、翔はその身が押し潰されるような感覚を感じながらベイリーのその次の言葉を待った。


 ──なんだ、ベイリー先輩は、一体俺に何を……?


 そうして翔が不安に押しつぶされそうになりながら次の言葉を待つと、ふとベイリーがその口を開いた。


「……カケル」


「……はい」


 厳粛な様子で名前を呼ばれた翔は、静かにそう返事をする。その翔の様子をじっくりと見つめながら、ベイリーは続けて言った。


「お前、フレビー……違かった。()()()()()と、よくここで一緒に訓練していたらしいな」


「……っ! それは……! いや、なんでそれを……!?」


 そのベイリーの言葉に、翔は思わず驚いて目を見開く。


 ベイリーが言った通り、翔は三年もの時を超えることになったあの最悪の遠征の以前まで、頻繁にこの訓練場でフレボーグと()()()()をしていたのだった。しかし、そのことは当人達以外は知りえない事実であったのだった。そのため、その秘密の訓練の存在をベイリーが知っていたことに翔は動揺を隠せなかった。


「なんで俺がその事を知ってるか、そのことは一旦後回しだ。その様子だと間違いなさそうだが、事実なんだな?」


「……はい。確かに俺はこの訓練場でフレボーグ先輩とよく訓練してました。あの、三年前の遠征の時までは」


 そうしてベイリーに問い掛けられた翔は、途中で言い淀みながらもそう答えた。その翔の答えをしっかりと聞いてから、ベイリーは再び翔が話し出すのを遮って言った。


「……それで、あの、その訓練内容は……」


「『凍気(フリーガス)()()()()()()()()()』、だろ。それももう知ってる」


「……っ!」


 そうしてその秘密の訓練について付け加えようとした翔の言葉を奪って、ベイリーはそう言った。その事実さえもベイリーに筒抜けであることに翔は再度驚きつつも、口にしたことで改めてその頭に(よぎ)ったその訓練の日々を思い出し黙り込んだ。


 ──そうだ。俺は凍気(フリーガス)を使えなかったし、今もまだ使えない。だから、三年前のあの時まで、俺はフレボーグ先輩と一緒に凍気(フリーガス)の訓練をしていた。


 そうして改めてその事実を噛み締めた翔の脳裏に蘇ったのは、優しく、しかし熱心に翔の凍気(フリーガス)の訓練に付き合うフレボーグの姿であった。


 未だ翔が凍気(フリーガス)の力に目覚めないことから、果たしてその訓練にどれだけの効果があったかは定かではない。しかし、少なくとも翔にとって、そのフレボーグとの秘密の訓練はとても楽しいものであった。翔はその訓練が楽しかったのだ。そのことは、紛れもない事実であった。


 ──でも、もうフレボーグ先輩はいない。


 しかし、そうして脳裏に蘇るその日々が楽しいものであればあるほど、その現実は冷たく翔に突き刺さった。その秘密の凍気(フリーガス)の訓練を共にしたフレボーグは、もうこの世にはいない。


 ──そして、そのフレボーグ先輩を殺したのは、俺自身だ。


 そうして翔がまた自らの罪を思い出し、それに押しつぶされそうになったその時、ベイリーが再び口を開いた。


「……ああ、そうだよ。お前が訓練を共にしていたフレボーグは……、()()()は、もうこの世にいない。お前が、訳の分からない力で俺らを三年後の未来に連れていったせいでな」


「──っ!」


 そのベイリーの言葉に、翔は再び息を呑む。翔にはそのベイリーの言葉に反論することが出来なかった。ベイリーが言ったことはまさに事実であり、そして同時に翔自身それを重々理解していた。そのため、そのベイリーの言葉に悔しさや悲しみ、怒りなど様々な感情を抱きつつも、翔はその言葉に反論することが出来なかった。


「お前はまた今回の遠征で活躍して、一部の奴らの信用を取り戻したらしいな。でも、この事実は変わらねぇ。フレボーグ(おとうと)を殺したのはお前だ。そしてその結果、お前は凍気(フリーガス)の訓練の相手を失った」


「……何を……」


 そうして同じことを繰り返すベイリーに、翔は内心疑問を抱いた。そうしてベイリーの心中を察せないまま、翔がその疑問を口にしようとしたその瞬間、ベイリーは言った。


「……()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「…………え?」


 そのベイリーの言葉に、翔は思わず呆然とした。その翔の様子を見て、ベイリーは不機嫌そうに頭を掻きながら続けた。


「さっきのお前の疑問の答えは単純だよ。俺がお前と弟の秘密の訓練の存在を知ってたのは、俺が弟にその訓練のことを聞いたからだ」


 そのベイリーの言葉に呆気に取られる翔に、ベイリーは続けた。


「……そんで、頼まれちまったんだよ。『もし俺が死んだら、代わりにその翔の訓練に付き合って欲しい』って」


「──ぁ」


 そのベイリーの言葉に、翔は言葉を失った。その翔に未だ不機嫌そうに向き合うベイリーの脳裏には、三年前のある日、まさに彼が弟にその言葉を言われた時のことが蘇っていた。




『……いや、これは大事なことなんだ、兄さん。聞いてくれ


 もし俺が死んだら、俺の代わりにカケルの凍気(フリーガス)の訓練に付き合って欲しい』


 三年前、翔がキラを守るために奔走したあの事件後のある日、ベイリーの弟──フレボーグはキッパリとそう言った。当時、突然突飛なことを言い出したフレボーグに面食らいつつも、ベイリーはすぐにその頼みを承諾して言った。


『……別にいいけどよ。なんだって突然死んだ時の話なんか……。いや、そもそも凍気(フリーガス)の訓練ってなんだ? そんなこと聞いてねぇぞ、俺』


『はは、そりゃ兄さんのみならず基地のみんなには隠してる秘密の特訓だからね。毎週火曜日と金曜日、ちょうど遠征隊が訓練場を使わないその日の朝に二人でこっそり特訓してるんだ』


 そうして意地悪そうに笑ったフレボーグの様子に、ベイリーは口をへの字にして返した。


『……ほーん。なんだってそんな訓練してるのかね。訓練なら遠征隊のものだけで十分すぎるだろ? あのガキは確かに未だ力足らずだから仕方ねぇかもしれねぇけど、お前までそれに付き合う義理はねぇんじゃねぇの?』


 そうして自らの弟に疑問を投げかけたベイリーの目を見返して、フレボーグは言った。


『……カケル曰く、それでも全然足りないんだとさ。自分が凍気(フリーガス)を使えないことで、あんまり遠征隊(オレら)に迷惑をかけたくないんだと』


 そのフレボーグの言葉に、ベイリーは少なからず面食らった。先程自分たちの脇を駆け抜けて行ったその青年に、そんな覚悟があったなど思いもしなかったからだった。


 そのベイリーの様子を見て、フレボーグは笑って言った。


『そんな後輩の願いとなったら、聞かない訳にも行かないだろ?』


『……まぁ、な。何となくわかったよ。任せとけ』


 そうしてベイリーは納得のいったまま、そのフレボーグの頼みを安請け合いしたのだった。


 その直後の遠征で、そのフレボーグが命を落とすことになるとは思いもせず。




「……頼まれたって……、ビー先輩に……? でも、そうだとしても……」


 そのベイリーの言葉に動揺する翔に、ベイリーはその言葉の先を読んで言った。


「……ああ、そうだよ。俺は確かにあの時言った。『お前を絶対に許さない』ってな」


「──っ!」


 心の内を読まれた翔は、思わず息を飲んだ。その翔に、ベイリーはその無愛想な態度を変えずに続けた。


「勘違いするなよ。あの時言ったことは変わらない。俺は絶対にお前を許さない。俺にとってお前は、仮にお前がどんな凄いことをしても、どれだけ罪を償っても、弟を殺した許せない奴のままだ」


「…………はい」


 そのベイリーの言葉に、翔は重く頷く。そうして暗い顔になる翔を前に、ベイリーはハッキリと言い放った。


「……だから、俺はお前を監視し続ける。お前がどれだけ罪を償っても、俺はお前を許しはしない。ただ、俺の弟を殺した人間が、果たしてどんな人生を送るかを見届けるためにだ」


「…………っ!」


 そのベイリーの言葉に、翔はまた言葉を失う。その翔を見て、ベイリーは再びその声を荒らげて言った。


「分かったら返事!」


「──っ! はい!」


 そのベイリーの喝に、翔は思わず背筋を伸ばしそう答えた。その翔の様子を見て、ベイリーは続けた。


「言っとくが、俺は(フレボーグ)みたいに甘くはねぇぞ」


「──はい! 分かってます」


 そのベイリーの言葉にも、翔はしっかりとそう返事をした。その返事に今度は満足したのか、ベイリーは一瞬だけその口の端を少し緩めて、その後すぐにまた不機嫌な顔になって言った。


「訓練の日程と場所は変わらねぇ。ただ、当面はお前の身体が治るまでお預けだ。分かったな!?」


「……はい!」


「分かったら早く病室に戻れ! なんでこんな所にいるんだ怪我人(おまえ)が!」


「──っ!? はい!」


 その理不尽なベイリーの叱責にも返事をしてから、そうして翔はその場を後にした。


 そうしてまた病室へ向かい出した翔の身体は未だ重く、そしてその心は未だ晴れてはいなかった。今回の遠征で多少活躍をしたとしても、未だ翔の犯した罪の全てが赦された訳では無い。その過ちで失ったもの(フレボーグ)は二度と戻ってこない。それらは変わらない事実であった。三年前、『新種』を前に翔が『時間跳躍』の力を暴発させた時点で、翔の歩んできたその物語は歪んでしまったのだった。


 しかし、翔は不思議とその時俯いてはいなかった。先程ベイリーに理不尽にも叱責されたにもかかわらず、否、叱責されたからこそ、翔は確実にベイリーにエネルギーを貰ったのだった。


 ──俺がしたことは変わらない。俺が歩いていくこの物語も歪んだままだ。それでも……


 翔は、あるいはその歪んでしまった物語も、物語を進めていくうちに正しくなると、そうなるかもしれないと思い始めていた。それは紛れもなく、先のベイリーとのやり取りから生まれた考えであった。


「……さて、まずは身体を治すところからだな」


 そうして歪んだまま進んでいく自らの物語に笑いかけながら、翔は病室に向かって足を早めた。


 そうして翔がまた一歩を踏み出した基地の外では、降り積もる雪が静かにそこに染み付いた痕跡を消していたのだった。


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