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BLIZZARD!  作者: 青色魚
第二章・急『英雄譚』
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第二章67『革命アカツキ』

「……くしゅっ」


「おや、風邪ですか? お身体は大事にしてくださいね」


 可愛らしい声を立てながらくしゃみをしたその少女を、フィルヒナーはそう気遣い声を掛ける。そのフィルヒナーの言葉に、くしゃみをした少女──アンリは首を傾げて答えた。


「おっかしーなぁ。最近は私、ちゃんと毎日寝てるはずなんですケド」


「……それはむしろ寝てない日があることの方が問題な気がするのですが」


 そのアンリの言葉にフィルヒナーはそう突っ込んで苦笑する。いくら天才的な頭脳を持っていたとしても、アンリはまだ中学生ほどの年の少女であった。アンリの健康のことを考えれば、フィルヒナーがそのような心配をするのも無理はなかった。


 しかし、そんなフィルヒナーの心配など意にも介さず、アンリは能天気に鼻をすする。その様子にフィルヒナーはため息をつきながら、それでもその愛らしさに少し微笑んだ。


 その後、二人のいるその研究開発室にしばらくの沈黙が流れる。カチ、カチという時計の秒針の音だけが煩わしく響くようになった頃、ズルズルという音を立てながら鼻をすすっていたアンリは、ふと思いついたように言った。


「あー、ひょっとしたら誰かが私の噂してるのかもしれもせんね。ほら、よく言いませんか? くしゃみした人は誰かに噂されてるって。まぁ、あんなの迷信でしょうケド」


 それが迷信などではなく、実際にその時自分が遠く離れた翔に噂されているなどということは知る由もないアンリは、卓上の時計に目をやりながらそう呟いた。アンリがその時計に目を移していた時間はほんの僅かであったのだが、その一瞬をフィルヒナーは見逃さなかった。


「アンリ、今日はやけに時計を気にしていますね」


 そのフィルヒナーの鋭い一言にアンリはぎくりとする。確かにアンリは今日自分でもわかるほど時間に気を配っていた。アンリ自身さしてその行為は意識していなかったのだが、それでもその原因は明らかであった。


「……やはり、カケルのことが気になるのですか?」


 その一言も図星をつかれたものであったため、アンリは再びびくりとする。その様子から自らの推測が正しいことを確信したフィルヒナーは、そこからさらに追撃をかけるように言った。


「どうやらアンリは()()カケルのことが大のお気に入りのようですね。


 聞きましたよ? 彼に基地の人間からの信頼を取り戻すために何をすればいいか助言(アドバイス)をしたそうですね」


 そのフィルヒナーの言葉に、アンリは苦い顔になる。


「それは、まぁ……。あんな必死に助言(アドバイス)を乞われたら、天才(わたし)としては答えざるを得ないじゃないですか?」


「どうですかね。見たところ、仮にカケルが助けを求めなかったとしてもアドバイスしていたようですけど」


 そのフィルヒナーの言葉に、アンリはもはやフィルヒナーにはすべて見透かされていることを悟った。アンリは自分が未だカケルを密かに応援していることをうまく隠しているつもりであったが、それもフィルヒナーにはバレバレの事実だったらしい。


 ──そんなに分かりやすいですかねぇ、私の表情って。


 そのことに若干苦笑しながら、アンリはふと思いついたようにフィルヒナーに反撃を仕掛けた。


「むー。でも、それならヒナはどうなのさ。見た感じ、ヒナもカケルさんに色々気を使ってるみたいですけど?」


「……なんのことですか?」


 そのアンリの問いかけに、フィルヒナーは眉一つ動かさずそう問い返した。その表情は一見冷静沈着(クール)なものであったが、長年フィルヒナーと過ごしてきたアンリには、その表情に微かな冷や汗が流れているのを見逃さなかった。


「とぼけても無駄ですって~。全部わかってますよ? カケルさんを今回遠征に行かせたのは人数不足なんかが理由じゃなくて、カケルさんに名誉挽回のチャンスを作るためですよね?」


 そのアンリの言葉に、フィルヒナーは微笑みながら答える。


「何を言ってるのか私にはわかりませんね。今回カケルを行かせたのは遠征隊の人数不足のため。それに間違いはありませんよ?」


「人数不足なら早めに遠征を終わらせるように指示すればいいだけですし、そもそもこの三年間コハルとキラ君とフィーリニちゃんとヒナだけで代理遠征隊を回してたこと考えると、そんなに人数が足りないわけでもないですよね?」


 アンリに言われながら鋭く視線を向けられたフィルヒナーは、それでもその笑みを崩さないままアンリに背を向ける。


「……さぁ、私には何のことを言っているかわかりませんね。


 そろそろ昼休憩の時間も終わりますし、失礼しますよ」


 最後までその顔に動揺を浮かべないまま去っていったフィルヒナーの背中を見送りながら、アンリは頬杖をついて笑って言った。


「まだしらばっくれるんですか。ホント、ヒナは素直じゃありませんね」


 そう笑いながら、アンリは再度散らかった卓上にあるその時計の針を見た。今も基地から離れたどこかで戦っているであろう、一人の青年のことを思い浮かべながら。


 ──カケルさんは知ってるんですかねぇ? 実はカケルさんは、色んな人がいろんなことを頑張ったおかげで今回の遠征に参加できてるってことを。


 その言葉は決して翔を責めたものではなかった。否、むしろ逆であった。その言葉は何よりも暖かな意味を持っていた。


 ──みんな、カケルさん(ヒーロー)の復活を心待ちにしてるってことですよ。だから、安心して暴れてきてください。


 アンリはそう心の中で一人の青年に声援(エール)を送ってから、またその顔に笑みを浮かべて言った。


「ホント、みんなカケルさんに甘いんですから」


 本人が自覚している以上に多くの人に支えられ今回の遠征に参加した翔のことを思い浮かべて、アンリは呟いた。


「……ま、私も人のことは言えないんですケドね~」


 アンリは、翔が自分に助けを求めてきたときに、自分が翔に何と言ったかを思い出す。


『いいですか「絶対に」余計なことしちゃダメですからね! 「時間跳躍」に関する力を使うのはもちろん、指示に従わないだけでも論外ですから!』


 翔に『余計なことをしないこと』をやけに強調したその言葉は、その実(フェイク)であった。アンリはむしろ、翔が以前のように勝手な行動をすることを望んでいたのだった。そのため、アンリは逆にそれを強く禁止した。


 ──人は何かを禁止された方がそれをしたくなる。確か、カリギュラ効果って言うんでしたっけ? なんにせよ、面白いものですよね、人間の『心』なんてものは。


 アンリはその心理学的現象のことは知っていたが、それがどれだけ確実性を持ったものであるかは知らなかった。しかし、彼女は確信していた。少なくとも、()()()()()()()()使()()()、と。


「……あの人は、私がどれだけ説得しても一人の子供を見逃すことのできなかった、根っからのヒーローですから」


 そのためアンリは、翔に『余計なこと』をするように仕向けるために、『余計なこと』をすることを禁じたのだった。


「……だって、カケルさんが指示をきちんと聞くとか出来るわけありませんもんね。だったらもういっそのこと、割り切って暴走させた方が名誉挽回のチャンスはあるはず」


 アンリは翔のその頑固さと同時に、その強さも信じていた。翔なら、否、ヒーローなら、きっと成功してくれると。


「……信じてますからね、カケルさん(ヒーロー)


 強く吹雪いている基地の外を眺めながら、アンリはそう呟いたのだった。







「うおおおおおお!」


 向かい来る一撃を、避け、避け、(さば)く。その攻撃が一撃でも当たれば、翔は終わりであった。氷壁登りに加えコハルを『新種』から助け出すそれまでの戦いを経て、翔の体力はもう限界の一歩手前であった。そのため、仮に翔が『新種』の一撃をまともに食らい倒れたとして、翔にはもはや次に自分が立ち上がれるか分からなかったのだった。


 そんな崖っぷちの状況は、翔がコハルを助け出してからそれまでの、およそ()()()の間ずっと続いていた。翔はもはや自分の集中力が限界を迎えつつあることに気づいていた。しかし、それでも翔は退かなかった。退くことのできない理由があった。


 今も翔の後ろで腰を抜かして座り込んでいるその少女を守るため。


 失敗続きの自分の情けない過去に終止符(ピリオド)を打つため。


 (ヒーロー)は今も戦い続けるのだった。


「う、おおおおおおおお!」


 その翔の気迫に押され、コハルは必死に頭を巡らせる。


 ──カケル先輩は、私のために戦ってくれてる。必死に、命を懸けて。だったら……。


 コハルはそう奮起しながら、力の入らないその両手を必死に近づける。


 ──私も、ただ守られてるだけじゃダメだ!


 コハルがそう奮起したその瞬間、『新種』の素早い一撃がついに翔の警戒をかいくぐり翔の身体へと迫る。


「がっ……!」


 その一撃は避けられないと悟った翔は、瞬時に身体を逸らしその一撃が急所に当たるのを防ぐ。しかし依然ダメージは大きく、その攻撃を受けた場所を手で押さえながら、翔は『新種』のその攻撃の勢いのまま雪原を転がった。


「畜生……!」


 悪態をつきながら、翔は必死にその目を『新種』に向ける。


 翔と『新種』の攻防はもうずいぶん長く続いていたが、その間ずっと翔は防戦一方であった。その理由は至極単純、翔と『新種』と実力差が歴然であるため、翔がコハルを長く守るためには翔は守りに徹することしかできなかったのだ。しかし、そんな防戦一方の状態も刻一刻と悪くなってきていた。


 ──『新種(コイツ)』、だんだんと()()()()()()順応して(なれて)()()()。さっきの一撃だって、俺がどこをどう守るか予測したものだった。


 翔を何よりも追い詰めていたのは、『新種』のその学習能力であった。『新種』の前では、同じ行動は二度と通じない。それは攻撃のことだけではなく、防御のことでも同じであった。


 つまり、翔は時を追うごとに不利になっていた。それまでも翔は手を変え品を変えて自分の身を守っていたが、とうとうその変化パターンまでも『新種』に読まれつつあったのだ。


 ──このままじゃまずい。どうにか、どうにかしてフィルたちが来るまでコハルを守り通さねぇと……!


 そう息を巻く翔の背後から、コハルの声が響いた。


「カケル先輩、これ!」


「うおっ!?」


 その叫びとともにコハルから投げられたそれは、翔のすぐ横の雪の地面に刺さった。コハルから投げられたその物体をまじまじと見て、翔は呟く。


「っ! これは……!」


 氷で出来た円盤状のそれは、コハルが先程『盾』と呼んで生成していたものだった。その『盾』の生成者の方を翔が見ると、疲労困憊の様子のコハルが自らの凍気(フリーガス)で同じような盾を大量生産していた。


「……っ! コハル!」


「ただ守られてるわけにもいきませんから。その盾は貸しますよ。その代わり……」


「違う! コハルお前、凍気(フリーガス)を使って大丈夫なのか!?」


 翔の叫びにそう反応したコハルに、翔はそう問いかけた。翔は忘れていなかったつい先ほど、氷壁登りを終えた時点でコハルの身体は限界に達しており、もう凍気(フリーガス)を使う余裕などない状態にあったことを。


 その翔の心配そうな叫びに、コハルは苦しそうにしながらも必死に笑顔を取り繕って答えた。


「確かに相当キツいですよ。でも、言いましたよね? 『ただ守られてるわけにはいかない』って」


 その先を一瞬ためてからコハルは言い放った。


「カケル先輩だけに無茶させてられないですよ。そんなの、代理遠征隊の恥さらしですから」


 そう笑って言ったコハルの額には、苦しそうな汗が滲んでいる。翔は気づいていた。彼女のその言葉が強がりによるものだと。気づいたうえで、投げられたその盾を拾い上げ言った。


「……ああ、じゃあありがたく貸してもらう。


 ありがとうな、コハル」


 その翔の言葉に、コハルは笑って返した。


「礼を言われる筋合いはないですよ。現状私を守ってくれるのはカケル先輩だけ。だったら、そのカケル先輩を少しでも助けるために私も少しは無理をする。これは私が助かるための合理的な判断です」


 そのコハルの言葉に、再度『新種』との距離を詰めながら翔は思わず吹き出した。


「コハル、お前いつの間にそんなツンデレキャラになったの?」


「なっ……! うるさいですね! ほら、早く前向いてくださいよ、また『新種』が向かってきてますよ!」


 その翔の突っ込みに思わず顔を赤くしながら、コハルはそう翔に注意を促した。そのコハルの照れ隠しの言葉に翔は「へいへーい」と笑ったまま返して、ふと思い出したようにコハルに尋ねた。


「……それで、さっきの言葉の続き、なんて言おうとしてたんだ? ほら、『その代わり』ってのの先……」


 その翔の質問に、コハルは一度答えることを躊躇ってから、一度息を吐いて、赤くなった顔を手で必死に隠しながら答えた。



「『……その代わり、()()()()()()()()()()()()()()!』って言おうとしてたんですよ!」



 そのコハルのなんとも甘々な言葉に、翔は今度こそ声を出して笑ってから答えた。


「……ああ、もちろんだよ。お前は俺が、全身全霊かけて守ってやる!」


 そうして再度『新種』と対峙した翔は、改めて意識を前方のその敵に集中させながら考えた。


 ──さーて。コハルから『盾』をもらえたのはありがたいが、それでも依然状況は芳しくねぇな。


 翔の右腕には今や先ほどコハルにもらった氷の盾が装備されていた。腕にちょうど引っかかるようなその盾の構造のおかげで、翔は両腕が自由な状態のまま『新種』の攻撃を『受け、防ぐ』ことができるようになったのだった。しかし、それはあくまでいずれ来る()()を先延ばしにしたに過ぎなかった。


 ──きっと『新種』は、すぐにこの『盾』にも順応する(なれる)。そしたらどの道ジリ貧だ。この盾はすごくありがたいものだが、所詮『新種』が俺の行動に完全に順応するまでの時間稼ぎにしかならない。


 翔が考えているそのことは、コハルも気づいていた。気づいたうえで、彼女はその盾を量産するしかなかった。せめてその盾を用いた防御が『新種』に通用する間は、少なくとも翔を守れるように。


 ──そう、この盾も気休めにしかならない。状況は何にも好転してない。『新種』は相変わらず強いし、まだフィル(たすけ)は来ないみたいだし。おまけに、さっきの一撃でいよいよ身体が限界だ。


 翔が先程受けた『新種』の攻撃は決して軽いものではなかった。そのダメージは確実に翔の身体に響いており、翔の身体は文字通り限界の一歩手前にあった。


 ──もう視界も霞んできてるし、手足の感覚も遠い。こんな状態で『新種』相手にさらに時間を稼がないといけないとか、ホント神にでも祈りたくなるような絶望具合だな。


 翔はその状況を顧みてそう考える。事実、その状況は絶望的であった。つい十分ほど格好つけていたとは思えないほど翔は追い詰められており、またその頭に起死回生の一手なども思い浮かんではいなかった。


 しかし、そんな状況にいるにもかかわらず、翔は笑った。


「……だけど、な。生憎(あいにく)と俺は、()()()()()()()()()()性格(タチ)()()!」


 そうして翔は笑った。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「さぁ、勝負のつづきをしようぜ、『新種』!」


 そうして(ヒーロー)は再び立ち上がり、強敵へと向かっていったのだった。


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