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BLIZZARD!  作者: 青色魚
第二章・急『英雄譚』
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第二章63『旗』

 肌を切る音を伴いながら吹き続けるその吹雪は、時を追うごとに強さを増していた。舞い散る雪は視界を不明瞭にし、吹き荒れる風は容赦なく元二とベイリーの身体を突き刺す。


「……そろそろか」


 しかし、そんなことは微塵も気に留めず、元二は()()の動向に意識を集中させていた。少し離れた場所に立つベイリーも同様だった。()()()()が姿を現した瞬間すぐそれに攻撃を加えられるよう、ベイリーの手には既に凍気(フリーガス)で出来た氷の爪、氷爪(アイスクロー)が出来上がっている。すなわち、二人の戦闘準備は完璧なものであった。


 瞬間、元二は背後から迫りくる存在を察知し、咄嗟に振り返る。


「……っ!」


「ああああああああ!」


 叫び声とともに元二に飛び掛かったその存在の手は、一直線に元二のマスクへ向かっていく。


 ──っ! しまった!


 その存在の行動に気づいた元二は、マスクを狙うその攻撃を必死に防ごうとする。しかしその攻撃を防御(ガード)するにはその存在の意図に気が付くのが遅すぎた。元二の防御も空しく、その存在の攻撃により元二のマスクの前面が外れ、その顔が冷たい外気に晒される。


「隊長!」


「大丈夫だ! 安全フックが外れただけで壊れちゃいない。それより、()()()()()


 その元二の言葉がベイリーの脳に届くより前に、その存在は狙いを変えベイリーに突進していった。


「……っ! こいつ!」


 その突進に対抗しようとベイリーは氷爪(アイスクロー)をその存在に突き出す。その攻撃をその存在は突進の勢いのままベイリーを飛び越えることで回避し、そのままその存在は走り続け元二達の視界から消えた。


「……随分と身軽なもんだな」


 その一連の動作を見ていた元二は、肌に刺さる冷たい外気に顔を歪ませながらそう呟く。


「隊長! 早くマスクを付けてください! ()()()の相手は俺がします!」


 元二を背後にし、その存在が消えた方向に意識を集中させながらベイリーはそう叫んだ。しかし、そのベイリーの申し出に、元二は首を振り「……いや」と否定して言った。


「多分そう単純にはいかせてくれないよ、(やっこ)さんは。今姿を消したのも消耗戦に持ち込むつもりだろう。確かに俺はこのままだと()()の空気のせいでお陀仏だが、不用意にマスクを拾おうとしたらその隙を狙われるだろうな」


 そうして現状を分析してから、元二は顔を(しか)めて続けた。


「……本当に厄介だな、何者なんだ()()()は」


 その言葉が指し示す通り、先程元二達を襲ったのは一人の()()であった。対人と対獣では勝手が違うことを考慮したとしても、遠征隊の中でも手練の元二とベイリーの二人を相手にそこまで立ち回るその正体不明の襲撃者が相当な戦闘能力を持っていることは明らかであった。


 ──というか()()、見間違いじゃねぇよな……? だとしたら、それはそれで厄介すぎるんだが。


 その襲撃者と相まみえた一瞬のことを元二は思い出し、思わず戦慄する。元二は先の襲撃の刹那、その襲撃者の()()()()を見出していたのだった。


 ──あいつ、()()()()()()()()な。外したっていうより、あの様子じゃ()()()()付けてない。ってことは、翔やキラと同じような外の空気に耐性のある()()()()か。


 元二にとって、否、この猛吹雪の世界で戦うものにとってその特徴は決して無視できないものであった。


 普通の人間ならば吸い続ければ五分と持たないその外の空気に耐性があるということは、この吹雪の世界での戦闘時に普通の人間と比べて(かせ)がひとつ少ないようなものだ。普通の人間であれば弱点となり得るそのマスクが、外の空気に耐性のあるものにとっては不必要なものとなる。その特異体質を持つ者はマスクを守る必要がない分他の人間よりこの世界で圧倒的に優位に立っている。


 仮にその特異体質の人間に対して普通の人間がマスクを捨てた特攻攻撃を仕掛けたとしても、普通の人間にはある約五分間という時間制限(タイムリミット)のない特異体質はその人間を相手にせずとも戦闘には勝利できる。つまり、この猛吹雪の世界において特異体質の人間は普通の人間の完全な上位互換、多少の実力差など覆せるほどの性能(スペック)の差があるのだった。


 ──それに加えてさっきのマスクを狙った攻撃。奴さんは遠征隊(オレら)のマスクの構造も知っているらしい。


 元二はそう考えを巡らせながら、必死に先程の襲撃者との戦闘の一瞬を思い返す。襲撃者が遠征隊のマスクの構造を知っているということは、襲撃者が何かしら遠征隊に近しい存在であるということは推測できたからであった。


 ──クソ! ダメだ、やり合ったのは一瞬だったからな。マスクを付けてないってのは見えたが、顔立ちまでは見れてなかった。けど……


 しかし、そんな元二の奮闘も虚しく、襲撃者の顔を元二は視界に捉えることが出来ていなかった。しかし、そんな中でも元二は微かに捉えたその襲撃者の顔立ちから、ある印象を抱いていた。


 ──あいつの顔、どこか懐かしい感じがした……?


 その元二の抱いた感想が指し示すことは明白であった。襲撃者は、元二の顔見知りであるかもしれないということだ。


「……つっても、俺の交友関係なんてさして広くもねぇし、いったい誰が……」


 その言葉通り、元二の知り合いと呼べるような存在は遠征隊と自らの配偶者(パートナー)であるフィルヒナー、それに加えて一部の基地の人間などが関の山であった。さらにその中で、こんな風に基地の外で突然襲い掛かってくるような人間など、元二には到底思いつかなかった。遠征隊の隊員(メンバー)には元二を襲う動機がなく、基地の人間はそもそも外に出ることすらほぼない。元二の知る顔で、その襲撃者に該当するような人間は誰一人……


「……あ……」


 その瞬間、元二の身体に電撃が流れたような衝撃が走る。そこまで考えてから、元二はようやくその襲撃者の()()を思いついたのだった。


「隊長! そろそろ本当にヤバいですって! もうそろそろ()()経っちゃいます!」


 と、そうして考え込んでいた元二はそのベイリーの叫び声により現実に戻ってくる。


「あ、ああ……、そうだったな。そろそろどうにかしないと時間制限(げんかい)だよな」


 ベイリーのその忠告により、元二は自らが相当危険な状況にいることを思い出す。その襲撃者によりマスクを外された元二は今、有害である外の空気を吸っている。その状態は(おおよ)そ五分しか持たないことを考えると、そろそろ元二の身体には限界が来てもおかしくはなかった。


「奴は俺が引き受けます。さっきは逃しちゃいましたけど、今度は絶対食らいついてみせますから、隊長はその間にマスクをとってください」


「…………」


 そのベイリーの言葉に元二は答えない。否、元二の耳には今ベイリーの声は届いていなかったのだった。元二の頭は今、ある一つの感情にだけ支配されていた。それは元二が襲撃者の正体に気づいたその瞬間からふつふつとこみ上げ始めたものだった。


「……隊長? 聞いてるんですか? とにかく、俺が合図をしたらマスクを取りに……」


 と、ベイリーがそう言うのを振り切って、元二はその瞬間一目散に外れたマスクへ駆け出した。


「……!? ちょっと、隊長!?」


 その元二の突然の行動に、ベイリーは唖然として目を見開く。と、その瞬間そのベイリーの視界に元二のものとは違う人影が現れる。元二をその背後から追い、そして確実に死角から仕留めんとするそれは、確実に先ほどの襲撃者であった。


 ベイリーの制止も聞かず、元二はマスクへと走る。その視界には後を追う襲撃者は映っていない。そしてついに振り返らないまま、元二は落ちたマスクに辿り着きそれを拾わんとする。


「っ! 隊長! 危ない!」


 そしてそれを待ち構えていたかのように、襲撃者はマスクを拾おうとして無防備になった元二の身体に手を伸ばす。その先の展開が読めたベイリーは、思わずその場から目を背ける。


「……っ」


 しかし、そのベイリーの予想の通りにはならなかった。元二は視界の外から攻撃してきたその襲撃者の攻撃を受け止め、そしてそのままその腕をつかみ襲撃者を組み伏せたからだった。


「がっ……!」


 組み伏せられたその襲撃者は、苦しそうな声をあげながら雪原に押さえつけられる。自らが元二により押さえつけられているということに気づいた襲撃者は必死に手足を動かし抵抗するが、元二はその全身の力を使ってその襲撃者の抵抗を阻止する。


「……え?」


 その元二の人並外れた反射に、ベイリーは唖然とする。そんなベイリーに、元二は鋭く叫ぶ。


「リー! マスクを!」


 その言葉で我に返ったベイリーは、襲撃者を押さえつけるのに両手を使っている元二の代わりに外れたマスクを拾い上げ、それを元二の顔に取り付ける。


「……っ、はぁ、はぁ……」


 そうして完全に元二の体制が整ったのを感じた襲撃者は、もはや抵抗しても無駄であるということを悟り、抵抗するのをやめた。そうしてその雪原にしばらく元二と襲撃者の息の音だけが響いた後、ベイリーは元二に組み伏せられたその襲撃者の顔を覗き込んだ。


「……っ! 隊長、こいつって……!」


 そうして襲撃者の正体に息をのむベイリーに、元二は乱れた息を必死に整えながら答えた。


「……ああ、()()だよ。だから俺はさっき、襲撃者(こいつ)の動きを()()できたんだ」


 その元二の言葉に、ベイリーは再び息をのむ。


 元二が先程、死角から繰り出された襲撃者の一撃を防御(ガード)することができたのは決して元二が並外れた反射神経を持っているからなどではなかった。単に元二は予測し(わかっ)ていたのだ。その襲撃者が、どのタイミングで、どこから、どんな攻撃を繰り出すか。


「……はぁ……、はぁ……。


 ……()()()()()()()()()()()()()()()()


 その元二の言葉に、その襲撃者は口角を吊り上げ、ニタリと笑った。


 その場には、どこか悲しい音を連れて吹雪が吹き続けていた。








「……あれは、()、だよな……?」


 一方翔達は未だその場に立ち止まり、吹雪にはためく赤い布地の旗を見つめていた。それは何の変哲もない旗であった。普通の日常(ふつう)なら気に留めない、見向きすらしないかもしれないほど特徴のない旗であった。その場が、雪原の大地でないなら。


「……おかしい。あんな()()()が、なんであんなとこにあるんだ……?」


 翔はその旗に見覚えがなかった。また、元二(たいちょう)などからそのような旗があるということも聞いたことがなかった。翔の隣に座るコハルの表情を見るに、彼女もあの旗には心当たりがないらしい。つまりは、遠征隊にも代理遠征隊にも身に覚えのない人工物が、堂々とこの吹雪の大地に立っているということである。


「──つまり、雪原(ここ)には遠征隊(おれら)以外の人間がいる、ってことなのか……?」


 その翔の推測が正しければ、それは相当重大な事実であった。その旗が、この時空(さんねんご)では未だ翔が目にしていない外国からの侵略者により立てられたという説は拭えない。しかし、もし仮にそうでなかった場合、その旗を立てたのは遠征隊でも侵略者でもない、完全に未知の存在ということになる。


 ──それに、あの旗ってまるで……。


 翔はその旗に関してもう一つ気がかりなことがあった。あの旗の布地が赤色であるのは、恐らく吹雪の鳴りやまないこの大地においても簡単に発見できるためであろう。しかし、その旗の周辺には見たところ()()()()。つまりは旗のような目印を置く意味が分からなかったのだ。


「……ってことは、やっぱり()()なのかね」


 そこまで考えてから、翔はその結論に辿り着く。と、同時に隣で座りこんでいるコハルに目を向けて言った。


「よし、とりあえず移動するぞ。コハル、立てるか?」


 その翔の言葉に、コハルは首を振って答える。その仕草からすべてを察した翔は、一度(かが)んでコハルに肩を貸してから立ち上がる。


「……あの、あの旗のところに行くんですか? あんな見え見えの目印、罠にしか思えないんですけど」


 そうして旗に向かって歩き出した翔に、コハルはそう問いかける。そのコハルの疑い深い言葉に、翔は首を振って答える。


「いや、俺の見立てが正しければあそこには()()()()。でも、あそこに行けば見えてくるものもあると思うよ」


「……?」


 その翔の妙な物言いに、コハルは首を傾げる。しかし、二人が旗に向かって歩き出して数分後、その旗の刺さる根本にまで辿り着いたとき、コハルは翔の言わんとしていたことを理解した。


「……これは……」


 根元のところまで近づいても、その旗は何の変哲のない旗であった。その高さはちょうど翔の背丈くらいであろうか。ある程度の太さの木の枝に千切れた赤い布を括り付けた、簡易的で単純な旗であった。


 しかし、その旗には意味があった。その旗の根本に立つ翔とコハルからは、一直線にある程度の間隔をあけて立っている、無数の旗が見えていた。


「これって……」


「吹雪の中でも道を見失わないように立てた道順(ルート)だろうな。多分、この旗を辿っていけば『何か』があるんだろ」


 その翔の推測は、同時に二つのことを言い表していた。まず一つ、これほどその旗が『考えられて』配置されているということは、いよいよその旗を立てたのはしっかりとした()()を持ったものであるということ。そして、翔の指した旗の先にある『何か』というものが、大方その旗を立てた何者かの()()()()であるということであった。


 ──ここまで目的をもって整然と目印(はた)を設置する奴が、生半可なとこにこの目印を置くとは思えない。つまりはこの旗の示す先にあるのは旗を立てたやつにとって一番重要な場所、つまりは洞穴みたいな居住場所だろうな。


 翔はそう予測を立ててから、その旗の指し示す場所へ一歩踏み出す。


「ちょっ……! カケル先輩、まさかこの旗の先に行くんですか!?」


 その翔の歩みに、コハルは驚愕してそう問いかける。そのコハルの問いに、翔は覚悟の決まった顔で答えた。


「現状身を隠す場所の心当たりがない以上、この旗が指し示す場所が俺らにとって有益なのは確かだろ? それに、仮に隊長がいたとしてもこんな手掛かりは放っておかない。この雪原に何がいるのか、その手掛かりを知るチャンスだろ?」


 その翔のもっともな理論に、コハルは口をつぐむ。


危険(リスク)があるのはわかってるよ。だから警戒は最大限にしていく。それでいいか?」


 その翔の問いに、コハルは黙って頷くことで答える。その返答を受け取った翔は、改めてその旗の指し示す先を見据え、その方向へと歩き出した。


 その先に何があるのか、その先でどんな運命が翔達を待ち構えているかを知らずに。

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