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BLIZZARD!  作者: 青色魚
第二章・急『英雄譚』
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第二章61『氷壁登り』

「……っ、はぁ、はぁ……」


 手が、指が、腕が、痛んでいた。いくら足場の鉄釘(ハーケン)を打ち込んだところで、ほぼ垂直に近い勾配の氷壁を登ることは容易いことではない。自らの全体重が片手にかかっているのを感じながら、翔はひたすらに上へ上へと登る。


 ──キツい。もう腕がパンパンだ。今すぐ手を離したい。けど……


 翔は思わず下──自らがこれまで登ってきたその道のりを見つめ、肝を冷やす。


 ──今手を離したら、間違いなく死ぬ。もうそんな高さまで来てる。逃げられない。


 そのあまりの高さに翔は下を見た事を思わず後悔するが、それでも上を向いても気分は晴れない。


「……まだまだ地上は先かよ。シンドすぎんな、全く」


 もう引き返せるほどの高さではない。しかしまだ地上までの道のりは半ばといったところであった。その過酷な現状に心が折れそうになりながらも、翔は必死に上を向く。


 上には翔の先を行くコハルがいた。相当身体を鍛えている翔でさえ辛く感じるこの氷壁登りにも、彼女は必死に着いてきていた。


 ──そうだ、コハルもこうして頑張ってるんだよな。俺が弱音吐いていられねぇ。


 その少女の姿に元気をもらった翔は、必死に自分に言い聞かせる。


 ──絶対に助かるんだ、生き残るんだ。こんなところで、折れてたまるか。


 そうして翔はまだ見ぬ地上を見上げて叫んだ。


「まだまだァ! 諦めねぇぞ、俺は!」


 そうして奮闘する翔にも無情に、雪は降り注いで行くのだった。







「……さて、と」


 一方、元二たち遠征隊は突如として消えた『新種(きょうい)』に戸惑いながらも、冷静に判断を下し遠征を遂行していた。


「……未だ油断は出来ねぇが、見たところ『新種』は消えた。何が目的で去っていったのかは分からねぇが、ひとまず安心していいだろう」


 そうして状況を整理した元二は、自らの正面、熱烈な視線を送ってくる一人の遠征隊員がいることに気付く。


「……フィーリニちゃん」


「………………」


 少女は言葉を発しなかったが、彼女が言わんとしていることは元二にも伝わっていた。そのフィーリニの視線に、元二は少し悩んでから言った。


「あぁ、そうだな。いいぞ、カケルを助けに行ってきて」


「…………っ!」


「今は比較的安全そうだし、何よりカケルとコハル達のことも心配だしな。それと……」


 元二はそこまで言ってから、視線と通信を別に移して言った。


「キラ、お前も着いていってくれるか?」


「……僕が、ですか?」


 その元二の意外な指示に、キラは思わずそう問い返す。そのキラを説得するように、元二は言った。


「現状、遠征隊(オレら)の第一優先はカケル達と合流することだ。でも、それだけに時間を使ってる訳にもいかないからな」


 その妙な言葉に、キラは更に首を傾げる。その様子を見て、元二は笑って言った。


「カケルとコハルの護衛、任せるって言ってるんだよ。俺とリーも後から必ず追うが、その前にちと()()()()があってな」


 その元二の言葉から何かの事情を察したキラは、釈然としないまま頷く。


「分かりました。では、僕とフィーリニは二人を探し、合流します」


「ああ、よろしく頼んだ」


 そうしてキラとフィーリニの二人は全速力で雪原の彼方へと駆けて行った。


「……ったく。()()()()だっつーの、二人共」


 その二人の後ろ姿を見送りながら、元二はそう苦笑する。


「隊長、あの……」


「ああ、分かってるよ、リー」


 そんな元二の気の抜けたような様子を見てベイリーはそう声をかけるが、その言葉を遮って元二は言った。


()()()()()? 出てこいよ」


 元二は一見なんの獣もいないその雪原の大地に向かってそう叫んだ。


「…………」


 その声に応じるように、元二とベイリーの二人から離れた所で、『それ』は動き始めた。


 そうして三手に別れた遠征隊の戦いは、これからさらに加速していくこととなるのだった。









 吹き荒れる雪の粉は容赦を知らず、無慈悲に二人の上へと積もっていた。翔とコハルがその氷壁を登り始めて数分、目的地(ゴール)となる地上はもう近いが、疲労とその身体の上に降り積もっていく雪が確実に重みを増して二人の足枷となってきていた。


「……あと、もうちょい……!」


 翔の呟き通り、もう地上までは十メートルもない。(うえ)を行くコハルにはもう地上の空気が感じられる程であろう。しかし、地上(ゴール)に近づいた分だけ二人の足取りは確実に重くなっていた。


「……でも、それでも、進むしかない……!」


 降り積もる雪のせいで足取り(ペース)が重くなったら、その間にさらに雪が降り積もっていくことは明白だった。時間がかかればかかるほど二人の体は限界へと近付いていた。翔には支えとなる鉄釘(ハーケン)を必死に握る手の感覚すら遠かった。最早その手がきちんと力を込められているかも覚束(おぼつか)無い。しかし……


「諦めねぇ……! 上へ、上へ……」


 翔の心は折れていなかった。その氷壁を登り始めた時に彼は誓ったのだ。自分は絶対に助かると、生き残ると。


「うおおおおおおおお!」


 決意とともに奮起し、翔はそう叫んだ。そうして上を見上げた時、翔はその視界に信じられないものを見た。


「…………は」


 翔の真上から、確かに速度を増して落下してくる『何か』。それは確かに、コハルの身体であった。


 つまり、先に力尽きたのはコハルの方だった。


「……っ!」


 ──やばい、どうする!? このままだと俺もコハルと衝突して二人諸共(もろとも)落ちちまう! でも、だからって……!


 落下してくるコハルの身体が翔と衝突する刹那、翔は頭を回す。


 ──俺が避ければ、落ちるのはコハルだけだ。体力は限界に近いけど、それでも地上にはきっと戻れる。


 その刹那の思考の間にも、翔の身体に雪は降り積もり、またその身体には限界が近づきつつあった。


 ──仮に俺がコハルを受け止められたところで、俺にコハルを連れて地上まで登るだけの体力はもはや残されてない。そしたらどの道終わりだ。だったらコハルを見捨てるしかない。でも……


 翔は頭ではその結論に辿り着いていた。しかし、その結論に納得したわけではなかった。


 結果、翔はコハルの身体が落ちてくるまでのその数瞬の間熟考し、そしてその後叫んだ。


「……()()()くれよ、頼むから……!


 雪兎(シュネーハーゼ)!!」


 そう叫んだのと同時に、翔は右足に力を入れる。刹那、落下途中にあったコハルの身体をも巻き込んで、翔の身体は上方(うえ)へ大跳躍した。


「なっ……!」


「うおおおおおお!」


 その急加速に、力尽きたコハルも思わず意識を取り戻す。落下するその身体を受け止めた結果そのコハルを抱えることとなった翔は、そんなコハルの様子など気に留めず上を向く。


 翔の耳が遠いところでカラン、という金属音を捉えた。翔にはその音が、雪兎(シュネーハーゼ)の足場となった鉄釘(ハーケン)が壁から剥がれ落ち地面に落ちた音だと推測出来た。


 ──やっぱり、雪兎(シュネーハーゼ)の衝撃には耐えられないか。


 翔は雪兎(シュネーハーゼ)を使えば鉄釘(ハーケン)がその力に耐えられず落ちることは予想がついていた。一時ながら超加速を可能にする雪兎(シュネーハーゼ)の使用を氷壁登りにおいてそれまで使っていなかったのはそれが理由であった。たとえ一瞬上方(うえ)へ高く飛ぶことが出来たとしても、貴重な足場である鉄釘(ハーケン)を犠牲にするならば失うものの方が大きいからだった。


 しかし、それでも翔は雪兎(シュネーハーゼ)を使ったことを後悔してはいなかった。貴重な足場を減らすことになったとしても、結果として二人まとめて底へ落ちることとなったとしても。


「──コハルを見捨てることなんか、できねぇよ」


「ひぇぇ!?」


 その突然の翔の誤解を招く言葉に、コハルは思わず平静を失う。しかし、そうして顔を赤らめるコハルには見向きもせず、翔は一心に上を見つめていた。


 ──やばい、このままだと()()()()っ……!


 翔は貴重な足場である鉄釘(ハーケン)を犠牲にしてその大跳躍を実行した。つまりその大跳躍は、着地点(かえるばしょ)を持たない大博打(ギャンブル)である。翔の身体能力と平衡感覚(バランス)をもってすれば、平常時ならば大跳躍の着地点を変えることなど容易であっただろう。しかし、幅の狭いその割れ目(クレバス)という場所に加え、今翔はコハルを抱きかかえているということ、そして何よりそのコハルの落下を防ぐための衝突。それらの悪条件により、翔にはもはやそこから別の足場(ハーケン)目掛(めが)けて落下し、落下しないよう体勢を整える余裕など無かった。


 つまり、この大跳躍で地上まで戻ることができなかった場合、地上への生還は絶望的になるのだ。


 ──頼む……!届け!


 徐々にその速度を落としながらも、翔とコハルの身体は確実に地上に迫っていた。その速度がゼロになるのが先か、二人の身体が地上まで上昇するのが先か。二つに一つのその状況で、翔は必死に後者の実現を願う。


 しかし、無情にも二人の身体は地上へたどり着く前に落下運動を始めた。そのことが指し示すことは単純明快(シンプル)だった。二人の身体は、とうとう地上には届かない。


「……っ!」


 その結末を予期したのか、コハルは思わずこれから自らが落下することとなる割れ目(クレバス)の底に目を向け、思わず目を(つむ)る。その底は二人がそれまで頑張って登ってきた分だけ深く、生身で落ちれば無傷ではいられないことは明白だった。先ほどの落下ではコハルが凍気(フリーガス)で氷の滑り台を創造し(つくっ)たから助かったものの、今のコハルにはそれと同じことをするだけの余力は無かった。また、仮に無理をしてまた凍気(フリーガス)を使い落下の衝撃を和らげることができたとしても、それこそいよいよ体力が底をつき、再び氷壁を登ることなど出来ないだろう。


 そうしてコハルは間もなく訪れる衝撃の瞬間に備え目を閉ざした。しかしその一方で、翔はその目を凝らし、落下先にある足場(ハーケン)にその照準を合わせていた。


「コハル! 目を閉じる(あきらめる)な!」


 そうして翔はそうコハルを鼓舞しその左足に全神経を集中する。


「……何を……」


 その翔の言葉に、コハルは疑問を浮かべる。コハルには翔が何をしようとしているのかがわからなかった。今や体力も限界に近付き、頼みの綱の雪兎(シュネーハーゼ)も尽きた。コハルには、自分と同じく翔にももう打つ手などないように思えた。


「……ああ、そうだよ! もう雪兎(シュネーハーゼ)も消費しちまった。


 ()()()()な!」


 その翔の言葉を聞き、コハルは瞬間的に彼の言わんとすることを理解する。


 いよいよ二人の身体は速度を増し落下し始めた。それにより先ほどまで目の前に見えていた地上の景色が遠のいていく。そのさなか翔は落下の道中にある鉄釘(ハーケン)に向けて左足を伸ばし叫んだ。


「うおおおおおお! 雪兎(シュネーハーゼ)!!」


 その叫び声と同時に、翔は左足に力を入れる。その大跳躍の瞬間、ちょうど翔の左足はその鉄釘(ハーケン)にかかる。瞬間、その靴底が爆ぜ、二人の身体は再び大跳躍を始める。


「うおおおおおお!」


「お願い……! 届いて!」


 二人の願いが後押しするように、二人の身体は上昇の速度を増していく。そしてとうとう、二人の身体はその割れ目(クレバス)を脱する。


「よっしゃ!


 ……って、えええええええ!?」


 今度は二人の願いが叶い、その大跳躍は地上まで達した。しかし、地上まで達した時点でも二人の身体は上昇をやめなかった。


 ──やばい、今度は()()()()だ! このままじゃ、どの道また割れ目(クレバス)へ真っ逆さまだぞ!


 二度目の雪兎(シュネーハーゼ)による大跳躍で二人の身体は確かにその割れ目(クレバス)から脱した。が、その勢い余って二人の身体はさらにそこから上昇し、今や上空数メートルほどのところまで舞い上がっていたのだ。


「くそ、一体どうすれば……!」


 その予想外の事態に、翔は思わず冷静さを失う。しかし、今度はコハルの方が冷静さを保っていた。


「……『蓋』!」


 そうコハルが叫んだのと同時に、その手に氷の板状のものが生成される。それは見たところ厚みはないが、その表面積は割れ目(クレバス)の幅に覆い被さることのできるほど大きかった。


「コハル……!」


「安心しないでください。これだと多分強度が足りないので、()()あの割れ目を塞ぐことしかできません」


 そのコハルの言葉から、翔は彼女が言わんとすることを瞬時に察する。今や二人の身体は再び落下を始めており、地面への激突の瞬間まではそう遠くない。


「地面まで落ちたらせーので()()()()よ。準備はいいですよね?」


 そのコハルの言葉に翔はうなずき返す。と同時に、翔はとある事実に気が付き口を開く。


「あ……、それでも()()だとまた身体を密着しなきゃいけなくなるな」


 その言葉を発している時点で翔はコハルを抱きかかえた状況で宙を落下しており、密着も何もなかったのだが、その場の緊張を和らげるために翔は続けた


「なるべく変なとこは触らないように気を付けるけど、もし触っちゃったらごめんな」


 その翔の冗談めいた言葉に、コハルはかつてないほど感情のこもっていない声で答えた。


「……こんな状況で何を言ってるんですか。馬鹿なこと言ってないで集中してください。そろそろですよ」


 そう言った時のコハルの顔はマスクのせいで見ることができなかったが、その語気からただならぬ怒りを感じ取った翔は身震いをして頷く。


 そうして二人の身体はいよいよ氷の大地へと近づいていく。そうしてようやく訪れた衝突の瞬間、コハルは叫んだ。


「いきますよ、せーの!」


 その声と同時にコハルは自らが生成した氷の板を割れ目(クレバス)にあて、同時にその上を落下の勢いのまま転がる。その動きに合わせ、翔もその身体を必死に転がす。


「うおおおおおお!」


 翔とコハルの講じた手は単純なものだった。コハルの作った氷の板が耐久に問題があるならば、その耐久に限界が来るより前にその板から離れればよい。すなわち、落下したと同時にその場から転がり、雪原までたどり着けばよいのだ。


「カケル先輩、早く! このままだと落ちますって!」


「わかってる! あともう少し……」


 そのコハルの言葉に、翔は必死に身体を転がす。


 視界が回り、一瞬の間に天地が入れ替わる。その回転の勢いは相当なもので、そのさなか二人のマスクが激突し、その前面が外れていく。回転による平衡感覚の消失に加え、マスクの一部が外れたことにより二人の顔面に氷の大地の冷たい空気が突き刺さった。


「……っ! 冷た……っ!」


 瞬間身体を襲った冷気に、翔は思わず身震いする。と同時に、その露出した顔面に雪原の雪が触れ、翔はさらに体を震わせる。


「……って、あれ?」


 そこまで転がってから、翔は今自分が()の上に倒れていることに気づき、その回転を止める。


 ひんやりと冷たく、そして少し柔らかいその雪は、今まさに降り続いている新雪が降り積もったものであった。その新雪の下には確かな地面の感覚。それをしっかり感じてから、翔は思わず感嘆の声を出す。


「……戻ってこれた、のか」


 その事実に、翔の身体から思わず力が抜けその場に倒れ込む。


 ──ああ……。改めて意識してみると、身体の節々が(いて)ぇ……。


 翔がその場に倒れ込んだのは無事に地上に戻ってくることが出来たことによる安堵もあったが、既にその身体が限界に達していたことが主な原因であろう。翔は身体能力は言わずもがな体力も相当なものであるが、それでもこれほどの高さの氷壁を登ることはその翔の体力をもってしても厳しいものだったのだ。


 ──そう考えると、コハルもよく頑張ってくれたな。いや、三年間の間にコハルの体力も随分上がったのか?


 と、そこに考えを巡らせてから、翔は今自分が()()()倒れ込んでいるかということにようやく気付いた。


「……あ」


 無機質な氷の大地とは明らかに異なる暖かく柔らかい感触。翔は今、コハルの身体の上に倒れ込んでいた。


「……っ! コハルごめん、わざとじゃ……」


 その事実に気付いた瞬間翔はその場を飛び退き、コハルに必死に弁解をしようとする。が、その瞬間翔は気付いた。


 先の転がりにより、コハルのマスクははずれた。その結果翔からも容易に見えるコハルの顔色は、紅潮し苦しそうなものだった。


「……コハル?」


 その問い掛けに少女(コハル)は答えない。翔はその事実に戦慄し、急いでコハルに駆け寄りその肩を揺さぶる。


「コハル! コハル!?」


 その必死の呼びかけにも、コハルは反応を示さない。そのコハルの呼吸は乱れており、翔の声への反応がないながらもその目は苦しそうに閉じられていた。


「──っ! コハル!」


 焦る翔の叫びは、誰の耳にも届かず吹雪の音にかき消されるだけであった。


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