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敬語でだらだら、でもリズミカルな文体でコメディ

突然に、ニャン貨が暴落しました

 突然に、ニャン貨が暴落しました。

 なんて、突然言われても、恐らくはほとんどの人は困ってしまうだろうと思います。そもそも、ニャン貨ってなんだよ?って話ですし、そんなよく分からないものが市場で何かしら取引されているなんて事はなさそうだし、もっと言うのなら、暴落したからどうだって言うんだよ?って感じですし。

 ただ、このニャン貨の暴落は、極小規模な範囲ではありますが、明らかな恐慌をもたらしたりしたのです。これは、だから、色々な意味で軽視しちゃいけない事件だったのではないかと僕なんかは思っていたりするのですがね。

 説明をしましょう。

 まず、ニャン貨はニャンコ王国のお金の事だったりします。これを読んで、僕の頭を心配してくれた優しいそこのあなた、ありがとうございます。でも、心配はご無用です。何故なら、ニャンコ王国というのはメルヘンな猫の世界のことなどではなく、猫喫茶を巨大にしたような、室内にある猫専門の動物園といった感じの娯楽施設で、ニャン貨というのは、つまりはそこの利用券のようなものの事だったりするからです。

 ただ、“お金”と銘打っているだけあって、このニャン貨は普通の利用券とはちょっとばかり性質が異なっています。

 ニャンコ王国は入ると様々な部屋に分かれていて、それぞれ異なった猫達がいて異なった趣向で猫と戯れる事が出来ます。ニャンコ王国内に入るのは自由なのですが、その各部屋に入るのにはニャン貨が必要で、そしてその各部屋には人数制限が設けられているのでした。

 それは各部屋の猫達に過剰なストレスを与えないようにという配慮からでもある訳なんですが、でも、それだと、折角お客さんが遊びに来たのに満員で猫と遊べないなんて事にもなり得ますよね?

 だから、ニャンコ王国では、ニャン貨は持ち帰り自由で、いつでも遊べる時に利用できるという制度を執っているのです。有効期限はありますが、それは比較的長めで余裕がありますし、住宅地の傍という立地条件のお蔭で散歩がてらに通える距離にあるものですから、その制度はそれなりに有効利用されていました。

 猫好きって、やっぱり多いんですね。

 他にもニャン貨には利用されたらその分だけ発行して、流通量をある一定に保つというお金っぽい特性もあります。もっとも、それは後に崩れてしまうのですが……

 

 さて。

 ニャン貨が暴落するという事は、その前にニャン貨の価値が上がらなくてはならない訳です。そしてその切っ掛けをつくってしまったのは、ニャンコ王国でアルバイトをしている星空なびきさんという女性でした。ただ、彼女を責めるのは酷というものでしょう。何しろ、彼女はただただ純粋に猫が好きというそれだけの女性なのですから。それに、彼女が切っ掛けをつくらなくても、いずれは同じ事が起こっていたのかもしれませんし。

 ……あ、因みに僕もニャンコ王国のアルバイトの一人だったりします。

 彼女は常軌を逸したレベルの猫好きで、ニャンコ王国での猫の世話の仕事を終えた後でニャンコ王国で猫と戯れているというような異常な行動を見せるのですが、そんなだから直ぐにニャン貨を使い切ってしまうのです。それで彼女は、頻繁に事務所に出向いてはニャン貨を譲ってくれと頼むのです。

 一度に発行できるニャン貨に限りがあるのは以前に書いた通りです。ですが、破損したりお客さんが使わなかったりで少し多めに発行しなくては帳尻が合いませんから、事務には発行数に関してある程度のバッファーが認められてもいました。

 それで事務員さんの一人が、彼女の「少し多めにお金を出すから譲ってください」という懇願と誘惑とに負けて、ニャン貨を発行するとそれを彼女に渡してしまったのです。つまり、その事務員さんは、その割増分だけ儲かった事になりますが。

 これが星空なびきさんだけで収まっていたのなら大きな問題にはなっていなかったかもしれません。ところが、タイミング悪く、その時期にニャンコ王国は仔猫の部屋を設けた事で大人気になってしまっていたのでした。仔猫には凶悪な可愛さがありますからね。

 ニャンコ王国の人気が高まった事で、ニャン貨の需要は爆発的に増えました。その所為で、星空なびきさんの例にならって、転売して儲けようって輩が出て来てしまったのです。それで星空なびきさん以外の従業員達も、事務にニャン貨を求めるようになってしまったのです。少々割高でも、それ以上で売れば儲かるので、やっぱり彼らは上乗せしてニャン貨を買いました。そして、その彼らの目論見通り、ニャン貨はそれ以上で売れたのです。

 こーなって来ると、ニャン貨には本当のお金以上に価値が出て来てしまいます。それでなのか、ニャンコ王国の従業員達の中にはニャン貨でお金の貸し借りをするような人達まで現れてしまいました。まるで、ニャン貨が本物の通貨の一種になってしまったかのようです。

 因みに僕は、ニャン貨の価値を信用してはいませんでした。だから、割高のニャン貨を買おうとも思わなかったし、それを本物のお金代わりに使うなんて事もしませんでした。だって、ニャン貨は一企業が発行しているだけの単なる利用券なんですよ? そんなものにそんな価値があるなんてとてもじゃないけど思えません。冷静になれば、誰でも分かるはずです。

 

 「ニャン貨が買えないー」

 

 そんな頃、みんながニャン貨を買い求める所為で、ニャン貨をあまり買えずに長時間猫と戯れることのできなくなった星空なびきさんは、そんな風に悲しんでいました。

 「まぁ、猫が駄目なら、犬と戯れようよ。近くにドッグランがあるんだけど…」

 そう僕が言うと、彼女は「この、猫切り者め!」と怒りました。初めて聞く単語です。純粋に猫と戯れたいだけの彼女にとって、このニャン貨のバブル経済は迷惑でしかなかったようです。

 

 ただし、もちろん、そんな異常なバブル状態が長く続くはずがありません。そのうちにニャン貨に異変が起こり始めてしまいました。

 転売目的で事務員さん達がニャン貨を発行しまくった結果、ニャン貨を持っているのにニャンコ王国を利用できないお客さんがたくさん出て来てしまったのです。つまり、ニャン貨を一定量に保つという本物の通貨っぽい特性が失われてしまった事になります。そしてニャン貨を増やしたからといって、ニャンコ王国の猫部屋は別に増えません。サービス量は同じです。その結果として、“ニャン貨を持っていればニャンコ王国を利用できる”という信用が揺らいでしまったのです。先にも述べたように長い期間だとはいえ、ニャン貨には使用期限もありますしね。利用できない券を買い求める馬鹿なお客はあまりいません。それでニャン貨は急速に売れなくなっていってしまったのでした。

 経営陣ももちろんそれに青くなったでしょうが、それ以上にニャン貨が売れなくなってビビりまくったのはニャン貨を転売目的でたくさん買ってしまった従業員達でした。

 「さっさと売らなくては、大損してしまう!」

 と、彼らはニャン貨を売ろうと必死になります。でも、そのままの値段じゃ売れません。だから、値を下げます。値が下がると、ニャン貨の信用は更に下がります。その繰り返しであっという間にニャン貨のバブル経済は簡単に弾けてしまったのでした。

 こうして突然に、ニャン貨は暴落してしまった訳です。

 

 さて。

 そのニャン貨の暴落で大損してしまった従業員達は、ショックで呆然としていましたが、ただ一人だけその暴落に喜んでいる人がいました。はい。星空なびきさんです。彼女は通常よりも随分と安くなったニャン貨を買いまくって、ニャンコ王国で猫と戯れまくっていました。

 「ニャハハハハ!」

 なんて笑っている。

 ニャンコ王国でのアルバイトを休んで、ニャンコ王国で彼女は遊んでいましたが、事情を知っている皆は誰も彼女を責めませんでした。

 まぁ、彼女がニャン貨を買ってくれたお蔭で、少しはニャン貨の値が保たれたのでしょうしね。

 

 これはニャンコ王国というほんの小さな範囲での出来事です。しかも、ニャン貨を確りと管理する人も誰もいませんでした。だから、こんな事になっただけ、国のような大きな社会では大丈夫…… なーんて僕はこの事件の後に思っていたのです。

 ところが、ある時にニュース番組を観ていて僕は青くなってしまったのでした。

 「現在、日銀は市場から毎月10兆円規模の国債を買いあげている」

 などと説明していたからです。細かい説明は割愛しますが、これはニャンコ王国の事務がニャン貨を発行しまくっていたのと同じです。しかも、ニャンコ王国と同じ様に、生産性はあまり上がっていません。労働力の減少の所為で厳しい状況が続いています。

 これから先、この社会は、本当に大丈夫なのでしょうか?

 どうにか無事に済んでくれと、僕は心の底から祈りました。

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