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二話

城へ連行される道すがら、後からやってきたイモムシが言った。

「大丈夫かい?君は何もしていないのに……こんなのあんまりだ!きっと助けるから、大丈夫だからね。」

「僕は大丈夫。それより帽子屋さんはどうしてあんなことを言ったんだろう?首を刎ねられるってわかっているのに。」

「さぁ……知らないよ。いいじゃないか、あんな奴。」

イモムシは冷たく言った。

色々な人から笑われ、侮蔑されて生きてきたイモムシの気持ちもわからなくはないが、ユウトは首を振った。

「ダメだよ。どんな悪い人でも酷い目に遭わせていいはずない。首を刎ねられたら死んでしまうんだ。

帽子屋さんが酷いことを言ったからってこのまま見捨てたら、僕も悪い人になっちゃう!」

「……そう?でも、本人が話してくれなければわからないよ。僕は……あまり親しい人がいないし。」

「それならチェシャ猫を捕まえてきて!彼は自分の知らないことはないって言ってた。何か知っているかも。」

イモムシは頷いて踵を返し、行ってしまった。

やがて城の牢にユウトと帽子屋は入れられた。見張りの二人の兵士のうちの一人にユウトは声をかけた。

「ねぇ、兵隊さん。」

「何だ?」

「今まで裁判で誰か無罪になったこと、ある?」

「それはない。」

ユウトと話をしていた兵士ではない方が続けた。

「女王陛下は首を刎ねるのがお好きだからな。」

「裁判はいつも死刑判決だ。」

ふーん、と相槌を打つと、兵士がちょっと背中を丸めてユウトに近寄って小声で聞いてきた。

「ホントはどっちが白ウサギを殺したんだ?」

「殺してないよ。僕も、多分、帽子屋さんも。」

ユウトは言い聞かせるように答えて、牢の隅で膝を抱えている帽子屋のところへ行った。

「ねぇ、どうしてあんな嘘をついたの?」

「嘘ではない。原因は全て私にある。」

「どういうこと?帽子屋さんが白ウサギさんに何かしたの?」

ユウトは首を傾げた。帽子屋のところから白ウサギが倒れた場所までは随分と距離がある。

帽子屋がユウトとイモムシを追い抜いた覚えはないし、何かしたとすればお茶会のときだが、それだって三月ウサギが気付いたはずだ。

でも、三月ウサギは何も言わなかった。

ユウトがあれこれ考えていると、帽子屋が小さく囁いた。

「今は何も言うな。坊やが無事に助かったら詳しい話を聞かせてやる。今はただ大人しくしていてくれ。」

有無を言わさぬ帽子屋の様子にユウトは口を閉ざした。

先程まで青空の下でお茶会をしていた陽気な帽子屋とはまるで別人のようだった。

やがて裁判の準備が整い、ユウトと帽子屋が呼ばれた。

バラの木で作られた法廷の傍聴席には兵士、三月ウサギとイモムシ、そしてチェシャ猫の姿があった。

裁判長の席に座った女王の手には大きな本。その表紙を細い指でパラリと開くと、本が言った。

「さて、これより白ウサギ殺害の裁判を始める。証人は前へ!」

三月ウサギが前に進み出た。

「帽子屋は私と白ウサギをとてもかわいがって、いつも親切にしてくれました。それに帽子屋は白ウサギが死んだ後に駆けつけただけです。白ウサギが死んだとき傍にいたのはその坊やなんだ!その坊やが犯人なんだ!」

「違うんだ、私がやったんだ!誰も証言する必要はない。私が犯人だ、私を罰してくれ!」

女王は眉をしかめて怒ったように言った。

「妾の許可なく話すとは!こいつの首を刎ねてしまえ!」

三月ウサギは慌てて口を手で覆った。

帽子屋はそれでも何か言おうとしていたが、それを遮りチェシャ猫が手を挙げるように長い尻尾をゆらりと伸ばした。

「む、何じゃ。チェシャ猫?」

女王に尋ねられるとチェシャ猫は椅子の上でポンポン弾みながら言った。

「三月ウサギの首を刎ねたら証人がいなくなっちゃうよ。それに首を刎ねられる候補が既に二人もいるんだ。

そんなに焦って増やす必要はないんじゃない?」

「それもそうだな。では、三月ウサギの処刑は延期、帽子屋か小僧のどちらかを選ぶことにしよう。」

ホッとした様子で俯いた三月ウサギは証言台を降りた。

ユウトはそれを黙って聞いていた。話を聞けば聞くほどに疑問が増えていく。

女王はどうやらどちらか一方しか助ける気はないらしい。どうしても人の首を刎ねたがる女王も甚だ疑問だが、

それよりも帽子屋が嘘をついてまでユウトを庇う理由が知りたかった。

だけど、その理由を唯一知っている帽子屋は口を割らない。どちらかが死刑宣告されるまで黙っているしかない。

どうにかして帽子屋を助け、自分も助かることが出来ないものかと、ユウトは頭を捻った。

「ん?何じゃ、小僧。」

「発言をお許し下さい、女王様。」

「よかろう。」

手を挙げたユウトの言葉に女王が頷くと本が叫んだ。

「被告人、前へ!」

ユウトが証言台に立った。どちらも助かる方法はたった一つしかない。

「このまま判決が出たら僕は必ず死刑になります。死刑になって首を刎ねられれば、この事件はそこでおしまい。

冒険もなく、物語もないまま終わります。誰かが、僕を逃がすか、新しい証言で助けてくれない限り、また退屈な毎日が戻ってくるだけだ。」

女王が小さな声で「何を馬鹿なことを」と言い、帽子屋は帽子のつばを押さえてやれやれと言うように首を振り、

三月ウサギは相変わらず俯いているし、兵士たちがぽかんと口を開けている中、チェシャ猫が高く尻尾を挙げた。

「何だ、チェシャ猫。まだ何かあるのか?」

つまらなそうな顔をしてうんざりしたように女王が言ったが、チェシャ猫は猫背を伸ばして堂々と胸を張った。

そして、今度はポンポン弾まずに言った。

「ボクは思う。どちらも白ウサギを殺してないと思う。ユウトに時間を与えるのがいいと思う。」

女王はチェシャ猫の言葉を聞いて耳障りな笑い声を上げた。

「何故、そんなことを?妾の白ウサギが殺されたと喚き散らしたのはそなた。

白ウサギが殺されたところを目撃したのもそなたじゃ。あの叫び声は城にいた妾の耳まで届いておったぞ。

今更あれが嘘であったと申すのか?妾に偽りの言葉を聞かせたと申すのか?」

「ボクは嘘なんて言ってない。ユウトが殺したとも言ってないし、帽子屋が殺したとも言ってない。」

「では、誰が妾の白ウサギを殺した犯人だと?」

「ボクは教えない。ユウトが教える。時間を一日もらえれば、ユウトはきっと本当のことを知るはずさ。」

言い終わるとチェシャ猫はくるんと一度だけ回り、弾むのをやめて女王をじっと見た。

ユウトも見た。帽子屋も見た。兵士たちも注目した。三月ウサギだけが俯いたままだった。

女王は自分に振りかかる視線をはらうように手を振った。

「わかった。時間をやろう。妾のかわいい白ウサギを殺した犯人を見つけてくるのだ。

わからなければお前が犯人。そのときは間違いなく首を刎ねてやる。

もし逃げ出したりすれば帽子屋がお前の代わりに首を刎ねられることになるぞ。

葬儀が始まるまでに犯人をここへ連れてくるのだ!」

女王の一言で裁判は終わった。兵士たちは列を成して城へ帰っていく。

見張りのために残された兵士が帽子屋を囲む。解放されたユウトは真っ先にそこへ駆けつけた。

「さぁ、聞かせて。帽子屋さんは何を知っているの?」

帽子屋は地面に座り込み、話し始めた。

「知っているという程のことはないさ。女王にとっては白ウサギ殺しの犯人なんてどうでもいいんだ。」

「どうでもいい?可愛がっていたんじゃないの?死んだって知ってとても悲しんでいたじゃないか!」

「悲しいさ。しかし、どちらも犯人ではない者のうち、どちらの首を刎ねるかを決めるというだけの

こんな無意味な裁判が大切な者を失った人間のすることだと思うかい?」

正直に言えば、そうは思えなかった。女王は人の命を軽んじている。というのがユウトの見解だ。

だが、女王はもしかしたら国民の誰よりも白ウサギには特別な愛情を持っていたかもしれない。

悲しみを隠すために無意味だとわかっている裁判や、冷たい態度をしているのかもしれない。

どっちつかずのユウトは返答に困って首を傾げた。

「坊やは優しい子だな。だが、女王は既にもっと大きな悲しみによって歪んでしまっているんだよ。」

「もっと大きな悲しみ?」

「坊やから見て、この国はどうだ?人が少なすぎると思わないか?」

帽子屋の質問にユウトは頷いた。確かに少ない。ユウトが読んだ本の中ではもっと大勢のトランプの兵士や、ネズミ、鳥などがいた。

この国に入ってから会ったのはそのほんの一部だ。裁判にさえ来ていなかった。

「この国は退屈なんだ。今の女王が就任してからというもの、ここは平和で、安全で、豊かで、危険や不安は何もない国になってしまった。

それが国民全員の望みだったはずだった。だが、皮肉なことにそのせいで人口が減り続けている。

退屈に堪えかねて、新しい世界へ冒険や物語を求めて旅立ってしまったんだ。女王はそれを酷く悲しまれた。

愛する国民たちが皆、この国を捨てて行ってしまうことに堪え切れなかった。」

帽子屋は城に目を遣った。豪華で、外から一目見ても煌びやかなその城は立派に聳え立ち、この国の女王の権力をそのまま現している。

それなのに女王が愛してやまない国民たちは女王の手腕によって豊かになったこの国を退屈だと罵り、出て行ってしまった。

国を捨て、ひいては女王である自分自身を捨てて行ってしまう国民の姿を、女王はどんなに嘆いただろう。

愛しているから力を尽くした。だが、愛されていなかった。それを知って気が狂うほどに悲しんだに違いない。

「でも、どうして国に残った人の首を刎ねたりするの?」

「あぁ……どうせいなくなってしまうのなら自分の手で消してしまいたかったんだろうね。

誰からも愛されることなく捨てられる悲しみは堪え難いが、罪を与えて、その罰として奪う悲しみなら自分の心に言い訳もできる。

それに、女王も退屈なんだ。女王にとってはこの裁判も白ウサギが死んだことも、退屈を紛らわすためのスパイスでしかない。

誰かを処刑して、その悲しみが癒えるまでは退屈を忘れていられるし、

国の人間たちも処刑を見物している間や、喪に服す間はつまらない日常を忘れることが出来るからね。」

退屈凌ぎに首を刎ねられるなんてあんまりだ。そう思ったとき、不意にチェシャ猫の言葉を思い出した。

この国の人間は皆、気が狂っている。

女王と同じなのか。ユウトの背筋が震えた。

「……皆は何処へ行ったの?」

「年に一度だけ、異世界と繋がる扉が開くんだ。皆、そこへ飛び込んでどこかへ行ってしまった。」

「もしかして、僕がここへ来たのもその扉が開いたせい?」

「そうか。君は扉の向こうから来たんだな。だったらこのまま扉の向こうへ帰りなさい。

私のことは気にしなくていい。」

ユウトは首を振った。

「ダメだよ。そんなことできない。どうしてそんな風に僕を庇おうとするの?

僕、帽子屋さんに何もしてないでしょう?」

そう言うと、帽子屋は悲しげに微笑んだ。

「歳を取ると色々なことを知ることが出来る。と同時に色々なことがわからなくなるんだ。

自分の気にしないような些細なことが相手を傷付けるだとか、相手を怒らせると言うことを感じない人間になっていた。

若い頃はそんな大人になるまいと、心に誓っていたはずだった。

思い出させてくれた君に感謝しているんだよ。私は随分と歳を取った。謝る方法も忘れるほどにね。」

ユウトにはそれがわからなかった。大人は何でも知っているのだと思っていた。

知っていて酷いことをしているのだと思っていた。だから、怒ったのに。

「……知らなかったのなら、怒ったりしてごめんなさい。」

ユウトが頭を下げると、帽子屋はちょっと困ったように

「そうやって素直に謝る心も、私は忘れていたのだなぁ。」

と呟いて、空を仰ぎ見た。その表情は何処か悲しげで、でも優しく微笑んでいた。

「さぁ、行きなさい。歪んでいるとはいえ、敬愛する女王様の愛のために死ねるのなら私は本望だ。

僕のことなど気にせずに……さぁ。」

「ダメだよ。そんなことできない。僕は帽子屋さんを助けなくちゃいけないんだ。」

ユウトが宥めるように言った。その力強い眼差しを受けた帽子屋はふっと寂しそうな目をした。

その眼差しに自分が失ってしまったものを見たのだ。

幼い少年が持っているそれは大人になれば二度と戻らない、そして新しく手に入ることもない。

若さという、自分に何も疑いを抱くことのなかった絶望や挫折など知らない時。

そんな時間を垣間見て、帽子屋は微笑んだ。

その笑みを自分に運命を託した決意だと受け取り、しっかりと頷いた。

帽子屋が話があると言ったのでイモムシをそこに残し、ユウトはいつの間にか姿を消した三月ウサギを探して走り去っていった。

しばらく走って、城の門から出たときユウトが誰にともなく言った。

「……三月ウサギはどこにいるかな?知ってる?」

「もちろんさ。」

そう答えたのはチェシャ猫だった。

「外の芝の上に寝転がっている。茶色の毛に緑色の服だから見え難いけどね。」

と言ってチェシャ猫の尻尾が示した先には確かに三月ウサギの姿があった。

白ウサギという兄弟を失って、今まさに帽子屋という友を失くすかもしれない三月ウサギもまた、悩んでいた。

「三月ウサギさん!」

ユウトが声をかけると、三月ウサギはむくりと起き上がった。

「何だ……坊やか。今忙しいんだ。」

無愛想な三月ウサギの傍にユウトは腰掛けた。

「僕、白ウサギさんを殺した犯人を見つけないといけないんだ。」

「犯人なんて……君でいいじゃないか。」

「それじゃダメだよ!帽子屋さんは僕を助けるつもりなんだ。

違う犯人を連れてこないと、帽子屋さんは僕を巻き込むまいとしてきっとこのまま嘘を突き通す。

それを見捨てられないよ。だからもし、白ウサギさんがどうやって死んだのか知っているなら教えてほしいんだ。」

三月ウサギは知っているのだろうか?ユウトは確かめるようにその目を覗きこんだ。

帽子屋が救おうとしているのは本当はユウトではなく三月ウサギかも知れない。

このまま帽子屋が真実を闇に葬るつもりなら、三月ウサギが真実を話してくれたとしても結果は同じだ。

それでも望みを捨てるわけにはいかなかった。

三月ウサギは迷いながらも話し始めた。

「弟が、白ウサギが死んだのは毒のせいだと思う。」

「毒?それは誰が持ってるの?」

「帽子屋が持ってる。自分の家にたくさん集めて、少しずつ自分の紅茶に入れて飲んでいるんだ。

人間の大人には毒は効かない。動物や、子供にだけよくないことが起こる毒なんだよ。」

三月ウサギが言っているのは、テーブルの上に置いてあった小瓶のことだろう。

確かに三月ウサギにも、ユウトにも飲ませようとはしなかった。

「……帽子屋さんが原因は全て自分にあるって言ってた。それのことかな?」

「多分ね。この国であれを持っているのは帽子屋だけだから。」

そう言って三月ウサギは肩を竦めた。

「帽子屋さんはそれを白ウサギさんに飲ませたの?」

「いや。帽子屋はいつものように自分だけがそれを味わっていた。私と弟は決して飲ませてもらえない。

あの家で育てられていた頃から一度もね。」

「え?白ウサギさんと三月ウサギさんは、帽子屋さんの家で育ったの?」

「そうだよ。小さな頃に森で拾われてきたんだ。気付いたとき、親は傍にいなかった。

はぐれたのか、捨てられたのかはわからないが、私たちは痩せて弱りきっていた。

他にも兄弟がいたのかもしれないが、辺りに姿は見えなかった。だから帽子屋は私たちだけを連れて家に帰った。」

三月ウサギは地面に生えている草を一本、引き抜いた。

「私たちは楽しく暮らしていた。帽子屋に言葉を教えられてからはよく喋るようになった。

毎日お茶会を開いて、その頃は今よりももっとたくさんの人が集まった。

ある日、帽子屋が城で開催されるパーティーに招待された。

女王様の招待ならば行かなければと、その日のお茶会を早く切り上げて私たちと一緒に城へ行った。」

そこで言葉を切って、もう一本草を引き抜いた。

「女王様の前で直々にご挨拶もさせていただいた。

すると、女王様がおっしゃった。「そのウサギは美しい目をしている。妾に相応しい目だ。」と。

パーティーから何日か経った頃、城から兵士が来て私たちは城へ連れていかれた。」

「え?二匹が連れて行かれたの?」

「そうだよ。でも、不思議なことに私は帽子屋の家に帰ってよいと言われ、弟はお茶会にほんの少し立ち寄るだけで決して帰ってはこなかった。」

「なぜ白ウサギだけが?」

「それは私にもわからない。理由を聞こうにも、女王様の前で口を開くだけで「こいつの首を刎ねろ!」だからね。未だに聞けないままなんだ。」

三月ウサギは困ったように眉を寄せてそう言った。

「白ウサギさんと離れて、寂しかった?」

ユウトが聞くと、少し考えるような仕草をしてから

「前は遠く離れていてもたまには会えた。今ほどではないさ。」

と言ってうな垂れてしまった。

ユウトが三月ウサギを慰めようと口を開きかけたとき、城の方から盛大な音楽が聞こえてきた。

赤い傘と合わない黒い服を着たきのこの兵士がツカツカとやってきて、ユウトの両腕を掴み、立ち上がらせた。

「これより白ウサギ様の葬儀を行う!」

「えぇ?!まだ一日も経ってないよ。早すぎる!」

抗議も空しくユウトは引きずられるようにして城へ連行されてしまった。

心配そうな顔をした三月ウサギもその後を追い、チェシャ猫がポンポン弾みながら楽しそうに続いた。

さっきまで裁判所の壁だったバラの木は今や葬儀場の壁に変わっており、陪審員席だった場所の上には白ウサギが横たわっている。

傍聴者席は弔問客が座るための席に変わっていて、その席を見渡せる場所に女王が座っていた。

「さて小僧。白ウサギの葬儀の前にお前の話を聞こう。真犯人とやらを捕まえてきたのであろうな?」

ユウトは黙っていた。このまま真犯人は女王だと告げたところで素直に認めるとは思えない。

きっと白ウサギの死体の隣にユウトか帽子屋、どちらかの首なし死体が並ぶことになる。もしくは二人とも、だ。

どうしようかと悩んでいると、三月ウサギが大声で叫んだ。

「私が犯人だ!帽子屋でも、この坊やでもない!私が悪いんだ!私の首を刎ねてくれ!」

チェシャ猫は驚いて「えぇー」と悲鳴をあげた。ユウトも帽子屋も女王も兵士たちも三月ウサギに注目した。

女王が一度だけ頷くと兵士が三月ウサギを包囲した。

「お前が妾の白ウサギを殺したのか。間違いないのか?」

女王が尋ねると三月ウサギは俯いたまま、体を揺らし、眠っている白ウサギを見た。

「だって、あいつが……」

小さな声でそう呟いた。

「何だ?」

「あいつと私は兄弟なんだ!」

三月ウサギは白ウサギを指差し、女王に訴えた。

「私たちは同じ親から生まれて、同じところで育って、同じように暮らしていた!

だから城に連れて行かれたときも、一緒に城で暮らせると思って喜んでいた。

それなのに、あいつだけが城で暮らすことになり、私は元の家に帰れと言われた。

あいつは城で美しい女王様にかわいがられて、私は年老いた帽子屋と毎日お茶会だ!

服を比べても、食べ物を比べても、あいつの方がずっといいんだ。私たちは兄弟なのに、いつもあいつの方が……!」

目に涙を浮かべながら三月ウサギは息を詰まらせた。

「私だってウサギだ!そりゃああいつみたいに綺麗な毛並みでもないし、目も赤くない。

薄汚れたような茶色で渦巻いた毛ははねてごわごわしている。女王様のお気に召すはずがない。

だけど、私たちはたった二人の兄弟だったんだ。

こんな色でなければ……赤い目で生まれたはずなのに……大好きな女王様にかわいがっていただけた……」

薄い茶色の体を両手で抱えるようにして三月ウサギは後ろを向いた。

三月ウサギが呟いた言葉に女王の眉がピクリと動いた。

「私も赤い目で生まれてくれば、あいつを一人にしなくてよかったのに。

離れて暮らさなくてよかったはずなのに……。女王様のお傍にいることができたのに!

たった一人の弟だった。どうして死んでしまったんだ!」

悲しみを顕わにしながら三月ウサギはふらふらと白ウサギの横たわるベッドに近付き、白ウサギのふわふわした毛を撫でた。

「目を覚ましてくれ、弟よ。なぁ、返事をしてくれ。できるわけないよな……もう死んでしまったのだから。

それなら私がそちらに行こう!さぁ!早くこの首を切り落としてくれ!」

三月ウサギは女王に駆け寄り、跪いた。ベッドの上の白ウサギが

「もう!うるさいなぁ!」

起き上がって、叫んだ。眉間に皺を寄せてうんざりしたように

「あんまり大きな声を出さないでくれよ。頭に響いて、ひどく痛むんだ。」

そう言ってベッドから飛び降りた。

「白ウサギ!」

「どうして?死んだんじゃ……」

みんなが口々に疑問や驚きを口にしたが、白ウサギは全部無視した。

「帽子屋!君が言うようにあれは本当によくないものだったんだな。一体何を飲んでいるんだい?

ひどく頭痛がするんだよ。ガンガンと頭が痛む。」

白ウサギはそう言いながら驚きに目を丸くして固まっている三月ウサギに言った。

「兄さん。帽子屋がいつも飲んでいるあれは本当に毒かも知れないよ。

いつも気になっていたから帽子屋の目を盗んで試しに飲んでみたんだがね……まったくスッキリしない。胸がムカムカする。喉も乾いた。」

「あれを飲んでしまったのか?いつの間に……そんなことのために私は……」

うろたえながら帽子屋は後退りした。三月ウサギが詰め寄った。

「どういうことだい?帽子屋。あれは一滴でもウサギを殺せる猛毒だと言って私たちを脅したじゃないか!」

女王が首を傾げた。

「猛毒?何のことじゃ?」

「帽子屋がいつも紅茶に入れている小瓶の液体ですよ!

あれは大人にはとても美味なものだが、子供やウサギには毒になる、だから絶対に飲んではいけないと言っていただろう?なぁ、帽子屋!」

「小瓶の液体?美味なもの?聞いたことがないぞ、帽子屋。そんないいものを妾に黙っておったのか?」

帽子屋はじりじりと後退りした。しかし兵士たちが先回りをして、すぐに追い詰められてしまった。

「あれは……ただの酒だ。毒なんかじゃない。高価な酒だったから自分だけで飲みたくてあんな嘘を……真に受けたのか?」

三月ウサギは愕然とした。兵士たちはかわいそうに、と顔を逸らせた。チェシャ猫が笑った。

「ほらね。白ウサギは生きていた。ほぉらね。だーれも何もしちゃいない。何も変わっちゃいない。これでいつも通りだ。あーぁ、つまらない。」

と言って嬉しそうにポーンと弾み、クスクス笑った。

ショックを受けて座り込んでいた三月ウサギを女王がそっと撫でてニッコリした。

「よいことを教えてくれたな、三月ウサギ。妾もその酒とやらを味わってみとうなった。

今度、妾をそなたのお茶会とやらに招待してはくれぬか?」

「……!はい、はい!喜んで毎日でもお招きいたします!愛しい女王様!」

三月ウサギが嬉しそうにピョンと跳ねた。それを見たユウトは思わず笑みをこぼした。

帽子屋はつまらなそうにそれを眺めていた。

兵士たちが城から運んできた冷たい水をたっぷり飲み干した白ウサギはヒゲをモゾモゾ動かしながら言った。

「坊やは、この国の方ではありませんでしたね。」

「うん。部屋の窓から落っこちちゃって……気付いたらここに。」

「では、帰らなければなりませんね。」

「……戻ったら、窓と地面の間、なんてことはない?」

ユウトが恐る恐る尋ねると白ウサギはニッコリ笑って言った。

「大丈夫、何も心配要りませんよ。」

ホッとして胸を撫で下ろしたユウトにイモムシが花から貰った小さな種をそっと手渡した。

「君は初めてできた僕の友達だ。もしよかったら、友情の証としてこれを君の世界でも育ててくれ。

太陽が当たる場所に穴を掘って埋めたら、毎日水を遣って、一日一回は歌を聞かせてあげて、絶対に枯らせたりしないでくれよ。

花が咲いたら、時々僕のことを思い出してくれたら嬉しいな。」

「うん。そうするよ。でも、君は一人でいいの?」

「いいんだ。僕は森の外に友達を作れそうだし、寂しくなったらまた種を貰えるように頼んでみる。」

「わかった。大切にするよ、ありがとう。」

そして白ウサギが少し前に出て、ひとつ咳払いをして言った。

「出口までお送りしましょう。」


白ウサギ、アリス、チェシャ猫、帽子屋、イモムシ、女王と三月ウサギ、兵士たちが続いてぞろぞろ歩いた。

出口まで着いた時、白ウサギがユウトに向かって言った。

「この季節、たった一日だけですが、私たちの国とあなたの世界は不思議な力で結ばれます。

人と人とが出会い、消えることのない絆で結ばれるように、必ずどこかで繋がっているのです。

知らずに迷い込むと、やがて力は消えて元の世界へ戻る道はなくなってしまいます。

ですから、それを知る大人はこの日だけは子供に外で遊ぶことを禁じるのです。」

「……そうだ。僕、お母さんに宿題が終わるまで外に出たらダメだって言われてたんだった!」

ユウトは青褪めた。大変なことをしてしまっていることに気付いたのだ。

もしお母さんが帰ってきて、ユウトが家の何処にもいないことが知れたら、これからずっとおやつ抜きになってしまう。

お母さんが作る美味しいクッキーもケーキも、マフィンもスコーンもないなんて考えられなかった。

「ねぇ、今日のことはみんな夢なんでしょう?全部夢だと言って!

そうすれば僕はお母さんに怒られずに済むし、おやつ抜きなんて恐ろしい罰もなくなる。

ただ頷くだけでいいんだよ。ねぇ、今日のことは全部夢だったんでしょう?」

チェシャ猫は変わらずニヤニヤした。帽子屋とイモムシは顔を見合わせて首を傾げた。

女王と三月ウサギは寄り添うように頭を寄せてニッコリした。兵士たちはバイバイと手を振った。

白ウサギはおかしそうに肩を揺らした。それから脅すように

「またこちらの世界へ来たいなどと願ってはいけませんよ。次は帰り道を教えてあげられないかもしれませんから。」

と言った。そして気軽な口調で再び言った。

「それでは来年のこの季節にまたお会いできることを楽しみにしています。」

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