セントバレンタイン
今日は2月14日バレンタインデー。
誰もが色めき立ち、勇気を持って想いを告げる日。
「よし!頑張るか!」
私も気合いを入れるために声を出してみる。
私の場合は気合いを入れる理由がちょっと違う。
私の通っている学校にはとある噂話がある。噂話というか迷信というか言い伝えというかわからないけど、その話は学校内では有名な話だ。
その話とはとある日に、とある場所で、とある人の仲介のもと、とある物を渡す時に告白すると二人はうまくいくというものだ。
その日が今日なわけで、その場所は私が今行こうとしている新校舎と旧校舎の間にある花壇の真ん中にある女神像の前で、そこで渡されるのはチョコレートで、その仲介人が私というわけだ。
「こちらが2-Cの茜さん。まぁ同じクラスだから知ってるかー」
女神像の前には三人の姿があり、一人は二人の間を取り持っている。
その人と同じ制服で小さな箱をもじもじと触って下を向いている女の子が一人。
その女の子の前で少し頬を朱くして立っている男の子が一人、の合計三人だ。
「えーっと、ここで茜さんから伝えたいことがあるそうです」
そう言ってから彼女は少し後ろへ下がった。
少しの間沈黙が流れ、意を決したように大きく息を吸った。
「す、好きです。付き合ってください」
言葉と同時に先程まで彼女の手遊び道具になっていた箱を男の子の前に突き出した。
又しても少しの間沈黙が流れ、今度は男の子のほうが息を吸った。
「お、俺もお前のことが…す、好きだから…」
そう言って男の子は自分の前にある箱を受けとった。
「ふー、さすがに疲れるわね」
それはそのはずこれでもう7組目だ。
毎回自分まで緊張してしまう。
その分うまくいった時は本当にうれしい。
「先輩!次お願いします!」
「ん?あぁ、了解」
もう次の仕事だ。
いくらうれしくてもこうも連続だと気が疲れてしまう。
だけどそんなことを言ったって仕方がない。この日に賭けて今まで努力した人もいるんだ。その人のためにも私は頑張ろう。こうなったら聖人ウァレンチヌスのように愛する二人を守ってやる。
「疲れた~肩凝ったよ」
一人帰宅するため門に向かいながら愚痴を言っているがそこまで疲れてはいない。
それは今日の作戦が全部うまくいったからだ。
ようやく気が抜ける。
気がつくともう空が紅く染まっている。こんな時間まで人の恋路を手伝っていたのだ。
早く帰ろうと思って足を速めた時に声をかけられた。
「やあ、結衣ー。お疲れだねー」
「桐葉!なんでここに?」
「いやー、このバレンタインデーに一人で帰らないといけない可哀相な結衣のために待っていてやったんだよー」
「あんたもだろ桐葉」
「なんだよー。折角待ってやったのにー」
「はいはい。ありがとね」
「もーそんなんじゃチョコあげねーぞー」
「?」
「はい。可哀相な結衣にうちからのチョコレートだ。味わって食べなよー」
「…」
「どしたの?」
「…女子から女子に?」
「別にそんなのいいだろー。とりあえず受けとってよー。うちが浮かばれないじゃん」
「はいはい。わかったよ。ありがとね」
受けとったチョコは結構手の込んだ物だった。まるで好きな人にあげるために頑張って作ったような。
「それじゃー帰りますかー」
「う、うん」
「いやー本当にお疲れだねー結衣。バレンタインデーに好きな人にチョコもあげれないなんてさー」
「いいの。私は。好きな人なんていないから。」
「またまたー」
「それならあんたはどうなの?」
「ん?ほら、うちは結衣に渡したじゃん」
「私は女でしょ」
「いやー、そこから生まれる愛だってー ぐはっっ!?」
間髪いれずに後頭部にチョップを食らわす。
「痛い!痛いって!!冗談だよー。ごめん、謝るから許してぇー」
「全く…あんたの言葉は本気か冗談かわからないの」
「半分本気で半分冗談だよー」
「半分本気なんか!」
またしても攻撃を開始
「痛い。もうやめてーこれ以上は死んじゃうよー」
「はー、全く…帰るわよ」
呆れる。だけど退屈はしない。だから桐葉は私の親友だ。
「うぅーまだ痛いよー」
「ごめん、ごめん。謝るから」
「うぅー…」
頭を両手でおさえながら追いかけてくる。
少しの間喋りながら歩いていたらさっき気になったことを聞いてみた。
「それにしてもあんたのチョコ手が込んでるわね。まさか好きな人に渡そうとしたけど渡せなかったから私にくれたんじゃないでしょうね?」
冗談のつもりだった。
まさか本当にそんなことがあったなんて想像もつかなかった。
だから聞いてしまった。
「………」
「桐葉?」
桐葉の表情が見えない。ずっと下を向いている。いつも明るい桐葉とは思えない。
いつまでも続くかと思われた沈黙は当事者の一言で破られた。
「隼人くんにね。告白したんだ」
驚いた。桐葉は男には興味がないと思っていたから。
「そしたらね。断られちゃった」
もっと驚いた。桐葉は明るくて性格もいいし容姿も悪くない。むしろ整っているほうだ。
だから断られたと聞いて素直に驚いた。
「どうして?なんで?って聞いたらね。『俺は好きな人がいる。だからこのチョコは受け取れない』だって」
好きな人?と疑問符が頭の中を埋め尽くしてくる。
「誰なの?って聞いたらね。『結衣』だってさ」
「え?」
もう頭が動かない。
何を言えばいいのか、何をすればいいのか、何を考えればいいのかわからない。
「確かに前々から隼人くんが結衣のことを好きなんだろうなとは感じてたけど認めたくなかったんだ」
そんなことは気がつかなかった。
「だから今日思い切って告白したんだ。うちの感じてるものはただの勘違いなんだって。でも結局だめだったよ」
「………そっか……」
「結衣に仲介してもらえばうまくいったかな?」
「………」
あれから少したった。
桐葉とはあのあとすぐに別れた。
喋ることもできなかった。顔を合わせられなかった。目も向けることができなかった。だから立ち去った。
そうして下を見ながら歩いてたらすぐに家まで着いた。
どうしてこんなことになったんだろう。そんなことばかり考えて歩いていた。
下を向きながら考えいたので目の前に誰かいることに気がついたのは地面にその人の影があったからだ。
急に現れるた影に驚き、顔を上げたらそこには例の隼人くんが立っていた。
「よう、結衣」
「隼人くん…」
自分の家の前に待っているとは思わなかった。だけどこれから何を言おうとしているかはわかった。
「結衣、あの、俺、お前のことが…」
「ご、ごめんなさい」
私はすぐに家に入ろうとした。
だけど手を掴まれて動けない。
「なんで逃げるだ!」
「だって…」
「俺はお前が好きなんだ!」
「私は仲介人なの!だから…」
「そんなの関係ないだろ!」
「関係ある!私は仲介人だから他人の恋愛を協力するために存在するの!その私が当事者になってはだめなの!」
「なんでだよ!」
「それが仲介人の義務でそれを果たさないと効果がないからだよ!だから今まで仲介してきた子達のためにも私は義務を果たさなきゃいけないの!」
「なんだよ。それ…」
「このチョコは桐葉のよ。貴方に渡したけど受けとってもらえなかった。だから私が仲介して貴方に渡す。これで貴方は桐葉と付き合うの。わかった?」
そう言って無理矢理そのチョコを渡した。
そうすると何か言いたげだった彼が何も言わずにそのチョコを受けとり「わかった」と一言言って帰っていった。
ドアにもたれて息を吐く。
これではきっと桐葉は喜ばない。そんなことはわかってる。
だけどこうしなきゃいけない。
こうしないと私の中の何かが壊れてしまう気がしたから。
私は心の中で誓う。
私は二人を守る聖人になろう。若者達の愛を守ったウァレンチヌスのように。
それで幸せになる人がいなくても私にはそれしかできない。
でも絶対幸せにしてみせる。
それが2月14日のバレンタインデーでの仲介人としての私の仕事だから。
だから……
だから私のことは………
~END~