第9話 棘の魔女
「悪魔と契約した人間。そんな話を信じろって言うんですか?」
「そうだ。魔法や呪いが存在するなら、悪魔が存在して、それと契約した人間が居てもおかしくないだろ。まぁ、無理に信じろとは言わないけどな」
「その悪魔と契約した魔法使いさんが、僕に何のご用ですか」
「そう焦るな。そんな緊張して立っていないで、横に座れ。話辛いでだろ」
彼女は明るい声で僕を隣のブランコへ誘う。
近藤は、彼女に横に座った。
「私は、少し前から君に目を付けていたんだ。水上麗華関連でな」
水上玲奈の名前が出てきたことに驚きはなかった。
どういう方法かは判らなかったが、呪い関係の出来事だと考えるのが妥当だったためだ。
そして、この女性も、彼女の呪いの噂に関して調べていると言うことだろうか。
「あなたは、彼女の何を知っているんですか?」
「少なくとも君よりも知っているさ。半年前から彼女の噂は知っていた。だが、動きがなく、結局、決め手に欠けていた。そこに君だ」
「つまり、囮として僕を利用したわけですね」
「そういうことだ。だから、間に合った訳だが。そう怒るな。私が君に囮になるよう無理強いしたわけじゃないだろ。利用されたのは面白くないだろうが」
「助けてくれたことは感謝します」
「礼は要らん。女の子を助けたついでだからな。それより、君は、彼女の噂を知っていたんだろ。なんで彼女と付き合おうと思ったんだ? 美人だからか。それとも、好奇心。正義感。もしかして、恋か」
彼女は茶化すような口調で質問を始めた。
「そんなこと、あなたに関係あるですか」
「大いに関係あるな。特に私のモチベーションにな」
「モチベーション」
変な理由を言う人だなと近藤は思った。
「そうさ。遊び半分の好奇心で付き合っているのであれば、死んでも自業自得だからな」
近藤が足元を見ると、地面から茨の蔓が伸びて足に絡まっていた。
急いで立ち上がり、蔓を手で払い除けようとするが、触ることはできず手は通り過ぎてしまう。
「なんだこれは」
「どうやら見えてはいるみたいだな。資質はあるようだな」
「今、何をしたんだ。もしかして、心を読んだのか」
「さすがに、そこまでは無理だが、君が彼女と付き合う理由も判った。彼女が呪われていないこと証明するために付き合うなんて、よっぽど、バカかお人好しだな」
当たっている。何で、ここまで判るんだ。
判った。これは夢だ。夢から覚めたつもりだけど、まだ夢の中なんだ。
自分の夢なら、自分の心が全て判ってもおかしくない。
そうに違いない。
近藤は、自分の頬を強く抓った。
猛烈に痛い。
夢じゃないのか?
「言っとくが。痛みでは夢か現実の判断はできないぞ」
「百歩譲って、貴女が魔女だとして、僕は殺されないために、どうすれば良いんですか?」
「戦うしかないな。本当は、君を囮にして相手を誘き出して、私が戦おうかと思ったんだが・・・君に資質があるのであれば、君自身が戦えば良い」
自分自身が戦う。
この女性が怪しい茨を使って心を読むように、僕にも何かしらの力があると言うことか?
「でも、どうやって。相手も判らなのに」
「相手は判っている。ソロモンの悪魔の1人のビフロンだ。君に会って、相手の正体が判った」
「ビフロン? 僕に会っただけで、なんで、そんなことが判るんですか?」
「君。首筋のところに、印章を付けられているだろ。見てみろ」
そう言うと、彼女は近藤に鏡を手渡した。
鏡を使い首筋を見ると、彼女の言うとおり、魔法陣のような黒い印があった。
「これが呪なんですか」
「呪というよりマークだ。単純だが、頑固な汚れ以上に落ちないな」
「あなたの言うことが正しいとして、どう戦えば良いんですか」
「普通の人間が悪魔と戦うのは不可能だ。だが、君には簡単方法がある。悪魔と契約すれば良い。私の様にな」
「悪魔と契約するって・・・・・・簡単に言いますね」
「確かに、今すぐここで決断しろというのは難しいかもしれないな。だが、とりあえず準備だけはしておいた方が良い」
そう言うと彼女は、伏せた4枚のカードを、近藤の目の前に提示した。
「この中から一枚カードを抜け」
近藤は言われるがまま、一枚のカードを抜いた。
「絵柄を見せろ」
裏返し、絵柄を見るとそこには、一人の旅人らしき男と一匹の犬が描かれていた。
「愚者。マルコシアスのカードか。やっぱり縁があるみたいだな」
愚者。
マルコシアス。
縁。
いったい、彼女は、なんことを言っているのだろうか?
「いいか、良く聞け。あいつと付き合うコツは、正直で居ること。彼相手に嘘は駄目だ。呼び出し方は簡単。困った時に、マルコシアスと奴の名前を叫べ。そうすれば・・・力を貸してくれる。たぶん」
「そんな簡単で、ざっくりで良いんですか。しかも、多分ですか」
「しょうがないだろ。正式契約しているわけじゃないだからな。たぶんが嫌なら正式契約することだな。具体的な戦い方に関しては、アドバイスの仕様がないな。どんな能力になるかは君次第だからな。それに、マルコシアスは戦闘系だから、大丈夫だ。たぶん」
「また、たぶんですか」
この魔女さんは、どうやらかなり大雑把な性格のようだ。
「重要なのは、戦う意志だ。じゃあ、明日のデート、頑張るんだな」
そう言うと、彼女はスポーツバックを背負い去って行った。
◇ ◇ ◇ ◇
彼女の話が真実だとしたら、明日のデートこそ危ないのではないだろうか?
デートを辞めるべきか。
いや、犯人を誘き出せるチャンスともいえる。
対抗策は、彼女の言葉を信じるならば、悪魔の力を借りるしかないのだろうか。
「マルコシアス・・・」
野球少年は既におらず、一人残されて公園で、近藤は悪魔の名前を呼んでみた。
何も起きない。
声が小さいからだろうか。
大声では・・・恥ずかしいよな。
でも、一回くらい試してみるか。
「マルコシアス!!」
近藤は目一杯大きな声で叫んでみた。
何も起きない。
周囲を見ると、立ち止まって、こちらを見ている若い女性が居る。
やばい、明らかに変質者だ。
近藤は、急いで自転車に乗ると、自宅へと向かった。
◇ ◇ ◇ ◇
近藤は家に帰ると、ネットで悪魔について調べて見た。
有名なネット上の辞典に乗っており、簡単に調べることが出来た。
かなり有名な悪魔の様だ。
マルコシアス。
ソロモン72柱の魔神の1柱で、30の軍団を指揮する地獄の大いなる侯爵とある。
その姿はグリフォンの翼と大蛇の尾を持った口から炎を吐く狼らしい。
召喚者が望めばマルコシアスは人の姿となり、強大な戦士になるとのことだ。
そして、翼に「炎のツララ」と呼ばれる不思議な武器を持っているとある。
確かに、戦闘向きだ。
ビフロン
ソロモン72柱の魔神の1柱で、地獄の伯爵とある。
召喚者の前に現れる時の姿は不明。死霊術や幻術にも長けているとある。
もしかしたら、今日の小野寺さんの幻覚は、ビフロンが見せたと言うことなのだろうか?
首筋に残っていた印は、気のせいかビフロンの印章に似ている。
こんなものは過去に見たことがないので、自分でつけたとも思えない。
魔女に会ったことやその話は、夢や幻じゃなく、やはり、現実なのだろうか。
明日、デートだっていうのに、妙な悩みを抱え込んでしまったと近藤は思った。