第7話 暗い影
登校後、下駄箱を開けると、また手紙が入っていた。
封筒は昨日と同じものだ。
昨日と同じ脅迫状だろう。
手紙を開けると、昨日と同じように、短いメッセージが書いてあった。
「お前は死ぬ。残りの人生をせいぜい後悔して生きるが良い」
昨日は脅迫状だったのに、たった一晩で、死亡宣告になっている。
しかも、殺すではなく、死ぬになっているところが、何とも微妙な表現だ。
昨日と今日とで違う点と言えば、キスをした点だろう。
そのキスがよっぽど、犯人の気に召さなかったようだ。
キス一つで、死亡宣告か。
人生は、どうやら等価交換ではないらしい。
しかし、この手紙を出している人間の価値観というのは、少しだけど判ってきたような気がする。
この人間は単純なストーカーではない。
文面に自分のものを奪われたことに対して、怒っている感じはない。
では、いったい何に対して、怒っているのだろうか。
おそらく、犯人は水上さんを神聖視しているのだ。だから、それを穢した自分に罰を与えるつもりなのだろう。
◇ ◇ ◇ ◇
昼休み。
前日の失敗を糧に、場所取りのために、授業が終わると直ぐに屋上に向かった。
意外なことに、まだ、誰も来ておらず、1番だったようだ。
うちの学校の良いところは、屋上にベンチがある点だ。
そして、座るんだったら、南向きで温かく見晴らしが良いところが良かった。
近藤は場所取りをすると、水上さんを待った。
「近藤君」
背後からの呼び掛けに、振り返るとそこには、水上さんではなく、憧れの小野寺さんが居た。
なぜ、小野寺さんがこの場に居るのだろうか?
いつもは教室で食べているのに。
「近藤君。水上さんと一緒にランチを食べているの?」
「そうです」
「水上さん。近藤君のためにお弁当作ってるんだってね。美味しい?」
「なかなか、美味しい・・・です」
「ふぅ~ん」
そう言うと小野寺さんは、フェンスに近づいた。
そして、振り向くと近藤に対して突然予想外の質問をした。
「ねぁ、近藤君。私と水上さん、どっちの方が好きなの?」
近藤としては、当然、小野寺さんだ。
だが、現状の建前上、小野寺さんとは言い辛い。
「今、言わないと駄目ですか」
「ハッキリしないわね」
そして、何を思ったのか、突然、軽々とフェンスを超え、屋上の淵に立った。
「日射しと風が気持ち良いわよ」
「あぶないよ。小野寺さん」
「スリルがあって楽しいんじゃない。近藤君も来なよ。それとも来る勇気ない」
弱虫に思われたくない近藤は、慎重にフェンスを越えた。
校舎は4階建てなので、地上まで十五メートル近くあるだろうか。
正直、近藤はかなり怖かった。
一方、小野寺さんは、そんな場所なのに顔色一つ変えないで笑顔で立っていた。
「もう一度聞くね。近藤君。私と水上さん、どっちの方が好きなの?」
「本当に、今、この状況で言わないと駄目ですか」
近藤としては、当然、小野寺さんなのだが、近藤としては、もっとロマンチックな状況で言いたかった。
「駄目。今すぐ言って・・・・・・直ぐに行ってくれないと、飛び降りるわよ」
「そりゃ・・・当然・・・・・・」
「近藤君。何やっているの?」と激しい口調の声が聞こえた。
声の方向に振り向くと、心痛な表情をした水上さんと、なぜか高井まどかが居た。
「その・・・いろいろありまして。ねぇ、小野寺さん」
振り返ると、そこには誰も居なかった。
さっきまで間違いなく、そこに居たはずなのに。
それに、周囲には誰も居なかったはずなのに、何人もの生徒が、既に屋上には居た。
幻覚なのだろうか?
「・・・・・・ちょっと、ペンを落としまして。大丈夫です。もう拾いましたから」
近藤は自分でも下手な嘘だと思った。
近藤は、誤魔化しの笑顔浮かべながら、再び慎重にフェンスを越えた。
「・・・私・・・私・・・」
水上は、それ以上言葉を続けなかった。
そして、薄らと涙目になり始めた。
近藤には、その先の言葉が想像できた。恐らく、近藤が自殺すると思ったのだろう。
女性に泣かされることはあっても、泣かすことはないと思っていた近藤には、彼女を落ち着かせる気の効いた言葉が思いつはずもなかった。
「・・・・・・」
側に寄ることもできず、ただ彼女を見るだけ。
水上に寄り添うように立っている高井まどかも、何も言わず僕を見つめるだけだった。
気不味い沈黙を破ったのは水上だった。
「近藤君。早く。こっちに来て、ご飯食べよう」
水上は、明るい声で近藤に呼びかけた。
「そうですね」
近藤も、無理をして明るい返事をした。
「ところで・・・なんで高井さんが居るんですか」
「あたしか? あたしは、言わば・・・・・・水上の保護者だ。お前が水上に悪さをしないか、水上にふさわしい男かをチェックしに来た」となぜか自信満々に胸を張りながら答えた。
「そっ・・・そうですか」
近藤と水上、高井は、ベンチに座り昨日と同じようにお弁当を食べ始めた。
「へぇ~、これが噂の近藤君の手作り弁当ですか」
「まどかも食べる? 美味しいよ」と近藤が水上にあげただし巻き卵を高井に進める。
「いただきま~す」と高井は手を伸ばし、だし巻き卵を食べる。
「確かに、悪くないわね。でも、ちょっと・・・甘すぎ、お子様向きね」
そして、しばらく考え込んだ後、「80点」と点数をつけた。
「おいおい。もらっておいて、点数つけるのか?」
「言ったでしょ、チェックしに来たって。今時の男は料理が出来ないのは駄目ね。まぁ、毎日やっているだけあって、料理に関しては合格かな」
「そう言う高井さんは料理できるの?」
高井から家庭的という印象は受けなかった。
「もちろん、できるよ。水上から教えてもらったから。この弁当だって、自分で作ったんだ」
そうは言っていたが、ミートボールなど弁当のおかずの大半は冷凍ものだった。
「・・・この焼き鮭は・・・自分で焼いた」
「もしかして、散々僕に駄目だししたくせに、自分はだし巻き卵はできないのか?」
「出来るに決まっているだろ。明日持って来てやるよ」
「明日は土曜日だ」
「なら、来週の月曜だ」
「良し月曜日だな。今度は僕が厳しく採点してやる」
「女の子の作る料理を採点するのか。最低だな。料理はできても、性格はやっぱりダメ」
しばらく小学生の様なやり取りが続いた後、「明日、デートでどこに行くのか」「映画は何を見るか」「何を食べるか」などを簡単に話し合った。
近藤としても、彼女と二人だけの時よりも、高井が居た方が正直気が楽だった。
そのため、彼女たちとの会話は、表向き、昨日以上に楽しく進んだ。
だが、近藤の頭は常に別のことを考えていた。
なぜ、あんな幻覚を見たのだろうか?
もしかしたら、水上さんの彼氏たちが死んだのは、あのような幻覚を見せられたのが原因ではないだろうか?
そして、このことは、死の手が迫って来ていることを意味するのだろうか。
そして、どうすれば、死の手から逃れられるのだろうか。
近藤は、昼休み以降、一日考え続けたが、結局答えは何も出なかった。
◇ ◇ ◇ ◇
水上との下校も、三度目となるとだいぶ慣れてきて、近藤はだいぶ話せるようになってきた。
「近藤君。私、明日のデート。結構楽しみにしているんですよ」
「水上さん。そんなにプレッシャーをかけないでくださいよ。何度も言いますけど、僕は女性と二人でデートするのは初めてなんですから」
「姫川さんと外出とかしないんですか」
「姫川と外出しても、それはデートじゃないですよ。姫川との外出したのがデートになるんなら、母親や妹との外出もデートになりますよ。赤の他人の女性とのデートは水上さんが初めてなんです。だから、水上さんがエスコートしてください」
普通の彼氏なら、彼女に対して間違っても言わない弱音だろう。
「駄目よ、それじゃ。小野寺さんとのデートもリードしないつもりなの・・・」
「・・・それは、まずいよな・・・」
「練習で出来ないものは、本番でも出来ないのよ」
「・・・頑張ります・・・」
「それと、水上さんって呼ぶの辞めない。他人行儀っぽいじゃない。恋人同士っぽくないよ」
「えっ、じゃあ、なんて呼べばいいんですか」
「麗華って呼んで。私も信也君って呼ぶから」
確かに、恋人同士って、下の名前で呼んでることが多いよな。
「じゃあ、そう呼ばせていただきます。麗華さん」
「麗華さんじゃない。麗華よ。信也君」
結局、麗華と呼び捨てに出来ず、麗華さんで落ち着いた。
そんなやり取りをしながら、いつのまにか駅に着いた。
「今日もキスする?」
近藤は、水上がキスと言うだけで顔が赤くなり、首を振って拒否をした。
水上は、そんな近藤を見て、微笑した。
「じゃあ、明日ね。遅刻するなよ。バイバイ」
水上はそう言うと駅の階段を軽やかに駆け上がって行った。
◇ ◇ ◇ ◇
「ガッ・・・ガッ・・・」
近藤は通学の時にラジオを聞いているのだが、ノイズが徐々にひどくなり、あと、少しで自宅というところで、ついには聞こえなくなってしまった。
近藤は交差点で止まると、ラジオをポケットから取り出し、いろいろと弄ってみたが、ノイズしか聞こえない。
壊れてしまったのだろうか。
まぁ、千円程度の安いミニラジオなので、単純に買えば良いだけなんだけど。
その時、初めて近藤はあることに気が付いた。
街が静かすぎるのだ。
日が暮れて、当たりは既に暗闇になっているので、外出者が居ないのは判るのだが、車の通行すら少ない。
いや違う。さっきから全然すれ違っていない。
さっきほどまで、何も気にしなかったのに、いったん気になると気になってしょうがない。
今や、この世界には自分一人しかおらず、作り物の異世界の街に居るかのような感覚を受ける。
ただ、それは、勘違いであることが直ぐに判った。
街灯に照らされた人影が見えたのだ。
しかし、その人影は酷く不自然なものだった。
ゆっくりとした歩き方はもちろんだが、頭がなかったのだ。