第4話 恋人
次の日は、朝から水上さんと一緒に登校した。
引き続き、付き合っていることを周囲に教えるためだ。
昨日の下校時よりも、皆が近藤を見ているような気がした。
事実そうだろう。
そして、教室に入った瞬間、ざわつく教室と集まる視線に、近藤は自分がクラスの話題の中心、注目の的であることが良く判った。
そして、予想通りクラスメートの1人が、食いついて来た。
しかし、その人は予想外の人物だった。
近藤に最初に声をかけてきたのは、活発な雰囲気を感じさせるショートヘアの美少女。
僕の斜め前の座席に座る、近藤の憧れの女性、小野寺さんが聞いてくるとは思わなかった。
「近藤君。水上と一緒に学校来たけど。もしかして付き合っているの?」
その質問に、クラスの注意が自分に集まっているのを感じた。
何とも言い辛い。
「その・・・付き合うことになりました」
クラス中から歓声が上がる。
「いつから付き合い始めたの」
「きっ、昨日かな。公式上は」
「どっちから告白したの」
これはさすがに自分とは死んでも言えない。
「なっ・・・何となく・・・あっ、あえて言うと彼女かな」
「そうなんだ。星野君や姫ちゃんも知ってたの?」
側に居る星野と姫川に話しかける。
「あたしも昨日の夜、初めて知って驚いたよ」
姫川は白々しく答えた。
「星野君は」
「僕はもう少し前からかな。付き合うべきか、近藤に相談されてね」
した覚えないんですけど。
なんというか、実に覚えない既成事実が次々に積み上げられていった。
こんな感じで、他の女生徒も巻き込んで、会話は先生が来るまで終わらなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
一方、水上麗華もクラスメートから質問を受けていた。
「ねぇ、麗華。6組の近藤と付き合っているって・・・本当?」
最初に、声をかけてきたのは、麗華の小学校時代からの親友の高井まどかだ。
事前に、高井まどかには話しており、これは演技だった。
変なことを聞かれないように、事前に聞き役を高井まどかに頼んでおいたのだ。
もっとも、細かいやり取りは決めておらず、詳細はアドリブでやることになっていた。
「本当よ」
周辺からどよめきの声が上がった。
「3組のバスケ部の近藤君じゃなくて、本当に6組の近藤なの?」
「そうよ」
「あの地味で、金魚のフンって言われてるアイツだよ。星野君じゃなくて?」
「そうよ」
「えっ~。なんで!!!」と高井まどかは声を荒げた。
「麗華。親友でしょ。なんでそういう大事なこと、私に一言も相談してくれなかったの」
知っていたのに知らないふりをする高井の演技ぶりに思わず笑い出しそうになったが、水上は笑いを我慢しながら話を続けた。
「ごめん。いろいろあって。それに、近藤君って・・・そんなに悪い人じゃないと思うけど・・・確か地味だし、普通の人だけど・・・」
「まぁ、確かに・・・性格が悪いって聞かないし・・・後輩の面倒見も良いって聞くし・・・身長だって普通より高いし・・・見た目だって悪くないし・・・・・・でも、どこが良いのよ」
それは聞かない約束でしょと水上は思った。
演技上の恋人同士なんだから、近藤のどこが良いのかなんて、当然、水上には判らなかった。
だから、それを聞かれないために、高井に頼んだに、高井自身完全に忘れてしまっているようだ。
「それは・・・・・・私にも判らない」
「何よそれ。それは一時の気の迷いよ。いろいろあったから」
高井の言葉に、周囲の女生徒たちも大きくうなずいた。
「今からでも、断りに行きなよ」
「それは駄目よ・・・だって、私から告白したんだもの」
予想外の展開に周辺の空気が凍った。
「麗華。どこが良いかも判らないのに、告白したの?」
「しょうがないじゃない。だって、好きなんだから・・・愛に理由なんてないのよ」
◇ ◇ ◇ ◇
2時間目の休み、男子学生がトイレに集まり雑談をしていた。
「なぁ、知ってるか。近藤の話」
後から入ってきた鈴木は、高田に声をかけた。
「あぁ」
「近藤の奴、羨ましいよな。あの水上麗華と付き合えるんだぜ」
「羨ましいか? あの女と付き合うと死ぬんだぜ」
「水上と付き合って、やれるなら、死んでも良いよ。近藤の奴、上手くやったよな」
「お前、前から麗華のこと好きだったからな」と手を洗っていた伊東が口をはさんだ。
「死んだら意味ないだろ」
高田は、水上を美人だと思うが、さすがに自分の命を犠牲にしてまで付き合いたいとは思わなかった。
「よっぽど、男に飢えていたんだな。近藤でもOKだってことは、俺でもOKだぜきっと」
伊東は肥満気味で容姿も悪く、女生徒の評判が良くないことを自分でも認識していた。
「なんでも、水上の方が告ったらしいよ」
「マジかよ。あいつのどこが良いんだよ」
今まで水上麗華が付き合っていた男は、みんな格好良く、女性に人気がある男ばかりだった。
そのため、自分と同レベルか、それ以下だと思っていた近藤が、告白されたとの話を聞いて、鈴木は本当に悔しそうだった。
「なぁ、あいつが死ぬか。かけようぜ」と鈴木。
「いいな」と伊東。
「どうせなら、他の奴らも巻き込もうぜ」
こうして、学校全体で、近藤の生死をかけて、賭けが行われることになった。
◇ ◇ ◇ ◇
さすがに、3時限目の休みになると、質問はなくなった。
飽きたと言うよりも、とりあえず初期の興奮は覚めて、一段落と言う感じだろうか。
別にクラスの中心でもない、自分ですら、こんな状態なんだから、彼女ならどうなるんだろう。と思ったけど、さすがに確かめに行く気にはなれなかった。。
そのため、3時間目の休み時間に彼女からメールが来た時、その内容には正直、驚いた。
「昼休み。ご迷惑じゃなければ、一緒に屋上でお弁当食べませんか」
彼女からのお誘いのメールだった。