第3話 悪夢のような時間
昼休みが終わり、五時間目が始まる少し前に、近藤信也は、小野寺瞳に屋上で告白した。
「ごめんなさい。好きな人居るの」
1年間の僕の恋は、立った数秒で終わりを告げた。
その言葉を聞いた瞬間、僕の世界が音をたてて壊れた。
そして、世界は歪み始めた。
漫画や小説で使わる、ありきたりな表現と思っていたけど・・・実際、強いショックを受けると、世界が壊れるのは本当なんだな。と考える、妙に醒めた自分がそこには居た。
正直、予想されていた返事だったからだろう。
「・・・好きな人って誰? この学校の人?」
何を聞いているんだ自分は。
聞いてどうするんだ。
何の意味もないだろ。しつこいだけだ。
『ごめんなさい。好きな人居るの』というのは、相手を傷つけないで、やんわり断る上での社交辞令的な言葉。
相手が気を使ってくれているのに、これ以上、突っ込んでどうなる。
頭では思っていても、だけど・・・自分の口は止まらなかった。バカだ。
「・・・・・・聞いて、どうなるの? 意外と、しつこいのね。もっと、近藤君は、もの判りが良いと思ってたけど・・・」
露骨に機嫌を損ねたようだ。
「じゃあ、ハッキリ教えてあげる。あなた、私の好みじゃないのよ」
好みじゃないか・・・・・・正直、努力でどうにかできるものではない。
世界は、相変わらず歪んで見える。
こんな世界いらない。
こんな世界見たくない。
目をつぶると、意識がどんどん薄れて行った。
目が覚めると学校の机に伏せて寝ていた。
夢を見ていたようだ。
花田恵子先生の英語の授業中に寝てしまったようだ。
花田恵子先生は、三十代後半で、スラリとした長身の先生だ。部活の顧問なので、寝ないようにしていたのだが、寝てしまった。
斜め前に居る小野寺さんの後姿を見る。
白い仮面を付けているが、斜め後ろからでも判った。そして、相変わらず、首には首輪があり鎖が伸びていた。
彼女の笑顔が見れない。
以前なら、少なくとも彼女の笑顔を見ることが出来た。
恋ののろいの結果、偽りの愛を得ることは出来たが、その代わり、彼女の本当を笑顔を見ることが出来なくなってしまった。
悪夢なら早く覚めてほしいかった。
「近藤君。ようやくお目覚めです・・・か」
皮肉を言われると思ったが、なぜか途中で止まった。
「顔どうしたの。赤い血みたいのがついてるわよ」
先生の言葉で、周りの生徒も近藤の顔を見る。
「キャ」と周りの生徒も、悲鳴を上げた。
何が起きているのだろうか?
えっ?
近藤は、状況が飲み込めなかった。
「近藤!袖!」
前の席に座っている星野が指摘する。
袖を見ると血で、真っ赤になっていた。
それだけではなく、その血は、袖から机へ、机から床へと広がって行く。
「うわ~!」
思わず、悲鳴を上げる。
その直後、椅子が動いて「ガタン」と言う大きな音が、教室に響く。
教室に笑いが起きる。
「近藤君。怖い夢でも見たんだろうけど。寝るなら静かに寝てちょうだい」
花田先生から注意を受けた。
「すみません」
全てが夢だったようだ。
しかし、気になって手首を見てみると、そこには、みみず腫れがあった。
◇ ◇ ◇ ◇
部活が終わった後の放課後の屋上。
既に日は落ちていて、あたりは暗くなっていた。
近藤が空を見上げると、月や星が綺麗に輝いていた。
「シン君。何の用なの」
小野寺さんが、近藤に遅れて、屋上に来た。
「学校では、二人だけでは会わないって約束だったけど、良いの?」
「二人じゃないわよ」
セーラー服を着た清水が闇の中から現われた。
「清水葵さん! 何で清水さんが、こんなところに居るんですか」
「やっぱり、私のことを知ってたみたいね。あなたの呪いを解きに来たのよ」
「私の呪いを解くって、どういう意味ですか」
近藤と清水は、小野寺に事情を説明した。
「ごめんなさい」
近藤は、小野寺に土下座をして、謝罪した。そして、頭を上げない。
「私が、近藤君のことを好きなは、呪いのせいだって言うんですか」
「そうよ」
「そんなの嘘です」
小野寺が突然泣き始めた。
「私、シン君に好きだって言われて、凄く嬉しかったし。昨日のデートだってすごく楽しかったし・・・・・・それも、全部、呪いのせいなんですか」
「そうよ。すり込まれた。偽りの感情よ」
「ごめんなさい」
「こんなに、シン君のことが好きなのに・・・愛しているのに・・・これも、全部、呪いのせいなんですか。偽りなんですか」
「そうよ。偽りの愛よ」
「偽りの愛・・・シン君の愛は本物で・・・私の愛は偽りなの・・・」
「そうよ。あなたは、近藤のことなんか愛していないのよ」
「ごめんなさい」
近藤は、平謝りを続けた。
「なんで・・・なんで・・・そんなこと言うの。なんで、シン君。謝るの」
怒られると思っていた近藤にとって小野寺さんの反応は予想外のものだった。
それだけ、呪いが強いということなのだろう。
今は、彼女は自分のことを好きだと言ってくれる。そした、彼女の愛の深さと強さを感じる。
しかし、それは本来、自分に向けられるものではない。彼女の愛は、偽りの自分ではなく、本当の人に向けられるべきだ。
彼女の気持ちや人生を歪めたことに、近藤は自分のやったことの罪の重さを痛感した。
「なんで、ずっと騙してくれなかったの? 私もシン君に愛されて、私もシン君を愛して。そっちの方が幸せじゃない。シン君だってそうでしょ」
近藤としては、できれば、そうしたかった。
ずっと気がつかないでいたかった。でも、一度過ちに気が付いてたのならば、それは正さないといけない。
「呪いが解ければ・・・そんな気持ちもなくなるよ。全てを忘れて何も覚えていないから、安心して・・・」
「いや・・・止めて・・・お願い・・・」
彼女が突然倒れ込んだ。
側には、清水がスタンガンを持って立っていた。
「もう、くだらないメロドラマは、おしまい。呪いを解く作業を始めるわよ」