第2話 夢のような時間
12月30日0時に、第1話で「恋のまじない」をするように内容を変更しました。すみませんした。
十一時三十分。吉祥寺駅の北口。サンロードの入り口付近。
吉祥寺は、全国的に有名な街だけあって、既に通りは人で溢れていた。
近藤は銀行の壁に寄りかかりながら、水上を待っていた。
約束の時間には、まだ三十分もある。
小野寺さんに告白してから、初のデート。
小野寺さんがOKしてくれたことは、玉砕覚悟で告白した近藤にとって嬉しい誤算だった。
「恋のおまじない」の効果だろうか。
妹が教えてくれた「恋のおまじない」は単純なものだった。
血でもって、紙に魔法陣を書き、特定の折り方をして、告白の時にポケットに入れておく。
それだけで、恋がかなうと言うのだ。
「恋のおまじない」は、知り合いに知られると、解けると言うので、家族や友達には、内緒の付き合い。
「恋のおまじない」を完全に信じたわけではないが、げんかつぎだ。
破るのが怖いので、この点は、小野寺さんに対しても、厳重にお願いしておいた。
そのため、恋人同士として振る舞うのは、メールの中や電話だけ。
待ちに待ったデートだ。
どういうデートをするか、結局デートできなかったけど、水上さんの時の経験が役に立った。
小野寺さんには悪いけど、水上さん用に準備したデートプランをほぼ転用することにした。
あの時に、妹やら姉に相談していなかったら、今頃混乱していだろう。
今回の洋服のコーディネーションも、あの時に、姉や妹に手伝ってもらった時のものだ。
自分はファッションに疎く、正直、近頃のファッションは判らない(昔のファッションを知っているわけではないのですが)。
たとえば、目の前の女性。
なぜか、仮面を付けている。
彼女だけではない。
街を歩いていると・・・仮面を付けて歩いている若い女性が午前中だけで何人か居た。
ファッションなのだろうか?
ファッションだとしたら、ガングロを超える過激なファッションだろう。
それとも・・・新興宗教なのだろうか?
「彼女が居るのに。何で他の女性を見ているの? もう浮気」
声の方を振り向くと、小野寺さんが立っていた。
「違います。今の人、白い仮面付けていたでしょ。仮面付けるの流行っているのかなと思って」
「そんな話、聞いたことないよ。夏目の柊さんのコスプレじゃないの。吉祥寺は、そう言う人多いから。でも・・・今の女性、仮面なんか付けてなかったよ」
「えっ?今日だけで、何人も見たんだけどな・・・」
どういうことだろうか。自分だけ見える幻覚だろうか。
まさか、魔法がらみの事件だろうか。いや、今日の今だけは見て見ぬふりをしよう。
デートが終わったから、清水さんと話をすれば良い。忘れよう。
「私は、見てないわよ。大丈夫?」
「大丈夫です。そんなことより、ずいぶん早いんですね。約束の時間より三十分も前ですよ」
「それは、シン君もそうでしょ」
彼女は今まで、近藤のことを「近藤君」と呼んでいたが、告白してからは「シン君」と呼ぶようになった。
今、近藤のことをシン君と呼ぶのは、彼女だけだ。
「楽しみにしているのは、あなただけじゃないのよ」
「本当に大丈夫? 気のせいか顔も赤いし。熱でもあるじゃないの」
顔が赤いのは、あなたのせいです。と近藤は思った。
「大丈夫。大丈夫。大丈夫です。それより・・・その・・・洋服。凄く素敵です」
しどろもどろの口調で彼女を褒めた。
制服の彼女も可愛いけど、私服の彼女も可愛い。
そして、何よりも嬉しいのは、自分のために、お洒落をしてくれている点だ。
「・・・素敵なのは、洋服だけ?」
「もちろん、中身も、素敵です」
具じゃないんだから、中身はないだろうという気もするが・・・自分の無神経さに、言った後、後悔した。
他の言葉はないかと自問自答するが、正直、言葉が浮かばない。
言葉にセンスがない。自分の野暮ったさ、センスのなさに改めて、頭が痛い。
彼女が笑顔で流してくれている点が唯一の救いだ。
「もう直ぐ12時なので、さっそく、ランチに行きましょう。予約不可の店なので、土日のランチは、凄く混むんだって」
「ねぇ、シン君。私、お弁当作ってきたんだけど・・・それじゃ駄目?」
「え?」
僕のためにお弁当。予想外の提案に、幸せすぎて夢みたいだ。
彼女なりに、屋上での会話を気にしていたのだろうか。
「まだ、シン君の好みが判らないから・・・好みじゃないかもしれなけど・・・努力するから」
「ぜんぜん、OKですよ。今日は天気が良いので、どうせなら、井の頭公園で食べましょう」
西野たちは、井の頭公園に向かった。
◇ ◇ ◇ ◇
井の頭公園。正式名称は、井の頭恩賜公園という公園は、吉祥寺駅の南口から歩いて五分くらいのところにある比較的大きな公園だ。
アーティストがパフォーマンスをしていたり、近くには三鷹の森ジブリ美術館があったりと、いつも家族連れや恋人たちで賑っている。
公園の中央には、弁天池というボート遊びが出来るほどの大きな池があり、弁天池の南側には、色鮮やかなたくさんの紫陽花が咲いていた。
近藤たちは、ベンチを見つけ、池の噴水を見ながら、小野寺さんが作って来たお弁当を食べた。
「見た目は悪いけど、味は大丈夫だから」
小野寺さんが作ってくれたオカズは、確かに形が悪く、あっちこっちが焦げていたけど、近藤にとっては、そんなことはどうでも良かった。
自分のために作ってくれているだけで嬉しいのだ。
それに、料理なんて、最初は駄目でも作っているうちに上手になるものだ。
「シン君。よかったら、今度、シン君の家で料理の仕方教えてね」
「姉貴とか、妹が居るけど、それで良ければ」
「今度、紹介してくださいね。シン君や星野君の話を聞いていると、楽しそうで、いつも羨ましかったんだ」
「三姉妹で、だから喧しさだけは、すごいな」
「私を入れたら、女四人よ。シン君。ますます頭が上がらなくなるね」
「小野寺さんは、男を知りに引くタイプなの」
「そういうの嫌い?」
「う~ん。嫌じゃないかな」
穏やかな時間が流れる。
「私、7歳差の年の離れたお兄ちゃんが居たんだ」
過去形で、話すところを考えると、もしかしたら死んでいるのだろうか。
「私、お兄ちゃんのことが大好きで、休みの時にはお兄ちゃんに良くいろんなところに連れて行ってもらったんだ。お兄ちゃんにはお兄ちゃんの付き合いがあるから、毎週とはいかないけど。月に一回はお兄ちゃんとデートしたの。高校生になると、お兄ちゃんにも彼女が出来てね・・・・・・」
「デートできなくなったの?」
「うぅん。違うよ」
首を横に振った。
「彼女とのデートについて行ったの。今から考えると、かなりおかしいよね。そして、何回か井の頭公園でお弁当を食べたわ。今みたいに。お姉ちゃんは、綺麗で優しくて、料理が上手だった」
「こんな風に、また来れるなんて思ってもみなかった。ありがとう。シン君」
「なんか。照れるな」
「シン君。受け取ってほしい物があるの」
彼女が急に真顔になった。
「何でしょうか」
彼女は、カバンからネックレスを取りだした。
「お兄ちゃんに上げた物なんだけど・・・シン君に持っておいてほしいの」
彼女のお兄さんの形見だ。恐らく彼女が一番大切にしているものの一つだろう。
それを僕にあげると言うことは、それ程僕を信頼していると言うことなのだろうか。
「判った大切にするよ」
近藤は彼女から貰ったネックレスを首にかけた。
「ありがとう」
そう言うと、小野寺さんは、近藤の横にすっと寄り添ってきたのです。 そして、近藤の肩に頭を預け、腕を触ってきました。
その後、彼女は、池の噴水をじっと見ていた。
何か昔の楽しい思い出を思い出しているようだった。
長い間に、静かに池を見て居た。
愛し合っている二人なら、一緒に公園で座っているだけでも良いんだよ。とデートコースを指南した妹が言っていたけど、本当にそうなのかもと近藤は思った。
時計を見るともう、2時近くになっていた。
「そろそろ映画に行きましょう」
近藤が、3歩ほど歩くが、彼女は、なぜかその場に立ったまま、歩かない。
「ねぇ、シン君」
小野寺さんが、近藤を呼びとめた。
「普通は男の子からするもんなんだけど・・・シン君は無理そうだから」
そう言うと・・・彼女は僕の腕に飛びついて来た。そして、彼女の方から僕の腕に、腕を通してきた。
小野寺さんの予想外の積極さにビックリする一方、彼女が自分に対して、好意を抱いてくれていることが何よりも嬉しかった。
幸せすぎる。
自分の顔が真っ赤になっているのが、鏡を見なくても判る。
嬉しい一方で、何となく、はずかしい。
一体、彼女は、どんな顔をしているだろうか。
僕と同じように、少し恥ずかしがっているのだろうか。
彼女の方を見ると・・・
彼女の表情が判らない。
なぜか、彼女も変な文字が書かれた白い仮面をつけていた。
思わず足が止まる。
「どうしたの?シン君」
彼女も足を止め、僕の顔を見るが仮面は消えない。
仮面だけではない。彼女の首には、首輪のようなものがあり、そこから鎖が背中から地面に垂れていた。
地面に垂れた鎖は、途中でUターンして、自分の足元へと続いていた。そして、足元から背中へ。
自分にも首輪が付いていた。
僕にだけ見える幻覚のようだ。幸せのあまり頭がおかしくなったのだろうか?
目を閉じて再び、目を開く。
しかし、仮面はなくならない。
彼女が不思議そうに首をひねりながら近藤を見上げるが、近藤には仮面が邪魔をして彼女の顔が見えなかった。
「いや、なんでもないです」
「もしかして・・・私と手をつなぐの嫌なの?」
「そんなことは、ありえません」
明らかに僕の頭はおかしくなってしまったようだ。
違う。
明らかに、魔法がらみの現象に思える。
でも、貴重なデートを、こんなことで辞めたくない。
とりあえず、映画館に向かった。
◇ ◇ ◇ ◇
彼女とのデートは楽しかった。
結局、彼女の笑顔を見ることは、仮面のせいで見ることは出来なかったけど、彼女が楽しんでいることは、彼女の声と仕草から十分に判った。
そして、近藤は、彼女と一緒に居るだけで、嬉しかったし、幸せだった。
同じ時間を過ごせただけで、嬉しかった。
近藤は、自転車の後ろに彼女を乗せ、彼女の家まで彼女を送って行った。
「じゃ、またね」
「じゃあね。さようなら」
別れ際、近藤が自転車にまたがると、背後から小野寺さんが声をかけてきた。
「ねぇ、シン君」
「何?」
「また、来週デートしてくれるよね」
「どうしたの? 約束したじゃないか」
「私のこと、ずっと好きでいてくれるよね」
「僕が、君のことを嫌いになることなんてないよ。そりゃ、将来喧嘩することはあるだろうけど・・・僕は、一生、小野寺さんを愛し続けることを、ここに誓います」
つい、この間まで、彼女に好きだなんて言いたくても、言えなかった。でも、今は、好きなだけ言えることが近藤には嬉しかった。
小野寺は近藤の言葉を聞いて安心したようだが、近藤には、なぜ彼女がそんなことを訊くのか判らなかった。
「じゃ、またね」
そう言うと、彼女は家の中へと入って行った。
デートが終わると、さっそく清水さんに電話をして相談した。
「お前も、『恋ののろい』をやったのか」
「恋ののろいじゃなくて、『恋のおまじない』です」
「読み間違いだよ。『のろい』と『まじない』は、同じ字だろ」
近藤は、その言葉を聞いて、急いで漢字を思い出した。
呪い。
確かに同じ漢字だ。
「つまり、あなたは、好きな女の子に、『恋ののろい』をかけたのよ」