第1話 失恋したのか?
「信也。お前振られたんだってな」
朝食を食べるために席に付いた近藤が、姉の真桜から言われたのは、朝の挨拶ではく、この台詞だった。
「振られたと言うより、彼女が引越しをしまして・・・」
「遠距離恋愛しているわけじゃないんだろ」
「そう言う訳ではないですが・・・・・・」
「それを振られたって言うんだ。信也。お前にあげたアイフォン没収だ」
「没収って、それはないだろ。第一、姉さんは、既に5(ファイブ)持っているから、必要ないじゃないか」
「里桜にあげる」
突然、自分に振られて、戸惑う里桜。
「里桜は、今の携帯で満足しているよ」
「決定事項だ」
姉の暴君モード発動。
小学校中学校と近藤の人生は、どれだけ姉に振り回されただろうか。
いっぽう、近藤は、別のことも考えていた。
やっぱり、一週間限定にしたのが、いけなかったのだろうか?
考えても答えが出そうもなかったので、近藤は悩むのを辞めた。
近藤が朝食の後かたづけをするために台所に立つと、すまなそうな顔で、妹の里桜が話しかけてきた。
「お兄ちゃんごめんね。里桜のせいで携帯取られちゃって」
「里桜は悪くないよ。悪いは、あの暴君です」
「お詫びに、お兄ちゃんに良いこと教えてあげるね」
「何?」
小学校六年生に成長した可愛い妹が何を教えてくれるのか、近藤には見当もつかなかった。
「今、小学校で流行ってる。絶対かなうって噂の『恋のおまじない』」
◇ ◇ ◇ ◇
よく晴れた雲ひとつない青空の日になると、近藤は、ときより教室を抜けて、学校の屋上で、一人で昼飯を食べるようになった。
その時に、思い出されるのは、水上麗華と高井まどか。
彼女たちの会話、笑顔、食べたご飯。
全てが懐かしく、愛おしく思われた。
彼女たちの時間は、実際のところ、ほんの数時間だったけど、近藤にとって、一生の思い出になっていた。
彼女たちのことを思い出した時、うっすらと涙を流すので・・・・・・傍から見ると、振られて悲しんでいるように見えるらしい。
「近藤君」
近藤が、空を見ていると、背後から声をかけられた。
振り向くと、そこには、ショートヘアの利発そうな少女が居た。近藤の憧れたの女性、小野寺瞳だ。
「近頃、居眠りしていることも増えたけど。一人で屋上でご飯食べていること、多いよね」
なぜ、小野寺さんが、ここに居るのだろうか。
近藤は不思議に思ったがあえて訊ねなかった。
「ねぇ、近藤君の隣で食べて良い?」
小野寺さんは、近藤の隣に座ると、お弁当を広げた。
「良い天気だね」
「そうだね」
近藤は再び、空を見上げた。
「ねぇ。近藤君」
近藤は視線を降ろし、小野寺さんを見た。
彼女は、その愛らしい目で近藤のことを見つめていた。
「近藤君。ここに居る時ってさ・・・・・・やっぱり、水上さんのことを思い出しているの」
「・・・・・・うん」
「水上さんと近藤君って・・・・・・意外と、似合ってたね」
「そうなの?」
その話は、近藤にとって意外だった。自分自身は不釣り合いだと、ずっと思っていたからだ。
「何と言うか・・・でこぼこ感というか、ほのぼの感がね」
でこぼこ感とほのぼの感では、だいぶ違った感覚だと思うが、近藤はあえて突っ込まなかった。
「星野君から聞いたわよ。水上さんが呪われてないことを証明するために、水上さんと付き合ってたんですってね」
「うん」
「本当に、それだけだったの」
彼女は悪戯っぽい口調で、近藤をからかうように言った。
「本当は、彼女のこと。好きだったんじゃないの。水上さんは、美人だし、頭が良いし、性格も良かったし・・・」
「どうなんだろう。僕には他に好きな人がいたし。でも、どこか惹かれるのものがあったのは、間違いなかったけど・・・」
「えっ、誰? 近藤君の好きな人って。私の知っている人?」
君なんだけど・・・近藤は、そう言いたかったけど、当然そんな勇気はなかった。
「内緒。いつか教えてあげるよ」
「けち」
「僕は、けちじゃないよ」
「じゃあ、近藤君のだし巻き卵ちょうだい。美味しいんだってね。水上さんと高井さんが誉めてたよ。私も食べてたい」
「良いよ」
小野寺は、近藤の弁当から、だし巻き卵を取り、パクリと一口で食べた。
「美味しい!! 近藤クン料理上手なのね。良い旦那さんになれるよ」
「小野寺さんは料理しないの?」
「基本しないかな。お弁当もお母さんが作ってくれるし」
「そうなんだ」
「がっかりした」
「多少」
小野寺は、大きな溜息をついた。
「やっぱり、男の子って、料理が得意なことが好きなのよね。私も頑張らなくちゃ」
「そうだね」
「ハッキリ言うな。近藤君は。何でもできる優等生の水上さんと比べないでよ」
「比べてないよ」
「本当?」
とりとめない話をしながら、お昼休みは過ぎて行った。
「そろそろ、教室に戻ろうか」
小野寺さんが近藤に呼びかけた。
時計を見ると、十三時五分になっていた。
周囲を見ていると、既に大半の生徒が教室に戻っていた。
近藤は、迷っていた。
妹が教えてくれた「恋のまじない」は告白の時にするものらしい。
そして、まじないを行う際の条件に、「野外で行うこと」「誰も居ないこと」があった
今が、その絶好の条件ではないだろうか。
「これを逃したら次があるのだろうか?」と思う心と「もう少し仲良くなってからしたら」と思う心があった。
「小野寺さん。もう少し。ここに居てくれるかな」
「なんで」
小野寺さんが、無邪気な笑顔で尋ねる。
「大事な話があるので...」
◇ ◇ ◇ ◇
「やっぱり、お前のしわざか」
近藤は、演劇部の部室にいる星野を見つけると、昼休みのことについて問いただした。
「そうだよ。でも、楽しかっただろ」
「確かに楽しかったけど・・・小野寺さんになんて言ったんだ」
「そこは・・・企業秘密。俺は俺なりに、信也のことを心配していたんだぞ。そもそも、水上さんのことは俺がお前に頼んだことだし。
それにしても、現実は上手く行かない。偽りの恋人同士から本物の恋人同志へなんて・・・小説みたいには行かないか。
それとも、役者がまずかなったのかな」
演劇部の脚本家兼役者の星野守が失望感をあらわにした。
「すいませんね。大根役者で。第一、僕は役者じゃないし」
近藤が演劇部に入ったのは、星野の影響だ。
星野に憧れて入ったとか、友達だから影響されたとかではなく、巻き込まれたと言うべきだろう。
星野は、父親が大泉の映画会社で働いている影響もあり、小学生の頃から脚本に関心があり、小説を書いていた。
中学校三年くらいのときには、大手の無料小説サイトに登校して、数千人単位の固定ファンまで得ていた。
その星野に昔から目をつけていたのが、演劇部の前部長の大森香織だ。
大森香織は、星野や近藤と同じ中学、小学校出身のため、星野のことを知っていたのだ。大森香織は、熱心に星野を勧誘した。
そんな大森香織に対して、星野が出した条件が、近藤信也が一緒に入ることだった。
中学校時代の近藤は、陸上部に所属しており、近藤は陸上部か帰宅部になるつもりだった。
演劇に入ることを渋る近藤に対して、大森香織が使ったカードは、近藤の姉だ。
大森香織と近藤の姉の美桜は、学年こそ違うが顔見知りだった。
近藤は、姉からの圧力により、演劇部に入ることになり、星野も入ることになったのだ。
それにしても、タイミングが良すぎる。
「もしかして、妹に頼まれたのか?」
「頼まれはしなかった。相談はしたけど。結果は聞かないよ。知り合いに知られると「おまじない」が解けるんだろ」