【閑話休題】死の鐘 その2
目が覚めると、近藤は棺の中にいた。
正確に言うならば、目が覚めたのではなく、そういう夢を見ているのだ。
『死の鐘』を聞いた者たちは、満月の夜になると異界に引き込まれる。
ここがその異界。無数にある、あいの世界のひとつらしい。
血と錆にまみれた死の世界。
目が覚めたならば、早急に棺から抜け出し、逃げる必要性がある。この世界には、怪物が存在していて、グズグズしていると襲われるからだ。
棺の蓋を押し、身を起こし辺りを見渡した
今回の場所は...街中...田無駅のペデストリアンデッキの上。前回に引き続き、街中だけど、場所は建物の中のこともあるらしい。
この場所は、最悪ではないが、良い場所ではない。
人が多く集まるところは、ゾンビも多いためだ。
田無の駅前は前回の小平の商店街とは、比較にならない程、人が多い。
案の定、駅や商店街の店舗などから、次から次へと怪物が出て来る。
しかし、調子に乗って、戦い続けるようなことはしない。
戦うよりも、逃げろ。これがこの世界に来て学んだこと。
幸運なことに、寝巻きではなく、ちゃんと外出ように私服で、靴も履いている。
怪物と戦っても、怪我すると痛いし、得るものは無い。
たいていのゾンビは動きも鈍く力もたいしたことは無いのだが、中には、バットや刀、斧など凶器を持った奴らが居る。
油断をし、刀に切りつけられたことがあったが、その時は、左手の手首から下を切り落とされた。
そんな体験をしたことはなかったが、激痛で意識がその瞬間遠くなった。
朝起きたときにも、手首の周りに、ミミズ腫れができていた。
催眠術にかかっている人に、焼けた石だと言って、氷を手で持たせると、手に火傷の水脹れが出来ると聞いたことがあるが、それと似たようなものだろうか?
ならば、首を切られた場合、どうなるんだろうか?
首にミミズ腫れができるのだろう。
それとも、ショック死だろうか?
とてもじゃないが、試す気にはなれなかった。
近藤はとりあえず、建物の屋上へと逃げた。
人が来ないところには、ゾンビも少ない。
そのため、出来る限り屋根など高いところに逃げるようにしている。
中には、這い上がってくる怪物や襲ってくる鳥などもいるが、集団に囲まれるよりかははるかにましだ。
清水さんも、無事に逃げたのだろうか?
正直、連絡手段がないので判らない。
等価交換。
契約の代償。
言い方はいろいろあるだろうが、悪魔と契約した者には、鐘の音が聞こえ引き込まれるようになるらしい。
命を取られない代わりの代償行為なのだろう。
もっとも、悪魔と契約しなくても、巻き込まれる人が居るらしい。惨い話だ。
鐘が鳴るタイミングは判らないらしい。一日に二回鳴ったこともあれば、二週間鳴らなかったこともある。ただ、一つ判っているのは、満月の日には必ず鳴り、もっと強い怪物が出て来るらしい。
いったい、こんな世界を誰が作ったのだろうか?
清水さんが言うには、ここは世界の破棄溜。ゴミ捨て場だそうだ。
◇ ◇ ◇ ◇
十年以上前の話。
一人の少女が、カードの正統後継者、聖女に選ばれた。
その少女こそが、カードの魔力に負けることなく、カードの力を正しく使うことができる聖女だった。
カードはタロットカードを模して造られており、合計七十八枚。
魔力の源として、ソロモンの七十二柱の悪魔や七つの大罪の悪魔などが利用それており、通常の魔道師が扱えるようなものではなく、特別に選ばれた女性のみが扱えるものであった。
カードの力は驚異的なものであり、カードの力を用いれば、どんな願いも叶い、どんな世界も作ることができた。
少女は、カードの力を使い人々が、幸せに暮らせる天国を作ろうとした。
ここは、その際に作られた、人々の憎しみや悲しみ、罪や業を捨てるためのゴミ捨て場。
つまり、近藤や清水は、ゴミ捨て場に召喚され、ゴミと戦っていることになる。
肝心の天国は、建設途中で破棄されることとなった。
聖女が、何者かに襲われ、神隠しにあったためだ。
いったい誰が何のために、聖女を襲ったかは不明だが、その結果、十年以上もの間中断していることは間違いない。
その後、正統後継者が居なくなったカードは、所有者を求め彷徨うようになった。
新しいカードの持ち主は、聖人君主ばかりではない。
カードの力の源である悪魔の誘惑に負け、魔道に走る者も多かった。
そして、それにより多くの悲劇が起こされた。
清水さんはカードを集めているが、自分は正統後継者、聖女ではないと言った。
それを使って何をしたいのか、尋ねても、「今は、まだ言えない。でも、私を信じて」としか答えくれなかった。
いつかは、教えてくれるのだろうか?
近藤は、恐ろしくて、それ以上、尋ねることは出来なかった。