第15話 末路
高井まどかから流れる血により、血溜まりが徐々に大きくなって行く。
近藤と清水は、倒れた高井まどかの元に近づき、生存を確認すると、高井まどかには、弱いながらもまだ息があった。
「なんとか、ならないか」
近藤が清水に懇願する。
「もう駄目だ。彼女は助からない。それに助けるべきでもないな」
「麗華はどうなるの? 私の麗華は・・・」
高井は虫の息で清水に尋ねた。
「彼女は大丈夫だ。水上麗華の死を見たのは、お前だけ。お前が死ねば。水上麗華の命は本物になる」
「ビフロンは違うと言っていたけど、やっぱり、そうなんだ・・・良かった・・・麗華・・・幸せになって・・・ね・・・」
そう言うと、高井は満足そうな笑顔のまま、息をひきとった。
二人の人間を殺した高井は死んだ。
しかし、悪魔の誘惑さえなければ、高井は殺人を起こさなかったのではないだろうか。
高井はビフロンの力を利用しているつもりだっかかもしれないが、ビフロンこそが本当の主犯で、高井はその思いを利用され、悪魔に翻弄された人間なのではないだろうか。
「悪魔の力を借りても、幸せにはなれないよの」
そう呟く、清水さんの顔は、とても悲しそうだった。
◇ ◇ ◇ ◇
近藤が現実の世界に戻ると、現実の世界では、高井まどかは急性のクモ膜下出血で死んだことになっていた。
そして、高井まどかの死をもって、水上と近藤との偽りの恋人関係は終了となった。
恋人は死ななかったが、親友が死ぬというある意味より最悪な結果となり、「呪われた少女」という彼女に対するレッテルを剥がすどころか、強化する結果となってしまった。
当然のことながら、その日以降、水上麗華は学校には来なくなった。
自殺する心配はあったが、高井まどかの葬儀が全て終了するまでは自殺することはないだろうという清水さんの意見を信じた。
事実、水上麗華は、ずっと高井まどかの側に居続けた。
近藤は高井まどかの葬儀に出る勇気はなかった。
出るべきか出ないべきかというと、本当は近藤は出るべきなのだろう。
しかし、自分が殺した人の家族に、どんな顔を向けたら良いのだろうか。
妻に続いて、娘を亡くした心痛な父親の顔を近藤は、どうしても見る勇気がなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
葬儀の全てが終わり、高井まどかが荼毘にふされた後、水上麗華は自宅への帰路についた。
車で家まで送ると言われたが、断り、水上麗華は、歩きながらゆっくりと帰ることを選んだ。
住宅地を歩いていると帰路の途中に、近藤信也が居た。
「待っていてくれたの」
「少しばかり」
「ごめんね。デートできなくて」
「しょうがないよ。それより、ごめん」
「近藤君が謝ることじゃないよ」
「私ね。引越しすることになったんだ。母方の祖母の居る京都にね」
「ずいぶん急なんだね」
「話し自身は、ずいぶん前から話はあったんだ。環境を変えるべきだって」
「・・・そうなんだ。京都で良い友達が出来ると良いな」
「言うことは、それだけ?」
「・・・」
「近藤君。私が自殺するかもって、心配していたんでしょ」
「あぁ・・・」
「しないよ。するわけないじゃない。だって・・・そんなことしても、まどかが喜ばないでしょ。私はまどかのためにも、幸せにならないと・・・頑張って生きる努力をしないといけないのよ。そうでしょ」
「そうだね」
特に話すことも、ただ歩いていると直ぐに水上の家に着いた。水上の家は、イメージ通りかなりの豪邸だった。
「近藤君」
水上の呼びかけに振り向く近藤。
「そんな心配そうな顔しないで。私。もう大丈夫だよ」と水上は微笑んだ。
その直後、水上は、近藤の首に手を回すと、近藤にキスをした。
「すきだらけだよ。近藤君。気をつけなくちゃ」
相変わらずキスに慣れない近藤の顔は、どんどん赤くなって行く。
「結局、最後まで近藤君の方からキスしてくれなかったね。でも、それが近藤君らしくて良いよ」
「……」
「さよなら………ありがとう」
水上は、そう言うと家の中に入って行った。
◇ ◇ ◇ ◇
「結局、それ以降は会わなかったわけだ」
近藤は一週間ぶりに、○×公園で清水と会うことになった。
近藤から話をしたく呼び出したのだ。
清水はブランコのところで近藤を待っていて、ブランコに乗りながら話をすることとなった。
「まずかったですかね」
「良いじゃないか。彼女は、最後に『さよなら』を言ったわけだからな。彼女の中での区切りだったんだろ」
近藤もそう思った。だから、それ以降、彼女に会わなかったのだ。
だが、近藤は自分の判断に自信がなかった。
「水上さんは、あの世界での記憶はないんですよね」
「あぁ。でも、完全に消せるものでもないから、魂に記録が残っていてもおかしくないな」
「そうですか。結局、僕が余計なことをやったばっかりに、最悪の結果になってしまったのでしょうか」
「それは正直なところ、判らないな。最善ではないが、少なくとも高井まどかが、これ以上人を殺すのを止めることは出来たわけだ。魔法と使えると言っても、所詮人間だ。運命を自由にできるわけではない」
今日の清水さんは、気のせいか、だいぶ優しかった。
「そうかもしれませんが・・・」
「それに、高井が言ったことは、この世界の真実ではない。この世界では水上麗華は自殺していないし。全ては高井の妄想。そう処理される。そして、私たちが知っていることも、やったことも、妄想との違いはない。神の創ったこの世界に魔法は存在しないんだから」
「・・・」
「納得できないか? 当り前だ。そう簡単に人の死が割り切れるものじゃない。それで良いのだよ」
清水さんは、自分なんかよりも、遥かに多くの死を見てきたのだろうと近藤は思った。
「少しは話して、楽になったか」
「えぇ、だいぶ楽になりました」
「良かったな。今回、君は私にずいぶん貸しを作ったからな。とりあえず、利子分は・・・そうだな。ひばりヶ丘のラーメン次郎の大盛りで良いぞ。味玉付きでな」
貸し。
僕は、いま、とんでもない人に貸しを作ったのかもしれないと思った。
しかも、とんでもない利率の高利貸しなのではないだろうか。
本物の悪魔以上に危険な人物に貸しと作ってしまったのではないかと近藤は思った。