第14話 呪われた少女
謁見の間の壁や天井には豪華なステンドグラスがあつらえてあり、世界は七色の光で満たされていた。
その淡い光の中、白いドレスを着たお姫様姿の水上麗華が、一段高い黄金の玉座で眠りについていた。
そして、その側には、王子様のように白いマントに白いズボン姿の男装をした高井まどかが寄り添って立っていた。
「王様。ただいま連れてまいりました」
うさぎ人間がうやうやしく報告する。
「よろしい。後ろに下がっていろ」
「はい。王様」
うさぎ人間は、頭を下げたまま部屋の端へと下がる。
「良く来たな。その点は誉めてやろう」
「待ってたってわりには、御馳走も飲み物ないし、ずいぶん気が利かない王様ね」
「近藤。お前は何のために、ここに来たんだ。麗華を連れ帰ってどうするつもりだ」
「私のこと無視かよ」
清水は呟いた。
「お前こそ、こんなところに水上さんを閉じ込めて、どうするつもりだ」
「私は一生、麗華を守り、この場所で穏やかに暮らすだけさ。おまえでは麗華を幸せにできない。麗華を守り、幸せにできるのは私だけだ」
「確かにそうだ。僕じゃ水上さんを幸せには出来ない。でも、だから言って、水上さんが愛する人たちを殺す理由にはならないだろ。そのせいで、水上さんを苦しめ、悲しませ、不幸にさせているのは、お前自身だ」
「確かにその通りだな。だが、世の中には、必要な苦しみもあるのだよ」
「何、勝手なことを言っているんだ。おまえ、水上さんの親友なんだろ。水上さんの人生のことを考えろよ」
「近藤。彼女は彼女なりに水上さんのことを考えているだよ。水上さんは・・・死人だ」
清水の言葉を聞いた時、高井の表情が大きく変わった。
「何言っているんだよ。清水さん」
「彼女は、悪魔の力を借りて、死という事実を、あいの世界に閉じ込めたんだ」
◇ ◇ ◇ ◇
3年前の暑い夏の日。
水上麗華は、彼女の部屋で、風鈴の様にゆっくりと揺れていた。
高井まどかが、水上を見つけたのは、最初の彼氏が死んでから一週間経った暑い夏の日だった。
夕方、高井が水上の家に遊びに行くと、水上は自分の部屋で首を吊って死んでいた。
首吊りは簡単にできる自殺だが、美しい自殺ではない。
血管が絞められ、顔がむくむだけではなく、目は充血し、最悪の場合飛び出す場合すらある。
さらに、黄門などの筋肉が緩むことにより、糞尿が垂れ流しになるのだ。
そのため、自殺者の足元は、排せつした糞尿が溜まり、汚れている。
水上の部屋も、糞尿の垂れ流しにより酷い悪臭で満ちていた。
さらに悪いことに、エアコンが動いていない、締め切った南向きの室温は耐え難いほど高温になっていた。
死体は既に腐敗し始め、ウジがわいていた。
美しい顔は、見る影がない程むくみ、飛び出した片方の目は床に転がっていて虫が集っていた。
綺麗だった水上が、私の憧れだった水上が、私の好きだった水上が。
醜い死体となり部屋の中央でぶら下がり、風鈴の様にゆっくりと揺れていた。
水上の彼氏は、水上とのデートに向かう途中、交通事故で死んだ。
水上は、彼氏が死んだのは自分のせいだと考え、ずっと自分を責め続けていた。
自分がいなければ、彼氏は死ななかったと自分を呪い続けていた。
高井は、そんな水上を見ているだけで、力になれなかった。
水上は、自分を支えてくれたのに。
そして、この結果。
高井は、水上を生き返らせてくれるなら、自分は死んでも良いと思った。
神に祈った。だが、神は答えなかった。
高井は自分を呪い。こんな世界・運命を作った神を呪った。
高井の心からの慟哭に、神は沈黙したが、悪魔は答えた。
悪魔からの取引に、高井は喜んで乗った。
水上が生き返ってくれるのであれば、再びは会って話が出来るのであれば、どんなものを犠牲にしても良かった。
そして、高井は、悪魔と契約し、死という事実を、世界から消した。
その時の交換条件が、水上が性行為をしないこと。
性行為をした場合、魔法が解け、水上が死ぬという契約になっていた。
命を捧げる気だった高井に取り、拍子抜けの条件だった。
しかし、高井は、水上の純潔を守るために結果として水上の愛した二人の人間を殺すこととなった。
そして、水上は「呪われた少女」となってしまった。
◇ ◇ ◇ ◇
「死体を生き返らせることなんて、本当に出来るのか」
「難しいけどできる。十分な生贄さえあれば。でも、彼女がやったのは、死という事実、そのものを現実世界から消したんだ。生き返らせたのとは違う。そして、そのために一番重要なことは、死んでいる事実は知られないこと」
「さすが、正規の魔法使い。良く判っているじゃないか」
「僕は何を言っているか、良く判らないんだけど」
「帰ったら、一時間でも二時間でも、みっちり説明してやるよ。今は黙ってろ」
「お話は済んだかしら。でも、説明を聞けなくて残念ね。秘密を知っている以上、この場で絶対に死んでもらうわ」
高井は、白い冷たい炎の悪魔ビフロンを召喚した。
それにともない謁見の間に変化が現われた。
色鮮やかな美しい装飾は変色し、天国のような七色の光は失われ、白と黒のモノトーンの世界になっていった。
そればかりではない。大理石の美しい床や壁は汚れ、隙間から赤い鮮血が染み出し始めた。
瞬く間に、荘厳壮麗な謁見の間は、高井の罪とビフロンの能力を具体化した死と穢れの世界へとなっていた。
「一対一で逃げたくせに、二対一で勝てると思っているのか。素直に諦めなよ」
「私の契約した悪魔はビフロン、死霊を操るネクロマンサーよ」
そう言うと、高井まなみは、若い男の死霊を二体召喚した。
凄まじい悲鳴と共に、天井のステンドガラスを突き破り、全身が燃え上がっている死霊が現われた。
そして、近藤たちの背後の床にある血の池からは、巨大な鎌を持ち全身血まみれの黒いマントを羽織った死神の様な死霊が現われた。
「ただの死霊じゃないわよ。私が殺し、魂を取った二人よ。これで、二対三ね」
「元彼って、どんなふうに死んだんだっけ」
「1人は、飛び降り自殺。もう、一人は、消息不明で死因不明。でも、あの感じだと焼死みたいね」
燃え上がる死霊は清水に、死神の様な死霊は近藤に襲いかかってきた。
清水は本体である高井を直接狙撃するが、ビフロンが盾になり、ダメージを与えることが出来ない。
「こいつらを地道に倒すしかないか」
清水は、空中を自由に移動する死霊に対して銃で、近藤は鎌を持った死霊に対して木刀で応戦する。
力は強くなり、空中浮遊能力はあるが、所詮は元普通の人間だ。戦闘のプロではない。
近藤は、死神の鎌と何度となく刃を交わすと、徐々に相手の動きが見えてきた。攻撃パターンが判ってきたこともあるが、徐々に相手の動きが遅くなっているように感じられた。
鎌自体武器としては扱いやすいとは言えない上に、大きな鎌を振り回す死神の攻撃の隙は当然のことながら大きい。
近藤が鎌をかわすと、大きな隙が出来た。
すかさず、死神の鎌を持った腕を切断し、切り返した刃で、死神の胴体を真っ二つにする。
が・・・その程度のことでは、死神は倒れなかった。
切断された鎌を持った腕は宙に浮き、近藤に襲い掛かった。。
とっさに、近藤は床に伏せ、かろうじて避けたが、右腕を少し切られてしまう。
経験したことがないような激痛が右腕に走るが、痛みで苦しんでいる暇はない。
胴体が真っ二つになった死神は、磁石で引っ張られているかのごとく、引き合い。すぐさま一体化した。
攻撃力、守備力共に大したことがない敵かと思ったが、その代りHPが無限大ということらしい。
死神の胴体をいくら刺し、切りつけても、死神は向かって来た。
手足を切断しても、生えてこそしないが、直ぐにくっつき、一体化した。
「刺しても切っても起きあがってくる」
「彼はもともとバラバラになっていたのよ。バラバラにしても無駄よ」
高井が優越感に満ちた顔で嬉しそうに話す。
投身自殺でバラバラになった死霊だから、バラバラにしても死なないとは、何とも皮肉な法則だ。
「ちくしょう。原子単位にバラバラにしないと駄目なのか。漫画なら特殊能力に目覚めるんだけどな。まぁ、他にも手はある」
近藤は死神の首を跳ねると、転がり落ちた首を拾った。
そして、ポケットの中に入っていたビニール袋に頭を入れた。
とたんに、死神は、暗闇を歩く人の様、動きがチグハグになり、鎌をやみくもに振り回すだけの存在になった。
そして、死神の腕を切ると、鎌を奪った。
「倒せないなら、無力化すれば良いだけさ」
一方、清水も苦戦していた。
近藤と同じように、死霊に弾を当てても、ダメージにはならなかった。
それに対して、空中を漂う死霊は、炎を吐きだして清水に襲いかかっていた。
「さすが死霊使いね。と言いたいけど、不死身のタネはだいたい判ったわ」
そう言うと、清水は、部屋の隅の柱に隠れているうさぎ人間を撃った。
同時に高井が悲鳴を上げた。
うさぎ人間の足元を見ると、清水の茨が絡みついている。
清水は悪霊の攻撃を避けながら、巧妙にビフロンの本体を探っていたのだ。
茨はさらに伸び、うさぎ人間をがんじがらめにする一方、清水は次々とうさぎ人間に容赦なく銃弾を撃ち込む。
うさぎ人間と二体の死霊は、断末魔を上げ、もがき苦しみながら消えて行った。
その直後、玉座の側に居た高井は、血を吐いて倒れ込んだ。