第10話 契約
その夜、僕は変な夢を見た。
夢の中だったけど、夢だと言うことは、直ぐに判った。
なぜなら、白いワンちゃんが出てきて、いきなり「契約しないか」と聞いてきたからだ。
どう考えても、某CMの影響だろう。
「契約?」
電話の契約だろうか。夢の中なのに眠く、頭が上手く働かない。
「そうだ」
「とりあえず、本契約じゃなくて、仮契約だけどな」
「仮契約?」
「おまえ、アイフォンを欲しくないか」
「欲しい」
「なら、出血大サービスだ。いまなら、アイフォンを付けてやろう」
「でも・・・.お金ないんだけど」
「学生は、お試し1週間無料だ」
「なら・・・」
ミミズが這ったような文字が気になったけど・・・.無視しちゃったよ。
お父さんに、契約勧められたら、サインするでしょ。
アイフォン欲しいし。
サインした直後に、いつも通り自分のベットで目が覚めた。
人生初のデートの日に変な夢を見たもんだと思った。
◇ ◇ ◇ ◇
朝ごはんの準備を全て終え、居間に行くと予想外のことが起きた。
姉の真桜が新型アイフォンを買うということで、旧型アイフォンをくれたのだ。
もっとも、それは口実で、妹の里桜が言うには、なんでも、アイフォンを使って出来る男を演出しろという姉なりの気遣いらしい。
その程度のことで、近藤が出来る男になるとは思えないのだが・・・・・・ありがたく貰うことにした。
夢の中の願いが、早々に現実になったのだ。
「本当に、悪魔と契約してしまったかもしれない」
ここで言う悪魔とは別に、高利貸しでもなく、鬼嫁でもない。
文字通り本物の悪魔だ。
帰宅の途中、怪物に襲われて、悪魔に助けてもらったわけでもなく。
朝、目覚めたら、隣に可愛い小悪魔が裸で寝ていたわけでもなく。
別に誰かを恨んでいたわけではなく。世界征服をしたく召喚したわけではなく。
ただ、単純に勢いで、近藤信也は悪魔と契約してしまった。
近藤信也は、自分の手の中にあるアイフォンを見て、そう思った。
偶然に決まっている。まぐれだ。
でも、万が一・・・.本当だったら・・・.僕は悪魔に願いことを叶えてもらったことになったのだろうか。
もしかして、対価として魂を取られるのだろうか?
アイフォンの等価交換が、魂か?
どんだけ安いんだ。自分の命は。
それとも仮契約だから別の対価だろうか。
お金がなかったので本契約ではなく、1週間お試し期間の仮契約にしたのは正解だった。
「ねぇ、お兄ちゃん知っている」
近藤が目玉焼きを食べていると、パジャマ姿の妹、里桜が話しかけてきた。
「昨日の夜、○×公園に。変態が現われたんだって・・・」
「どんな変態が出たんだ」
「何でも。夜の公園で悪魔の名前を叫んで、悪魔を召喚しようとしてたんだって。」
妹よ。その変態は、兄です。すいません。ごめんなさい。
「気持ち悪くない」とさらに同意を求める妹。
気持ち悪いか・・・
妹のさりげない言葉に、傷つく近藤。
「そうだね。怖いね」と近藤は適当に濁した返事をした。
さすがに、自分のことを気持ち悪いとは言えなかった。
「きっと、悪魔教信者か、ゲームと現実の区別がついていない妄想バカだな。春になるとそう言う変態が増えるんだよ。気をつけるんだぞ。里桜」
姉の真桜が妹の里桜に教示した。
妄想バカ。確かにその通りかもしれない。
近藤自身、いまだに、昨日の女性の話を完全には信じられていない。
傍から見たら、間違いなく妄想バカだろう。
それにしても、昨日の夜ことがもう伝わっているのか。一体どんだけ早い連絡網なんだ。
近藤は、近頃の小学生の情報収集能力に舌を巻いた。
◇ ◇ ◇ ◇
十一時三十分。
近藤は、待ち合わせ場所に向かうべく、吉祥寺駅の北口、サンロードを歩いてた。
吉祥寺は、全国的に有名な街だけあって、既に通りは人で溢れていた。
約束場所の井之頭公園までは、十分もあれば行ける。
約束の時間には、まだ四十分もある。
近藤自身は、もう少し遅く家を出ようと思ったのだが、初デートに遅刻は厳禁と、早々に家族に家を追い出されたのだ。
デートなんてしたことがないので、妹や姉に相談してしまった。
愛し合っている二人なら、一緒に公園で座っているだけでも良いんだよ。と妹の話。
そうなのか?
僕は、それだけで十分幸せだけど・・・彼女はどうなんだろうか?
退屈な男と思われないだろうか?
まぁ、演技だから退屈な男と思われていいのかもしれないけど、予行練習で退屈なデートしか思いつかないとなると、本番も似たような結果になるのが目に見えている。それにどうせなら、好意的に思われたい。
恋愛相談を妹にしている点で、自分でも何だと思ってしまう。とはいえ、男友達の意見は、どうにも男目線でいけない。
星野の意見は、星野だから成り立つ内容ばかりで、平均以下の自分がマネに出来るような代物ではない。
女友達は、肉食系ばかりで、いまいち信用できない。
さすがに、最初のデートに焼肉食べ放題やスイーツ食べ放題はないだろう。単に自分が行きたいところじゃないか。
結局、妹などに頼ってしまう。
今回の洋服のコーディネーションも姉や妹に、だいぶ手伝ってもらった。
自分はファッションに疎く、正直、近頃のファッションは判らない(昔のファッションを知っているわけではないのですが)。
人込みの中を歩いていると、気のせいかよく見慣れた人物の後ろ姿があった。星野と姫川だ。
急いで、星野に電話をかける。
「いや~、星野と姫川がつき合っているとは知らなかったよ。しかも、ちょうど同じ時間、同じ吉祥寺とは偶然だね」
「ばれちゃったか。いや~気になってね。駄目だと判っていたんだけど、気になって気になって、気がついたら、この場所に立ってたよ」
大方、姫川との待ち合わせ場所を駅の側にしたのだろう。その後、井之頭公園に行くつもりだったのだろうけど、近藤がこんなに早く来て、駅側で会うとは、想定外だったのだろう。
「そんな訳ないだろ。誰に聞いたんだ」
「ニュースソースを教えるわけないだろ」
「だいたい、予想はつくよ。里桜か姉ちゃんたちだろ」
そう言うと、近藤は胸から携帯を取り出し、確認すべく里桜に電話をかけた。
その直後、どこかで聞いたことがある着信コールがかすかに聞こえる。
周囲を見渡すと、近くにあるケンタの等身大人形の後ろに、里桜が隠れていた。
どうやら、里桜は家からずっと後を付けて来たようだ。
「里桜ちゃん、そんなところで何やっているのかな」
「いや~、お兄ちゃんの初めてデートが気になっちゃって。それに生の水上さんも見てみたいし」
「駄目だ。絶対に駄目だ」
必死に見たいと駄々をこねる妹を説得する。
「判った。判ったから、お兄ちゃんも、いきなり初デートで、ラブホテルとか行っちゃ駄目だよ」
「行かないよ。誰だ。里桜にラブホテルなんて単語教えたの。お前か星野」
「いまどきの女の子は、小学校4年生になれば、みんな知っているよ」
「なんだよ、それ。さも常識みたいに、とんでもないこと言うなよ。どうでも良いから、お前ら帰れ、絶対付いてくるなよ」
近藤は、後をつけないように釘を刺して、三人を追い返した。
三人追い返した直後、メールが来た。
水上さんからだ。
「すいません。待ち合わせ場所変更できますか」
星野と姫川が居る以上、むしろ変更してもらった方が都合が良い。
問題ありませんと、直ぐに返信した。
すると直ぐに返事が来た。
「十九デパートの屋上でお願いします。オープンカフェで待っててくださいね」
近藤は、駄目だと言っても付いてくるだろう三人を巻くために、わざわざ入り組んだハーモニカ横丁を通り、十九デパートへと向かった。