第7話 カエルはフールの学院に入る。
フールの貴族用の学院は全寮制だ。2年間。王立の女子学院。
自分のことは自分でやる、ことが前提で、侍女は連れていけない。
王家からももちろん入学するが、身の回りのことは当然自分でしなければならない。
食事は食堂で3食食べれるが、カフェテリア形式なので、自分でとってきて、食べ終わったら返却所に自分で返す。
洗濯は自分でしてもいいが、ランドリーサービスがあるので、名前を書いた袋に詰めて出すと、きちんと洗い終わって畳まれた洗濯物が返って来る。ただし、有料。
「聞いてる?アン?」
「はい。先生」
フールに向かう馬車に揺られながら、先生の説明を聞く。
年に2回ほど、学院内でダンスパーティーが開かれるそうだが、社交界の練習のようなものらしい。制服で参加可能。
「外出はお勧めしないけどね。学院の周りは治安が比較的良いけど。どうしても出かける時は一人ではだめだよ?友人と行くか、留学生は女性騎士を護衛に頼める。…男の子とはだめだよ?フールの男の子は積極的だからね?」
「せ…積極的?でも女子校で、男の子と知り合えるもんなんですか?」
「校門に男子学生がうろうろしているし、交流会もある。ダンスパーティーとかね。フールでもスペーナでも…どうもラテン系の国は自由度合いが高いようで、アンのような素直な子は…」
「?」
「口説かれて連れ込まれてしまうからね?年下、年上関係ないから注意してね。お爺ちゃんでも口説きに来るよ?」
「……」
なんだか、とんでもないところに行くような気がして…アンジェリーヌが黙り込む。
「休日の度、というわけにはいかないけど、僕もしばらくフールの王都にいるから、休みは誘いに行くよ。買い物もあるだろうしね」
「……」
フール国は愛と自由の国、というイメージだったが…愛と自由というのはなかなかに制約のあって難しいものだな、とアンジェリーヌは思った。
国境の検問所を抜けて、馬車の窓から身を乗り出してアンジェリーヌは、15年住んで育った自分の小さな井戸を眺める。
高い塀の上に青空が広がっている。
ああ。空はつながっているんですものね。そう思ってほっとしている自分がいる。
大きな世界に飛び出していく不安と期待。ほんの少し、遠ざかっていく景色に胸がチリリと痛む。
「不安かい?」
うちの図書館から持ち出した古書を呼んでいた先生が、ふんわり笑って聞いてきた。
「…先生は…自分の国を離れる時、どんな気持ちだったんですか?」
「うーん…僕は…ようやく解放されるって感じだったかな?まあ…どこまで行っても帰る場所があるのは幸せなことだと思うよ?」
「……」
…なるほど…そうね。
*****
アンジェリーヌは僕に泣き言を言わなかった。
早朝の近衛の朝練にも欠かさず出ていたし、馬にも乗った。
国益になることには敏感で、僕にもどんどん質問や意見を言ってくるような子だ。
レイモンは良い娘を持ったな。
今まで僕が家庭教師をしたのは何人かいたが、引きずって椅子に座らせるところから始めた奴もいたな。比べ物にならないほど、努力家だ。
追加した語学もこの一年半で難なく話せるようになったし、あとは…自信、かな?
ブリア国の第三王子にカエル、と言われて以来、アンは自分に今一つ自信が持てないようだ。充分可愛らしいのに…。今なら第三王子もこの子をカエルのようだとは言わないだろう。伴侶として選ぶかどうかはまた別の話だし。
そう思いながらディーは馬車の向かいの席に座って、窓から身を乗り出して母国に束の間の別れを告げているアンを眺める。
金色の髪を風に揺らして…子供から少女、になっていた。
さて、この子はフールでどんな景色を見るのだろうな。




