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第16話 カエルの求婚。

「アンジェリーヌ王女殿下は、ベルの小国にお住まいながら、フールの流行のドレスを取り入れてきたんだね。勉強したね?しかも僕の色だね。嬉しいよ。」


…なんなんですか?その上から目線?しかも、この形は、流行の一つ前ですわ。しかも、あなたの色じゃないわ。


私の手を取って、ホールのセンターまで出たクリストフ殿下。集まっていた人たちの視線がすごい。


「……ええ。小さい頃に殿下にご指摘いただいて、私の国がいかに小さく、自分の世界がどんなに小さかったかに気が付きましたの。私、本当にカエルでしたわ。いい先生にも恵まれて、勉強いたしました。」


ステップを踏むたびに、ドレスの裾のレースとアザレアが揺れる。


「ほお。僕のために努力して来たんだねえ。」

自信満々なのね?にっこり笑って殿下が放った言葉に返す。

「いえいえ。私の努力は自分の国と、自分のためですわ。勘違いなさらないでね」

「ふーん。そういう謙虚なところも新鮮でいいね。厚化粧しなくても美人なようだし。」


踊りながら、じっとエメラルド色の綺麗な瞳に見つめられる。


こんな男がいいと思っていた幼い頃の自分に言ってあげたいことが沢山ある。でもこの男のあの失言が無かったら、今でもそう思っていたかもね。そうアンは思って…思わず微笑んでしまった。その笑顔をどうとったのか…ほんのりと殿下が頬を染めた。


手を取られて踊りながら…この人に会ったら言おうと思っていたことを口にする。


「殿下が私のことを井の中の蛙、と言ってくださったでしょう?」

「ええ?そんなこと言ったかなぁ」

「うふふっ。私にとってその小さな井戸は美しく、愛おしく…決して大海原にバカにされるべきところではございませんでした。それに気が付いてよかったと思っております。私はこれからもその井戸を慈しみながら生きていきますの。私がクリストフ殿下を選ぶことは万に一つもございませんので、ご安心を。」


「は?」


ちょうどいいタイミングで曲が終わった。

アンはびっくり眼の殿下の手をさっさと離して、スカートをつまむ。


背筋をピンと伸ばして、アンジェリーヌは振り返りもしないで歩き出す。



*****


「ディーデリヒ殿下。ご機嫌麗しゅう。」

「おや、これはこれはレイモン国王陛下、ようこそいらっしゃいました」


一曲踊り終わったレイモンが話しかけてきた。ホールの隅で挨拶を交わして、同級生の二人は同時にぷっと吹き出して笑った。給仕係からシャンパンを貰って軽くグラスを合わせた。

「うちの娘には会ったかい?お前のことを探してたようだぞ?手紙の返事が無いとむくれてたし」

「ああ…ちょっと忙しかった。今、第二王子を外交に連れ出しているからな。その付き添いとか」

「そうか…お前のおかげでうちのアンはおかげですっかり淑女になって…」

話をしている途中で、会場がざわめいて…クリストフがアンジェリーヌの手を取ってセンターに出るようだった。当然と言えば当然か。


このホールの中でも、アンは煌めいて見えた。フールで作ったドレスを華やかなドレスに作り直したようだ。ベル国自慢のレースと刺繍がふんだんに使われている。ややもすると似たような形になってしまうこの国のドレスの中で、異質な光を放っていた。まあ…アン自体も。


…いや、これは親のひいき目?というやつか?


「あの子はクリストフ殿下を選ぶのかなあ…誰を選んでも文句言うなって言われてしまったよ。まあ、あの子の人生だしね」


そう言いながら…レイモンが遠い目をする。

和やかにクリストフと話をしながら踊っているアン。時折笑っている。ステップも上手になった。


あの日…控室で踊ったとき、もっとアンを褒めてあげればよかった…と、ディーは思った。


「…そうだな」


クリストフ自体は末っ子で甘やかされて育ってしまった。それでも、ベル国がブリアと縁づくのは悪いことではない。ディーはひとつため息をついた。この二人なら年齢的にもちょうどいいとは思っていた。


レイモンと壁にもたれて酒を飲みながら、アンたちのダンスを眺めていた。取り囲んでいるクリストフと踊りたいご令嬢がたの圧がすごそうだ。

この調子だと、2曲目も踊りそうだと思ったら、アンがさっさとお辞儀をして下がってきた。僕たちを見つけて、ずんずん近づいてくる。

何人もの紳士に声を掛けられて、その度に笑って断りながら、真っすぐに。


「ふうっ」

と、僕の持っていたシャンパンを飲みほしたアンが、空になったグラスをレイモンに押し付けている。前置きなしだったので…びっくりだ。クリストフと踊って、緊張してたんだろうか?両手にシャンパングラスを持ったレイモンが目を丸くしている。


「先生、お会いできてよかったです。髪色が違うから気が付かないところでした。まあ、髪色なんかどうでもいいんです。ブリア中探すところでしたわ。」

「ん?」

「先生は独身ですよね?」

「え?…ああ」

「決まった方もいらっしゃらないんですよね?」

「…ああ…いや、そうだが…」


アンが…満面の笑みで微笑む。アンの質問の意図がよく読み切れずに、ディーはたじろぐ。


「ディーデリヒ王弟殿下、いえ、ディー先生、」

アンが、あまりにも真っすぐに僕の目を見つめてくるので、目が離せない。春の海のような穏やかな、優しい青だ。

…と、驚いたことに、アンは若草色のドレスの膝をついた。

「???」

「先生、私の国、ベル国はブリア国からしたら井戸みたいに小さい国です。それでも、先生のおかげで素敵なものであふれていると気が付きました。大海を泳ぎ回っていたあなたにとっては狭すぎるかもしれませんが…私とベル国に帰って下さいませんか?私と結婚してください。」


「……アンジェリーヌ?」



*****


アンが差し伸べた手を…ディーは取った。


ゆっくりとアンを立ち上がらせる。

「先生、私、今日は肩も出していないし、足首も見えないでしょう?」

「え?ああ。そうだね」

「化粧も抑えたし、髪もいつもの髪型だし」

「うん、そうだね」

「じゃあ、踊っていただけますか?」

「え…ああ。」


押され気味だったディーが、アンを見つめながら手を引く。


ザワリっとした会場が静まり返る。

ホールは音楽しか聞こえない。


<踊らない>王弟殿下の華麗なダンスに、ギャラリーからため息が漏れる。


アンのドレスがふわりと揺れている。あの色は…最初から…ディーの色か。そうか。


今更だが…ディーのタイの色が淡いブルーだったことに気が付いて、今しがた目の前で起きたことにあっけに取られていたレイモンは両手にグラスを持ったまま、思わず笑ってしまった。


「いやはや、うちの娘はずい分と大きなクジラを井戸に連れ帰るらしいな」











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