8冬密、教団ニテ猜疑スル
凶は──いなかった。
どこにもいない。
川縁の元武家屋敷だった広い敷地に教団の建物はある。
冬密の父のように、金と縁のある信者は複数いると思われる。
土蔵などは残っているが、周囲を取り囲む壁は高く、建物も人目を遮る造りに改築されている。
住み込みの信者も少なくない。
裏手に崩壊している部分があるが、多分凶が住んでいたのだろう。
崩壊を繰り返して、今の一定期間で家を移り変わる方式になったと思われる。
教団のご本尊を、自分たちの本部に囲って崇められないと葛藤の時期があったに違いないと、冬密は勝ち誇った気分で愉快に思っている。
凶につきまとって時に疎ましい教団であるが、誰も冬密ほど長く一緒にいられないのだ。
上級信者たちは、身を厚く覆い、時計を持ち歩いて彼女に付き従う距離と時間の限界を厳密に守っている。
自分を遠巻きにする信者たちをよそに 隅から隅まで、見てまわった。
教団にはいない。
信者たちは、自分たちの崇めている神の夫である自分をどう思ったら良いのかわからないらしく別に咎められるわけではない。
じゃあ、凶は家にもおらず、一体どこで何をしているのだ?
………………よもや。
間男かっ!?
血の気が引く。
手近な信者を捕まえて問い質そうとする。
が、信者は触れようとするだけで悲鳴をあげてへたりこむ。
「ひいいっ、お許しください、お許しくださいっ」
どうやら、凶と同列で迂闊に近寄れば災いが起こる存在と思われているらしい。
埒が明かない。
疑いだけがもくもくと大きくなる。
ろくに不幸を供給できない夫にとうとう愛想を尽かしたのか!?
もっともっと社会から浮き上がれる希望すら持てない底辺のゴミクズのような男を、ただ他人に利用され吸いとられるだけの愚かで、才の欠片もなく社会に踏みにじられ続けているような、凶にとっては尽きぬ極上の不幸を持った男を見つけてしまったのでは!?
頭をかきむしる。
そうだったならどうしたらいいのだ 。
凶といると、妻に望まれるどん底の不幸の夫にはなれない。
だから、教団の存在を許容していたというのに、お前たちときたら!
周囲の信者を睨み付けると、そそくさと離れていく。
あんなに美しい凶にはそれしか考えられない。他の男が放っておくはずもないのだから。
どうしよう、どうしたらいいのだ。
愛する凶に浮気されるなど耐えられない。
一体、どんな男が。
ああ、とにかく許せない。
突き止めて、呪い殺してしまおう。
天啓のように閃きが降ってくる。
彼はゆっくり喉を撫でた。
まだ、払える寿命は残っている。
凶と結ばれるために縁結びを頼んだ呪詛屋がいる。
代々の昔から、自分の家と薄暗い関わりのある目に見えぬこと、証拠に残らぬことを、生業とする家系だ。
引き受けてくれるだろう。
とにかく凶がどこにいるのか、いつも何をしているのか、誰と会うのか事細かに突き止めねば。
新聞社に嫌々勤めて、たまたま仕入れた情報を引っ張り出す。
大層優秀だという、凶を調べるためにぴったりの条件を備えた探偵が都内にいる。
凶の内偵を頼み、それから呪詛を注文しよう。




