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6 珈琲店ノ新人小町 数え音



いつも賑わっている大通りから少し奥まった場所の、区画整理で揉めたせいで少し辺鄙(へんぴ)で突き出た一角にそのカフェーはある。

何かの物語をモチーフにしたらしいステンドグラスの窓が目印だ。


「さて、と」

浮草はぴかぴかのカウンターと漂い出す珈琲の香りの店内に満足すると、店のドアに向き直った。


彼女は職業婦人の多くなった都市でも珍しい女店主である。


店内の朝の掃除を終えて、『カフェー・アングル』の女主人は、先週から店の手伝いをしてくれている外の掃き出しを頼んだ新入りの少女を呼びに行くことにする。

開店前に朝の一杯と軽いおしゃべりを楽しむためだ。

()()に頼まれた手前、なにか悩みごとを抱えていないかさりげなく気をつける意味もある。


(かぞ)()ちゃーん」


ドカン、バキバキと外から派手な音がした。

浮草はおっとりした様子で首を傾げる。

(また、塀を壊してしまったのかしら……?)


少々、力の有り余っている子なのだ。

しかし、奇跡のようにあっという間に修復してしまえる技術の持ち主で、塀だけでなく時計やコンロに欠け茶碗の()ぎまで、なんでもござれと重宝なので、破壊については目を(つむ)ることにしている。


この店で面倒を見てほしいと預けられる子は、大抵なにかしらの社会的困難を抱えていることが多い。

浮草自身も閣下に拾われてこうしてカフェーの女店主にまでなったのだ。


カランとカウベルを鳴らしてステンドグラスを()め込んだ店のドアを開けると、おかっぱの少女が箒の柄を抱えて笑顔で振り向く。

「浮草姐さん、掃除、終わりました!」

足下にずたぼろの山高帽にスーツの男が二人倒れている。



「えーと、数え音ちゃん。その足元は……」

「はい! 何の用事かも言わずに閣下に会わせろと押し通ろうとしてきた、ならず者のゴミです!」



瞳に一片の曇りもなく、元気に数え音が答える。

「あらあら、まあまあ?」

基本、とても素直な子で閣下のことも尊敬している様子である。

その分、礼儀をわきまえない輩に厳しい。


歳は自分でも換算の仕方がよくわからないということだが、十二、三の頃合いと思われる。

おかっぱの髪の凛々しい目元の女の子である。

給仕役につけてもらう西洋風のフリルのエプロンドレスを喜ぶ女の子らしいところもあるのだが、いかんせん手が早い。

たまに下町言葉が出るのでそのような中で育ったのだろう。



「あ、掃除の途中で柄が折れたんで、直してから次の用事を伺っても?」

明らかに掃除ではなく、凶行に使われたであろう箒の柄に、困り顔の笑みを返す。

「それは構わないんだけど、ね? 良かったらもうちょっとだけ、ほんの少~しだけ手加減してあげてくれないかしら。ほら、こちらのお二人とも一応お仕事だし、多分世間様から色々言われて切羽詰まって閣下に会いにいらっしゃるのよ。警察は何しているんだって」


性懲(しょうこ)りもなくまたアポも取らずに閣下の朝の時間を邪魔しに来やがった下郎どもに手加減ですか? 無礼な上にこいつら自分の仕事もこなせてないのを泣きつきに来るたぁ呆れた話ですね」


「──おや。警視庁の椿木君と三河君だったかな? こんな朝早くに道路に寝そべって何しているんだい」


ステッキを手にした上背のある初老のロマンスグレーの紳士が門の外で折り重なって倒れる二人の人間を不思議そうに見やる。


「お帰りなさいませ、犬双(けんそう)閣下!」

ぴょこんと跳ね飛ぶように数え音がお辞儀する。

「お帰りなさいませ、今日はお早いですね」

浮草も腰を折り、にっこり笑って顔をあげる。


「うむ、ただいま。雨の匂いがするから、早めに切り上げたんだ」

「あら、そうでしたの。珈琲は事務所の方にお持ちします?」

「そうだね、頼むよ。こちらの二人にも振る舞ってあげよう」


「はい! 浮草さん、運びます!」

勢いよく立候補する数え音を笑っていなす。

「数え音ちゃんは、珈琲じゃなくこちらのお二人を事務所に運んであげてね。閣下もああ仰っているから」

「ええ~っ、この無能無体な役立たずどもを中に入れるんですか」

「ええ、お願いね。雨になるなら客足も鈍いし店の準備はゆっくりでいいから」


数え音は嫌そうにしながら伸びている男二人をひょいと抱えあげる。

見た目によらず本当に力持ちなのである。


そういう子は多い。

門から異界のものが流失して数十年、血が混じって人外の姿形や能力の特徴を持つ子も増えているのだ。

閣下はそういう子をよく拾ってくる。


両方の世界から弾き出されて、浮浪児となり犯罪に走る子も多い。

このカフェーをオーナーとして切り盛りできる幸せを浮草はいつも噛み締めている。


店内に入り、帽子を脱ぐと目眩ましが取れて初老の紳士の頭が灰色のふさふさした毛並みの風格ある犬の双頭に変わった。

体も頭にふさわしいがっしりした体格に膨らむ。


閣下の本然は、双頭の巨大な山犬の大妖である。



門が原因として生じた戦で人の側に立ち、数々の戦功をあげ護国卿の称号を贈られている。

治世が安定してからは犬双の君は、人の社会に溶け込んで隠居暮らしすることを選んだ。

人と生きる人外たちの秩序を保ち、見守っている。


今では市井のものとして、もう政治や軍に関わることはないが、それでも当時からの細々とした縁が続き、こうして彼の力を頼ってくるものもちらほらいる。



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