表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

5 家 尾、見送ル



ほたほたと肩に生えたしっぽが、構って欲しげに頬をはたいた。

壁にまでぽよんぽよん生え出したしっぽどもは玄関に向かう冬密を仕切りに引き留めようとする。


……死ぬ心配はまるでしなくて良さそうだった。


家中、柱や壁に畳に、傷ついた跡がある。

雨の日に死んだ猫はそんなことはまるでしなかったのに。


邪推してしまう。

この陽気で能天気で家を傷つけまくっているやんちゃっぷりに圧倒されて、最近(まがみ)が留守がちになったのではないかと。

どう見ても凶と相性が合うように見えない。


そういえば、家や家具の痛みや腐蝕(ふしょく)のスパンも伸びた気がする。

畳や戸は信者たちが一、ニヶ月ほどで取り替え、家の大元がダメになれば近くの似たような家に移る。大体四ヶ月おきくらいか。

そろそろ家替えの時期だが、この家はまだ持ちそうである。傷だらけではあるが。


尾の、単細胞で野太くしぶとい生命力で凶の放つ死の気配を押し返しているのだろうか。

むしろ妖化してパワーアップしているように見える雑草根性が凶を圧倒しすぎて、家の居心地を悪くしているのではあるまいか。


ちなみに冬密は自分が凶といて何事もないのは、固く愛ゆえと信じている。

この世に関しては期待どころか皮肉をもって冷淡視しているが、凶と自分に関しては何の疑いもないロマンを抱いて信奉している。


それでも一抹の不安がきざすこともある。

自分から凶への愛は揺るがないが、ひょっとしたら自分は避けられているのだろうか。


教団に出掛けずに自分といてほしいと引き止めることはできない。

うすぼんやりとした自分の不幸では彼女を養っていけない。


むしろ幸福になってしまっている。


夫婦ごとにまで介在し、監視してくる教団は鬱陶しいが関係を切ることはできなかった。

安定した彼女の食事の供給元である。


彼女のための不幸を与えられない自分は用無しではないかと不安になる。

記事になった不幸や災難を彼女に話して聞かせるのが彼の習慣となっていたが、最近話題になっている天誅屋小町については、なんだか彼女の体調を悪化させている気がするのだ。


基本、不幸を食べる凶はふだんはいつも気鬱(きうつ)な様子ではあるのだが、いつもは静かに彼の話を聞き入ってくれている様子の彼女が、今回の話題については眉をひそめていた。


よって冬密は天誅屋小町の件については興味を失ったのである。

いや、むしろ敵意すら沸いたと言っていい。

凶の自分に対する失点を稼いでしまったのだから。


ふよーんと天井から生えたしっぽが自分の鼻先をくすぐって、邪険に払う。


百年は生きねば猫は尾の増える猫又(ねこまた)にもなれぬとされるのに、一体お前はそのうちススキの野原にでもなるのではないか。

年中狂い咲いているこの都の藤とでも競争しているつもりなのか。


せめて犬なら凶の居場所を特定するのに役立ちそうだが。


教団は本部に会いに行くと冬密を追い払おうとする。

よって潜入をはかるしかないのである。


凶にも結婚の際に自分の食事を覗かぬように約束させられた。

既に彼女に襲われて自分の不幸を食われている冬密にとって隠すことに意味はないのに。

何事が起こるかは、わかっているのだ。


むしろ冬密は彼女の食事風景が一番好きなのだ。

なので高価な舶来品の双眼鏡を購入し、むしろうっとり覗き見しているくらいである。


ガフリと、普段は頭髪に隠されている巨大に広げられた凶の口腔に頭を丸のみされる依頼者たち。

暫しの痙攣(けいれん)と、不幸の蜜の味を楽しむ凶の恍惚(こうこつ)とした表側の顔。

凶の唾液にまみれて、ぞんざいに吐き出される依頼者は教団に引きずられて出ていく。


その光景に冬密は幸せを感じる。

妻の幸福は、自分の幸福である。



天誅屋小町なんぞのために家に帰れず凶に会えなかった分の無駄な時間、妻の幸福を補給しなければやってられない。


張りきって妻を見つけて覗き見しよう、そうしようと意気揚々と出かける冬密を、寂しそうにショボくれるしっぽの群れが見送った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ