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4 家 尾、出迎エル



平屋の並ぶ一角にある我が家に帰る。


カラリと引き戸を開けると、今日もいつものように当てが外れたことを知った。


家を満たしているのは、薄暗いぼんやりとした空虚。


何かが潜んでいるような背筋がヒヤリとする禍々しい気配に襲われない。


妻である(まがみ)はいない。


玄関で落胆する彼の元、ぱたぱたと軽い足音がして、廊下の奥からぽふんぽふん、ぽふんと猫のしっぽがかれの元まで生えてくる。なん本も。


妻の飼い猫、()である。


妻の黒髪をまとわりつかせ、憂いに満ち満ちた麗貌(れいぼう)を心ゆくまでうち眺めたかったのに。

代わりに繰り広げられるのは廊下に猫のしっぽが生えてぷらぷら揺れるノーテン気な光景。



冬密は、深く深く吐息をついた。

妻はまた教団にいるらしい。

留守が多い。

隙間に体を()じ込んだり、屋根によじ登ったりあまりアクロバットは得意でないのだが。


冬密の妻は人ではなかった。

禍津神(まがつかみ)、として面倒そうな教団に崇め奉られてしまって、教祖としての立場に置かれている。

不幸を取り除いてくれる(まが)の神と呼ばれ、祭り上げられている。

彼女は、人の不幸を食べる。


父が破産のため一家心中を図った際に、生の執着激しい継母と継子が幸福そうに死んでいた理由だった。


冬密があの日(まがみ)に襲われたのは、一応手違いであったらしい。

官憲に訴えでる代わりに、彼女に妻になってほしいと言った。

人の世に嫌気の差していた彼に、人外の彼女は殊更(ことさら)美しいものに映ったからである。


門が出現して以来、本邦(ほんぽう)には異界のものである人外異類が流れ込んでいる。


が、華族として温室育ちであり保守的な上流社会で育った彼には凶が初めて直接目にした人外であった。

人外のまとう空気は子の生育に良くないとされる説もいまだに根強く流布しているくらいだ。


当時、教団は公安に目をつけられ出したこともあって彼と凶の結婚は煙幕のために了承された。

縁切りされたとは言え、華族の嫡流である。

無体な踏み込みを官憲に遠慮させるだけの効力はあった。


それに多分、教団は冬密のことをすぐ死ぬだろうと思っていたのだろう。

彼女は(わざわ)いだから。


あにはからんや、未だにぴんぴんしているので向こうはかなり困惑しているようだ。


ぽふぽふと自分の袖に生えてじゃれついてくるしっぽを鬱陶しく払いのけて、引き出しを開けながら、縁側に目をやった。


以前の飼い猫は(あめ)と言った。

灰影色のもの悲しいひっそりとした様子の猫で、憂いに満ちた飼い主と寄り添っているのが実に似合いで絵になるような様だった。


冬密は生き物は総じて苦手である。

雑菌だらけのものとして子どもに近づけることを忌避(きひ)していた乳母に育てられた影響だ。

が、雨の少し引け目を感じるような佇まいはむしろ品よく感じて少し気に入っていた。

触れるとまではいかないが、目に入るところにいるのは嫌ではなかった。


だが(しの)つく雨が降った日、先程まで縁側で横になっていたと思ったら気づくとそこで骨になっていた。


生きていた時のように、ただ、ひっそりと。


冬密は凶のペットには基本干渉しないのだが、あの時ばかりは少し後悔した。

人の了承がないと部屋に入らないような遠慮がちな猫だったのだ。


あの時は凶がいなかったし、いつでも部屋に入れるよう戸は開けてあったが声をかけて部屋に引き入れてやればもう少し長く生きただろうか。

それとも、結局はあの時部屋の中でも骨になる運命だったのだろうか。


凶は人の不幸を食う。

そのせいか、視線も言葉も触れるものにも、周囲に凶運を呼び込み禍事や凶事、災難となって現れることが多いようなのだ。


凶自身はいたって気の優しい性質で、捨ててある犬猫を素通りできないのだが、それらはあまり長生きできない。


ただこの家の周りの家は教団のもので占められていてこちらの様子を監視しているので、様々な死に様のペットを見つけると凶に知られる前に片付けてしまうことが多い。

彼女が悲しむからである。


だから彼女は、知らぬ間に死んでしまって片付けられたペット達を自由を好んで逃げ出したのだろうとおもっていて新しいものを拾ってきてしまうのだ。


引き出しから双眼鏡を取り出した手にしっぽがくるりんと巻き付いてくるのを睨み付ける。

だからわたしは()と名付けられたこの猫が、ある日自分のしっぽで首を吊っているのを見てもちっとも驚かないと思っていた。


そうなるのを承知で、拾ったのだ。

凶がひどく落ち込んでいたから。


が、どうやらこの猫はその名にちなんだ死を迎えるのではなく、その名にちなんだ妖怪と化したようである。



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