3 藤京新聞社
『天誅屋小町、現る!!』
徹夜体制で待ち構えていた藤京日報は、よその新聞社に負けじと沸騰状態だった。
「被害者の身元、わかりましたっ! 舶来品を扱う貿易商です、胴丘次郎兵衛、五十九歳」
「会社には?」
「今、四津田さんが行ってます!」
「病院の方から何も取れてないのか」
「桂本さんが張り付いてます」
「家族は」
「警察が病院に付き添ってるそうです」
「なんとしてもヤツが何をやらかしたか、他の社より早く掴んで上げろよ、輪転機押さえてるからな!」
人々がバタつくなかを、ふぁと冬密はあくびする。
(近頃都ニ流行ルモノ、断髪婦人にプラカードデモ、カフェーに天誅屋小町かな)
「他社に引けを取るな!! どんな情報も見逃すなよ!!」
デスクの怒声に空気がぴりつく。
冬密は立ち上がってドアへ向かった。
「おい、門馬、この忙しい時にどこへいく」
「帰って寝ます、三日も泊まり込みでしたんで」
「馬鹿野郎、何のための根詰めだ。お情けで雇ってやってる身分で。被害者が何をやらかしたのか、華族様の情報網で取材してきやがれッ!」
まあまあ、デスク、と同僚のなだめる声を背中で聞きながら気にせず部屋を後にする。
お情けで雇われていることは周知の事実だから今さら気にすることもない。
時代が変わり、門が現れて異なる世界が流入するようになった数十年──人は適応しつつあった。
社会は何度も未曾有の混乱に陥ったが秩序は取り戻されつつある。
冬密の家が没落する原因となった《文字禍》も対処方が広まり忘れ去られつつある。
実際あの時は国が崩壊しかけた。
文字が逃げ出してうろつき回り、文書を改変して事実が失われ、さらに悪いのは紙幣が無効化されて経済が大混乱に陥ったのだ。
西の国にある門から、あの世の風と言われ終わりをもたらすという毘嵐婆が吹いたからというが定かではない。
時代が変わるキッカケとなった外つ国も海の向こうでキナ臭い戦争の気配が漂っていると聞くが、門が現れると同時に海に灰色のカーテンが立ちはだかって海が格段に危険度を増し海外事情はかなり切れ切れにしか伝わってこない。
何度危難があろうと世間はしぶとく、過去に頓着はしない。
今、世間の耳目を引いているのは天誅屋小町の事件だった。
新月の晩の明くる日になると、地獄門の前に呆けた、もしくは竦み上がった心神耗弱の人が発見される。
彼らは、罪を列挙され死後自分の送られる地獄巡りをさせられたのだという。
ある代議士は頭をまるめて僧侶になり、ある能楽師は失踪し、精神病院に入ったままのものもいる。
今や新月の晩の地獄門の前は警察や記者、野次馬や霊媒師や宗教者が群がる一大スポットである。
しかし彼らの目の前では何も起こらず、夜明けになると地獄巡りをさせられた生き人の姿があるのだった。
誰が『天誅屋小町』と名付けたものやら。
地獄への導き手を見たものはいない。
女であるどころか人であるかも定かではない。
当事者も地獄の記憶はあるのに、そこに至った経緯を覚えていないのである。
辛うじて、唄が聞こえてからそれは始まったとのたった一人の証言があるばかりだった。
しかし、天誅屋小町の絵姿は飛ぶように売れ、因果応報の願掛けにあちこちの寺社に奉納されているという。
商売上手はいるものだ。
職業婦人も増え、女性の人権が叫ばれる流れも話題の後押しをしていると思われる。
寺社統括庁はお祭り騒ぎとして看過するようである。
水面下では軍の配備を検討しているのを漏れ聞くが、これといった声明は出されていない。
ビルの外に出ると、吐く息は白い。
一瞬雪とみまごう薄紫の花片が舞っている。
狂い藤の都では、年中咲いている花だが、暮れの寒さともなれば花勢はさすがに衰えるようだ。




