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22 怪猫ノ夜道



「尾……? ついてきたの?」


自分には懐かない飼い猫が ふぁさふぁさと道を塞いでいる。

ゆらりゆらり、しっぽの大群が揺れる。


「何かあった?」

近寄ると、唸り声。


──ヴヴゥゥーー。


後ろの道にもしっぽが生えて退路を塞ぐ。

さらにしっぽが人の背まで伸びて、ただの裏通りだったのに、野原にでも迷いこんだような有り様になる。


ぴりぴりと毛を逆立てたしっぽに囲まれている。

気が立っているようだ。



「どうしたの。怒っているの。お腹が空いているの」

エサは置いてきたはずだが、気に入らなかったのだろうか。

食べても食べても、空虚が埋まらない。

自身も常に飢餓に苛まれているから、他の者が苦しんでいるのも好きではない。



ヒュッと、風が通りすぎると、道が抉れて凶の黒髪が散った。


さらに風を斬る音。

袖が切れて、白い肌にも血が滲む。


ガリガリと塀か何かで爪を研ぐ音がする。

明白な害意が空気から伝わってくる。ずっと背後に感じていたもの。

「あなただったの」


返事のように低いうなり声が轟く。


ここ暫く、背後に感じていた害意は尾のものであった。

家にいるときは、猫が自由に爪を隠すように、この憎悪を潜めていたのだろうか。


もともと、凶には近寄ってこないし姿を見せない子だった。


凶の表の表情が、眉をひそめる。

凶悪化している。

姿が変わったのは、自分のように門の影響かと思っていた。


藤京の地獄門は、時たま死者に出会うことがあるが、無礼を働かなければ安全であると言われる。

それでも変形の影響が皆無ではないし、病気が悪化したり植物が繁茂したり道具が急速に劣化したりする。


しかし、凶悪化の例は知らない。

門の影響は、ほぼ固定的な物質で構成される人間よりも妖怪に過度に出る。

だから、妖の方が門の情報に対しては過敏だし把握していたりする。


尾の変化は、藤京の門にそぐわない気がした。



(ひょっとして、門ではなくわたしのせい?)


最近になって膨れ上がっている自分への違和感と結び付いて疑義(ぎぎ)を抱く。


今まで拾ってすぐいなくなってしまった子たち。

あの子たちにも、何かがあったのか。

尾がこんなにも、わたしに憎悪を向けるような何かが。

だとしたら、それは他の者にも悪影響を与えているのか。


空気音を察知して次の一撃を本能的に避けると、壁の崩れる音がした。

また彼女の黒髪が散る。

殺意。


しっぽはじりじりと彼女の移動範囲を狭めている。

かき分けて突っ切ろうとすれば、恐らく押さえつけられて動きを封じられて、身を真っ二つにされるだろう。


それを想定すると、思わず冷や汗が出て、ぎゅっとお腹を庇った。

それは、ダメ。

でも、彼女は人に紛れてひっそり存在する妖怪であって、応戦するような能力はない。


打つ手が、ない。


シュボッと突然、間合いを詰めようとしたしっぽの前の地面が青い炎で燃え上がった。


夜道が幻想的に浮かび上がる。

ミギャッ。

猫の悲鳴が上がる。


「失礼」

上から唐突に、白い着物に、白い髪の男が降ってきた。

さらに包帯だらけである。



「緊急ですので、お断りするのを省いて離脱しますね」

そう言って、凶は包帯だらけの妙に固い男に抱き上げられる。

男は、宙に階段でもあるように夜を踏み上がった。


「あの子が、あれはうちの子です、火は、」

男に抱えられながらも青い炎を避けようとするしっぽの群れを見下ろして、思わず凶が懸念を口にする。


「あなたを殺そうとしていましたが、攻撃を控える正当な理由があるということですか? 虐待でもなさっておられたとか? 心配ありません、火はすぐ消えます」

男の涼しい口調の言葉に憤慨を覚えるが、次々といなくなった子を思う。

出そうとした抗議の言葉は喉で消える。

わたしが、先に傷つけてしまっていたの……?


「あなた、誰です」

白鴉(はく)と申します。数え音様にお仕えしています。主が用があるので来て下さい」

包帯男が嬉々として名前を名乗ってそう言う。

「わたしに何の用です、どこに連れて行こうというのです」

「それは──、っ」


ガクン、と男がバランスを崩す。

見ると、かなりの高さになっていたのにしっぽの一本が追い付いてきて男の足に巻き付いている。

他のしっぽもうようよと後続してきて、地面に引き戻そうとしていた。


「あ、危機ですね。地蔵坊どのー、お助け下さい」

凶はこの高さから墜落させられるかと青ざめたのに、男は慌てもせず極めて平坦にどこかに助けを呼ぶ。

恐怖の感情を知らないようだった。


ぱしん、と何かが飛んできてしっぽに当たった。

途端に勢いよくはじけて四散する。


女のキーンとする歓喜の悲鳴が夜空に響き渡った。

「いやあああっ、ここ、外じゃないの! 星空! わたし、自由になったの!? ──って、なに、このしっぽ絡み付いて、わたしを拘束しようっての!? そんなの絶対、許さないわよ、覚悟しなさい。伊達に何十年、怨霊やってないわよ!!」


「なるほど。このようになるのですか。どうすればいいかわからないと言っていたのに、しっかり必要な場面ができるとは。これも徳を積んだ成果というものなんでしょうか」

絡みがほどけた男が落ち着き払って感心しているところに別の場所から声がかかる。


「白殿、お早くっ。耳目を集めては、後でお嬢が責任を問われますぞ!」

「白鴉です。それはいけませんね、急ぎましょう。あなたも一緒に来て頂きます」

「どこにですか、わたしはこれから会う人が」

「数え音様は、あなたが盗んでいるものについてお話したいと。それに勿論それを返して貰いたいと仰せです」

「わたしが盗んだ……? なにをです?」


ただただ平坦に、白鴉と名乗った包帯男が答える。

「罪を」

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