20 平穏ナル日常ヘノ拉致
冬密は凶が閉じ籠る部屋を一日でも見つめ続けようと思っていたのに、なぜか彼を友人扱いする同僚が家まで来て会社に引きずっていかれた。
本人は冬密と大学が同じで、それが不作法に距離を詰めてくる理由らしいが、記憶に残らない範疇をうろついていたなら雑踏の他人と違いはない。
社長にも自分の面倒を見るよう言われているからとも言っていたが、それで会社に引きずって行かれる理由もまるでわからない。
家で安静にしているものを、あんな雑然とした場所に置くことの方を、面倒を見ると称するのか。
母親にそっと労りの気配と共に見守られるという経験がないのか。
それともあれは中流以上の文化なのか?
同僚に余計な頼み事をした藤京新聞の社長は、叔父である。
ただし、彼も家と縁を切っており妻の入り婿として、新聞社を継いだ。
冬密は、幼少期には顔を合わせたこともなく存在を使用人の噂話で知った程度だ。
父がのせられてしまった詐欺師とも顔見知りで、ひどく自責の念にかられている。
自分が接点になってしまったのではないかと。
養子になる話までされた。叔父夫婦に子はない。
連絡は一切取っていなかったらしく、父の破滅をニュースで知って泡を食ったらしい。
父は、弟である叔父には資金援助を頼まなかったのだろう。
家と縁を切った以上、他人だったのだ。
プライドの高く意固地な父らしい話だ。
なぜか冬密にもすまながっているが、よくわからない。
冬密にとって父はもう他人であったし、その血縁上の弟もろくに会ったこともない他人である。
それでも、なんの後ろ楯もないよりは便利かと、入社の話は受けたが、余計な干渉は控えてもらいたかった。
ばたばたしている社内でひたすら話しかけてくる同僚を横にして、頭を抱えている。
「 天誅屋小町の被害者親族に坊主がよく接触している、詐欺か小町の関係者かもしれないので一人が追っている」とか、
「四国の海界門が怪しい動きをしていて秘密裏に軍が動いている」とか、
「夜には給仕の娘に狐耳としっぽをつけた変わった格好をさせるカフェーがある」とか。
人の世界のことなど、彼にはもう、どうでもいいのに。よけいなお世話もしっぽの話題にもうんざりだ。
梔子屋から買った符で尾は冬密に触れるほど近寄ることはできないようだが、なんとか視界の端に姿をねじ込もうとしてくる。
会社に引きずられて行くときも、障子に大量に揺れるしっぽの影が映っていた。
社内にはいないようだが、窓の外は見たくない。
凶はまだ部屋に閉じ籠っているのだろうか。
冬密が引きずられて来てしまった以上、探偵の優秀さを祈るしかない。
つらつら思い返してみるに、やはり妻の様子は少し前からおかしいのだ。
くたくたになって帰ると、凶はいなかった。
消沈しているところに探偵から電報が届く。
凶が男と逢うらしい。




