18 尋問ノ想定
「数え音ちゃーん、そろそろお昼にしましょう。あら、一人?」
ノックの後に顔を出した菊子が不思議そうに部屋を見渡す。
「ちょっと前に話し声がしてたから、お客様かお友達かと。帰ったの? ずっと下にいたけど」
茶色のふんわりした髪を揺らして首を傾げる。
さて、どう言ったものか考えていると、「気のせいかしらね」と、一人で納得してくれる。
「時々、閣下に会いにこっそりここに来るお客さんも珍しくないの。そういう人を見つけたら、コーヒーでもどうぞって下に連れてきてあげてね。くれぐれも今日の刑事さんみたいに叩きのめしちゃダメよ、深刻な悩みを抱えてる子も多いから」
先輩としてレクチャーもしてくれる。
「菊子先輩、午後はどこを掃除しましょうか、それとも壊れ物でもありますか」
今日はカフェーの定休日なので給仕係らお休みである。
「お店も事務所も壊れたものはもう全部数え音ちゃんが直しちゃったじゃない。ちょっと遠出して閣下の新しい事務所の片付けね」
「引っ越すんですか」
数え音がきょとんとする。
「ええ、まだ先だけど。いい物件を格安で紹介して貰えたんですって。新しい赤レンガの瀟洒なビルヂングよ。横浜の方だけど、あちらは外国からやってきた妖がうろついて、地元に隠れ馴染んでいる者たちの迷惑になっているらしいの。閣下に睨みを聞かせてほしいって」
「へえ」
「でも人と会う予定が入ってそこを使いたいから、片付けてほしいんですって」
菊子がウキウキした笑顔を浮かべる。
「掃除は軽めにしてのんびり甘味でも食べてお帰りってお小遣いも貰ったわ。楽しみね、数え音ちゃん。わたし、お小遣いなんて貰ったの初めて!」
ピコン、と狐耳が生えてはためく。
「あんみつ、みたらし、あんころもち、他にも珍しい外国のお菓子があるかも」
ふさふさなしっぽが床を掃く。
「菊先輩、耳、しっぽ。また、浮草姐さんに食べ物のお使いは頼めないって言われちゃいますよ」
彼女は門の影響で、恐らく先祖帰りしてこうなったらしい。
六歳までは普通の人だったが、変幻して売られた。
「だってえ、ずうっとへっぽこ陰陽師に閉じ込められて変な霊薬づくりの手伝いさせられてた人生なんだもの。逃げた最初は飲まず食わずでさ。女衒にも売られそうになって苦労したけど、藤京に逃げてきて本当に良かった~! 美味しいものいっぱいあって、最高」
閣下に拾われて、段々姿のコントロールが上達し長く人でいられるようになったそうだ。
「菊先輩も苦労されたんですね」
閣下の元には困った妖怪や半妖が集まる。
時代の潮流で権利を主張してはいるが、まだまだ姿を隠して生活するものも多い。
閣下自身も表向きは人の身分なのだ。
故に人の不審を招かぬよう、数年置きに居場所を移し、姿を変え、自身の息子や孫、従兄弟として名を変える。
「そのビルヂングには他の人も入っているんですか?」
「いいえ、いずれは入るかもしれないけど今のところは閣下だけだし、閣下を頼る人が訪ねやすい静かなところですって。ここには、警察とか公安の知り合いも来るから来にくい子もいるし。今回会う予定になった人もそういうひとじゃないかなあ」
「そうですか」
数え音は犯人の女について思い巡らせる。
かなり詳しく話を詰める必要があると感じていた。
なので今までのように、白鴉に別の境界を開かせてそこに連れ込めばいいと思っていた。
が、どうも世間は異変を察知しているらしい。
地蔵坊からは、もっと現世のルールに添って異変を起こさない目立たないやり方が良いと勧告されている。
現世にも冥界の力を感知できるものがいるからと。
つまり、拉致して、人目なく話せる普通の場所、かつ相手が暴れた場合も周囲に危害及ばず、痕跡も目撃者も生まない環境を必要としていた。
藤京はどこでもどの時間帯でも人が多い。
当初は地蔵坊の伝を使ってどこかの寺を考えていたが、引っ越しの予定がまだ先の無人のビルなら、例え暴れて壊れても、人目なく修理可能で手頃に思えた。




