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12 形代様



緋帯屋には長く閉めきられた二階座敷がある。

ここ最近、そこから間をおいて(こと)が響いていた。


緋帯屋さんがまた悪あがきをしているよ、と廓の人間たちは囁いていた。


弦の音が止まる。

男が包帯で覆われた顔を上げた。


「ちょいと、形代(かたしろ)の兄さん聞いてる!?」

華やいだ着物の若い妓女が、男の帷子のような白い着物を引っ張る。


「ええ、必要以上に。すいません、男の悋気(りんき)というものはあまり見映えがしないものですね」

「ん、もう。そんなの男でも女でも一緒よ、一緒。本気なら尚更みっともないでしょうよ、なりふり構って見映えがするうちはただの手管でしょ。ちゃんと話聞いてくれないなら、こっから追い出してもう協力してやんないからね!」


「はあ、ご迷惑なら仕方ありませんね。それならよそに」

立ち上がって箏をしまう袋を取るために伸ばした袖を思いっきり引っ張られてつんのめる。


「なにさなにさっ、それで追い出されたって情けないコト言って姫君んとこへ転がり込む(ハラ)だろう、そうはいかないからね! 大体、女に蹴り出されて助けてくださいなんてしおたれてくるやくッ立たずの無能男なんざ、その姫君さんの鼻にもひっかけて貰えやしないよ!」

「うっ、そうでしょうか?」


真面目に不安そうな包帯男が答える。

女が勢いを得て頷く。


「そうだとも! ここはだね、ガツン、とでっかい手柄を立ててデキる男だって感心させてやれば姫君だって簡単になびこうと云うものさ」

「ガツン、ですか」

男は自信無さげである。

「しかし、今のところ目ぼしい情報が集まってくると踏んだこの場所でもそれらしいものはありませんしねえ。わたしの耳は、場所柄つまらぬ睦言や卑しい想念をたんと拾ってしまいますし」

男が慰めるように自分の耳を撫でる。


その撫でる手も顔も足も、包帯でぐるぐる巻きにされてミイラ男のコスプレでもやっているようだ。

「だ・か・ら! 探索範囲を広げようって話をしてるんじゃないのお。政府の高官が情報持ってるかもってんならあたしが憑いてってしっかり隅から隅まで探ってきてあげるってば。緋帯屋の売れっ()よ、腹の奥でも股ぐらでも隠してるもんさらすなんて、ちょいちょいだってばぁ。だから、アタシをここから出して自由にしてよ。形代の兄さんならできるんでしょう? ねっ、ねっ?」


女が上目遣いで媚びるような目を向けてしなだれかかってくる。

この距離では 白粉よりも鉄錆びの匂いが濃かった。


まだ年若くはしこそうな表情の彼女の右のこめかみの穴からダラダラと血が流れ続ける様を、包帯からのぞくガラス質の目が痛ましそうに見下ろす。



ガラリと引戸が開いた。

遊郭で働く老女が現れる。

「膳をお持ちしましただ、形代様。本当に酒と水しかいらねえすか? うす粥でも干し柿でも欲しいなら言ってくだせえ、女将さんには内緒にしときますから」


「ええ、わたしは物を食べないので大丈夫です。ありがとう」

「お若えのに食絶ちを守って感心なこった」

「いえ、わたしは本当に物を食べないんですが。良ければ替えの包帯を頂けますか? また血が滲んできてしまって」


男の包帯の顔はいつの間にやら、しなだれかかってくる女のこめかみと同じ場所が赤く滲んでいた。


「おお、八千代のやつさっぱり成仏してねえのすか。死んだ後までしょうがねえこった。なんまんだぶ、なんまんだぶ」

恐ろしげに合掌する老婆を女が口を尖らせ睨み付ける。


「なによ佳枝ったら。人のコト言えるの。あんたこそそんなしわくちゃのお化けになっちゃって、お情けで店に置いてもらってる身分のくせにさ。あたしは立派に地獄のお使者様のお役に立ってるんだから!」


「まあまあまあ」

どうせ老婆には見えていないし、聞こえていない。

緋帯屋の怨霊鎮めのために、形代様として雇われている包帯男が宥める。


形代様とは、凶運や呪い、病を相手の代わりに肩代わりする。

通常は紙人形や木簡、石など法の範囲内で使用される。

ただ巡礼や修行者の功徳積みや罪滅ぼし、若しくは食いつめ者生計手段として人が代用されることがある。

その方が効果的として需要があった。


緋帯屋では、かつて色事のいざこざで客に撃ち殺された娼妓が度々祟りを為していた。

しかも売れっ子の美人にばかり陰湿に祟るので商売あがったりである。


幽霊の出る素朴な顔の妓女の店としてニッチ狙いに方向転換したものの、顔の良い客にもちょっかいを出す。

お祓いを頼んでも、あまり高い金を出せないせいか失敗ばかりで、なんとかこの二階座敷に封じてもらったが、機嫌を損じたり、盆の時期には暴れて悲鳴だの騒音を出す。


それが今はピタリと収まって重宝がられている。


最も凶運の肩代わりをする立場であるから、お客様扱いにあぐらをかいてはいられない。

凶運を背負わせた上で追い出して川にドボンという羽目になりたくなければ退去のタイミングはしっかり見極めなければならない。

形代様を殺して凶運に終わりをつける物騒なやり方があった地域もあるのだ。


拝みながら老婆が部屋を下がる。

自分が見えない老婆を鼻を鳴らして見送りながら、閉じられた板戸に舌打ちする。

板戸の表にはびっしりお札が貼られており、彼女は出られない。


「本当に最低、アタシの機嫌取る気なんかないじゃない、昼間だってこんな真っ暗でさ!」


元は上客をもてなす座敷だったが、彼女を閉じ込めるため襖も窓の障子もお札を貼った板戸に変えられ、締め切られているのだ。


「ねえ、兄さん。アタシを自由にしてよ、だってあの人アタシをエゲレスに連れてってくれるって約束したんだ、ずーっと海の向こうにある南蛮の異国だよ、気取ったかごの中の花魁よりも広い広い世界をあたしは見てやるはずだったんだ、でも誰もあたしを連れてってくれないんだよ、他の女ばっかり見てさあ」


男はやれやれと吐息する。

「わたしは魄を吸うだけで、地縛霊を自由にする方法なんて知りませんよ。後は冥府への道を開けますが、その場合あなたはこの世に留まれません」

「兄さん、使えない……」


女がガックリ肩を落とし、地団駄を踏む。

「ああチクショウッ! 納屋で折檻受けるばかりのあんな狭っこい村おんでてやったのに、ここも格子ばっかりでさあ! またこんな暗い所に閉じ込められて! 祟られてるのはアタシの方だよ!!」


「一緒に地獄に来れば、年季があければ転生して娑婆(しゃば)の空気を吸えますが。ここにいても埒が明かないようですし」

「……兄さん、一緒に地獄に行こうなんて口説きをそんな冴えなく言ってるうちは一生女落とせないよ……」


脱力している様子の怨霊に口説きについてもう少し詳しく解説してもらおうとしていると、外の板戸を軽くはたく音がした。


冥府の御用鴉だ。

この間定期連絡があったばかりだから、 何か進展があったらしい。




*南蛮は主にスペイン・ポルトガルをさし、イギリスは含みませんが、八千代の中では一緒くたにされてます。

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