11 口無シノ呪詛屋
探偵事務所からそのまま夜の街へ足を伸ばす。
当然の如くにしっぽもついてくる。
昼日中の日中だからか、しっぽはあまり外に生えないが、襟や袖口から自己主張してくるのがうっとうしい。
ちらほら天誅屋小町の正体について話し込む声が聞こえた。娯楽なのだ。
壕に囲まれた廓の大門をくぐる。
春になると、枝垂れた桜を目当てにした花見客が増える。
夜の遊郭の明かりに照らされた桜は赤く、妖しくて見事なのだ。
女見世の格子がある大通りから見つけにくい細道に入ってすぐのところに梔子屋がある。
こちらには遊女以外の仕事を持つ人家が並んでいる裏通りである。
繕いや髪結い、芸事の師匠などだ。
梔子屋は、表には遊女向けの櫛だの巾着だの小間物が見映えよく並べられている。
今日は開いているようだ。
奥にかかっている鈴を鳴らす。
店番は愛想のいい顔を浮かべたまま何も言わない。
この店は基本接客や売り込みをしない。
番台の裏戸が開いて、店の主人が顔を見せる。
「おや、おばんどす」
細縁メガネの実直そうな京男がそういって奥の部屋に招き入れてくれる。
ここは夜の街で夜が本業の時である。
日中の挨拶をされると、帰れという意味になる。
遊女相手でも同じことだ。
たまにその意味を知らないお上りの無粋者が食い下がって、派手な着流しがトレードマークになった用心棒が登場して壕に落とされる羽目になるのもここならではの風物詩だ。
奥の戸をくぐった店構えは、薬棚と卓があるだけ、狭くて実にそっけない。
客が座る場所もろくにない。
しかし、こちらの本業の方が賑わっているのは疑いない。
この表面だけ煌びやかな場所で客に事欠くことはあるまい。
華やかであればあるほど、醜悪もまた段違いなものだ。
「今日はどないしましょ」
「女房の間男を始末したい。呪ってくれ」
「お名前は?」
「まだわからん」
「住みかがわからはれば、うちで調査して対処させてもらいますけど。上乗せはさせてもらいますけどな」
「これから現れて、探偵がそれを突き止める算段だ。準備しておきたい」
店主がぱちぱちとまばたきする。
「あらま。それは用意のいいことやけど、どこの誰かわからんのに呪詛を打つのはちと難題ですなあ。相手がおらへんのに、鉄砲撃ってもしゃあないですやろ?」
「どこぞの馬の骨と妻の関係が進むのを見守っていろと!?」
「いやぁ、そないなことは言うてませんけど、即効性狙うならドスでも懐に呑んでいた方が早うて確実ですねえ。うちのええとこは、汚れへんし足もつきにくいし今んとこ法律でうるさく言われへんとこですけど、お客さんに安全で楽してもらう分、仕込みに手間かかるもんなんですわ」
「無理なのか」
「無理やあらへんけど」
「それならっ」
「標的が決まってないなら奥さんに仕掛けさせてもらうことになりますけど、それはええんですのん?」
「ダメに決まっている!」
「そやろねえ。 まあ、ちょっと落ち着いてもろうて。まだ相手もおらんうちから物騒なこと考えるもんやありませんて」
「現れてからでは遅いではないか!」
「ええですか、殺虫剤は虫が現れてから。いない時は虫が寄り付かんようするもんです。ここは花街ですから、浮気封じの符ならシャバより特上のもんがご用意できますよ、寿命かて減らさんとすむし」
親切でお節介とも取れる申し出を受けることにした。
人によれば、この店主は冷酷、冷血漢らしいが家柄のせいなのか冬密には当たりがよい。
ご一新の際、陰陽師たちも一派が分かれてその後も色々あったらしく、恐らく家のゴタゴタに巻き込まれた自分を同類的に見ているのかも知れない。
「ああ、それと退魔の符をくれ。コレ用だ。殺すのは不味い、妻の猫だ」
肩を指さす。
「えろう可愛らしゅう見えますけどなあ」
店主が彼の肩口のぽよぽよ機嫌よく揺れる尾っぽをみやって、細い目をすぼめる。
「僕はうっとうしい、今までは家から出なかったのに、四六時中まとわりつかれてはたまらん」
「オス猫でも見繕ってやったらどうです?」
「冗談じゃない。殖えるのはしっぽだけでたくさんだ」
店主が硯やら半紙やらを取り出すのを眺めながら尋ねる。
「前の店番はどうしたんだ」
「深水さんどすか? やめはりました。知り合いの宿が困っていて手伝いがいる言わはって。何でもえろう別嬪な女将がいる宿らしいですわ」
ふん、と鼻を鳴らす。
「確かにそんな感じの男だったな」
誰にでもなびく柳のような。
ふふっと店主が顔もあげずに笑う。
「あれは客用ですわ。最後に挨拶にきはったときエラいもん憑けてはりましたから、事情はそれだけやないんでしょ。そっちはノーコメントで、女将の別嬪自慢だけして帰らはったわ、あの人らし」
出来上がった符を渡されてる。
──ギャウッ。
一瞬だけ声がして辺りを見回す。
ぽよぽよしたしっぽは、ズボンの裾にも袖にも見当たらない。よし。
「なんやいけずしたみたいで、かわいそうやけど」
ぼやく梔子の店の店主に値の証文を書く。
外法は厳しく取り締まられている。
門の影響もあってとんでもない連鎖を起こして災害を生むこともあるからだ。
が、同じく門の影響でどうにもできないことは山ほど生まれているし、免許を持っている寺社もそれで金儲けしているのでふっかけられて延々とむしりとられる羽目になることも多い。
勿体ぶられるし、書類はかさむし、時間も手間もかかる。
さらに最悪なことに無能も多い。
この呪詛屋はもともと冬密の家と付き合いのある古い家系の出で腕は保証されている。
家は分裂したらしいが、昔の主従関係は有効とされているらしい。
本来なら依頼にはもっと手順を踏むらしいが、冬密は店先で頼むだけで済んでいる。
この店で依頼するには、最初に〈口無し〉の実を飲み込む。
口外無用の禁を受諾するのだ。
破った場合は天罰てきめん。
しかし、効験は確かだ。
最初に寿命を払ってまで依頼した咒が失敗だったからといって以後のこちらの頼みには柔軟に応じるとの言質があった。
凶との結婚に無事漕ぎ着けたのだから、こちらは失敗だとも思ってはいないのだが。
どうも自分は呪いがかかりにくい体質らしい。
色々な要因で、優待待遇が望めるためとっさに問題が持ち上がった時思い浮かぶのがこの店だった。




