私の部屋のゴミ箱は、魔王城の祭壇に繋がっているようです。~失敗作の黒焦げクッキーを捨てたら、「至高の供物だ」と魔王様から求婚されました~
「コレット! 貴様の作る料理は、料理に対する冒涜だ! 二度と俺の前にその汚物を出すな!」
貧乏男爵家のダイニング。婚約者である商会の跡取り息子、ロバートの声が響き渡った。
彼が床に叩きつけた皿からは、真っ黒な何かが転がり出ている。
それは、私が精魂込めて焼いた――はずの、ミートパイだったものだ。
「も、申し訳ありません、ロバート様……。火加減が難しくて……」
「言い訳など聞きたくない! 見た目は炭、味は泥、食感は岩! 貴様は味覚が死んでいるのか!?」
ロバートはハンカチで口を拭いながら、軽蔑の眼差しを私に向けた。
隣には、彼の新しい秘書である美女、シェリルが寄り添っている。
「ロバート様ぁ、お口直しに私の焼いたクッキーはいかがですかぁ?」
「おお、シェリル! 君は天使だ! これだよ、これが人間の食べ物だ!」
二人は私の目の前でイチャイチャとクッキーを食べさせ合っている。
私は唇を噛み締めた。
確かに私は料理が下手だ。壊滅的に、呪われているレベルで下手だ。
レシピ通りに作っているはずなのに、なぜか可燃性の煙が出たり、紫色に変色したり、異界の物質のような硬度になったりする。父も母も、私の料理を食べると無言で天を仰ぐ。
「コレット・ブルーノ。貴様との婚約は破棄する! これ以上、俺の胃袋を破壊されてたまるか!」
「そ、そんな……! ですが、我が家の借金は……」
「知ったことか! 期限までに返せなければ、この屋敷と領地は没収だ! 精々、路頭に迷うがいい!」
ロバートは高笑いと共に去っていった。
残されたのは、床に散らばった黒い塊と、絶望だけ。
――こうして私は、料理下手が原因で婚約破棄され、実家没落の危機に瀕することになったのである。
***
その夜。
私は自室で、一人泣きながらクッキーを焼いていた。
悔しかった。見返してやりたかった。
「私だって、やればできるんだから!」という意地だけで生地を捏ね、オーブンに入れた。
一時間後。
オーブンから出てきたのは、禍々しい漆黒の円盤だった。
「……なんで?」
カチン、と机に叩きつけてみる。陶器のような高い音がした。
食べてみる。
ガリッ!
歯が欠けそうな衝撃と、口の中に広がる焦げと苦味、そしてなぜかピリリと舌を刺す刺激臭。
「……まずい」
自分で食べても涙が出るほど不味かった。
これではロバートに罵倒されるのも無理はない。私は料理の才能に見放されているのだ。
「もういい……。こんなもの、捨ててやる!」
私はヤケになり、部屋の隅にある木製のゴミ箱に、失敗作のクッキー(約50枚)を全て放り込んだ。
このゴミ箱は、屋敷の倉庫で見つけた古い木箱だ。底が深くてたくさん入るので、ゴミ箱として使っていたのだ。
ガラガラガッシャン!
重い音を立てて、黒い円盤たちが吸い込まれていく。
「あーあ……。私なんて、このクッキーと同じゴミね……」
私はベッドに潜り込み、ふて寝した。明日になれば、借金取りが来るかもしれない。そんな不安を抱えながら、意識を手放した。
***
翌朝。
私はまばゆい光で目を覚ました。
窓から差し込む朝日ではない。部屋の隅、ゴミ箱の方から、怪しい光が溢れ出しているのだ。
「え……火事!?」
飛び起きて確認すると、それは炎ではなかった。
ゴミ箱から溢れ出していたのは――
「ほ、宝石……!?」
ルビー、サファイア、エメラルド、ダイヤモンド。
見たこともないほど巨大で、純度の高い宝石の山が、ゴミ箱から「噴水」のように湧き出ていたのだ。
さらに、その頂上には、一枚の羊皮紙が置かれていた。黒い紙に、金色のインクで書かれた達筆な文字。
『親愛なる闇の女神へ』
……誰?
恐る恐る手紙を読んでみる。
『昨夜、其方より捧げられた供物、確かに受け取った。その漆黒の輝き、ダイヤモンドをも砕くごとき硬度、そして口に含んだ瞬間に広がる深淵なる苦味と刺激……。まさに、至高の珍味。我が魔界において、これほど刺激的で、魔力を高める食料は他にない。枯渇していた我が魔力も、この「黒き聖餅」のおかげで全快した。感謝の印として、魔界の石ころを送る。もし可能であれば、再びこの至高の供物を賜りたい。
――魔界の王、ゼギオンより』
「…………は?」
私は思考停止した。
整理しよう。
1.私がゴミ箱に捨てた「失敗作の黒焦げクッキー」が、どこかへ消えた。
2.代わりに、大量の宝石と、魔王からの感謝状が届いた。
3.魔王は、あの激マズクッキーを「至高の珍味」だと言って喜んでいる。
「……つまり、このゴミ箱は、魔王城に繋がってるってこと!?」
しかも、魔界の石ころって書いてあるけど、これ鑑定したら国が買えるレベルの宝石なんじゃ……?
私は震える手で宝石の一つを手に取った。
ずっしりと重い。夢じゃない。
「……これ、売ったら借金返せるんじゃ?」
私は急いで宝石商を呼んだ。
結果は――予想通りだった。宝石一つで、男爵家の借金などお釣りが来るほどの値がついたのだ。
「す、すごい……! ゴミが宝に変わった!」
私は宝石の一部を換金し、借金を返すための資金を確保した。
さらに余ったお金で屋敷を修繕し、新しいドレスまで仕立てた。
両親は泣いて喜び、「コレット、お前は我が家の救世主だ!」と褒め称えてくれた。まさかゴミ箱から出てきたとは言えず、「へそくりを投資で増やしました」と誤魔化したが。
しかし、問題はここからだ。
手紙には『再び供物を賜りたい』とあった。魔王様は、私の料理(失敗作)を待っているのだ。
「……送らないと、怒られるかしら?」
相手は魔王だ。機嫌を損ねたら、このゴミ箱から魔物が湧いてくるかもしれない。
私は覚悟を決めた。
「よし、作ろう! 最高に不味い……じゃなくて、魔王様好みの『ハードでダークな料理』を!」
それからの私は、水を得た魚のように料理に没頭した。普通なら失敗とみなされる工程を、あえて全力で行う。強火でガンガン焼き、塩と砂糖を間違え、香辛料を適当にぶち込む。
完成したのは、『紫色のドロドロシチュー(激辛)』『コンクリートのようなパン』『発光するゼリー』。
人間なら一口で病院送りになる代物だ。
それをゴミ箱に投下する。
すると翌朝、必ず返礼品が届いた。
『素晴らしい! この紫のスープ、飲むと身体中の細胞が暴れ回るようだ! まさに闘争本能を刺激する神の雫!』
(たぶんお腹壊してるだけだと思います……)
『このパンの硬さ、素晴らしい! 噛み砕くのに顎の力が試される! 我が軍の兵士たちにも食べさせたら、歯が折れたと喜んでいたぞ!』
(喜んでないと思います……)
どうやら魔界の住人は、人間とは味覚も身体構造も根本的に違うらしい。
彼らは平和な魔界で刺激に飢えており、私の作るありえない味と食感が、最高のアトラクションになっているようだった。
こうして、私と魔王様の奇妙な文通(と物資交換)が始まった。
***
そんなある日。
我が家の没落を期待していた元婚約者、ロバートが屋敷にやってきた。
「おいコレット! 借金の期限だぞ! 払えないなら屋敷を明け渡せ!」
彼は勝手知ったる我が家のサロンに土足で踏み込んできた。
隣にはシェリルもいる。
「あらぁ、コレット様。ボロボロの服で泣いているかと思いましたのに、随分と小綺麗な格好をされていますのねぇ」
「もしかして、体を売って金を作ったのか? 汚らわしい!」
言いたい放題だ。
私は優雅に扇を開き、彼らを見下ろした。
今の私は、魔王様から頂いた最高級のシルクのドレスを纏い、魔界の秘宝である闇色のネックレスを身につけている。
その輝きに、シェリルの目が釘付けになった。
「な、なんですのその宝石!? 見たこともない大きさ……!」
「ああ、これですか? ちょっとした副業で手に入れたものですわ」
私はテーブルの上に、革袋をドン! と置いた。
中には、借金額の三倍の金貨が入っている。
「借金なら、これでお返しします。利子もつけて差し上げますわ。ですので、二度と我が家の敷居を跨がないでください」
「な、なにぃ!?」
ロバートが金貨を確認し、狼狽する。
彼は我が家を乗っ取り、土地を転売する計画を立てていたらしい。それが水泡に帰したのだ。
「ば、馬鹿な……! お前のような無能女に、こんな大金が用意できるはずがない! さては盗んだな!?」
「失礼な。これは正当な対価です。私の『料理』を高く評価してくださる、素敵なお客様からの」
「はっ! お前の料理だと!? あんなゴミを金を出して食う物好きがいるわけがない!」
ロバートが叫んだ、その時だった。
ズズズズズ……ッ!
地響きと共に、サロンの空気が凍りついた。窓の外が急に暗くなり、どす黒い霧が立ち込める。
そして、私の部屋の方角――二階から、圧倒的なプレッシャーが降りてきた。
「な、なんだ!? 地震か!?」
「きゃあああ! 怖いぃぃ!」
二人が抱き合って震える中、階段の上から「コツン、コツン」と重厚な足音が響いてくる。
現れたのは、漆黒のマントを羽織った、長身の男性だった。夜空のような黒髪に、血のように赤い瞳。額からは立派な二本の角が生えている。
その美しさは人間離れしており、同時に、生物としての格の違いを見せつけるようなオーラを放っていた。
「……騒がしいな。せっかくの『女神』との対面だというのに」
低い声が、ロバートたちの鼓膜を震わせた。
彼は私の方へまっすぐに歩いてくると、その場に跪いた。
「初めまして、親愛なる闇の女神よ。……いや、コレットと呼ぶべきかな」
「えっ……ま、まさか……ゼギオン様?」
私は呆然と呟いた。
魔王様だ。魔王様が、ゴミ箱(転移門)を通ってこっちに来ちゃった! というか、ゴミ箱通れるサイズだったの!?
「ああ。君の手紙にあった『新作の激辛タルト』が待ちきれなくてな。直接取りに来てしまった」
彼は愛おしそうに私の手を取った。
ロバートが腰を抜かしながら指差す。
「ま、魔族!? 魔族がなんでこんなところに!?」
「……む?」
ゼギオン様が、ゴミを見るような目でロバートを一瞥した。
「なんだこの下等生物は。コレット、こいつは君の客か?」
「いいえ。元婚約者で、私を捨てて家を乗っ取ろうとした詐欺師です」
「ほう……」
ゼギオン様の目が細められた瞬間、部屋の温度が氷点下まで下がった。
「私の女神を愚弄し、あまつさえその至高の料理を『ゴミ』呼ばわりした罪……万死に値するな」
彼が指をパチンと鳴らすと、ロバートとシェリルの足元に黒い穴が開いた。
「ひぃっ!? な、何これ!?」
「いやぁぁぁ落ちるぅぅぅ!」
「安心しろ、殺しはしない。ただ、我が城の『味見係』として一生働いてもらうだけだ」
ゼギオン様は残酷な笑みを浮かべた。
「我が魔界の料理は、人間には少々刺激が強くてな。……君たちには、コレットの料理以外の魔界の一般食を毎日食べてもらう」
「や、やめろぉぉぉぉ!!」
二人の絶叫と共に、穴が閉じた。
……あーあ。魔界送りになっちゃった。まあ、自業自得ね。
静寂が戻った部屋で、ゼギオン様が私に向き直る。
「さて、邪魔者は消えた。……コレット、改めて礼を言わせてくれ」
彼は私の手を取り、甲に口づけを落とした。
「君の料理は、退屈だった私の日々に彩りを与えてくれた。君の作る予測不能な味こそが、私にとっての生きる喜びだ」
「は、はあ……(失敗作なんですけど……)」
「どうだろう。私と共に魔界へ来てくれないか? 君を魔界の王妃として迎えたい」
「ええっ!?」
まさかのプロポーズ。
魔王の王妃? 私が?
「魔界には、人間界にはない食材がたくさんある。マンドラゴラ、毒キノコ、爆発する木の実……。君の才能があれば、これらを素晴らしい料理に変えられるはずだ」
ゼギオン様は真っ直ぐに私を見つめ、囁いた。
「君は私にとって、得難い宝物なのだから」
彼の瞳は本気だった。
私の失敗料理を、心から愛してくれている。ロバートにはゴミと捨てられた私を、彼は宝物だと言ってくれた。
……悪くないかもしれない。
どうせ人間界では、私は料理下手な行き遅れだ。
でも魔界なら、私の料理は神の御業になる。それに何より、この魔王様、見た目がめちゃくちゃタイプだし。
「……ふつつか者ですが、よろしくお願いいたします」
私が頷くと、ゼギオン様は破顔した。
その笑顔は、世界を滅ぼせるほど魅力的だった。
***
その後。
私は魔界に移住し、魔王妃となった。
魔界での生活は刺激的だ。私が塩と砂糖を間違えたケーキを出せば、魔王様は「この甘じょっぱさがカオスで最高だ!」と喜び、焼きすぎて炭になった魚を出せば、「大地の味がする!」と絶賛してくれる。
魔族たちも私の料理に夢中になり、魔界では今空前のコレット料理ブームが起きている。
一方、魔界の牢獄に入れられたロバートとシェリルは、毎日カビの生えた謎の肉やドブ色のスライムスープを食べさせられ、「コレットの料理の方がマシだった……」と泣いているらしい。
ざまぁみろ、である。
「コレット、今日の夕食はなんだ?」
「今日は新作ですわ。『激辛スパイス入り、爆発コカトリスの丸焼き(半生)』です」
「おお! それは楽しみだ!」
愛する夫と、美味しい(?)食事。
私の幸せは、意外な場所――部屋のゴミ箱の底にあったのだ。
さて、今日も張り切って失敗作を作りましょうか!
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